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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第3章 大公選編
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第98話 愛してる

 アラタがレイフォード家に来て、1カ月が経過した。

 それまでの間、彼は実によく働いた。

 まるで馬車馬のごとく、朝起きてから夜寝るまで、ほとんど休みもなく働き、そうして初めての給料日がやってきた。

 元々居候の身、エリザベスの元で彼女のサポートをしているが雇用契約などを結んでいるはずもなく、本来であればボランティアご苦労様、これからも無給でよろしくねと言われてしまうだろう。

 しかしエリザベスがアラタに対してそんな仕打ちをする訳がない、彼の手にはこうして金貨3枚が握られていた。


 ……冒険者って儲かる仕事だったんだな。


 金貨と言うだけあって彼の手元にあるコインは金を含んでいる。

 本当か、それともただの思い込みに過ぎないのかもしれないが、日本円の硬貨に比べれば幾分か重みを感じる金貨は今月のアラタの生活費だ。

 この程度の収入、Cランク冒険者の2人に付いて行けば1回か2回のクエストで稼げた額である。

 エリザベス付きとして暮らしている以上、アラタが刀を抜く機会はなく危険手当も出ない。

 今まで命を的にして金銭を稼いでいた分、命を懸けない仕事と言うものはこんなにも金にならないのかとため息をつきつつ、正常な金銭感覚を取り戻したアラタに一日の休みが与えられた。

 今までの休みと言えば、ドレイクに魔術を習いに行ったりシャーロットと剣の稽古をしたり、果てには一人で練習をしたり、端的に言えばアラタは休日の楽しみ方を知らなかった。

 休みはライバルと差をつけるためにある。

 そんな競争社会を生き抜いてきたアラタは貴重な休日をエリザベスの手伝いに費やそうとし、そして彼女に叱られ屋敷からつまみ出された。


「暇だ」


 街中をブラブラしながら、独り言を呟くアラタだが、その声は隣を通り過ぎている人々には届いていないみたいだ。

 屋敷から放り出される時、エリザベスから渡された仮面、オークション会場で彼女が着けていたものであり、気配遮断よろしく周囲の認識に影響を与えることが出来る。

 彼はスキルを所持しており、仮面は必ずしも必要ではないが体力を使うことなく同様の効果を得ることが出来る魔道具は貴重だ。

 ノエルやそのお仲間に見つかれば面倒ごとに発展することは確実なので、アラタは腰に刀を差し、仮面の効果に加えて気配遮断を起動しながら何をするわけでもなく散歩していた。


 露店で焼きコカトリスを売っているおじさん、その隣で焼き鳥を売るおじさん、その隣で石焼き芋を売るおじさん。


 おじさんばっかだな。


 三連続おじさん続きの後は、生鮮食品を扱うエリアに入り連続おじさん記録はそこで途絶えた。

 植生などには詳しくないアラタだが、これだけ日本で栽培できる食材が多く揃っていて米がないのはおかしいのではないかといぶかしむ。

 大豆、枝豆があるのに、豆腐はあるのに醤油と味噌がない。

 海が近くにないから海水魚の取り扱いがほぼ皆無に近いのは仕方がないとして、それなら川魚の流通が増えるとか、冷蔵技術が未熟なわけではないのならやりようはあるはずだと彼の頭の中には疑問が次々と湧き出てくる。

 ただ、彼は大学生、もっと言えば生まれてこの方ほとんどまともに勉強をしたことの無い大学生だ、これ以上の論理的な思考は無理がある。


考えることを止め、歩き続けると魔道具を取り扱う店舗のひしめく、『術師通り』に出た。

 駅前に乱立するコンビニをアラタは想起したが、魔道具やポーションを取り扱う店舗群が一所に集まるのには違う理由がある。

 ここは西の果ての国とは言え、カナン公国の首都アトラ、そんな街に店を開こうという者だ、元々お抱えの顧客を多く抱えるような腕に自信のある魔道具職人がほとんどなのである。

