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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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遺跡3

 アルクの表情は俺を嘲笑っている様に見えた。

 それが俺だけを嘲笑っているのか、俺以外の他の誰かを含んでいるのかは分からない。


 でも確かにアルクは俺を馬鹿にしたように笑ってる。


「天才魔術師サマにはわからないよな」


 自分で自分自身の事を天才だと思ったことは一度たりとも無い。


「俺は天才とはちがうけど」


 アルクの意図が分からない。何を見せられると突然俺が天才だから分からないという話になるのだろう。


「なあ、勇者はどうやって勇者だって分かるのか知っているか?」


 また、唐突に語りかけてくるアルクの意図は先ほど以上に分からない。


「最終検査が血液を見るってことは知っている」

「ああ、お前らしいな。神々しいオーラがとか奇跡を起こしたとかそういう話をしないあたりは興味がないからか?」


 事実勇者という生業についての興味は無かった。だから名前で呼ばないこともこの前初めて知った。


「勇者っていうのは勇者だと分かった瞬間から『勇者』って生き物になる。

だから、人としての名前を呼び合うことも無いし、普通の人間は俺の名前なんて気にしない」


 名前は聞いてくるし魅了効果はまるで効かないしアンタは本当にイレギュラーだ。そうアルクは苦笑する。


「俺は数年前の一時期勇者じゃなかった時がある」


 淡々と告げられた言葉の意味が上手く理解できなかった。

 血を確認するという事実や、勇者という生き物になるという言葉から分かる通り勇者というのはその個人が持つ性質の一つなのだろう。

 それが一時期失われる。アルクが言ったのはそういう意味だろうか。


 心臓が早鐘を打つ。頭の片隅で警鐘がなっている気がするが、それと同時にアルクの話を止めてはいけない、そう脳みそが言っている気もした。


* * *


 最初、あれ?と思ったのは、立ち寄った街で「勇者様のご加護を」と差し出された赤子が泣いた時だった。

 普段子供に泣かれるなんて事は無かった。

 今にして思えば勇者のスキルの一つである魅了がまるで効いて無かったという事なんだろうがその時は少し不思議に思う程度だった。


 それからそういう事は徐々に増えていった。

 ほとんどの人間の普通が生まれつき勇者だった自分にとってはあり得ないことだった。


 勇者なら問題ないタイプの筈の結界にはじかれてようやくおかしいって自分でも気が付いた。

 で、再検査したら勇者じゃなくなってるって告げられた。



 簡単に言えばそんなところだ。

 アルクは極力予断をはさまない様に言ってるつもりなのだろうが、声が震えていた。


 特に淡々としゃべる人間だったのだ。その差は人の声色から感情を読み取るのが苦手な俺にでも分かる。


「後天的に神の啓示を受けて勇者だの神子だのになるやつの逆パターンってことか?」


 自分の持っている知識を総動員して聞くと、アルクは自嘲気味に笑った。


「勇者って生き物になるって言っただろう。勇者の力を失う人間はほとんど存在しない筈だ。

今生きてる人間の中では俺だけって話だった」

「へえ、魔王配下あたりで研究してそうなモンだと思ったんだけどな」


 単独で魔王を暗殺しに行くことの無謀さに対する自分の考えを改めるつもりは毛頭ないが、それなりに成果を出した人間が過去いたからこその派遣だ。

 であればあちらさんからしてみれば勇者は脅威になりうるのだ。

 その勇者をただの人間に変えられるのだとしたら研究の価値ありとなるのではないだろうか。


 そんな事を考えていると、アルクが「そんな返しをしたのはお前が初めてだ」と言った。


 ああ、そのセリフは学生時代良く聞いた。

 なんで今の話でそのセリフが出てくると呆れがちに、激怒して、心底馬鹿にしたように……、その人間によってやや態度が違うものの言われ慣れている言葉だった。


 けれど、アルクの表情は窺う様で今まで同じ科白を言ってきた誰とも違う表情をしていた。

 そんな表情を何故しているのかまでは分からないので不思議に思う。


 アルクは視線をそらして、それから心底馬鹿にするような嘲笑を浮かべる。それは自嘲なのか周りの誰かに対してなのか。


