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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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領土3


「勇者様、勇者様!!」


 声をかけられて立ち止まる。

 前線に勇者は自分しかいない。


 当たり前の様に付けられる様という言葉はあまり好きではなかった。


 けれど、いちいちそれを口に出したところで、だって勇者様は尊敬できる人ですから、と言われてしまうだけだ。


 杖の話は結局うやむやになって、困った様子でナタリアが保管しているし、前線から俺たちは離れられそうにない。

 魔術師は相変わらず、ブツブツと何かわけの分からない事を呟きながらガリガリと何かを書きつけては、数時間に一度、前線をうろうろとしては指揮官らしき人間に怒られている。


 戦端が今まさに開かれようとしているのにも関わらず、ここには悲壮感というものがあまり感じられない。


 諦めを通り越して、何も考えていないのかもしれない。

 そうすることしかできない若い人間が集められているという事なのか。


 時々いらだった様子で話しかけてくる魔術師だけが正常に見えてしまう。


「なんだ?」


 話しかけてきた少年も、また特に気負った様子もなく弾んだ口調で俺に言葉をかけてきた。

 元々の知り合いというわけでもなく、ここで何かをしてやった覚えもない。


 ただ、勇者というものへの物珍しさで話しかけてきたのだろう。


「勇者様に、悪を滅する力があるというのは本当でしょうか!?」


 嘘だな。

 そんな力はない。

 俺に無い、というだけではなく、勇者にそんな力はない。


 この前変な女との一件が無くともその位の事は分かる。


 勇者にそんな特別な力はない。


 俺の剣術にしたって、勇者だから使えるというものではない。

 日々の鍛錬を怠れば、途端に力は衰えてしまうだろう。


 無いと答えれば、何故ないのかを問われ、有ると答えればその力を見せて欲しいと言われる。

 どちらで答えても碌なことにはならないと知っている。


 ただ、答えなくても勝手にミステリアスな雰囲気の勇者様だという付加価値をつけられてまとわりつかれるだけなので、選びたいものが何もない。


「本当に力があるやつっていうのは、選択肢が無い時にそれをひねりだせる奴か……」


 目の前の人間には関係ない、ぱっと思いついた言葉が出てしまった。


 言ってから、何を馬鹿なと思った。

 だってそれはまるで、ある特定の人間を思い描いた様で嫌だった。


 息を大きく吸って吐いて、それから目の前の子供を見た。


「ちゃんと、今おかれた現状を嘆いても、恨んでも、呪ってもいい」


 子供に向かってちゃんと微笑んだのはいつぶりだろうか。

 自分でもそんな事は思い出せない位まえ、まだ自分が一生勇者で居続けられると思っていた頃は笑っていたのかもしれない。


 英雄というものに今はあこがれもしないし、自分がなれるとも、なりたいとも思わないけれどこの場所に集まってしまった子供たちは何とかしなければと思った。


 これが魔術師がナタリアに出会った時に感じた気持ちと同じなのかは分からなかった。



「そりゃあ、国でも作るしかないんじゃねーの?」


 どうしたらいいか。したく無い相談をしたところ、ニヤニヤと笑いながら魔術師は言った。


「ここでリスクが少なく勝つ方法。ならあるけれど、それはなあ……」


 出立の際に見た王族、前線に行くように言った将校、気の抜けている激励文、どれを見てもここで勝ってもどこかでまた同じことをしでかす。

 英雄なんていう貧乏くじを引いてしまった場合、そこにもいなければならなくなるかもしれない。


 すべてを問題なく、恒久的な平和が訪れるために必要なのはまともな指揮系統がある国でも作るしかないんじゃねーの?だってことは理解した。


「後は、そうだな……」


 魔王とやらの暗殺かなあ……。魔術師はぼんやりと言った。


「ただ、魔王はこっちより強い可能性があるんだよな」


 俺、昔一度だけ、魔王が星を落としたっていう遺跡を見たことがあるんだよ。

 あれはすごかった。


 半ばうっとりと言う魔術師が始めそうになった術の説明を終わらせて、今の話をする。


「子供が死ぬのを目の前で見るのは嫌だな」


 魔術師がポツリと言った。


 それから、懐から紙を取り出すと、一枚一枚魔方陣の様なものをかきだした。

 どこにそんなものをしまうスペースがあったんだとツッコミを入れたくなるような、おびただしい量の紙を出してはかき、また取り出してはかいていく。


 みるみる周りは、よく分からない模様の書かれた紙だらけになっていく。


 その一つ一つが少しずつ違って見える。

 特に違っていそうに見える二枚を拾う。


「すごいですよね……」


 俺と同じものを見つめながらナタリアが言う。


「多分これ、オーダーメイドですよ」


 後で一人一人に配らないといけなくなりそうですけど、私はまだ勉強が足りないので誰に渡せばいいのか分からないです。

 そうナタリアはつづけた。


「配る?」


 言っている意味が分からなくて聞いてしまう。


「これは所謂、護符みたいなものです。

多分ここにいる子たちに合わせて作られた攻撃よけのお守りです」


 矢避けの加護とよばれる魔術を昔戦闘の時にかけてもらったことがある。

 それと似た効果のある魔方陣をただひたすら殴り書きしているらしい。


「こんなに大量にかいていて、実際発動するのか?」


 さあ。とナタリアが答えた。


「でも、この人はそんな中途半端する人じゃないと思ってます」


 だから、きっと何か方法があるんだと思います。この魔方陣を必要な時に発動させる。


「私だから特別。って少しだけ思ってました」


 ナタリアが少し寂しそうに笑う。

 書き殴ることに集中してしまっている魔術師は多分聞いてない。


 聞いていたら否定しただろうか、それとも特別じゃないって言うだろうか。


 それは俺にもよく分からなかった。


 魔族は戦う時に名乗りは上げない。

 そして勇者の名前は誰も気にしない。


 戦端がひらかれたのはその護符とやらを魔術師が配り歩いた後いくばくもたたない日だった。


 整然と陣を組む魔物も、それを守る様に飛ぶ龍も、今までに見たことが無い。


「まず、あれ、薙ぎ払っていいかなあ」


 この場所に漂う緊張感とは真逆な気の抜けた声で魔術師が言う。


「魔術師は連携をして戦うのが基本だ」


 知らない人間がこちらに声をかけてくる。

 大人に見えるので、その人間も貧乏くじを引かされた一人なのだろう。


「そんな事も知らずにただ、魔法を撃てばいいと考えているなんて、滑稽だな」


 まるで喧嘩を売るように言われる。

 それが、この状況にイライラしてのものなのかは知らないけれど、引っかかる言い方をされる。


「魔法戦闘学の基礎ってやつ、ですか……」


 ぼそぼそと魔術師が言う。


 魔法を使った戦い方にも基礎があるという事なんだろう。


「学校でならったけど、あれ、俺嫌いだ……」


 自分に言い聞かせる様に魔術師が言う。

 喧嘩を売ってきた人間には聞こえは無かったらしく「はあ?」と聞き返されていた。

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