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ひねくれ魔術師とひねくれ勇者の冒険譚  作者: 渡辺 佐倉


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魔術人形

 ある程度数が減った時点でワイバーンたちは街を離れた。

 追撃の必要があるとしても、俺達には関係の無いことだ。


 それに、ナタリアは正直言って限界に見えた。

 供給に利用した血の文様も崩壊し始めている。


 とりあえず離れていても声が伝わるユナに状況を説明する。


『なら、私は街で休みたいわ』


 ユナが言う。ナタリアの様子を考えてもこれからどこかに移動してという事をするべきではなさそうだった。

 丁度、アルクも街を囲む塀から飛び降りてこちらへ向かっていた。

 特に耐衝撃用の魔術をかけた覚えはなかった。

 凄まじい強度だと驚く。勇者というのは皆こうなのだろうかと感心してしまう。


「お疲れ様」

「ああ。それで、これからどうする?」


 アルクはナタリアをチラリと見て言う。


「少しこの街で休んでいこうかって今ユナと話したところだ」

「じゃあ、まずあの結界を解くべきだろうな」


 アルクは街全体を覆う結界を見て言った。


「お安い御用で」


 俺はそう言うと街に向かって手をかざす。

 町全体を薄い膜で覆っていた結界は氷があたたかな熱でぴしぴしと溶けながら割れる様にひび割れながら少しずつ容積を減らしていく。


 全て綺麗になるころにはユナも合流して街の通行門へ向かった。


* * *


 街では手厚い歓迎を受けた。

 ワイバーンから街を守ったこと。そして、アルクが勇者であったこと。歓迎されるのは当然に思えた。


「さあ、魔術師様もお飲みください」


 ナタリアに、杯を傾ける商人らしい男を眺めながら、部屋の隅っこ、バルコニーへ続く窓の横で壁によっかかり周りを見回す。

 アルクもナタリアも、ユナでさえ周りには街の住人が囲んでいる。


 まあ、俺はいつもの通りボッチだ。

 今回、直接退治をした訳ではないので当たり前と言えば当たり前だし、気にしてはいない。

 すごい能力を持つ3人とサポートの魔術師。よくあるパーティの形だ。


 別に自分でどうしても殺傷をしたいと思うことは無いし、サポート役でなくても空気を読めずやっぱり一人になる気がする。

 だから、この状態はいつも通りの形なのだ。


 酒も飲めないし、適当に腹に物を入れたら宿泊場所に帰りたかった。


「あの結界は魔術師様が張られたのですか?」


 声をかけられてそちらを向く。


「先程ナタリア様にお聞きしたところ貴方様だとおっしゃられていて」


 思わず舌打ちをしたくなる。恐らくナタリアは自分の功績として褒められたところを否定して俺がやったと言ったのだろう。

 そこは素直に褒められておけばいいのだ。


「ま、まあ」


 状況を説明することも、和やかに会話を広げることも苦手だ。

 曖昧に返答をすると、話しかけてきた男はガバリと頭を下げた。


「ありがとうございます。丁度わが家が襲われかけていたところで、おかげさまで妻と娘が避難することができました」


 声を震わせながらそう言った男を見る。一種の命の恩人に礼をしたかったのだろうか。


「ワイバーンを追っ払ったのはあそこの勇者達ですよ」


 そう伝えたのに、男はそれでも貴方のおかげなんですと言って頭を下げた。

 こういった状況はあまり得意では無い。耳の裏側あたりがムズムズとして、いたたまれなくなる。


「あの、もういいですから。ご家族が無事で本当によかった」


 それだけ言うと、慌ててバルコニーに出た。

 夜風はまだ涼しくて、先程までの居心地の悪さを忘れられた。


 刹那、あたり一帯の魔力の揺れを感じる。

 揺れ、というよりブレに近いだろうか。兎に角、あたりに自然に存在する魔力がそれぞれぶつかったのかずれたのかして揺らいでいる。


 それは近くにいた魔術の素養のある人間は皆感じた様で室内を振り返るとしきりに辺りを見回したり、近くにいる魔術師同士が焦った様子で話をしている。


 この現象を近くで感じた事は初めてだったが、話だけは聞いたことがあった。

 曰く、魔王軍直属の戦士が空間転移するときにおきるらしい。

 魔術師同士のざわめきが大きくなった時、懐の魔石がけたたましい音を立てた。


 懐を探って取り出す。これは女勇者達パーティとの通信用のものだ。

 慌てて回路を開く。


「良かった。繋がりました」


 声は女魔術師、アスナのものだった。切羽詰った声でこちらに話しかける。

「世界各地で魔王軍を名乗る魔術人形が出現しています。

こちらにも一体現われて破壊行動を取っています。

そちらの近くに現われた時にはナタリアを頼みます」

「分かった。そっちも倒すなり逃げるなりしっかりな」

「はい」


 通信は前触れ無く途絶えた。

 だが、一つだけ分かったことがある。

 状況からここにも早晩アスナの言った魔術人形とやらが現われるだろう。


 アスナ達を心配しても仕方が無い。少なくとも一瞬で消し炭になるような代物で無いから連絡ができたのだと思うしかない。

 それに、通信用とはいえ、魔石だ。最後の手段として、あれ自体の魔力をオーバーヒートさせて爆発させることもできる。その事実に気が付かないほど馬鹿な魔術師には見えなかった。


