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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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領土2


 転送された先で、魔術師が舌打ちをする。


 遠くに見える魔獣の群れに対してではない事は知っている。

 空を飛んでいるドラゴンにでもない。


 多分、敵対するであろう魔族に対してではない舌打ちを聞く。

 俺と魔術師は同じものに対して気持ち悪さを感じているのだろう。


 見たところ、魔術師の方がハラワタが煮えくり返っている様に見える。


 そこに集められた人間の一部があまりにも幼なすぎる。



 ナタリアと同い年位に見える少年少女が沢山いる。

 そこはあまりにも戦場という感覚から遠い様に思える。


 別に、子供が死のうが何が起ころうがどうでもいい。


 けれど不快感は確かにある。



 この子供たちがどういう事情で集められたかは知らない。

大方、口減らしの様なものなのだろう。大人も半数以上いるのだからそれぞれが何とかしてやるのかもしれない。


「さすがにこれは無しだよな」


 魔術師の声は普段よりも低く響く。


 子供好きというタイプには見えない。どちらかと言えば、と付ける必要もない、ある特定の一人が好きな男だと思っていた魔術師が、それ以外のために眉間にしわを寄せて怒っている風に見えた。


「こんなもの意味ないだろ」


 魔術師が吐き捨てる。


「いっそ大敗すれば、認識を改めるのか?

極端な話大人が全員死ぬようなことになれば対魔族戦略を考え直すのか?」


 大人全員をこいつ自身が殺せる訳が無い。

 それができる人間ではない事は少ない時間だけれど俺だってよく分かっている。


 こいつは当たり前の様に、ここにいる子供全部を守りながら戦うつもりなんだろう。

馬鹿だ。


 そんな事可能だと本気で信じてることも、そのための方法を当たり前の様に考えていることも。


「ここで人間がどんなに負けても、何も変わらないだろ」


 自国の領土が削られる訳でも無ければ貴族が命を落とすことも無い。

 ここでの結果がどうであれ、本格的な戦争は数年後からだと言われている。


 この戦いでどれだけの人間が生きようが死のうが、世界は何も変わらない。


 そんな事位最初から分かっていた。

 だから俺らの様な人間が招集されたのだ。


 国にとっていてもいなくてもどちらでもいい人間。


「腹が立つな、あ……」


 魔術師はきっぱりと言い切ったあと、不規則な「あ」という言葉を付け足した。


「どうした?」


 魔術師の視線の先。

 どう考えても場違いな、豪奢な金刺繍の入ったローブを着ている魔術師らしき男がこちらに向かってきていた。


 この場にいる唯一の貴族かもしれないと、何となく思った。


 その男は、魔術師の前に立つこびりつけた様な笑顔を浮かべる。

 それから「お久しぶりです」と言った。


 魔術師は訝し気に眉を寄せる。


 それから貴族風の男の右手の甲に視線をやってから、あからさまな「はあ」というため息をついて見せる。

 それでも貴族風の男はべったりと張り付けた笑みを崩さない。


「すみません。俺はあなたの事知らないですけど、多分母の家系の方ですよね」


 一応丁寧な言葉をひねり出したといった風の魔術師は普段の三倍は面倒そうに男の事を見ている。


「こちら、あなたのお母上からです」


 渡されたのは細かな彫刻が施され、きらびやかな宝石で飾られた杖だった。

 それが魔術師が使うものだという事はすぐに分かった。


 けれど、普段見たことのあるタイプのそれより、随分と豪華だ。


 それに、魔術師は普段杖を使っていない。


 指で空を撫でると魔方陣が綺麗に描かれる。

 腕を上げる動作だけだったこともある。


 言葉も何もなく生み出される技にこの豪華な杖が必要なものなのかどうなのかさえ分からない。


 単純に使うと効能が倍になるというものなのかもしれないし、俺が口をはさむことではない。


 魔術師は嫌そうな顔を隠しもせず「はあ。相変わらずあんたたちは選ばれた人間だと思ってらっしゃるんですね」と言った。


 それから、杖を再びしまうつもりが無いと知ると、魔術師はそれをつかむとぞんざいに、ナタリアに向かって放り投げる様に渡していた。


 それが高価なものなのか、魔術師にとって有用なものなのかはどうでもよかった。

 訊ねたところで、どうせ理解できないし知りたくもない。


 だけど、家族からと言われてもらったものを、ぞんざいに投げ渡す魔術師を見て舌の奥の方が渇く。

 言いようのない不快感があるが、魔術師の家族の事は実のところよく知らない。


 初めて魔法を使うときに事故にあって以降見下されていることは知っている。

 実際誰からの助けも無く、こんなところまで魔王軍討伐に来ている時点で何か助ける様な素振りさえされたことは無いのだろう。


 選民意識があると言われて笑顔を浮かべ続けてる男にも、家族からの差し入れに興味のない魔術師も異様なものに見える。


「これで、援助はしたから、ここで戦死しても仕方がないって話にすることに決まったんですか?

それとも、俺を憐れんでくださってるんですか?」


 魔術師の語気が強くなる。


「家名を傷つけることのない戦いを我々は望んでいます」


 魔術師が舌打ちをする。


 家名のために戦う人間はいる。けれど、魔術師には最も縁遠いものに思える。


「それは死ねってことですか?

それとも、死ぬなってことですか?」

「ここで、あなたが死ぬとは誰も思ってないでしょう」


 それに、死して恥をすすいで欲しければとっくに殺してますよ。

 笑顔をべったりと浮かべながら言う話には聞こえない。


「なら、俺がこれを誰に渡してもいいだろう」


 なあ、お前もそう思うだろ? 魔術師に話かけられて驚く。

 正直魔術師が俺に話をふるとは思わなかったのだ。


「俺に聞くな」


 そう伝えると、魔術師は口角だけをわずかに上げて笑った。

 それは普段から魔術師を見ていなければ笑顔とは気が付かない、とても小さな変化だ。


 俺はむしろ、そうやって家族が一応、絆として贈ったものをぞんざいに扱うことに苛立ってもいるのに、魔術師はなぜか少し嬉しそうだ。


「俺はここで死ぬことは無いって話だし、勇者様が正しい道を示してくださるわけでもない。

であれば、俺は自分のパーティの人間にこれを譲りたい」

「まあ、ナタリアはお前の大切な人みたいだし別にいいんじゃないのか」


 正直俺が関係なければどうでもいい。

 だからこそ出た軽口だった。


「なっ、別にそういう意味で渡したわけじゃないんですけど!?」


 妙に早口になって魔術師が言葉を俺に返す。

 逆にその焦りの混じった早口が気持ち悪い。


「一度ご実家に顔を見せてくださいませ」


 魔術師の様子をすべて無視してその男は言った。

 魔術師はそれが当たり前の様に、もう全く目の前の男に興味がなくなってしまったようにあたりを見回した。


「あの、これ、どうすればいいんですか?」


 男が去った後ナタリアはおずおずと魔術師に訊ねていた。


「ああ、それ。魔力効率が数十倍になるっていう杖だから、適当に使えばいい」


 んー、と一瞬悩んだ後魔術師は「もし、困った状況になったらこの術を発動させればいい。杖が君を守ってくれる」と言いながら杖に小さな魔法陣を一つ刻んでいた。

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