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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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遺跡5

「で、結局成果はあったの?」


 ユナに聞かれて思わず息を詰める。


「今のところ剣が一本見つかっただけだ」


 淡々とアルクが答えながらユナに持ち出した剣を見せた。


「あら、精霊文字じゃない」


 ユナが剣身の樋に彫り込まれている文字を見てそう言った。


「読めるのか!?」


 思わず訊ねる。これが古代文字だという事は分かっているが専門家でも無ければすぐには読めない。俺は一旦街に戻って魔術協会経由で彫られている文言を調べる予定だった。

 いまだ知られていない事実か書かれていればよし、そうでなくとも人間との調和とか悪しきものを滅ぼすとかそんな事がかかれていれば御の字だ。


 王室に成果として報告できれば時間が稼げるのだ。その間ゆっくりとナタリアに魔術を教えながらゆっくりと過ごせばいい。

 ただ、自分の名前で出してもまず相手にされないだろうから、アルクの名前で出す事が重要だろう。


 知識欲は強い自覚がある為、できれば自分で調べたい気持ちもあるが、ここはユナに任せてしまったほうが早い。

 確認作業は後で一人ですればいいのだ。


「読めるに決まってるでしょ。私をなんだと思ってるのよ」

「精霊様でしたね!」


 正しく答えた筈なのに、ユナは訝し気な表情でこちらを見る。

 なんだよ、はっきり言われないと分からない。


 それなのにユナは何も答えず溜息を付いただけだった。


「これ、裏表違うことが書いてあるわね」


 文字の並びが違うのは一目瞭然だから、ユナの言いたいことは何か全く別の事象について書かれているという事だろう。


「こちら側が『人と精霊との調和の為、■■■■を残す。それは、大地に根差し世界を支えるだろう。』で――」

「ちょっと待て、途中上手く聞き取れなかったんだけど」

「はあ!?だから『人と精霊との調和のため、■■■■を』」

「そこだ、今ユナさんなんて言った?」

「は?だから■■■■よ」


 ユナは普通に話している様に見えた。口も動いているし、音としては聞こえているのだ。けれどその言葉だけ上手く聞き取れない。

 知らない言葉があったとしてもなんと言ったか位分かるのだが、ユナの発する言葉はそれすら分からなかった。


 アルクを見ると、彼も分からなかったらしく首を振っている。


 ナタリアはどうだろう。彼女は多分俺とは文化圏の違う地域で暮らしている。

 着ている服に書いてある文様は明らかに今の公用語とは違う。だから、という訳では無いが少しだけ期待してナタリアにも訊ねる。


「■■■■が何を意味してるのかは私にも分かりません」


 はっ。吐く息に音が乗ってしまう。


「ナタリアは聞き取れて、発音できているのか……」


 俺とアルクが無理でナタリアとユナには聞き取れる言葉……。

 女性だからだろうか、それとも魔法に対する適正値の違いだろうか。


「アンタ、さっきから何言ってるのよ。■■■■は■■■■でしょ」

「だから、それが俺には全く聞き取れないんだよ」


 溜息交じりで俺がユナに言うとユナは、へえと面白そうに笑った。


「じゃあ、先こっちも読んじゃう?」

「ああ、そうしてくれ」

 

 ユナが剣の反対側を指して言う。


 俺に聞き取れない理由が何にしろ、この場では推測の域を出ない。

 それであれば後できちんと調べるので充分だろう。

 残されたものが国にしろ人にしろ物にしろ、少なくとも報告文書上は素晴らしいものだという風にするだけだ。


「ふふっ」


 剣を裏返して文字を読んだユナが笑った。


 それはとてもとても楽しそうで、妖精のイタズラが成功した時の様な笑顔だ。


「突然どうした?」

「『生贄たる勇者に敬意を。弱き者に役目を与えられたことに祝福を。』って感じかしら」


 ユナは面白そうに言う。

 俺は何が面白いのか分からなかった。


 ユナの反応が無ければ、誰か個人の為に作られた剣でそれが勇者なのか勇者の周りの誰かなのかという程度で気にも留めなかっただろう。

 だが、このユナの反応はそんなものとは違う様に見えた。


 偶然ある一人の勇者が生贄になって、それによって国なのか宗教なのかは知らないが何かが繁栄したかそれが保たれた。生贄となったことが直接的なものなのか間接的なものなのか、それとも偶然勇者の死と何かを結び付けて考えたのかは分からないが兎に角そんな事があった記念品。