「おい、あれ」


 室内にいた男が外を指差した。

 街の中心にある広場が薄ぼんやりと光始めた。


 あれが恐らく、魔術人形という奴なんだろう。


「アルク!」


 勇者の名前を呼ぶと、尋常でないことを既に感じ取っていたアルクがこちらに駆け寄ってくる。


「ユナはナタリアを頼む」


 そういうと魔法陣を展開してアルクと共に広場へと跳んだ。

 跳んだ先で見たのは、真っ白い機械仕掛けの人形だった。


 一応、男性を模して作られたことが分かる造形の人形は、歌う様に告げる。


「この街の代表者を差し出しナさい」


 不思議なイントネーションを付けた喋り方だった。


「差し出したとして、お前はどうするんだ?」


 勇者が聞く。短い期間だったが無気力に感じられた普段の喋り方より、まだ平坦だった。


「殺し、殺す。自治権を掌握する」


 言語系はそれほど発達していないらしい。


「どうする?」

「どうするも何もないだろ」


 溜息交じりにアルクは言う。


「あー、じゃあ、とりあえず俺に任せてもらってもいいか?

これだけ精巧にできた人形だ。何とか原型をとどめた状態で解析したい」


 アルクはさらに深い溜息をついた後、無理だと判断したら切るからなとだけ言った。


 まず、人型でまともに稼働している駆動系に感動する。

 大体が、自律式の戦車程度の動きしかできないのが人間の世界でも魔族の世界でも限界なのだ。しかも、自律といっても決まったいくつかの行動ができる程度で、結局は操縦者が遠隔で操作をするのだ。

 でも、この人形はふわふわと浮いているため下半身の動きはまだまだなのかもしれないが、それでも意思の疎通がそれなりにできて、しかも裏で魔術師がマンツーマンで操縦しているような形跡もない。


 ほぼ今の魔術の水準で考えられる最高の状態の魔術人形だった。


 戦争の形が変わるかもしれない。そんな事が頭の片隅に浮かぶが、恐らく同型が同時多発的に出現したのだ。ここで何かをしたところで大勢に影響は無い。


 であれば、魔術師として、なるべくいい形でこの人形の残骸が欲しかった。

「さて、動力源は頭と胴体、どちらだろうな」


 手のひらに魔法陣を発現させながら確認する。

 当たり前だが、弱点である動力部の情報は魔術でサーチしたところで判明しない。


 こちらの確認作業を待っていてくれるはずもなく、人形はこちらに突進してくる。

 風系統の呪文をまとっているのだろうか、駆動性と呪文の系統が上手くマッチしていて設計思想のすばらしさが伝わってくる。


 火球あたりを適当に飛ばして勝てそうな相手では無い。

 あたり一面に魔力を流し込む。


 広場の石畳が淡く光り始めた。魔法陣が形作られていく。

 合図を送るように頭上に右手を上げる。人形の上の空間にも対になる魔法陣が浮かび上がる。

 石畳に光る銀色の魔法陣とその上の魔法陣は、二つで一つの術を発動させるためのものだ。


 ここまで来てしまえば呪文の詠唱など必要ない。

 答えが書いてある様な方程式に一々検算など必要ないのと一緒だ。


 術の内容にどこまで気が付いているのかは分からないが、人形が待避行動を取る。しかし、少し遅かった。


 金色の魔法陣から雷が放たれ、それが檻の様に銀色の魔法陣との間を穿つ。

 人形が振り払おうと手を上げるが、光の帯がまとわりついて、パチパチと弾ける。

 そもそも、封印術式を組み込んでいるのだ。普通に切り抜けようとしても無駄だ。


「これは、光属性魔法か?」


 勇者に聞かれ「まさか」と答える。


「そんな高尚で選ばれた人間しか使えない魔法が、俺に使える訳がないだろ」


 光魔法は神様でも本当にいるかの様に、選ばれた人間にしか発動すらできない。


「これは、単なる雷電だ。属性で言えば地と風の適正さえあれば使える」


 少し語弊があって、光だの闇だのというレア属性以外であれば、適正が無い属性であっても魔力を変換すればある程度は適応可能だ。

 だが、恐らくアルクが聞きたいのはそういった内容ではないだろう。


 人形は相変わらず魔法陣の中で動こうとしては、電撃を食らって動きを止めるという挙動を繰り返していた。

 それはまるで、召喚術式が失敗して、半身がこちら側、残りの半身はあちら側に残った状態で固定されてしまって、何度も何度も召喚の正常化の為に魔法陣の上で残りの半身を呼び出そうとしては召喚術式が失敗して再起動を繰り返すときの姿に似ていた。


