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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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勇者アルク4

「魔法使いは自分自身を籠に入れて、とてもとても価値のあるものの様に見せかけました」


 金で作った鳥かごに自分を入れて、高価な鳥だと思わせる様な事を魔法使いはしました。


 魔法使いにとって世界はどうでもよかった。世界より勇者の方が大切だった。

 勇者を生贄にしない方法を魔法使いは、探してついに答えにたどり着きました。だから、それが自分の命を賭してかなえられる魔法だったこともどうでもよかったのです。



 淡々と語られる話は、足が一本どこかに行ったというより碌でも無い物の様だった。



 魔法使いは代わりに生贄になりました。世界は魔法使いに騙されました。

 そしてその研究結果を残しました。


 勇者は酷く悲しみ、同時に安堵しました。

 生贄はすぐには必要ないのが通常でした。


 魔法使いのおかげで勇者は救われました。



 女は笑顔を絶やさなかった。それが気持ち悪い。


「それで?その魔法だか魔術だか知らないものにあの魔術師が偶然到達したとして、それがアンタにどういう関係があるんだ?」


 魔法の事は、そういうものが好きな奴らが勝手に研究でも研鑽でもしてればいい。


 そっち方面の適正がまるでないのだ。分かってるやつらで何とかしてほしい。


「美しくなった勇者は沢山の子孫を残しました。

魔法使い達は、最初は事の重大性に気が付いていませんでした」


 少女はふわりと笑った。


「ただ一人の頭のおかしい魔法使いのみで終わる話だと、魔法使いたちは信じていました」


 世界が変わる様な話だとは誰も思わなかったんですよ。と女は嘲笑う様な表情をした。


「戦争が始まったのはしばらくしてからでした」


 勇者も魔法使いも自分だけは犠牲者になりたくはなかった。


「お互いに、相手が犠牲になるべきだと主張し合ったのが始まりです」

「そりゃあ、当たり前だろ」


 目の前の風景が一気に変わる。

 自分によく似た女と、魔術師を小綺麗にしたような男が怒鳴り合っている。


「当たり前、でしょうか?」


 女は微笑む。


 定期的に生贄をささげる習慣があった事と、それは少なくとも捧げる方としては世界に対する供物のつもりでやっていた。この女が言いたい事はそれだけなのだろう。


 何故生贄をささげなければならないと思っているのかと、世界というのがどこなのかは相変わらず分からない。


 何も分かっていないのと同じだろう。


 宗教じみている。分かったことと言えばそれくらいだ。


 わざわざこうやって俺に状況を見せつけてくる意味も分からない。


 もういいと言おうとしたのが先だったか、剣の柄を振り上げたのが先だったのかは意識していないため、分からない。


「シド来なさい!!」


 どちらにせよ女が叫んだ事により話をするという雰囲気ではなくなってしまったのだ。


 予知能力なのかは知ったことではない。

 別にどちらでもいい。


 鞘から抜いて振りかぶった剣は、けれどその女にあたることはなかった。


 自分と女の間に割って入る様に、今までいなかった筈の男がいる。


 三人宙に浮いた状態でいるのだから、自分でも気持ち悪いと思う。

 そんな感情とは関係なく体は動く。


 横に流した剣を振りなおす。

 今度は何かの魔法が発動した様だった。


「私は普通にお話がしたかっただけなんですよ?」


 イライラする言い方で女が言う。


 それは俺にとって必要なものだったのか。

 この女とその仲間たちにとってのみ大切な話だったんじゃないのか。


「それで? 今は魔術師を生贄にする伝統も勇者を生贄にする伝統も無くなって、あんな風に勇者捕まえて生贄にしてるって?」


 アホらしい話だ。


「なんで、そんなもの続けてる。

世界とやらがくれといってきたのか?」


 話すことすら面倒だ。

 そのまま踏み込む。


 どういう仕組みかは知らないが、踏み込むことは普通にできた。


「誰かが犠牲になることで、世界が少しでも良くなってるとでも言いたいのか?」


 女は微笑んだ。



「そのおかげで今日も私たちは世界と繋がることが出来るんです」


 魔術の理屈すら理解できていないあなたと、それから世界に嫌われているあの魔術師は別でしょうけど。


「違うだろ?」


 思ったよりも平坦な声が出せた。

 多分俺はまだ冷静だ。


「剣を見たんだ」


 女の微笑みが崩れる。

 あそこに何が書いてあったかは知らないが遺跡で手に入れた剣には確かに勇者について書かれていた。


 その筈だ。


 今の何が書かれていたかは俺には分からないが、さすがにこの位の想像力は働く。


 あそこに書かれていた内容は知らない。


 分かっていることは、その言葉を精霊が知っていた事とその遺跡の少女を魔法使いが魔法の世界で知っていた事。

 そのたった二つだ。


 けれどそれでも分かることはいくつかある。



 精霊は勇者を最初から知っていて、そしてこの世界では生れていない。

 戦争が目の前で繰り広げられる胸糞の悪い場面が相変わらず目の前に広がっている。


 妖精も精霊もそれ以外のものも見当たらない。


 二つに分かれる前の世界だと言っていた。

 どことどこに分かれる前の世界なのか。


 可笑しいのだ。

 けれど手の込んだいたずらだというにも、無駄に壮大すぎる。


「どちらにせよ――」


 まずは戦闘力のある奴を排除する。


 主義思想に関係なく、それが一番マシな選択だという事を俺は知っている。

 うるさいおしゃべりをしてた女の方ではなく、突然現れた様に見える男の方に切りかかる。


「あなたはこんなところでこんなことをしているべき人ではない筈ですわ」


 女に言われる。

 それは一度勇者の力が無くなる前に言われた事だ。


「勇者は生贄のための血筋? 笑わせる」


 それが本当であれば俺は途中で勇者でなくなることも無かった。

 なんにも疑いを持たず、周りの人間を信用して生きていられた。



 けれど、そんなことは無かった。

 それはもう過去になってしまっているのだ。


 俺は自分でも自分自身が勇者なのか勇者ではないのかよく分からない。



 そのことをとやかく言うやつは全員敵とみなしていいだろう。


 踏み込む足に力を入れる。

 けれど、男の体の周りには硬い壁の様なものがあって切り落とせない。


 舌打ちが出る。


 はあ、と女がため息をついた。


「邪魔が入りますね」


 女が言った。

 魔術師だろうか。


「残念ですが、あの魔術師がここに来ることは不可能です」


 空間ごとここを破壊することしかできませんから、と面白そうに女は笑った。

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