番外編:魔術師1
そこにいたのは予想したとおり人だった。
元々自分は目があまり良くはなかった。それは魔法を使うための契約に失敗した所為だとも、生まれつきの能力が低い所為だとも言われてきた。
けれど、最近目はずいぶんよく見えるようになった。
ナタリアと同調魔法を使ったからだろうか、それとも……。思い当たる節はあるが確証は無い。
人間だ。彼は間違いなく人間だ。
その人と領土という曖昧なもののため殺し合いをせねばならないらしい。
一瞬たじろいでしまったのも仕方が無いことだと思う。
「この姿形が恐ろしいか?」
芸術家と呼ぶにふさわしいであろう人形遣いがいびつな笑みを浮かべながら言う。
「あなたの作った人形の動力炉は美しかった。それに遠隔操作のための術式も美しい。
あれは人類の最高傑作と言ってもいい!!」
その位この人形たちは美しい。
術者のおそらく生まれつきであろう肌の状態等は些末なことすぎて、言葉にするのも面倒だった。
「人類? 俺が人間だというのか!!」
怒鳴る様に言う。
「魔術回路が目を通っていて、紫に光っているのが見えるのに、何を言っているんだ?」
妖精ちゃんたちにせよ、魔族や魔獣にせよ、そういう魔力の流れはしない。
それこそ人間の証が今も輝いているのにこの問答をする意味がわからない。
「ああ! なんで、人間に敵対しているのかを聞かなければならないのか!」
事情があるのなら敵対しなくて済むものなのだろうか。
それほど世界が優しくないことは知っているけれど、それでもそれは話さなければならないのかもしれない。
少なくともお互いの命をベットして戦うのであれば必要だ。
眼の前にいる一人の魔術師は今まで対峙した誰よりも鍛錬を積んでいる様に見える。
少なくともきちんと相手をしないとこちらが殺されてしまうだろう。
「俺を人間扱いしないのは、お前ら“人間”の側だろう!!」
唸るようにその人は言う。
「俺以外の人間の言ってることなんて知らないよ」
そもそも周りの人間が何を考えてるのかを感じ取るのは苦手なのだ。
「じゃあ、実際に見てみればいい」
その人は手に持っている丸い鏡に手を当てる。
媒介を用いて魔術を行使する魔術師は多い。
鏡には複数の魔法陣が予め鋳造されているのだろう。
発動された魔術をみてその細かさに息を飲む。
この道具もこの人が考案したのだろうか。
聞こうとした言葉は悲鳴にかき消されてしまう。
眼の前に元いた場所、野営地が写しだされている。
こちらを指さしている人々が見えるからおそらく同じことがあちらでも起きているのだろう。
美しい魔術にやはりこの男は天才と呼ばれる部類なのでは無いかと思う。
「なんだあれは、醜い!」
「ああ、やはり魔族の手がこんなところにまでっ!」
音声も繋がっているのだろう。
口々に目の前の人間を罵る声が聞こえる。
魔術師も多いだろうに、彼を人間として扱う声は聞こえない。
「な? これが現実だ」
俺は人ではないんだよ。
その人は表情を歪めながら言う。
「魔術回路があるんだ。あんたは人間だろ……?」
「カミサマとやらに認められてる生きものだけが人間なんだよ」
だから、俺は人じゃない。だから、君たち人間と敵対するんだ。
そう言うと、その人は鏡をなぞる。
鏡は鈍色に光ると、土がボコボコとめくれ上がって、人のような形を取る。
ああ、こうやって動かしているのかと、少しだけ感動を覚えてしまった。
予め作られた人形を介さない純粋な術式の形が多分これなのだろう。
人形の動力も、操るための術式もよく見える。
これを壊した時術式はどう崩壊するのだろう。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。
「その理論でいくと、俺も人間じゃないだけどな」
カミサマに愛されて、カミサマとの約束を守る生きものが人間。
ナタリアがよく唱えている文言でもそういう話があった。
カミサマに好かれているかどうかは知らない。
初めての同調魔法が暴走したから愛されてはいないのかもしれない。
それよりもなによりも、約束は守れていないことを知っている。
「なあ、あんたほどの魔術師だ。
俺の足の状態もちゃんと視えてるんだろ?」
なあ、俺は人間か?
独り言の様につぶやいた筈の言葉は俺の意思に反して、あちらの戦場とつないでいる魔術のせいで反響してしまう。
「それは、私達人類の敵対者です。
倒すべき敵です!」
ナタリアの声が聞こえた。
その言葉は目の前に対峙している男に言っているのか俺自身に言われているのか一瞬迷う。
迷ってしまった。
この人の魔術を分解してみたい。
その気持ちはまるで変わっていないのに、躊躇してしまう。
その人は俺の足をチラリと見る。
「お前もいつかはこうなるかもな」
いびつな笑みを浮かべてそう言われる。
そうかもしれないと俺が一番良く知っているし、そうなっても仕方がないしそれさえどうでもいいと思っている。
だからこの方法を選んだし、別に失った足に思い入れもない。
これは同情なのだろうか。
「ナタリア。神サマはいると思うか?」
「はい」
「神サマに愛されてない人間いると思うかい?」
「……いないと思います」
「魔物も神サマは愛しているかい?」
「思いません」
はっきりとナタリアが答える。
「じゃあ、神サマに愛されていない俺は、魔物に近いのかもなあ」
「っ……」
ナタリアの息遣いまで聞こえる。
この人の魔術師としての力は本当にすごい。
「私は、そういうつもりでっ――」
ナタリアの言葉が聞こえなくなる。
もごもごとくぐもった音がする。
「ちょっと、お前は黙ってろ」
心配したけれどその言葉がアルクから発せられたのでとりあえず落ち着く。
大方、アルクがナタリアの口を手のひらで塞いだのだろう。
心臓のあたりがじりじりとする感覚がするけれど、それを気にしても仕方がないことはよく知っている。
「魔術師、お前は人間だ」
そっちのそれが人間かそうじゃないかなんてものは俺には何も関係ないから知るか。
そう吐き捨てるように付け加えながらアルクが言った。
アルクのどうでもいい感の強い言い方に、状況にあってないのに少しだけ面白くて笑ってしまった。
「さて。人は殺したことが無いけど、それは諦めるよ」
残念だけどこちら側は、正規兵すらほとんど居ない上、子供ばかりの寄せ集めだ。
それを見殺しにするのと敵対する意思のあるこの人を殺すこと。どちらが寝覚めが悪いか考えるとこちらしか選べない。
「あれ、消してくれないか?」
お子様達にこういうものを見せるべきじゃない。
俺にだってその位のことは分かる。
対峙するその人はその言葉を鼻で笑う。
「じゃあ、仕方がないや」
腕を高くあげる。
慣れない術式を使うのでどうしても動作を絡めてしまう。
鎖の精霊の国で覚えた防御用の盾が空から同心円状に降り注ぐ。
鈍く光るそれはここからこの人を出さないため、それからできればこれから俺のやる人殺しを見せないための壁になってくれることを祈る。