 雷に撃たれてもそれでも人形の手がグルグルと人には到底不可能な動きをしてこちらに手のひらを向ける。

 各関節を動かしている機構がいいのだろうか。関節は痙攣するみたいにビクビクと震えながら、魔力を腕に集中した。


  おかげでよく分かった。

 あの人形の動力源は胸のあたり、人間の心臓と同じ位置にある様だった。


「あの人形を作ったのは、人間的な魔族なのかもしれないな!」


 高揚感に任せ、アルクに言う。


「は?お前は何を……」


 何か言い返された気がするが、聞き取れない。というか大体他に興味が移っている時に言われたことは耳から入ってそのままどこかに消えてしまうのだ。

 人形の魔術が発動する。手に魔法陣の様なものが刻印されているらしく一瞬それが光る。発動させる術の種類によって恐らく文様が変わるのだろう。

 もう何発か撃つところを見てみたい。その欲にかられ、防御魔法陣の展開に留める。


 衝撃が防御魔法陣から伝わってきて半歩程後ずさる。

 けれど、人形を取り囲む雷は未だおさまらない。


 次は、何をしてくる。何を見せてくれる? これだけのスペックなのだ、隠し玉は用意してるのだろう。それを早く見せて欲しくてたまらない。


 自爆攻撃じゃないといい。バラバラになってしまった部品を回収しても分かることは多いが、なるべく損傷の無い状態でこの芸術品に近い人形をゆっくりとばらしたい。


 誘う様に、火球をいくつか浮かべる。昼間ユナが使っていたものより格段にしょぼいものだが、的としては充分だろう。

 案の定、身を守ることが優先されるように作られている様で、人形は自分を攻撃しようとしたと判断した火球を次々に撃ち落としていく。

 撃ち落とす順序に規則性が見られないのは何か理由があっての事だろうか。 全く興味は尽きない。


「おい!」


 アルクの声がしたと思ったら、後頭部に強か痛みを感じ、目の奥で火花が散る。

 アルクを見ると鞘に刺さったままの剣を持っていた。恐らくそれをぶつけたのだろう。


「いい加減にしろ」


 アルクは言った。それから視線を後ろに向ける。

 街の人達が徐々に集まり始めていた。

 野次馬にしては危険すぎる。それに怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。

 そこでようやく、アルクの言わんとしていることに気が付く。

 思ったよりも時間が経っていたようだ。

 明らかに討伐と違うことをしている俺は、周りから見たら明らかに可笑しい魔術師だ。


 一度、二度、息を吸って吐く。

 優先順位をはき違えては駄目だ。魔術研究に利用するのであれば、残骸でも充分に価値がある。


 恐らく、ユナとナタリアもこちらへ向かっているだろう。

 ユナの位置は分かるのでここはもう見えている筈だ。


 ならば……。


 両手を胸の前まで上げて空気を拡販するように動かす。

 イメージは小川に手を付けて水をすくう感じだ。

 俺の手をぐるりと囲むように青白く輝く水が現われて渦を巻く。


 今日見た、ナタリアの魔術回路はこんな感じでとても美しかった。


『水よ、切り裂く刃となりて我に従い、悪しきものを討て』


 魔術を言葉にのせるのは苦手だ。感情だの、信仰だのよりも魔術は純粋な技術であるべきだ。

 けれど、多分ナタリアはこちらの方が使いこなしやすいだろう。

 どこかで俺を見ているだろうナタリアの手本の魔術としてはこれが最適だ。

 手から離れた水は、正に刃の形になって魔術人形を襲う。狙ったのは動力源と思わしき胸の位置。

 雷は水と相性がいい。刃が刺さったところめがけて雷が渦を巻く。


 断末魔のような声を上げながら、魔術人形は動きを停止した。


「いいな。お前は人形に一瞬操られていた。

そこを勇者の聖なる力が正気に戻した。

そういう事にしておけ」


 横に立ったアルクが周りに聞こえない程度の小声で俺に耳打ちをした。

 あー、ですよね。それしかないですよね。そうじゃなきゃ、打倒魔王に立ち上がった人間としても、国の為に力をつくす魔術師としてもおかしい行動だったことに言い訳ができませんよね。


「……お手数をおかけします」


 頭を下げてから、周りを見まわすと、こちらに駆け寄ってくるナタリアとあきれ顔のユナが見えた。

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