第80話 輝く未来の為に
投稿が遅れてすみません。
まあそういう日もある。
「猟犬を討伐する。ノエル様は村で待機、ルークが護衛につけ」
「了解」
「私は……分かりました」
村の周辺に出没し、犯罪行為を働いていた盗賊は一掃された。
討伐後の調査により、生き残りがいたとしても1人や2人、ほぼ完璧な成果が得られたことが改めて確認された。
しかしそれと同時に、ティンダロスの猟犬が盗賊達の背後にいたことが確定的となり、クエストは猟犬の討伐に移行する。
ノエルは村で待機命令、ルークを除いた5名は猟犬を倒すために村から打って出ることになった。
戦闘終了後、損害確認を行ったが再起不能なものはゼロ、全員が翌日には万全の状態で戦線復帰できる程度の負傷だ。
どちらかと言えばノエルのメンタルケアの方が優先事項だが、とにかく今は少しクエストから離れることで時間を置くというのがハルツの判断である。
こうして盗賊全滅の翌日からティンダロスの猟犬捜索が開始された。
クラーク家が金にモノを言わせて持ってきた魔道具、これにより大規模な結界を構築、結界起動時に内部にいなかった人間を感知可能な聖域を作り出した。
結界の構成はさほど複雑ではない。
結界の境界線をもう一つの結界の境界線に、さらに次の結界に繋げると言った様子で蜂の巣のような形で結界の敷地が増えていく理屈だ。
一つの領域を作り出すのに金貨5枚を使うあたり、この結界を使っている時点で赤字確定なのだがハルツにとっては姪のリーゼや公爵家の一人娘であるノエルを無事に生還させる方が大事と言うことらしい。
ある程度陣地が形成された段階で、一行は猟犬が拠点にしていそうな場所をしらみつぶしに捜索し始めた。
今回も会敵後、即戦闘となる。
何でも屋のルークがいないのは痛いがその分治癒魔術師で聖騎士のリーゼが入る。
総合力ではマイナスでも継戦能力は向上している。
そして結界を作り始めてから4日、捜索を開始し始めてから2日目、局面は大きく動き出した。
「ハルツさん」
「戦闘準備」
「待ち伏せ……ではなさそうね」
レイテ村から北西に十数キロ、小川を挟んだ向こう岸に見える洞窟に見覚えのある人影を認めた。
相手もこちらに気付いているようで、慌ただしく動き回る黒い影を見てリーダーは決断を下す。
「先手を打つ。先頭は俺、次にジーン、リーゼ。レインはタリアに付き、2人は後衛でもしもの時に反転して道を切り開け」
「「「了解」」」
小川の深さは膝より浅く、幅も狭い。
身体強化をかけた状態なら飛び越えることの容易で、全員一様に川を飛び越えて駆け抜けていく。
足場の悪い砂利の部分を抜け、洞窟に近づき地面が土になると速度は一気に上がる。
金属製の防具や武器を装備しているとは思えないスピードで突撃するパーティーに対し、黒装束は撤退と足止め役に分かれた。
ハルツの判断はこうである。
足止めに10~12程度か。
全員でかからないのは勝算が無いからか? それとも他にやることがあるからか?
我々がここに誘引された可能性もゼロではない、早急に対処して村と連絡を……それでは遅い。
今からでは間に合わない。
村まで15キロ程度、行けるか?
よし、やろう。
「タリア! 空に向けて全力の炎雷を撃て! ここで使い切って構わん!」
「はい! 詠唱開始します!」
「撃った後ポーションで回復、レインがサポートだ!」
「了解!」
魔術において、詠唱をするメリットはいくつかある。
まず、詠唱は魔術回路の構築と安定化を手助けする。
脳内と体感覚のみで魔力を捉えるのには限界があり、音という聴覚情報と紐づけることで回路構築をしやすくする。
ダンスを覚える際、楽曲ありきで習得するのとそうでないのとでは難易度が異なるのと原理的には同じだ。
体内を巡る魔力は基本的に目に見えないため、予め魔術の習得段階で活用した詠唱を行うことで所定の魔力操作を淀みなく行うのだ。
次に使用する魔術の共有が可能である。
火球や雷撃のような初歩の初歩は例外として、発動に時間がかかる魔術は味方と共有し、連携を取る必要がある。
今から自分はこの魔術を使う、だから援護を頼む、そういう意味も詠唱には含まれている。
少し本筋からは離れるが、詠唱をブラフとして使う高等技術もある。
しかし詠唱は魔術を習う際のお作法の要素も含んでいる、要するに宗派や地域で違いがあるのだ。
その辺りのコンセンサスが取れていない詠唱ではブラフも意味をなさないだろう。
つまりタリアが今行っている詠唱は、精密な魔力操作を行うというただ一つの目的の為に行われており、希少な治癒魔術師のそれは非常に精緻で強大な高難易度魔術を発動させる。
炎雷、火属性と雷属性を組み合わせた攻撃魔術。
火で炙り、空気中の酸素を消費して呼吸困難を誘発、その上本物の雷を限りなく再現した雷属性の魔力は四方へと奔り敵を討つ。
空高く打ち上げられた炎雷はまるで花火、日本の打ち上げ花火と比べれば威力も高度もまるで足りていないが、それでもその光と音はレイテ村にまで届いた。
「あれは……炎雷……? 誰のだ?」
ルークは一瞬遠くで何かが光った後、しばらくして音が届いたのを聞き魔術を言い当てた。
炎雷を撃てる術師は少ない。
だがティンダロスの猟犬、その中にそのレベルの魔術を行使できる人材がいる可能性だってある。
……いや、じゃあそれなら!
