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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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領土1

 できる限りゆっくりと出立の支度をしていることは誰も口にしなくても分かっていた。


 命令をする方もそのつもりなのだろう。到着期限を区切ってその日までにたどり着けなかったら反逆罪とするというという言葉が書き添えてあった。


 ギリギリにたどり着いた場合のリスクも無くは無い。

 けれど、勝手にやっててくれという気持ちの方が大きい。


 念願の巻物をみて、わーわーとはしゃぐ魔術師を見てうんざりとして、それから武器のメンテナンスを頼んだ。


 短剣を二本購入したことを知った魔術師は、魔術付与をしたいと言い出す。


 一瞬悩んで、片方の剣のみ魔術師に渡す。



 こいつの魔術の腕は確かなのだろう。ただ、こいつが敵になった時に碌でも無い結果になるのは嫌だった。


 事実、遺跡ではこいつに体を焼かれてる。


 魔術師は特に気にした様子もなく、渡した方の剣にだけ強化の魔術を付与していた。


「それでは、よき旅を」


 虎の精霊と、この国の王に見送られて戦場へ向かう。


 ラクダを使った旅客便がまだかろうじてあったのでそれに揺られて戦場のかなり近くまで送ってもらった。



 平原の東側に魔族が陣を張っているらしい。


「まるで、人間みたいだな」


 魔術師が感慨深げに言う。


「魔術人形を各地に送り込んだやつなら、分かるけど、獣や竜をどうやって戦争に引きずり込んでいるんだろうな」


 竜の思考の共有だのなんだの、今話す必要があるか? ってことを延々と話している。

 いい加減うんざりしてきたところで幕営が見えてくる。


 思ったよりも数が多い。

 本気で戦争をするつもりなのかと、魔術師を見るのとは別の意味でうんざりとする。


 寄せ集めの人間で戦争をすることも、さも最終決戦ですという顔をしていることも。何もかもが馬鹿馬鹿しい。

 何よりすれ違う人々の顔が悲壮感に満ちているのが嫌だった。


 英雄という存在しないものに縋りたくなるのは、大体こういう時なのだ。


「なあ、こういう時なんか口上とか必要だったか?」


 魔術師がげんなりとした顔で言う。


「どうせ、重用されることなんかないだろ」


 そう答えると、魔術師が口角を上げる。

 武勲を上げたいというタイプではない事は知っている。だから多分この笑みは、なるべく楽な仕事をしたいという笑みだろう。


「という訳で、ユナさん。少し隠れていてください」


 何が『という訳』なのかはまるで分からないが、精霊は大きくため息をついた後、姿を消した。


 ナタリアが、しきりに今の精霊が消えた仕組みを聞き返している。

 それが珍しい事なのかどうなのか、分からないが、少なくともナタリアに説明する魔術師の言葉は酷く分かりにくいものに思えた。



 名義上の上官だ、と名乗る男の言った言葉に驚く。

 配属先はかなり前線に近いという事実に、思わず舌打ちをする。


「勇者様ほどのお方であれば、きっとご活躍いただけることでしょう」


 目を輝かせて言われるが、言っていることは嫌味とさほど変わらない。


 何故そんな事になったのか? 事情が分からず上官と名乗る男を見ていると、しきりに魔術師の足を気にしている。

 それで合点がいった。


 今度は舌打ちをする気にもならない。


 理由が何となくわかったからだ。


「偽装できてるって話じゃなかったのか?」


 魔術師に言う。

 魔術師は一瞬不思議そうな顔をした後、俺の視線に気が付いて自分の足を見る。


「目のいい魔術師が、いるって話か!」


 そう言った。

 それから、とても面白そうに目を細める。


「ああ、それは面白い。

ものすごく面白い。

その魔術師とぜひ会ってみたいな」


 ニヤニヤとしながらうわごとの様にいう魔術師をうんざりと見る。


 重要なことはそこではない。


「さて、どうするか?」


 前線までは転移魔方陣で行けるという事だった。

 上官とやらが少し離れた瞬間、魔術師が言った。


「目のいい魔術師がいるのが面倒と言えば面倒か……」


 魔術師が独り言のように言う。


「専用の転移魔方陣を仕込んでおきたいところだけど」


 見つかればそちらの方が面倒そうだという事だろう。


 戦って死ぬことを望まれている。

 それは最初から分かっていたことだ。


「俺の所為で悪いな」


 戦場へ向かう転送陣の前まで向かうと、魔術師がそう言った。


 別にこいつの所為等ではない。

 そんな事知っている。それなのに、当然の様に魔術師はそう言う。


「は?」


 思ったよりも声は通る。

 低い吐き捨てる様な音になって魔術師に届いた音に、魔術師はびくりとローブを震わせた。


「だって、そうだろう?」


 眉根を寄せた変な顔で、魔術師は笑っていた。


「足を切断した所為で問題になってるんじゃないよ。

切断された足にかけられた術が問題になってるんだよ」


 俺が勘違いしているという体で魔術師が噛んで含むみたいな言い方をする。


 そんな事は理解している。

 靴を履く時、着替えをするとき、ちらりと見えるくるぶしが片方どす黒くなっていること位ちゃんと見えている。


 魔術師が何気ない動作をするときに少しだけ足を引きずっていることも、残った足の方に重心をかけるような動作をすることもきちんと気が付いている。


 それでも今歩けているのが、忌避されている魔術を使った所為だという事は概要だけは聞いた。

 細かい部分は濁していたけれど、あまり良くないとされるものなのだろう。


 けれど、そもそも足を片方失わなければ済んだ話だ。


 俺が強ければそれですんでいた話だ。


 他の誰も関わらなくて済んだのだ。


 魔術師につかみかかろうとした瞬間、ナタリアが俺たちの間に割って入った。


「やめてください」


 それは小さな声だったけれど、落ち着いていて、彼女は魔術師をにらみつけた後、俺の事も同じように睨みつけた。


「今、それをやる必要ってありますか?」


 ナタリアは冷たく言い放つ。


「どうせ、あなたたちはどんなところでも生き延びますよね?」


 この場で問題があるのは私だけの筈です。

 ひゅっ、という息をのむ声が魔術師の方から聞こえる。


 俺は別にここで死ぬつもりは無い。

 魔術師も馬鹿な行動でもとらない限り多分死なない気がする。


 面倒だ、という以外で考えなければならないのは彼女の事だけなのかもしれない。

 しかし、ナタリアがどうなろうが俺の知ったことじゃない。


 魔術師が彼女の何に同情したのか、恋ってやつをしているのかは知らない。

 そもそも、もう恋なんてもの自分にはできないのだと思っている。


 寝込みを刺されないと安心できる人間がこの世界にいるとは思えなかった。


 だから、というわけでは無いけれど正直この少女を守りたいのなら魔術師が勝手にどうぞ以外の感情はない。


 それを少女は多分、的確に見抜いているのだろう。

 別に隠していたつもりは無いのだが、ふつり、と胃の腑が沸く様な感触がする。


「ここに引き取ってしまった、責任はきちんととるよ」


 穏やかな口調で魔術師が言う。


 ほら、思った通りだ。


 端からこの少女の心配など何もしていない。

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