「俺が勇者じゃなくなった時、そんな事気にしてたやつはいなかった」


 ああ、まずいと思った。何がかはよく分からないけれど、兎に角まずい。アルクがこちらを睨みつける。

 そっとレリーフの彫られている石壁に触れる。 


「俺が勇者だと偽っていた。というのが大方の人間の意見だった。

いつ俺が勇者になりたいと言った!いつ、勇者として生きたいと願った!」


 アルクの声が響く。俺では無い誰かに聞かせる様にアルクは続ける。


「俺に勇者以外の生き方をさせてこなかった人間達が、何を偉そうに言っているだ!」


 アルクの目は爛々と光っていて、怒りをたたえている。


 自分をみて失望しているのがありありと分かる表情を浮かべられた時のなんとも言えない気持ちは少しだけ分かる。

 それの酷いのが突然きたのだろう。しかも、本人の行動と全く関係の無い部分で。


 魔術師にしろ勇者にしろ、称えられるべき称号を偽って語った人間の末路を知らない訳では無い。


「今までのそうあろうとしてきた努力も、信頼関係もすべてなかったことにした上、あいつらは魔族の手先として襲い掛かってきた。

見ただろう?」


 まだ辛うじて俺がいることが分かっているのだろう。訊ねられてそれが何を言わんとしているのか察しが付く。

 温泉で見た刀傷の様なものの事を言っているのだろう。


 愛想笑いも、悲嘆もなんの表情も浮かべることができない。


 それでも、今アルクは勇者として国の命を受けてここにいるのだ。


「自分を殺そうとした人間の為に、命をかけて戦って来いってことだ」


 せせら笑う様にアルクは言う。

 やる気になると思うか?皮肉交じりに言われるがどう答えればアルクは満足なのだろうか。


「あいつらどれだけ馬鹿にした目でこっちを見ていたかわかるか」


 怒鳴る様にアルクは言う。

 

「それで、逃げる様に、縮こまって、縮こまって生きてきたのに。いざ勇者の能力が戻ればこのザマだ」


 勇者様はさすがですね。違いますね。そう言われるたび、反吐が出そうになる。

 そう言うとアルクは黙り込む。


 これがあいつが抱えてるもののほんの少しだという事は普通に考えれば分かるし、こんなことが無ければ口にするつもりが無かったことなのも分かる。

 だけど、適切なアドバイスができる資質も信頼も俺には何も無い。


「で、結局お前は勇者が嫌なのか? それとも勇者で無くなるのが怖いのか?」


 俺がそう言うと、アルクは目を見開いた後、目を細めると剣に手をかけた。


 俺がまともに人と会話もできないことは認めるし、相当酷いことを聞いた自覚もある。

 けれど、多分今何を聞いても、アルクは剣に手を伸ばしただろうという確信があった。


 ああ、これは動けないなとアルクに睨まれて思う。

 彼に切られたワイバーン達もこんな気持ちだったのだろうか。


 強い者と対峙するというのはこういう事か、それでも右手を少しだけ動かして魔術を発動させる。

 本当は、ナタリアが使用するような氷系の呪文が遺跡にも本人にもダメージが少なくていいのであろうが、切迫した状況で確実にアルクを止めることができる技量で使える程では無い。


 遺跡にダメージがあるのは本意ではないのだが、こればかりは致し方が無い。さすがに物と仲間で天秤にかける程馬鹿では無いのだ。


 ひゅんひゅんと音を立てて風が渦巻き始める。古くなった石壁が徐々にかけていくのを横目に、アルクの動きを止めるべく風の流れを調整していく。

 これが駄目であれば、この風邪を種火をして火炎系列の爆裂呪文を当てるしかない。


 ユナあたりなら、炎を使う時に必要最低限に抑えるのだろうが今はいない。自分でやるしかないのだ。

 できれば呼吸に影響のない範囲で収めたい。


 ゆらりアルクが動く。その動きには違和感があって、未だ遺跡の術中であることが分かる。

 それが幸いしているのだから、本来の能力を万全に発揮できるアルクとは絶対に戦いたくないと思った。


 腕と足に風をまとわりつかせる。

 しかし、アルクはそれを意に解せず、突っ込んでくる。


 速い。魔力を足に込めて一気に後ずさるが、直ぐに追いつかれてしまう。

 召喚術を!と思うが間に合わない。そもそもこんな場所で妖精さんを呼んでどんな影響があるのかも分からないのだ。


 諦めて、手に高濃度の魔力を盾代わりに集める。


 ガキン。


 嫌な音がして一瞬で集めた魔力の盾が弾けた。

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