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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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番外編:ナタリア2

* * *


 それは事故だったとしか言いようがない。


 ああ、これが事故だ。

 どうしようもないことによって碌でもないことが起きてしまう事。

 他の選択肢はなかったのか?と聞かれても困ってしまう事。


 私は光を失っていく魔法陣を見つめながら尻もちをついていた。


 目の前にいるのは獰猛なオオカミの様なナニカ。


 召喚の授業は滞りなく進んでいた筈だった。

 私の番になった。


 あの彼の鳥の様なものが召喚できればいいななんて勝手に思っていた。

 それを油断だと言われれば言い返せない。


 私の魔力では、そして使用している魔法陣では、呼べるものはある程度限られている筈だった。

 魔力制御は教師が二人ついて監視、問題があれば補正していた。


 だから、何故こんな力の強い獰猛なものが召喚されてきたのか私には分からない。

 教師たちにも他のエリートな同級生にも分からないらしくざわめきが聞こえる。


 契約はまだ済んでいない。


 それであればお帰りいただくのが筋だろう。

 私の力では今目の前にいる獰猛ないきものと共に過ごすには手に余る。


 上手く立ち上がれない中、それでも契約を結ばずあちらの世界に召喚物を返すための術式を起動する。

 それは上手く紡げたはずだった。


 けれど、術式は次の瞬間切り裂かれたようにバラバラになってしまう。


 目の前の生き物が妨害したことは明らかだった。


 そして、一つ分かったこと、この生き物はあの人の言う『妖精ちゃん』ではないこと。


 どうしたらいいのか分からなかった。

 このまま、私はこれに食われて死ぬのだと思った。


 先生たちが助けてくれる気配はない。


 こんな時に限って、あの人の顔が浮かんだ。

 私が見捨てた人。


 私に力が無かったし、あの人には倫理観というものが無かった。

 けれど、私を拾ってくれた人で、私に魔術を教えてくれた人。


 何もできなくて死にそうになって、すがるみたいに思い出して。

 これでは何も変わらない。


 私はその生き物をにらむ。


 大丈夫私はとてもとても強い精霊を知っている。

 ユナと呼ばれていたその精霊は目の前の獣より強い。


 どちらにせよ私よりは強いことに変わりがないけれど。


 人に見えるように持たない方がいいと言われ、懐に忍ばせるようになった髪留めを取り出す。

 それはあの白い世界の時のまま夜空の色をしている。


「なんだ、その馬鹿みてえな魔力の塊は」


 一瞬獣がたじろいだ気がした。

 ああ、見るまで気が付かなかったのかと思った。


 あの人の言う、いわゆる目の悪い生き物なのかもしれない。


 けれどその獣はすぐに威勢を取り戻すと、「そんなものがあってどうなる!!お前にその量の魔力が扱える訳なかろう!!」と怒鳴るように言った。


「扱えなくても、自爆位はできるわ」


 思ったよりはっきりと声が出た。

 まるであの人の考え方みたいで、少し笑えた。


 どうせこのままだと殺されるんだ。

 目の前の獣を道連れにしてもそれほど変わらないだろう。


 けれど、それは目の前の獣にとっては全く意味の違う事だっただろう。

 獣はのどをひくりと鳴らした。


「お帰りねがえますか?」


 私が聞く。


「それをお前に渡したのは誰だ?」


 ああ、この生き物もあの人の異質さに気が付けるのか。

 あの人の異質さに気が付けるのは、いつもいつも――


 けれど、今そのことについて考えている余裕はない。


「誰って、私の“師匠”よ」


 あの人の名をここで出していいのかが分からないし、そもそもあの人の正式な名が無いことを私はもう知っている。


 だから、そう言った。


「そう。そうか……」


 獣は少しばかり逡巡したようだった。


「その師匠とやらに会うまで、仮初の契約をしてやろう」


 獣はなぜかそう言い始めた。

 多分獣は、知能が高い。

 ここが学校だという事にも気が付いている。


 事実、獣がきにして視線で追っているのはこの学園の教師ばかりだ。


 そして、この獣は私の師匠が先生たちではないという事におそらく気が付いている。


 あの人に会うために私と縁を結びたいと言っているのだ。


 私は『はい』と答えることしかできない。

 だって、それ以外は多分殺されるだけだから。


 なのに私の口からは全く違う言葉が出た。

 それは意識したものじゃなくて、勝手に口が動いているようだった。


「条件がある。」

「条件?」


 ニヤリと獣は笑った。


「好きにつけるといい。ただしそれは仮初のものだ。その効力はお前の師匠とやらに合った瞬間消える」


 私は何を条件にしたらいいのか分からなかった。

 けれども、口からは勝手に魔術を編むための言葉が発せられる。


 それの意味は断片的にしか分からない。

 習っていないものが多い。


 けれど、それが条件だという事、それからこれを私に言わせている人の存在には気が付くことが出来た。


 あの人が私に代わって、何かこの獣と契約の条件を付けているのだという事が分かる。


 何故。


 そう思った。

 私はあの人を見捨てた。

 あの人はいま一人監獄にいる。


 なのに、どうしてと思った。

 断片的にしか分からない内容でもそれは私を害そうとしていないことは充分にわかった。


 にやりと笑っていた獣にもう余裕はない。

 言葉はそのまま魔法陣の形となって獣に絡みついた。


 獣がどう考えようが、何と言おうが強制する。

 そんな魔術が獣にべっとりと絡みついた。


 次の瞬間からだからごっそりと魔力が抜け落ちる感覚がした。


 座り込んですらいられず、ぐったりとするけれど、目の前の方の獣の方がぐったりとしている様に見える。


「何か、あれば喚べ。

それと、お前はもう少し、魔術というものを学べ」


 獣はおかしなことを言った。

 けれど私はそれに何か返すことはできなかった。

 気を失ってしまったから。

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