第85話 学校
「俺、文字を勉強したい」
クエストからの帰り道、唐突にアラタはそう言った。
それに対しての2人の反応は淡泊で、彼女たちは彼に識字能力を必要としていないように思える。
「勉強すればいいじゃないか」
「1人でどうやって勉強するんだよ」
「学校行けばいいじゃないですか」
「学校って俺でも入れる?」
「お金さえ払えば大丈夫ですよ」
「いくら?」
「年間金貨30枚くらいです」
「それ、俺が払えると思って言ってる?」
「いいえ? 貸しましょうか?」
またこれだ。
俺、ここ最近いつも金を借りている気がする。
ダンジョンのクエストで全損した防具の買い替え、クエストに出られない分の生活費、その他細々とした出費、金がないのは俺のせいだけどシルも俺の管轄だし、知らないうちに子供が出来た気分だ。
一応借りた金額は把握しているけど、合計するといくらになるのか考えたくもない。
その上さらに年間金貨30枚、素直に教えてくれたらいいのに、リーゼは俺を借金漬けにするつもりなのかもしれない。
「アラタ、私が貸してあげようか?」
リーゼから利子付きで借りるか、文字を習うのは諦めるしかないという時にノエルが変な提案をした。
リーゼから借りてもノエルから借りても、アラタからすれば借金は借金だ。
利子がつくか否かと言う差はあれど、そこに疑いの余地はない。
だが彼からすると、2人の内どちらから金を借りるのかと言うのは非常に大きな違いだったのだ。
「本当? 本当に貸してくれるのか?」
「うん。字を読めなくてもいいと思っていたが、この際一般常識も習うといい」
「おぉぉ、ありがとうノエル! 絶対返すから!」
金を貸しそびれたと言えなくもないリーゼから見て、彼がヒモと呼ばれることもあながち間違いではないと思った。
仲間が困っていたら手を差し伸べるのは当たり前だと考えているリーゼだが、彼女が金を貸す理由はそれだけではない。
アラタ・チバは異世界人だから、彼に金を貸すのは色んな意味で当たり前であり、投資の意味も含んでいる。
アラタがそんな思惑を感じ取っているのかいないのか定かではないが、どうにも最近金銭の貸し借りのハードルが下がっている気がしてならないのはリーゼだけだろうか。
どうにも釈然としない中、こうしてアラタは学校に通うことになった。
剣術などの実技授業の補助をして得た報酬を返済の一部に充て、残りはクエストの収入から支払うという約束で、現代の位置づけでいう中学校くらいの年齢層の学年に編入することになった。
クエスト、家事、魔術の勉強、戦闘訓練、それに加えて学校にまで通うことになったアラタ。
彼は実質高卒、久しぶりのキャンパスライフ(仮)を楽しもうと思ったわけだが、
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「おい! 購買でパン買って来いよ!」
「ぎゃはは! こいつ自分の名前もろくに書けてねえ!」
「ちょっとやめなさい! ……あなたもやられっぱなしは良くないわよ」
「…………はい、あいざいます」
自分より5個以上年下の子に慰められた、死にたい。
……いや、考えを変えろ。
俺も大人になったということだ。
俺は大人俺は大人俺は大人。
こいつらと喧嘩なんてしたら即退学だろうし、当然ムカつく奴を窓から蹴り飛ばしてはいけない。
ふっ、俺も大人の男だ。
あと2,3年小さかったら全員膝にバット挟んで廊下に正座させて、日が暮れるまで校歌斉唱させてた。
俺は喧嘩しに来たわけでも野球をやりに来たわけでもない。
人生初の勉強をしに学校に来たんだ。
彼の情けなく、どうにもならない程ねじ曲がった学校へのイメージは彼の心の中に留め置くとして、アラタは勉強が嫌いだ、大嫌いだ。
長時間座っていることが苦痛だし、教科書を開いて文字を見ると気分が悪くなる。
優しい声色でゆっくりと話をする先生に当たってしまった日には睡眠コースへ一直線だ。
とは言っても人間を自称するなら自動車教習所に通いながら真面目に授業を受けないなんてことが無いように、文字を習いに来たアラタが高校までのように寝たりボーっとしたりすることは無かった。
真面目に授業は受け、買ってもらった紙に買ってもらったペンとインクでノートを取り、授業態度はいたってまじめだ。
そんな彼の脳内は……爆発寸前だった。
はぁん!? なんでこんなに字の種類沢山あんだよ?
文字なんて50音新しく覚えるだけでも大変なのに、何字? 漢字? ひらがな? カタカナ?
