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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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番外編:魔術師2

「へえ……」


目の前の男は面白そうに笑う。

それから祈る様に両手をあわせる。


「神に祈っているのか?」

「まさか。俺が信じているのはあのひとだけだ」


男は笑う。

人の表情なんてまともに判断できないけれど、その表情は知っている気がした。

切ないような、それでいて――。


考えはそこで寸断される。


大地がボコボコに隆起して立っていられない。


魔術を使って浮き上がると、それが合図になったかの用に土でできた人形が襲いかかる。


精巧な人形のほうがと思ったけれど、それは間違いだった。

こちらのほうが直接制御しているのだろう。強い。


「そういえば少し前に、別の術者の作った魔術人形を解体したんだけど」


一方的に話しかける。


「見た目はほぼ人間だったらしいよ」


動きとか魔力制御はこれよりもどう考えても劣るけど。

俺がそう言いながら襲いかかってきた人形を一体風の魔術で切り裂く。


燃やしてしまうのは惜しかったし、この人を殺してしまうとして、その役割をユナに押し付けたくは無かった。



「別に俺にしろアンタにしろ、本当に人間に見られたいなら、見た目を調整する方法なんていくらでもあるだろ」


 アルクが遭遇したという人形と一緒だ。


 明らかに人形は人とは違う。それでも一見外側が人間だと誤解してしまうようにはできる。


 同じ様にガワを偽装する魔術を使えば、彼も変な扱いは受けない。

 実際中側は人間なのだからと思ってしまう自分は甘いのだろうか。


 浮遊のために展開した魔術を崩すために人形が二体こちらに突っ込んでくる。


「それで? そんなもので救われると本当に信じているのか?」


 実際に俺に手を差し伸べてくれたのはあの人だけだった。

 それだけのことだ。


「あの人の安寧が得られるのであれば。俺は何でもいいんだ」


 その男は話はお終いだとばかりに大きな魔法陣を出現させる。


 魔力反応は、地上の少し上と俺より少し上。

 挟み撃ちにするのだろうとそれぞれに、衝撃波を当てようとする。


「ざーんねん」


 その言い方は今までの喋り方と少しばかり違っている様に聞こえた。


「あの人みたいに星を引き寄せることはできないけれど」


 ささやく様に言った後、耳鳴りがして体中が痺れた。


「重力波か!?」


 声が実際に出せたのかさえおぼつかない。


 星を落とす魔法があると聞いたことがある。

 その系譜の術式。



 体の苦痛に相反して笑いがこみ上げそうになる。


 自分の血がおかしくなっているのを感じる。


 一緒に魔力の流れもいつもと違っている気がする。

 失った筈の足が軽い感覚がする。


 すべての物を拒む障壁は、おとぎ話に出てくる星を落とすという魔法を防げるのか。


 最高の実験だと思った。


 障壁は鎖の国で教わった。


 だから使える。

 浮かび上がった魔法陣からその術の出力を計算してそれに合わせた障壁を作り上げる。


 多分、一秒もかからなかった。


 頭上に文字が浮かぶ。


 意味はちゃんとわかっている。他の魔法使いや魔術師が使っているものと全く違う文字が並ぶ魔法陣は綺麗に発動した。


 体が軽くなる。


 けれど、足のあたりがじくじくと痛む。

 単なる幻肢痛であって欲しいと願うが、難しいだろう。


 けれど、いつかは足は侵食されてしまう。

 早いか遅いかだけの問題だ。



 それであれば、今目の前にある命題の答えを知りたい。


 最強の盾を研究するためには、最強のほこの研究が必要だ。


 あの研究室にはおびただしい量の攻撃のための術式が保管されていた。

 おそらくそれを見たことのあるものはもう誰も生きてはいないだろう。


 目の前の人は自分の渾身の術式が防がれたことを驚いてはいなかった。


『黒雷』


 魔術の詠唱はあまり好きではない。

 けれど鎖の国で知った魔術の一部は流石に発声がまだ必要だった。


 普段、見慣れない文字が空に一瞬浮かぶ。

 鎖の国の魔術を発動した瞬間、一瞬だけ見えることがあるこの不思議な文様が好きだった。


 文様は好きだ。


 けれど、そのまま使えば同じだけの力で砕くことができる。

 劣化していたとはいえ、俺が撃った魔術で砕けそうになっていた美しい術式を思い出す。


 大きな技を試したことは無い。


 実験として、小さな魔術と小さな文様を組み合わせてみたことはある。

 理屈としてそれが可能だと知っているけれど、本当に起動できるのかはわからない。


「ユナさん。失敗したらサポートよろしく」


 近くに呼び寄せた彼女だけに聞こえる様にそういう。

 彼女に鼻で笑われた気配を感じたけれど気の所為だったかもしれない。



 美しい文様と魔術が絡まっていく。

 それは美しく積み上げられた城塞のレンガに蔦が絡む様に見えた。


 他人がそういうのを美しくないというらしいことは知っていた。

 特に魔術師だとか魔法使いと呼ばれる人間はそういうものが嫌いだというのが常識だ。


 けれど、俺はそれを美しいと思った。


 とてもとても美しいものが目の前で組み上がっていく。

 思わず笑みを浮かべてしまう位、それは美しく組み上がっていった。


 帯の様になったその新しい魔術は、俺がはった壁の内側を流れる様に渦巻いていく。


