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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第2.5章 過去編 case Noel and Liese:
74/1005

第74話 敵

「ん……あれ、私は」


 ここは私の部屋だ。

 これからは冒険者らしく宿に泊まりながら生活するはずだったのに、なんで私はここで寝ているんだろう。

 やわらかいベッドも、あったかい布団も大好きだけど、なんで、いつ私は寝たんだろう。


「ノエル! やっと目が覚めましたね!」


 リーゼが抱きしめてきた。

 私はダンジョンの中でドラゴンと遭遇して、戦おうとして、その後……


「リーゼ、生きてる?」


「はい! 生きていますよ!」


 体温が伝わってきて、私の体がポカポカする。

 心臓の鼓動が伝わってきて、私の心臓の音と溶け合う。

 生きている、リーゼは、確かに生きている。


「……良かった。良かった、良かったよぉ。リーゼ、良かったよぉ!」


 時間をかけて現状を把握し、現実に追いついた彼女の目からはボロボロと涙が零れてきて2人の服を濡らした。

 そんな様子を見守っていたハルツはノエルが意識を取り戻して一安心すると共に、この2人に割って入らなければならないことに僅かながら罪悪感を感じつつ話しかける。


「ノエル様、此度の件は誠に申し訳ありませんでした。現在転移魔術の使用者を捜索しているのですがどうにも芳しくないようで」


「ああ、やはりあれは人為的なものなのか」


 ノエルとてあの転移がハルツの予想外のものであり、当初予定していた試験とかけ離れたものになってしまっていたことは理解していた。

 だが改めて誰かが自分の命を害しようと魔術を行使した事実を突きつけられると、流石のノエルでも気が滅入る。

 それでも彼女に休む時間は無い。


「ノエル様、大変申し上げにくいのですがノエル様の御誕生日を祝う席が設けられていまして……その、出来ればお顔だけでも見せてほしいと公爵様から仰せつかっています」


 それだけ言うとハルツは退出した。

 こんな時くらい側にいてほしいとノエルは両親に思いを馳せたが、それは無理であることを普段の2人の忙しさからよくわかっていた。

 使用人たちが着替えの準備をして待っており、他に選択肢が無いことも理解している。

 こんなことならクエストを受けるのは明日以降にすればよかったと、過密なスケジュールにしたことを後悔したが、それでも両親に元気な姿を見せなければと立ち上がり着替え始めた。


「ノエル……」


「私は大丈夫だ。リーゼは重傷なんだからしっかり休んで」


「いえ、私は治療を受けて回復したので。ノエルが行くなら私も行きますよ」


「ん、そうか。分かった」


 リーゼも着替えの為に退出すると、ノエルは先ほどの出来事を思い出す。


『ここからは私の時間だ』


『悪くない。またいつでも代わってやろう』


 意識が途切れたと思った後、私はまるで夢を見ているような感覚の中、自分の中から外の景色を見ていた……気がする。

 体の自由は無かったし、何かを考えることも出来ずにただ流れゆく景色を見させられている、そんな感じだった。

 今まで体感したことの無い速度で体は動き、剣を振るい、自分より遥かに巨大な体躯のドラゴンを一刀のもとに斬り捨てた。

 あれが私のしたことだというのか?

 あんなことが私に出来たというのか?


『もし斬れたらあれよりもノエルの方が化け物ですよ』


 あの時の私は制御の利かない殺戮道具、まさしく化け物そのものだった。

 怖い、自分を御せないことが怖い。

 あの力を仲間に向けてしまうかもしれないと思うと怖い。

 周りから恐れられて遠ざけられてしまうかもしれないと思うと堪らなく怖い。

 誰か側にいてほしい、手を握って欲しい。

 心の中(ここ)は怖いよ。


「…………様。……エル様。お着替えが終わりましたよ」


「あ、ああ。ありがとう」


 ノエルが声をかけられて我に返ると、ほとんどの使用人は退出したのかそこにはたった1人の使用人が残っているだけだった。

 彼女が生まれる前からクレスト家に仕え、祖母のいないノエルが両親の代わりに甘えることのできる人、マリー・クラークがそこに立っていた。


「ノエル様、災難続きで大変なことと存じますが、どうか自分をしっかりお持ちください」


 マリーはノエルの両手を握ると元気づけるように続ける。


「私がついております。リーゼ様も、旦那様も奥様も、ハルツ様もいます。あなたは1人ではない」


「うん、でも……」


「誰かが側にいないと寂しいのであれば、ご自分から歩み寄りください。明るくてお優しいノエル様なら大丈夫、もし上手くいかなければわたくしめの隣にお越しください。旦那様には注意されてしまうかもしれませんがこっそり街に遊びに行きましょう」