ざけんなよ、何で呼び方は同じなのに書き方違うんだよ。
もう一回全部の文字覚えろってか!? こっちは小学校からコツコツ勉強してようやくなんだよ、誰か助けて。
現在は歴史の授業中、彼ら生徒の開いている教科書は字、字、とにかく字しかない。
教科書なのだから当然だと思うかもしれないが、現代日本で文字しか書いていない教科書は実質的に存在しないし、アラタのような勉強が苦手な子向けにも理解できるように設計されている日本の教科書とは異なり、この世界の教科書は誰にでも分かるようにできていない。
多くの冒険者がそうであるように、文字が読めなくても生きていける世界、そこでわざわざ文字を習おうとする子供たち、太い家の子が大半であり、勉強に対するモチベーションが違う。
将来家を背負ったり、学問に打ち込み名をあげることを夢見たり、はたまた類稀なる才能を持ち、経済的に苦しい家を救うために勉学に打ち込むのだ。
少々場違い感のあるアラタが排他的で大人よりも残酷な子供たちの玩具にされてしまうのはある意味仕方がないことだったが、本人は切り替えたようで全く別のことを考えていた。
何で言葉は通じるのに文字が違う?
俺は日本語を話しているつもりだし、それなら使う文字は日本語が最適解のはずだ。
俺が転生した時に弄られたなら分かるけど、それは俺から判断できない。
一応口の動きは違和感ないけど……
「はい、今日はここまで」
アラタが悩んでいるうちに全然耳に入らない歴史の授業は終了し、結局今がウル帝国歴で1580年と言うことしか分からなかった。
まあ学校は始まったばかりだし、と気持ちを切り替えてアラタは周りの生徒が食事を取っている間に闘技場へと移動する。
食事は授業中にでも取れるため、今彼は指示された荷物を授業の為に準備しておかなければならないのだ。
事前に指示されたように予備の剣、槍、弓、弓は弦を張っておかなければ使えない為誰か手伝ってくれる人が来るまで放置する。
戦闘訓練の準備を一通り終え、食事を手早く済ませたアラタは手持無沙汰になり、授業で扱う魔物が運ばれてくるまで刀を振って待つことにした。
普段刀を背負い袋に入れて持ち運んでいるのだが、常に何かを背負っているのは煩わしいと思い始めたのはここ最近のことだ。
かといって常時腰に差しておくのも何か違う気がする、とアラタは半ば惰性で袋を使い続けている。
鞘を払って刀身が露になると、刀は相変わらず新品同様の輝くを放っているが使い手の方は随分と腕を上げた。
刀を使った剣術の師匠がいないことが少し残念なものの、壊れないという性質上素人のアラタでも気軽に扱うことが可能な点はこの武器ならではの長所だ。
余計な魔力が刀から放出されないようにしつつ丁寧に素振りをする。
シャーロットから克服するように指摘されたポイントだが完全にモノにするのはかなり難しく、現にアラタの振るう刀の軌跡にはうっすらと魔力の残滓が残っている。
彼女はあれだけ力任せに武器を振り回しているように見えて、剣から全く魔力が零れないのだ。
それだけ剣の中で力がうまいこと循環しているということであり、あの高みに登ることは容易ではないと実感させられる。
じんわりと汗をかいてきたが生徒も教師もやってくるにはまだ早いという時間帯、闘技場にはアラタしかいないと思っていた所に意外な来客がやってきた。
「今少しお時間よろしいかしら?」
透き通るようなきれいな声、色んな意味でドキッとさせられるルックスには僅かに笑みを含んでいる。
アラタは鞘に刀を収めつつ返事をしたがその声はほんの少しだけ上ずってしまった。
「だ、大丈夫ですよ。あの、レイフォードさん、ですよね?」
「エリザベスでいいですよ。エリザベス・フォン・レイフォード。よろしくねアラタさん」
エリザベスと名乗った同年代位の女性に対して、アラタは緊張していた。
前に見た時もそうだったけど、顔が似て……いや、そっくり、瓜二つだった。
日本にいるはずのアラタの彼女、清水遥香に。
「こ、こちらこそ。あの、どうしてここに?」
「貴方に逢いに来た。……って言ったらどうします?」
「……ッ! それは、まあ、嬉しいです」
彼の答えが期待したものだったのか、満足げににっこりと笑うとやり取りは続く。
「あはは! ごめんなさい、本当は貴方に逢いに来たわけじゃないの。私はこの学校の理事長、たまにこうして授業を見なきゃいけないのよ」
「…………そっすか」
「元気出して! ほら、先生たちいらっしゃったわよ」
そう言うとエリザベスは教師たちの元へと近づいていき、何やら話を始めた。
これから見学する旨を伝えているのだろうか、彼らの慌てている様子を見て彼女は笑っていた。
「可愛い……っつーか綺麗系か」
授業で使うミノタウロスが到着し、弓の弦を張り直すことも含めてアラタは仕事を再開する。
「……遥香に会いたいなぁ。帰りてえ」
世間からのバッシングという最大級のいじめを受けたアラタにはその手のストレスは通じません。
まあそれでも歳下の子供に馬鹿にされると凹みますよね。
彼は帰ることができるのでしょうか。
PVはあるんですけど反応は皆無で怖くて寂しいので誰か!感想を!評価をくれ!
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