 それでは潰し合いが発生することは稀であり、むしろ他の店舗との距離を縮めることで相互作用を期待するメリットの方が大きい。

 アラタが利用する初心者向けの装備を取り扱う店は2,3軒ほど、そしてそれらは冒険者向けの品揃えだったり警邏や軍の装備調達を請け負っていたりして差別化が済んでいる。

 刀を振り続け、魔術を使うことで有事の際彼女を護るための力だけは持っておこうとしているアラタだが、もう刀を抜くことが無くなるのならそれでもいい、その方がいいと思っていた。

 そんな彼が術師通りの魔道具店に立ち寄ることは無く、通りを抜けある店の前までやってきた。


ドアを引くと付けられていたベルが鳴り、ドアを閉めることでもう一度ベルが鳴る。

 来客を知らせるための鈴のはずだが、アラタが店内に入っても一向に店員が出てくる様子はない。

 店内は図書館と同じくらい静かだ、まあアラタ以外客がいないから当然と言えば当然なのだが。


「おばちゃん、魔道具を頼んでいたアラタです。いるんでしょ?」


「はいはい、急かすんじゃないよ坊主」


 アラタが呼ぶとこの店の店主らしき女性が杖を突きながら店の奥から出てきた。

 手には細長い入れ物が握られており、それがアラタの依頼していた魔道具だと推察される。


「できましたか?」


「ガワだけ再現すればいいなら簡単だよ。こんなの魔道具師に頼む必要すらない」


「でも魔石の取り扱い免許を持っているのはほとんど魔道具師の人じゃないですか」


「あーうるさい、金払ってさっさと帰んな」


「ありがとおばちゃん。これいくら?」


「金貨3枚」


「…………透視した?」


「持っているんだろ? さっさとだしな」


「はぁ、貯金が崩れていく……」


 今月の給料を全額突っ込み購入したそれを握りしめ、アラタは満足そうににやける。

 彼の中に後悔は無いようだ、それはそれで問題な気もするが。

 幸い生活費をいくらか貯めていたアラタは今すぐ生活費が底をつくような事態には陥らない。

 しかしなけなしの金貨3枚をつぎ込んでまで購入する意味があったのかと言われれば、多くの人にとって意味はないと断言できる。

 その後適当に時間を潰し、アラタが屋敷に帰ってきたのは午後5時ごろだった。

 守衛に礼をして邸内に入り、彼の足は主の部屋を目指す。

 3回のノック、どうぞと言う声の後に扉を開き部屋に入る。

 パタンと扉を閉めるとそこには2人だけの空間が広がっていた。


「ただいま」


「おかえりなさい。楽しかった?」


「うん」


「そう、良かったわ」


 エリザベスはチラッとアラタを見ると、手元の書類に目を戻し作業を続ける。

 彼に休みを与えても、彼女が休むことはできないのだ。

 アラタはそんな自分と彼女がもどかしかった。

 居候の身なれど、少しくらいなら彼女の力になり、エリザベスの背負っているものを肩代わりすることくらいは出来ると考えていたのだ。

 しかし、アラタの能力ではそれは夢物語だった。

 彼が無能なのではない、彼女のサポートに求められる能力のハードルがとんでもなく高いだけだ。

 彼は彼女の力になる事を諦めたわけではない、しかし、今できることを考えた結果、別のアプローチをするに至った。


「エリー」


「んー?」


 生返事の彼女の後ろに回り、手に握ったそれをアラタは着けた。

 中心には藍色の魔石、手の込んだ装飾が施されたネックレスはレプリカと言えどそれなりの技術と手間が掛けられていることが分かる。


「これって……」


「エリーがくれたやつをコピーした。中にある機構は再現できなかったけど、魔石は本物だしちゃんとしたものだ」


 アラタはエリザベスにネックレスをプレゼントした。

 少し形は変わってしまったが、手紙の意味するものとは違うものになってしまったが、誰にはばかることなく会うことのできる関係になることが出来た。

 彼女に対して後ろめたい気持ちはあれど、アラタが彼女を想う気持ちは本物であり、彼なりにその気持ちを表したつもりだった。


 エリーの肩が震えている。

 嫌じゃ……ないよね?

 喜んでもらえたのかな?

