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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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遺跡4

 間に合わない。それだけは分かった。まともにあんな斬撃食らったら腕がはじけ飛びかねない。

 息を吐くと同時に、はじけ飛んだ魔力も含めて俺とアルクの周りに高濃度の空気を一気に流し込む。


 それから、そこに着火して一気に燃やす。先程まで風をおこしていた関係もあって炎は良く燃える。

 アルクには申し訳ないが、彼の呼吸の流れに合わせて、酸素を一気に彼の周りに送り込む。


 火は酸素を求めて燃え広がり、アルクの肺を強か焼いたことだろう。


「がっ、がはっ……」


 アルクが、呼吸を乱す。


 後で必ず治療する。そう決めると廊下の奥からいつの間にか漏れている光の方に視線を移す。


 そこを確認するつもりだった。しかしそれは叶わない。


 まともに息をするのすら苦しい筈なのに、アルクはそれでも剣を落とさず向かってくる。


「俺を殺したって意味ねーだろ」


 欠陥品を殺しても意味はない。

 アルクが勇者として欠陥品だと思っているのなら、俺は魔術師としての欠陥品だ。


 欠陥品同士が殺し合いをしてなんになる。

 といっても、俺の目から見てアルクはちゃんと勇者に見えるので、本当の欠陥品は多分俺だけなのだろうけど。


「俺も、最初の適正検査で魔力が暴走して魔術が一切使えなかった時期があるよ」


 まだ、きちんと聞く耳と考える頭が残っていたのだろう。アルクはハッと短く息を飲んだ。


 それから、はあ、はあ、と何度か無理矢理大きく息を吐いて、もう一度こちらを見た。

 もう目は冷静なものに戻っていて、遺跡の影響は無いように見える。


「息、大丈夫か?」

「正直かなり辛いが、まあここを出るまでは持つだろう」


 先程までの話の続きにはならなかった。触れられたくない事だっただろう。自分も進んで話をしたいと思えるような事柄じゃない。


「まずここを出て、それからもう一度話がしたい」


 アルクはそういうと剣を持ちなおす。


「あー、お手柔らかに」


 頭をガリガリとかくと、あの奥がゴールっぽいけど行ってみる? とアルクに聞いた。


 奥の空間は薄ぼんやりと光っていた気がするが、入ってみると薄暗い。

 かび臭いような、埃がしけっているような嫌な匂いが充満している。


 基本的に、仕掛けのある遺跡は空間自体を固定してしまっている物が多いのに、この場所は外と同じ様に時間が経って、嫌な匂いになっている気がする。


「何かあるか?」

「いや……。

ちょっと待て、あれは何だ?」


 アルクの指さした方に乱雑に放ってあるのは一本の剣だ。


 まさか、あり得ない。もしここにそれなりに価値のある何かが置いてあるとして、こんな適当にほっぽってある筈がない。

 勿論、ここでいう価値は金銭的アレや、強い武器って意味だけではないけれど、意味があってわざわざ遺跡に置いてあるのであればこんなまるで捨てたように放置はしていない。


 それに、罠だとしてもこれは誰も引っかからないだろう。


 そもそも、遺跡に何かあるという情報自体が間違っていたということなのだろうか。


 中を隅々まで調査したい欲は勿論あるが、一旦外に出てアルクの治療をするべきだろう。


 一旦帰ろう。そう伝えようとすると、アルクは速足で剣の前へと進み、それから放置された剣を持ちあげた。


 刹那、まばゆい光が剣から漏れ始める。

 勇者が持つと反応するとかなのだろうか。


 眩しさに目を細めながら、金色に光り始めた剣とそれに照らされるアルクを呆然と眺めた。


 輝きはすぐに収まった。

 アルクの手にあるのは何の変哲もない剣に見える。


「魔道具だったのか?ちょっと見せてもらっていいか?」


 アルクが投げてよこしたそれをマジマジと見る。

 古代文字が書いてあるもののごく普通の剣だ。


「合金の研究に少し、削っていいか?」

「いや……」


 妙に濁すアルクに、またちょっとテンションが上がりすぎているかと首をかしげる。


「声がしたんだ」


 アルクは言い出しにくそうに、視線を床に落として言った。


「俺には何も聞えなかった」


 耳はいい方だと思うが俺には何も聞えなかった。


「なら――」


 アルクは剣に視線を向けた。


「まあ、それだろうね」


 解体して解析をしたい。これがこの遺跡が守っている宝という事なのだろうか。

 こんな放置されているものが?


