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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第3章 大公選編
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第94話 新たな居場所

「痛ってぇー。あのバカ躊躇なかったな」


 彼の背中に付けられた傷はきちんと処置されたものの、アラタの体力などを考慮して完治はさせなかった。

 止血も済んでいるし、これ以上傷が広がることもない、しかしそれでも痛いものは痛いのだ。

 痛覚軽減を起動すれば問題ないのだが、これはこれで体力を消費する、点けっぱなしにはできない。


 ……やっぱり、何度考え直してもノエルはおかしかった。

 短い付き合いだけど、あんなことをするような奴じゃないし、嬉々として人を傷つけたりするようなことは絶対にないと断言できる。

 あれが剣聖の力、呪い。

 怖かった、ノエルが変わってしまうことが、他に理由があったんだ、仕方がないけど逃げたと思われても仕方がないな。


 自嘲気味に笑うと、アラタは学校に到着した。

 彼はこれから、エリザベス・フォン・レイフォードに取り入りスパイとして潜入する。

 彼に命令を下した人間は彼女の弱みを握る為、彼自身は彼女にかけられた嫌疑を確かめ、晴らす為。

 しかし、憎からず想っている相手を騙すとなると気は引けるもので、アラタは真っすぐ彼女の元に行くことが出来なかった。


「ここで何をしているんですか?」


 今日は休みで授業はないはず……、そう思いながらアラタが振り返るとそこには彼よりも一回りも二回りも年齢の若いレオナルドが立っていた。

 彼は戦闘訓練中にアラタに危険なところを助けてもらっており、その恩返しというわけではないが何かとアラタの勉強面で面倒を見てくれていた。

 緑がかった青色の瞳は不思議そうにアラタを見つめ、どこかに出かけていた帰りなのか手にはたくさんの食べ物が入った袋を抱えてよたよたしている。


「なんだレオか。俺は……散歩中」


「僕より大荷物で? ホントはなんですか?」


「ばれたか」


 隠す気のない嘘はすぐに見抜かれ、本当のことを教えて欲しいとジッと見つめてくるレオにアラタはあっという間に降参した。


「ちょっと仲間と喧嘩してね、家出中」


 嘘の下にはまた次の嘘、案外彼は詐欺師とかが向いているのかもしれない。


「うち来ます?」


「え?」


「だからうち、来ますか?」


 という訳でアラタは今、レオナルドの部屋にいる。

 学校内にある学生寮の一室、そこにお邪魔している。

 部屋と言ってもその間取りはもはや一つの物件で、シャワーやトイレ、キッチンも付いている。

 大学生で一人暮らしをしていた時、アラタが借りていた部屋の完全上位互換、これが月に銀貨10枚だというのだから笑ってしまう。


「で、なんで喧嘩なんてしたんですか?」


 何故かアラタが料理を振舞う代わりに部屋に泊めてくれるという流れになってしまい、これじゃ屋敷に居た時とそんなに変わんないなと思いつつ、言われたとおりに食事を用意してこれから食事、その矢先の質問だった。

 あまりそう言う詮索は良くないぞ、大抵関わらない方がよかったと思うんだから、と経験則からくる持論を展開しようかと考えたが、別に隠す話でもないのでアラタは嘘の話を素直に話すことにした。

 この場合、アラタにとってレオナルドの口は軽ければ軽いほどいいのだが、この育ちのよさそうな少年にそれを期待するのはちょっと違う気もする。

 ノエルの異変、襲撃、主義主張の食い違い、ノエルの生活力の無さ、我儘さ、斬られたこと、それらを順に話していくとレオナルドの顔色がみるみる蒼くなっていった。


「だ……リーゼさんは大丈夫だったんですか!?」


「俺よりリーゼの心配かよ。……ああ、なるほど、お前も意外とマセてんのな」


「ちっ、ちちち違いますよ! 違いますから! 大丈夫なんですか!」


 少年の初々しい反応は面白い限りだが、あまりいじってやるのも可哀想かと純情少年で遊ぶのはその辺にした。

 それにしても、本気でリーゼのことを心配する彼の様子、アラタが知らないだけでリーゼが注目の的なのか、それとも個人的にレオナルドがリーゼと知り合いだったりするのかもしれない。