「いいの? そういう術は嫌われるよ」


 面白そうに目の前の人が笑う。

 異端として糾弾されるような部類のものだと知っている。


 それは目の前の人が糾弾されるのと同じで、俺の足が忌むべきものとされるようになってしまったのと同じだ。


 けれど、そこはひとまずどうでもよかった。


 彼女にどう思われるだろうと一瞬思ってしまったけれど、それも仕方がないと思った。

 端から、神様とやらには見放されてるのだ。


 だからこれでいい。


 この後の事は、後になってから考える。


 目の前の人に対して魔術で一番真摯なものはどういうものだろうという答えがこれだ。


 この魔術でこの人を殺してしまうかもしれないけれど、これが答えだと思ったから仕方がない。


 音を立てながら、目の前の人の魔術が崩れ落ちていく。

 舌打ちをしながら、最後の悪あがきの様に魔術人形を繰り出す。


 ユナを静かに呼ぶ。

 背後から迫っていた魔術人形が蒸発していく。


「何よこれ」


 つまらなさそうにユナが言う。

 彼女の美的感覚はよく分からない。


「別にアンタ一人でもやりあえたでしょ?」


 ユナに言われて目を細める。


「無理だろ?」


 初めて動かす術のコントロールで余力等無い。


「……ちくしょう、ふざけんなよ!!こんなところで終われるわけがないだろ。あの人を一人残して、ここで終わらせるわけにはいかないんだよ!」


 もう一度舌打ちをしながらその人は言う。



 なぜ、そんなにも執着するのか。聞いてみたところでどうせ俺には理解できない。


「悪いけど、どうあろうがこのまま分解させてもらう」


 それで、少なくともこの戦闘を終わりにすることはできる。


 それで世界がどう変わるのかは、俺には分からない。


 だけど、ナタリアが、あそこに子供たちがほんの少しの間であっても戦いから離れることはできるだろう。


 それで充分だと思った。


 別に救世主の様なものにあこがれたことは無い。

 そういうのは、そういう事が出来るひとがすればいい。



 重力の魔術が分解されていく。

 それと同時に目の前の人も崩れる様に分解されていく。


「覚えていろ!!絶対に、俺はっ……」


 言葉は最後まで聞こえなかった。


 人を殺してしまったという実感は正直あまりない。


「やっぱり、アタシ要らなかったんじゃないの?」


 ユナが意地悪な笑みを浮かべる。

 それを見て発動していた術を解く。


 術者が消えたため、もうここの様子を伝える仕組みはなくなっている様だった。


「なあ、ユナさん」


 一つだけお願いがあるんだけど。


「契約で従わせないのかしら?」


 ユナさんはそう言う。

 けれど、命令で従わせて意味があるものだとは思えなかった。


「あの二人の事を……」


 目の前の人の魔力反応が消えた。

 多分、この会話は他の誰にも聞かれていないだろう。


「あなたはあの娘に嫌われてるっぽいのに?」


 意地悪そうにユナが笑う。

 彼女のそういう笑みが好きだと思った。



「ああ、彼女は俺のやり方は苦手だろうな。

彼女の信じてきたものをすべて壊していってしまうから」



 だけど、俺には彼女を拾った責任があるし、それに。


 最後まで言わずに思わず口をつぐむ。


「俺は英雄ってやつにはなれないから。

だから、二人の事を頼む」



 魔王の軍勢は体勢を立て直すのに時間がかかることを祈っている。


 異端な人間は英雄にはなれない。

 これから起こることはある程度予測ができた。


「今回の功罪の罪を俺が受け持つとして、功として、彼女が魔術の学園にでもいければ最高なんだけどね」


 俺が言うと、「あなた学校すきだったの?」と聞かれた。


「いや、いい思い出はあまりない」


そう俺は答えた。


「ああ、でも先生には出会えた」


だから、彼女にもいい先生が出来ればいいと思う。


「基本は勇者様の様子を見ているだけよ?」


特にあの魔法使いの卵は学校なりなんなり保護してくれるところがみつかるところまで。


「じゃあ、彼女にはこれを渡して」


 魔石を一つユナに預ける。


「勇者様には?」

「アルクはこういうもの渡しても断るだろうし。

それに彼は強い……」


 そう言ってから、一つの事に俺はようやく気が付く。


 彼は強い。

 彼は勇者なのだ。


 一時期違うとされたイレギュラーだったとしても彼は勇者だ。



 彼なら、英雄になれるのだろう。

 ああ、それなら彼が英雄になれるようにすればよかった。


 アルクがそんな事を望んでいないのは知っているがそれが一番丸く収まる方法な気がした。


 彼が英雄になるための魔術。


 そう考えている最中、というか考えすぎている所為で状況を一瞬見失っていた。


 最初に予想した通り自分の周りを沢山の魔術師が取り囲む。


「別にそんな大仰にしなくてもきちんと捕縛されますけど」


 未知の技の応酬。

 ここでつかまって異端審問を受けることはもうちゃんと理解している。


 魔術というのは伝統とチームワークがすべてだと考えられている世界で、俺のやり方が認められる訳が無い。


 ナタリアが止めたのもちゃんと分かっている。


 分かっているけれどどうしようもなかった。


 だけど、”どうしようもなかった”を説明する方法が無いということもちゃんと知っている。


「あーあ。どうしようか」


 本当にどうしようか。


 どこから誰に何を分かってもらえばいいのか、俺には何も分からなかった。

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