遺跡1
当初の目的通り遺跡のあるデュヤ山脈へと向かうことになった。
アルクに一応確認をするが、どうでもいいとばかりに他人事だ。
「アルクは最近ちゃんと眠れているか?」
「俺に聞くよりナタリアに聞いた方がいいんじゃないのか?仲良くなりたいんだろ」
「なんじゃそりゃ。お前の目の下のクマが割と酷いから言っただけなんけど、なんでそこでナタリアが出てくるんだよ」
本当に意味が分からない。
ただ、アルクに対して踏み込んではいけない壁の様なものはさすがに感じられる。
街へ買い出しに出かけたユナとナタリアはまだしばらく戻ってきそうにない。
「悪い」
「いや」
特に共通の話題も興味もあるとは思えない。ただ、所属していた国からこいつがパートナーだと言われただけの関係だ。
「そう言えば何故、デュヤなんだ?」
「ああ、あの辺は文化の系統が違うんだよ。
古代遺跡になると、文字の系統すら現在の共用語とカテゴリが違うんだ」
「個人的な興味か?」
それも勿論ある。あの辺の遺跡は行ったことの無い物も多いし、そもそも本流から外れるから魔術師の研究もあまり進んでいない。
「まあ、それもあるけど、アルクを守る武器は必要だろ。
おまえ、なんか知らないけど国からえらくないがしろにされてねーか?」
そう言った直後アルクにはり倒される。
それでようやく踏み込みすぎたことに気が付く。本当に俺は空気が読めない人間だ。
頭が打撃にぐわんぐわんと揺れている。視界はブレて今アルクがどんな表情をしているか分からない。
「悪い。自分がそうだからお前もって勝手に思い込んでたな」
視界がまわっている所為で喋ると吐きそうだが何とかそれだけ絞り出す。
「そういえば、あの魔術師が言ってたな……」
向こうもどこまで聞いていいのか分からないらしい。信用も信頼もお互いに碌に無いのが分かっている。そんな相手に何を話すべきで何を話さないべきなのかなんて今まで人付き合いをしてこなかった引きこもりの俺に分かる訳が無かった。
アルクは舌打ちをすると、そのまま俺の腕をつかんでおざなりに立たせる。
勝手に親近感を抱いていただけなのだろう。
当たり前だ。勇者様と呼ばれる人間と、まともに就労する事すらできない引きこもりが同じ土俵で話をすること自体無理なのだ。
「俺の場合は、まともに周りとコミュニケーション取れない上に、規格の違う魔術を世に紹介したから嫌われてるだけだから――」
言葉は最後まで紡げなかった。
鋭い眼光が俺を貫く。お優しい勇者様とは思えない顔でこちらを見るアルクに思わず口をつぐんだ。
それで、この話はお終いとばかりにアルクは荷物をまとめ始めた。
ただ、それがアルクにとって絶対に触れられたくない何かだという事だけはさすがに俺でも分かった。
* * *
街で買い物をしてきたユナは上機嫌だった。こちらで路銀にするために渡した龍の牙だの鱗だの、それから魔石は思いのほか高く売れたらしい。
この辺は治安がいい。だから、ユナとナタリア二人で行かせたのだが正解だったらしい。
けれど、購入したものを確認する前にユナが俺とアルクの間にある気まずいムードを感じ取ってしまう。
「アンタ何勇者様を怒らせてるのよ」
ユナに言われ申し開きも出来ない。
「非常に済まないとは思って……」
もごもごと言う俺にナタリアが訝し気な視線をよこす。
いたたまれない。ものすごくいたたまれない。
「俺が勝手にイラついただけだ」
アルクが一言だけ口をはさんだ。
ユナは俺とアルクを交互に見た後、「一度決闘でもしてみればいいんじゃないの?」と言った。
妖精の価値観はよく分からない。ふつうは話合ってとか腹を割ってじゃないんだろうか。
「いやいやいや、ユナさんそんな物騒な」
「ふーん」
ユナはこちらを見ると鼻で笑った。
それ以上何も言わない俺をよそにアルクは勝手に出発してしまう。
ナタリアがそっと「完全に駄目になってしまう前にきちんと話した方がいいですよ」と悲壮感溢れる表情で言った。
パーティ分裂を経験したナタリアに見せていい話じゃなかった。
申し訳ない気持ちになりながら俺はアルクの後を追った。
旅はゆっくりと進んでいく。特に急ぐ必要が無いのだ。
むしろ、疑われない範囲で少しでも遅い方がいい。だから、無理をしないで休息も多く撮った方がいい。
「あの、もしかして勇者様ですか?」
街道沿いを歩いていると、商人らしい男に声をかけられる。
知り合いかと思ったがどうやら違うらしい。
普通のきちんとした人間にはアルクが勇者であるとすぐに分かるようだった。
アルクが面倒そうに、けれど丁寧に返事をする。そうすると商人は感激してアルクの手を握ると、上下に振っている。
まるで生き神様にでもあった様な態度に驚く。
ああ、そうか。これが普通の反応で、アルクはずっとこんな対応をされ続けてきたのだと気が付く。
それは羨ましいというより、ものすごく疲れそうだと思った。
疎まれている俺とどちらがマシなのかは分からない。
どこにいてもすぐに勇者であると気が付かれて、対応を求められる。で、俺からみて過度に期待に満ちた眼差しで見られ否定も肯定もできずただ立ち尽くすようにその人間と対面し続ける。
そこで、ふと、そもそも勇者というのは何なのだろうという疑問が湧く。
魔術という自分のフィールドとあまり関係なかったし、アルクは俺から見て特に変わった様子がある風には見えない。
勿論整った顔立ちをしていること位は分かるが、それで言えばユナあたりは人だかりができていないとおかしいだろう。
アルクは魔力量が関係しているのではと言っていた。
それであれば文献の一つも今まで見たことがある筈なのに、そんな知識は全く無い。
興味だけでアルクを巻き込むとまた揉めてしまうかもしれない。
まず、どこかで調べ物をしたいと思った。
残念ならが、調べ物ができそうな大きな街は道中には無い。
一月ほどかかって、遺跡についてしまった。
思ったより大きな神殿と思われる建物は森に浸食されて全容の把握は難しい。
既に崩れ落ちた柱の様式を見ても相当古いものであることが分かる。
透かし彫りにされたモチーフと共に描かれた文字から見て魔術が発達する前の物だろう。
「へえ、アトルガ文字ね」
ユナは俺が眺めている文字を見て言う。
「知っているのか?」
「これ、私の世界でも一時使われてたはずよ。
今はそこまで普及してない筈だけど」
そんなものが楽しいの?とでも言いたそうな顔でユナが俺を見る。
楽しいかどうかと聞かれたら、間違いなく楽しいのだ。少なくとも知的好奇心は満たされるし、それに何といってもここは描かれているモチーフからも女神ウアルを祀ったものに違いないのだ。
実際に使い物になりうる武器があるかは分からない。というより、可能性としては低いだろう。
けれどそれで構わなかった。目的は本当に強くなることではない。
ナタリアをそれなりに戦えるようにするという目的はあるが、それ以上何かをする予定はないのだ。
アルクが考えていることはよく分からないが、その点だけは恐らく一致している筈だ。




