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美術館には馬車に揺られること十五分ほどで到着した。国立美術館の名にふさわしい重厚な造りの建物は、白亜の城のようだ。入口の左右には石を彫った彫刻が置かれている。ひとつは鎧を着た騎士、もうひとりは来訪者に語り掛けているかのように見える女性だ。
内部は外国の美術品、システィス国の美術品がそれぞれ年代順に展示されていた。
アリスはその一つひとつを興味深く眺める。中にはアーヴィ国出身でアリスの知っている画家の作品もあって、懐かしさを感じた。
「このあたりからはシスティス国の作家の作品なのですね」
最後の展示室で、アリスは室内を見回す。風景画、特に雪景色が多いのは、システィス国の冬が長いことが影響しているのだろう。
「あ! もしかしてこれはロウーノの作品ではございませんか? 独特の世界観のリトグラフで多くの書籍の挿絵を手掛けた──」
その中に見覚えのある特徴の絵を見つけ、アリスはウィルフリッドに話しかける。
ロウーノは近年活躍しているシスティス国出身の画家で、油絵も描くが有名なのはリトグラフだ。多くの書籍で採用されており、彼が挿画を手掛けた作品は必ずベストセラーになり入手困難になる。
「よく知っているな?」
「はい。彼の絵が大好きなので──」
そこまで言いかけたアリスは、ちょうど目に入った大きな油絵を見て足を止める。
(あら?)
椅子に座る精悍な雰囲気の男性の横に利発そうな少年が立ち、その前に可愛らしい女の子と男の子が立っている。男性は隣に立つ少年の肩に腕を回していた。
(これって……アメリア様とウィルフリッド様?)
確信はないが、小さな女の子と男の子の顔に、なんとなくアメリアとウィルフリッドの面影があるような気がする。男の子はこちらを見つめ、満面の笑みを浮かべていた。アリスが今まで一度も見たことがないような笑顔だ。
「陛下。これって──」
「だいぶ時間も経った。そろそろ戻るぞ」
「あ、はい」
聞こうと思ったのに、途中で遮られてしまった。ウィルフリッドの態度に『その話題に触れるな』と言いたげな雰囲気を感じた。
アリスは先ほど見た、家族の肖像画を思い返す。
(以前はあんな風に笑っていらしたのかしら?)
アリスが知るウィルフリッドは表情が乏しく、どこか人と一線を引いたような周囲を拒絶する雰囲気を持つ。彼が今のように変わってしまったのは、何か理由があるのだろうか。
聞きたいけれど、なんとなく聞きにくい。
アリスは帰りの馬車に乗り込み、ウィルフリッドと向かい合って座る。
「陛下。今日はお忙しい中、美術館に連れてきてくださりありがとうございました」
ウィルフリッドはアリスをちらりと見て「構わない」と言う。
「美術品が好きなのか?」
「はい。彫刻や造形品も好きですが、一番好きなのは絵です。行ったことがない町の風景を見たり、会ったこともない人の視界を見たり、面白いですもの」
「なるほどな」
特に、ハーレムにいるときはハーレムから出ることが許されていなかったので、旅の商人が持ってくる色々な地域の絵を眺めるのが何よりも楽しみだった。
「陛下は──」
「なんだ?」
「陛下は何が好きなのですか?」
アリスの質問に、ウィルフリッドは虚を衝かれたかのような顔をした。
「なぜそんなことを聞く」
「知りたいからです。たとえ政略結婚であろうとも、陛下はわたくしの夫ですから。大事な人のことを知りたいと思うのは、当然ではありませんか?」
アリスはなぜそんな質問を返されたのかがわからず、小首を傾げる。
「大事な人?」
「はい」
「きみに愛も子供も望むなと言った最低の夫が?」
ウィルフリッドは自嘲気味に笑う。
(あら?)
それを聞いたアリスは意外に思った。ウィルフリッド自身、最低なことだとわかっていながらあの言葉を口にしたのだろうか。
(それじゃあまるで──)
まるで、最初からアリスから嫌われることを望んでいたかのようではないか。