「兎に角、一旦外に出て遺跡調査のための準備をし直すのが最善だろうな」

「ですね」


 ほんの少しの時間の筈なのにどっと疲れている。


 一旦ナタリア、ユナと合流して体勢を整えるべきだと来た道を戻った。


 帰りは全く何も無く元居た場所に戻ることができた。

 そんなもんだ。


 何かを持ちだされたくない遺跡は入るのは楽で出るのが難しい。何かをしかるべき人間に渡すために守っているタイプの遺跡は入るのが難しく出るのは楽だ。

 勿論遺跡には物を保管するためのもの以外も多いからこれが当てはまらない遺跡も多い。


 今回は出るのが楽なタイプだった様だ。



「遅かったじゃない」


 チラリとこちらを見たユナがそう言って、服に焦げ目がついてしまったアルクを見て慌てて近づいている。



「丸一日も何してたんですか!心配したんですよ」


 眉根を寄せて俺を見上げるナタリアの言った内容が一瞬理解できなかった。


「一日ってなんだそりゃ」


 俺が言うと「何言ってるんですか、お二人が遺跡内部に向かってから丸一日経ってますよ?」と言われた。


 思わずアルクと顔を見合わせる。

 チラリとユナを見ると頷かれた。


「魔力供給は大丈夫だったか?」

「それは問題なかったわ。

だからこそ少なくともアンタの無事は分かってたんだけど」


 ユナに言われ大きく息を吐き出す。

 完全に状況判断が間違っていたという事だ。


 絶対に必要では無い遺跡探索でアルクに怪我をさせて、ユナとナタリアを放置した。


「悪い……」


 謝ると、二人がご無事で良かったですとナタリアが微笑む。

 それを見てさらに申し訳ない気持ちになったのは言うまでも無い。


 何よりもまずやらなければならない事はアルクの治療だ。

 近隣の街まで戻るのは時間がかかりすぎる。


 ならば自分でやるしかない。

 療術系全般が苦手だとかそんな事を言うべきじゃないし、そこを言い訳にしていいとも思えない。


 懐から魔術師の為の杖を取り出す。宝玉で彩られたそれは手のひらに乗る位の大きさだが魔力を流し込むと腕を広げた位の長さに戻る。

 俺はこれが余り好きでは無かった。


 実家からもらった唯一に近い道具であったし、じゃあ別のものをというにはまともな杖は高すぎた。

 だから普段は使わないのだ。


 ものだから、使いつぶしてしまえばいいと考えなかった訳では無いが、やはり引っかかりがあった。

 その位あの人達に対して劣等感であるとかその他もろもろの感情を今も抱いている。


 だからといって、適当な事をする気にはならなかった。


 妖精と人間は体の強靭さが違うのだ。この前の様に無理矢理治癒させるという事は不可能だ。


 杖に魔力を流し込み元の大きさに戻す。

 それから杖を使って地面に魔法陣を描く。


「アルク、治療するから魔法陣の真ん中に立って」

「ちょっ、勇者様怪我をなさってるの!?」


 ユナが悲鳴の様な声を上げる。ユナは本当にアルクの事を気にかけている。


 多分、俺が怪我をさせたと知ったら、普通に攻撃してくるんじゃないか?自嘲気味な笑みがどうしても漏れてしまう。


 アルクは、相変わらず何を考えているか分からない表情のまま魔法陣の中央に立つ。


 杖の先端を地面につきたてる様にして、魔法陣を発動させる。

 そもそも他人の治療は数える位しか行ったことが無いのだ。意識を魔力調整にだけ集中する。


 魔法陣に魔力を引っ張られる感覚。召喚の時に根こそぎ持って行かれそうになる感覚は好きだが、これはあまり好きにはなれない。


 求められるまま、魔力を与えてしまえば術自体が失敗してしまうのだ。

 他の全ての感覚を切り捨てるイメージで杖を持つ手に集中した。


 魔法陣は淡い光を放つ。ところどころ魔力の流れが滞っている部分はあるが、術式自体は綺麗に発動している。

 気を抜かなければ、問題なくアルクは元気になる筈だ。


 アルクが、ふうと息を吐く。肺が少しずつ元に戻ってまともに呼吸ができる様になってきたのだろう。


 息苦しさがあった筈なのに、その様なそぶりすらほとんど見せない。遺跡の中でほんのわずかな時間だけ息苦しそうな表情はしていたがその後は無表情に戻っていた。

 それほどまでに、自分自身の弱みを見せない。見せられないが正解であろうことは遺跡の中でのセリフから察することができるが、どちらにしろなんでそこまでと思ってしまう。


 違う事を考えてしまった所為だろう。光がぐにゃりと曲がり、暴発一歩手前になる。

 慌てて術を整え直す。


 魔力の逆流で手の皮膚が一部切れた気がするが、気にしている余裕はない。


 もう少しで、アルクは全快するだろうし余計な事を考えるのは止めた。

 どうせ俺が何かを考えたところで良い解決策なんてものは見つからないのだ。


* * *


 程なくして、アルクの傷は全て治った。


「ちょっと、アンタどういうことよ」


 ユナが語気を強めつつ聞いてくる。


「トラブルがあっただけだ」


 そっけなくアルクが答える。


「トラブルですって!?

それでなんでアンタの魔力が残留してるのよ」

「あ……、いや、それは、その――」


 しどろもどろになる俺をみて、アルクは溜息をついて後、相変わらず無表情のまま「答える必要はない」とだけ言うと、それで話は終わりとばかりに荷物の整理を初めてしまった。


 俺はユナに睨まれながら、アルクが答えない以上自分も何も説明できないまま、視線を彷徨わせるしかなかった。

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