 だといいな。


「エリー、ひょっとして泣いてる?」


 サプライズ成功とばかりにアラタは後ろからエリザベスの顔を覗き込む。

 照れていたら超嬉しい、喜んでくれたら超超嬉しい。

 左手を椅子の背もたれに置き、エリザベスの表情が見えるかどうか、そんな瞬間だった。


 ………………チュッ。


「むっ——」


机に置いた右手を握られ、唇にぬくもりを感じながらアラタは後ろの壁際まで追い込まれた。

 彼の方がエリザベスより背が高いが、頭を押さえられ膝が曲がった二人の目線は同じ高さにある。


「んっ、エ、うむぅ……エリザベスさん!? …………その」


「……ぷはっ。…………好き、好きよアラタ」


 潤んだ瞳、上気した頬、艶やかな黒髪。

 新はどれも知っていて、アラタはどれも初めて見た。


 ……もう重ねるのは辞めよう。

 遥香に言ったらなんて言われるだろうか。

 浮気したと怒るだろうか。

 異世界に行っても未練たらたらだと笑うだろうか。

 どちらでも構わない、だから、俺にこの子を愛させてください。


「俺も好きだ、大好きだ」


 抱き締められた男は女を抱き締め返し、2人の温度が伝わりあって一つに溶けていく。


「アラタ、ちょっと節操なさすぎじゃない?」


 彼の尊厳の為に彼のどこが節操なしなのかは伏せておくとして、抱き合った状態でエリザベスはクスリと笑った。


「しょうがないでしょ。そんなに押し付けられたら俺だって……」


「アラタはおっきいのが好きなのね。…………エッチ」


「ねえ、今日はもう仕事は終わろう。今日くらいは……」


「……そうね、それがいいわ」


 コンコンコン。

 ドタッ、バタバタバタッ、バサッ、うっ、ギシギシ……


「どうぞ」


「ラトレイア家から融資の相談が……どうされました? 部屋が暑い気がしますが、窓を開けますか?」


「ううん、このままでいいわ。書類はそこに置いておいて、後でやるから」


「はっ。では失礼します」


 ……パタン。


「はぁぁぁああああ。し、死ぬかと思った」


 机の下から這い出てきたアラタは汗びっしょりで、事後と言われても信じるくらい疲れていた。

 今のように、いつ誰がエリザベスを訪ねてくるのか分かったものではなく、それは彼女が仕事をしている時間に関係なくやってくる。

 仕事中は当然、食事中、休憩中、情事の最中であろうと関係ない。

 もっとも、最後の一つはアンオフィシャルなので、万が一ばれたらジ・エンドなのだが。


「また今度にしましょう。……そんな泣きそうな顔しないの!」


「エリー、それは酷いよ」


「誰にはばかることなく私たちの関係を認めてもらう。新しい目標が出来たわね」


「それは……まあ、俺も頑張るよ」


「よし! そうだ、ネックレス交換しましょう」


「え? 何で?」


「そういうものよ。でもアラタは私以外に渡すことは無くなったから覚えなくていいわ」


 アラタは言われるがままに身に着けていた首飾りを外し、エリザベスに手渡す。

 それに対応して、先ほどアラタが渡したばかりのレプリカネックレスはもう手元に帰ってきた。

 変な風習だと思いつつ、アラタは自分で買ってきたネックレスを首に着ける。

 精巧な偽物、着け心地はほとんど変わらず、全く気にならない。


「おやすみアラタ、愛してるわ」


「俺もだ」


「俺も? 何? その後は?」


「……愛してる」


 アラタは部屋を出て、そのまま早歩きで自室に戻った。


 心の整理がつかない。

 ごめん遥香、俺、異世界で彼女が出来ました。

 君に瓜二つで、だからじゃないけど、愛おしくて、好きで、想いが溢れてくるんです。

 もしそっちに行くことが出来るなら、精一杯、誠心誠意謝るから、だから許してほしい。


「これは…………」


 大公選まで残り半年、この出来事はこの国の未来にどんな影響を及ぼすのか。

 答えは神のみぞ……いや、神も知らない。

魔力結晶、通称魔石を取り扱うには資格が必要です。

とは言っても形骸化した資格なので、商売をしたりするわけでもなければみんな勝手にイジってます。

アラタは異世界初心者ドライバーなので、その辺りを厳格に捉えがちです。


ブクマ、評価、感想、レビューお待ちしています!

人気作になりたい。

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