 そんなものはそこら中の遺跡にゴロゴロしている。偉大なる国王陛下の犠牲によりとか、何かがあった時に作られる物品としては別に珍しくも無い。


 それに裏に書かれた言葉とある程度整合性も取れるのだ。

 勇者の死によって何かが守られた事、若しくは何かが発見されたことへの賛美。ユナがアルクを気に入った様に勇者を気に入る精霊は他にもいくらでもいるだろう。


 勇者の生きてきた軌跡への称賛とも、その勇者が残した偉業への言葉ともいくらでも解釈できる。


 まあ、それでは国にする報告的には問題なのだが、それはそれ、これはこれだ。

 お前もこの勇者の様に頑張れと言われない為の事を考えるだけの話なのだ。


 けれど、ユナの反応がそんなありふれたものに対する表情では無いのだ。


「何か知っているのか?」


 俺が訊ねると、ユナは再び軽く声を上げて笑った。


 ひとしきり笑うとユナはふわりと浮かびあがって、瞼を三日月型にして笑顔を作りながら言った。


「残念。それは言えないわ。

私達の世界には私たちの世界のルールがあるから」


 ユナの赤い瞳が一際輝いた気がした。


「それは、アルクの頼みでもか?」

「確かに勇者様の事は気に入っているわ。

でも、それは違う種族の生き物にしてはってだけよ」


 同種族の理に背いてまでなんて気がおきるわけないでしょう。

 

 相変わらず笑顔を浮かべたままユナは言った。

 人と似た姿をしている所為で勝手に仲間意識を持ち始めてしまっていた事にようやく気が付く。


 彼女は妖精なのだ。いくら見た目が似ていても絶対的に人間とは価値観が違う。

 それは、俺が変わっているとか空気読めないとか言われるのとはレベルが別物なのだ。


 だけど、それをわざわざ表明してくれるのは、ユナの優しさだろう。


 少なくとも、彼女が彼女たちのルールでいうことの出来ない“何か”があるという事を教えてくれてはいるのだ。

 契約を結んでまだ碌に日も経っていない、ハズレ魔術師の契約者にそこまで教えてやる義理等あるとは思えないのにそれでも彼女はヒントを出してくれている。


 それが、アルクを気に入ったからなのか他の理由なのかを推し測れるほど色々見ることはできないのでその辺は棚上げにしてしまう。


「じゃあ、仕方が無いな」


 ナタリアが何か言いたそうにしている事には気が付いていたが無視をしてしまった。

 後でこういうのが嫌われる原因になるとそれなりの人生の中で学んだ筈なのに、彼女の意見も聞いて調整はとてもじゃないけれど出来ない気がして逃げてしまう。



「で、これからどうするの?」


 これはさすがに空気の読めない自分にも試されていると気付かせてくれる物言いだった。


「俺は、きちんと準備をし直して遺跡探索をしたい」


 今度はまずい事にならない様に準備をして、それから契約している妖精さん達にも協力をお願いする。

 先に進む理由も無い。元々の目的が時間稼ぎなのだ。


「ナタリアへの魔術と魔法の指導も移動をするよりここでの方が良いだろうし」


 アルクの方を見る。

 酷い目にあったのは間違いなくアルクだ。俺は大した目には合っていない。

 だから、アルクが嫌なのであれば諦めるしかないと思った。


 アルクは長い長い溜息を付いた後「遺跡は俺が勇者だから狙った可能性もあるんだろ?」と聞いた。


「なら、きっちりやり返さないと気が済まないな」


 それだけ言うと、街に行くんだろうと言いながら出発してしまった。


 慌てて後を追いかける。

 ユナが面白そうに口角を上げている。


「今度は私にも手伝わせてください」


 ナタリアが俺の横を歩きながら言った。


「他のギイさん達に読みあげられない言葉があった時、私が居た方が判断しやすいでしょうし」

「……ああ、分かった。でも今度は誰も危ない目には合わないように行動する前提だからな」

「勿論です」


 とりあえず、街に戻って休んで、それから買い物をしようと決めた。

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