 マリーは優しい。

 もしお婆様が生きていればこんな感じだったのかもしれない。

 マリーだけじゃない、リーゼも優しい、ハルツ殿も、他の皆も、私のことを守ってくれた、心配してくれた。

 自分の体に何が起こっているのか、誰が私たちを害そうとしているのか、分からないことだらけだ。

 でも1人じゃない、なら私は大丈夫みたいだ。


「うん! ありがとう、行ってくる!」


「はい」


 そう言うとノエルは会場となっている大広間へと歩き出した。


※※※※※※※※※※※※※※※


「な、ななな何だこれは……!?」


 自分の居場所を確かめ、元気を取り戻し歩き出したノエルは自分の誕生日会の会場に入るなり、いきなりその出鼻をくじかれることとなった。


「ノエル様、15歳のお誕生日誠におめでとうございます! このラトレイア、ノエル様が昏倒されたと聞いていてもたってもいられず!」


「それよりノエル様! 私スコットはノエル様を思い心ばかりの手土産をお持ちいたしました。どうぞお収めください」


 どうしてこうなった。

 初めの何人かの話は聞いていたが、3人目あたりから何を言っているのかすら理解できなくなってきた。

 彼らが私に通じない難しい話をしているのではない。

 恐らく聞いてもしょうがない内容のことを延々と聞かされているのだろうなと思ったから、脳が意味を理解しようとすることを放棄しているんだ。

 もうヤだよ~1人は寂しいと思ったけどこんなに来られると引きこもりたくなる。


 彼女が広間に入ってからまだ一歩も進んでいないというのに向こう側から来る人の波は終わりが全く見えず、時間経過でかえって増えているようにすら見える。


「あの、話の続きはこの後ゆっくり。まずは皆にあいさつを」


「おお! それはごもっともですな! 流石はクレスト家次期当主殿、目の付け所が違う!」


 流石にそれは無理があるんじゃないか?

 そんなことまで褒められたらかえってけなされているみたいだ。


「ノエル、もう大丈夫なのか?」


「父上……私は大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


「お前が無事でよかった。すまないが今日の為に皆集まってくれたのだ。少しでいいからここにいてくれ」


 主役がパーティーに参加したことで改めて会は執り行われる。

 諸侯の様子から分かるように、ノエルひいてはクレスト家はとんでもない名家であり、こぞって一人娘であるノエルのご機嫌取りに常日頃から余念がないわけだが、今日は誕生日と言うこともあって特別人が多い。

 それこそカナン公国中の貴族が集まっているのではないかと言うくらいの盛況ぶりである。

 だがノエルは知っている。

 その父であるシャノン、母アリシア、その他クレスト家直参の家臣は分かっていた。

 貴族全てがこちらの味方という訳ではない、むしろ大公選に向けた勢力争いは劣勢に立たされている。

 恐らくこの中にノエルを害そうと転移の下手人を動かした人物がいる。

 数年後に控えた大公選に向けての勢力争いが本格化するこの時期に先制攻撃とばかりにノエル及びリーゼを殺害しようとしてきたのだ、貴族に直接危害を加えてはならないというこの国特有の不文律を破って。

 不文律が形作られた経緯や意義は省くとしても、長年に渡り破られることの無かった暗黙のルールを破壊した。

 その事実こそが今回の大公選がカナン公国史上類を見ないほど壮絶なものになる事を示していることは貴族なら誰の目にも明らかだった。

 こうした歪な緊張状態を保ったままパーティーは進行していく。

 激動の一日を終え、身体も心も疲れ切っているノエルは会の途中から集中力が持たずに敵が誰かなんて思考は出来ず、ただ自分の誕生日を素直に楽しみ始める。

 実際この日にこれ以上何か事件が起きることは無かった。

 しかしその後交わした言葉はノエルの心を縛り付けることになる。


「ふう、疲れた~」


 あいさつに来た貴族の相手を一通り終え、一息ついているノエルに一人の男が話しかけてきた。


「ノエル様、この度はお誕生日おめでとうございます」


「ありがとう、あなたは確か」


「フリードマン家当主、フレディ・フリードマンと申します。以後お見知りおきを」


「フリードマン伯爵か、確かご当主はもう少し高齢の人物だった気が……」


「それは私の父フィリップでございましょう。今は父に代わり私が伯爵家を継いでおります」


「そうか、今日は来てくれてありがとう。楽しんでいってくれ」


「はい、ですがもう十分に楽しませていただきました」


「ん? まだこれからという所だと思うのだが」


 次の一言を聞いてノエルは体を舐めまわされるような物凄い嫌悪感と、烈火のごとき怒りを覚えた。


「いえ、ですから第5層での戦い、私は大いに楽しませていただきましたと申し上げているのです」


「きさ——」


「お静かに。今私を拘束してもどうにもなりませんよ? ここで立場を明かした意味をお考え下さい。問題ないから明かしたのです。では失礼します、呪われた剣聖の少女よ」


 ノエルはあっけにとられたまま動けずにいた。

 まるで蛇に巻き付かれ全く動けなくなってしまったように。

 ただ一つ分かることがある。


「フレディ・フリードマン、あいつは私の…………敵だ」

過去編の結末はどこに向かっていくのか、私も良くわかってないです。

つまりラストが楽しみ!


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マジで!

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