「大丈夫、俺が庇ってなかったら今頃死んでたかもな」


 少し脅かしてみようと話を盛ってみたが、それを聞いた彼の顔は真剣そのものであり両者にある温度差を感じつつアラタは少しバツが悪くなった。


「ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」


「なんでレオが感謝するんだよ。変じゃね?」


 少し変な感じがしたけど、レオがリーゼのことが好きだからこの反応をしているのかなって思うと少し微笑ましくて、それならそれでいいか。


 作った料理を完食し、食器を洗い終えるとアラタは荷物を背負い始める。


「行くんですか?」


「ああ、やっぱり行くよ」


「そうですか。早く仲直りしたほうがいいですよ」


「ああ、分かってる」


 こうしてあっさりとレオの部屋を出たアラタは、同じ学校の敷地内にある目的の人へと会いに行く。

 理事長室に向かうと、扉が開いていてこれはチャンスと思いノックして中を覗いてみたがそこには誰もいなかった。

 少し出ているだけかもしれない、ここで待っていようと荷物を床に下ろす。

 少しすると、長い廊下の向こう側からまっすぐこちらに向かってくる影があった。

 黒い髪、黒い瞳、白い肌、容姿端麗とはこのことで、世が世ならモデルをやっていてもおかしくない女性がアラタの方、理事長室の前までやってきて、そしてその足を止めた。


「ダメよ、帰りなさい」


 いつもの優しそうな彼女ではなかった。

 いや、これが彼女の優しさなのかもしれない、そうアラタは思った。

 彼が何か言う前から、『帰りなさい』と言う彼女は恐らくアラタの身の回りで起きたことの顛末を既に耳にしているのだろう。

 エリザベスの情報収集量力がいかほどか測りかねる部分もあるが、普通に調べればノエルが原因でアラタが袂を分かち、ここに至ると誰もが考えるだろう。


「帰らない。もう、他に行く場所がないんだ」


エリザベスは開きっぱなしになっている理事長室の扉にもたれかかり、その重みで少しだけ扉が動く。


「いいから。早く仲直りしないと、後悔してからじゃ遅いのよ」


「イヤだ」


「ノエルさん、街で大泣きしていたみたいよ」


「知らね、俺には関係ない」


 ごめん、みんな、ノエル、エリザベス、ごめん。


「ねぇ」


 エリザベスはアラタの手を握り、下からアラタの顔を見上げて語り掛けた。


「こんなにボロボロの手になって、頑張って、みんなでやってきたんじゃないの? 前にも言ったでしょ、仲間なんだから、ノエルさんが苦しそうにしているなら助けてあげなきゃ」


 非の打ち所がないド正論をぶつけられて、自分に非があることを素直に認められる人間が一体どれほどいることだろうか。

 もしもそれが些細なことだったのなら、アラタも非を認めて謝ったかもしれない。

 しかし彼は仲間を庇い仲間に斬られた。

 その背中の傷が塞がって元通りになったとしよう、そうなれば関係も元に戻るのか、戻るはずがない。

 さらにさらにそれは対外的な理由、本当の理由は別にある。

 アラタはあらゆる意味でここから引くことはできなかった。


「もう嫌なんだ。だから頼む、少しの間でいいからエリザベスさんのところにいさせてくれ」


 彼女の手を握りながらアラタは消え入りそうな声で懇願した。

 背も、体格も、アラタの方が遥かに大きいが、その体は今にも消え入りそうなくらい小さく見えた。

 エリザベスはしばし考え込むと、ため息をついて観念する。


「少しだけ、仲直り出来たら向こうに帰るのよ。いい?」


 お許しを頂いたアラタの顔は緊張から解放されパッと明るくなり、握った手をぶんぶん振って喜ぶ。


「やった! ありがとうエリザベスさん!」


「仲直りしたら本当に帰るのよ、約束ね?」


「うん! するする!」


 その時のアラタの喜び方は果たして演技だったのだろうか。

 本当に任務100%で彼女の元に向かったのだろうか、手元に置いてくれるように頼んだのか。

 その答えはきっと彼の心の中に、その中にしかないだろう。

 アラタの新居はエリザベス・フォン・レイフォードの元、アトラの街にある彼女の邸宅に決まった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「だからアラタはノエルの為に——」


「嘘だ! 私が我儘だったから、迷惑ばかりかけていたからアラタは! アラタは!」


 リーゼはアラタが仕方なく出ていったことをノエルに伝えた。

 剣聖の人格が彼に執着していて、クラスの呪いの危険性を考慮すれば仕方のない処置だと説得を試みた。

 しかし、ノエルは散々泣いた後、自室に引きこもってしまいその日は食事も取らず寝た。

 2日後、屋敷襲撃の件や大公選までのことも考え、シルを含めた3人はクラーク家で面倒を見ることになった。

 ハルツの拠点へと移った後もノエルは引きこもり、シルはどこかへと姿を消してしまった。

 そこまで事態が悪化して、ようやく上は貴族院が指名する冒険者リストから2人を除外したのだが、アラタが抜けてしまった以上、ここ数か月間続いたスタイルから元の2人体制のパーティーへと逆戻りすることとなる。

 その頃アラタは、


「ほら、ちゃっちゃと準備して、行くわよ!」


「今日もハードだよ、大丈夫?」


「平気。さあ、今日も頑張るわよ!」


 エリザベスの身辺警護及び各種雑用係として無事再雇用を果たし、忙しい主にけん引され息つく暇もない生活をスタートしていた。

初めの数話の書き直しを検討しています。

PVが伸びてブクマが伸びない一因かなーと。


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貰えるような話を書けるように精進します。

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