「村長! 警戒態勢だ! 敵が来るかもしれない!」
「分かった! エイダン、みんなに知らせるんだ!」
村の中が大騒ぎになる中、ルークは最悪を想定する。
この場合における最悪とは?
村人が死傷すること?
いや、彼らには悪いがそれなりの損害は許容してもらうほかない。
ハルツ達が死ぬ?
Bランクパーティーに加えて治癒魔術師2名の死亡か、考えるだけでゾッとする。
しかし、冒険者ならそれも覚悟の上だ。
最悪なのは、大公選が視界に入ってきたこの時期に、クレスト派閥候補の一人娘、ノエルちゃんが死ぬか捕縛されることだ。
クレスト公爵が候補を降りるなんてことはあっちゃいけねえ、なら――
「誰か来たぞ!」
「やれやれ、ああやれやれだ、本当にやれやれだぜ」
村人にとっては慣れ親しんだ顔、ルークはそこまで面識があるわけではないが、要注意人物として記憶していたその顔は薄気味悪い笑みを張り付けている。
「エイダン、来てくれ」
Bランク冒険者、器用貧乏のルーク、彼の主導するレイテ村の防衛が始まった。
※※※※※※※※※※※※※※※
炎雷打ち上げ後、魔力枯渇で虚脱気味になったタリアをレインが介護し、他のメンバーは黒装束との戦闘に突入していた。
相も変わらず敵はやる気があるのかないのか、下がり気味に戦うだけで手ごたえが無い。
まさに暖簾に腕押しと言った様子だが、実際にはそこまで一方的ではなく、引き気味の敵をハルツたちは崩せずにいた。
防御と時間稼ぎに徹する敵を崩していくのは不可能ではないが、時間と手間とエネルギーを必要とする。
それらを注ぎ込むには彼らにマンパワーが足りなかった。
少数で動ける冒険者はあらゆる意味で機動力が高い暴力装置だが、その分敵がまとまった数いるた場合どうしても出力不足になる。
こんなことなら適当なEランク冒険者を大量に連れてくればよかったとハルツは後悔するが、実際にはそんなことはできない。
彼らとて命は惜しいし、EランクにはEランク向けのクエストが溢れている、彼らも暇ではないのだ。
あからさまな時間稼ぎ、わざわざ村の中で仕掛けてきたアルマ……を名乗る何者か、あいつの姿がない。
いるならこちらに来るはず、それなら……やはり……
「距離を取れ!」
ハルツの号令で彼を最後尾に一度黒装束から離れ距離を取った。
そうしているうちに敵は離れていくが、ハルツは気にしない。
「命令を下す。一同、レイテ村へ急行、ルークと村人に加勢してノエル様を守れ」
早い話、黒装束は陽動だとハルツは判断した。
可能性が無いわけではなかったが、こちらが打って出なければ敵は永遠に村の周囲を張り続けていただろう。
この形になった時点でこの状況になる事は確定していたのだ。
だがやはり、ここで重要なことを考え直せば、この戦場よりも村を守ることが優先される。
そういう戦術的な判断だったが、隊長のハルツ1人だけ残るという判断に当然周りは反発した。
「この人数相手に勝てるの? 1人になれば敵は反転して殺しに来るわ」
「分かっている」
「ハルツさん、自分のジーンさんに同意です。一人では無茶です」
「問題ない」
「叔父様……私が残り――」
「さっさと行け! この場で一番重要なのはノエル様だ! ここで勝ってもあの方を失えば我々の負けだ!」
ハルツの声に乗せられて一番先に動き始めたのはリーゼだった。
彼女もノエルのことが心配だ、その気持ちが人より強い分、ハルツのクラスの効果が強く働いた。
他の面々も、仕方が無いという風に彼女を追い始めた。
最後にレインがハルツに声をかける。
「ハルツさん、勝算はあるんですか」
「ああ。なじみの魔道具師から仕入れたとっておきがある」
「……そうですか。ご武運を」
ハルツに心底心酔している少年は彼に背を向けて走り始めた。
彼らは振り返らない。
彼が決定し、自分たちもそうするべきだと判断した、ならそれ以上言葉はいらない。
レインの姿が見えなくなると、ハルツの前に逃げていたはずの黒装束たちが姿を現す。
「逃げたのではなかったのか?」
猟犬は答えない。
ただ群れからはぐれ、1人になった獲物を仕留めるために囲み、じりじりと距離を詰める。
例えここで散ることになったとしても、それがノエル様を救うことに繋がるのなら、それが私の望んだ未来に向かう可能性があるのなら、私はここで命を燃やそう。
……だが、それでは妻に叱られてしまうな。
クラーク家の端くれとして、クレスト家のご令嬢の命は守る。
一家の長として、必ず生きて帰る。
あの戦争の後、生を受けた世代に我らと同じ絶望を味合わせぬために、彼ら彼女らに輝く未来を用意する為に、ティンダロスの猟犬、貴様らは必ず根絶やしにする。
…………まったく、年寄りは背負うものが多くて敵わん。
「猟犬共、ここから先は通さぬ……と言うとでも思ったか?」
1対15、両勢力の距離はおよそ20メートル、猟犬は答えない。
だがハルツの言葉は聞こえているし、ハルツがそういうつもりでここに残ったと認識していた。
「貴様らは全員ここで粛清する。死ぬ覚悟の出来た者からかかってこい!」
360度、全方向から同時に猟犬は襲い掛かり、鮮血が迸った。
がんばれ中年の星!
中年といっても膝が元気な中年です。
肩も回るし息も切れない、これが異世界クオリティ。
ブクマ、評価、感想、レビューお待ちしています!
まじで!




