第71話 始まり case Noel and Liese:
アラタが転生する前のお話です。
私は憂鬱でした。
いえいえ、今日と言う日は私からすれば祝うべき、喜ぶべき日であることは否定のしようがない事実なのですが、これから私がしなくてはならないことを考えるとキリキリと頭の奥が痛くなってくるのです。
ここは人間界最西端の小国カナン公国、その首都アトラの市街地。
この通りを北に抜けると貴族の面々が住まう高級区画があるのだが彼女、リーゼ・クラークの目的地はまさにそこだった。
彼女自身クラーク伯爵家の3人目の子供にして長女、れっきとした貴族なのであの区画に住まう住人の一人だったわけだが、彼女がその方向に向かっているのは帰宅以外の理由がある。
大体あの子は無茶を言い過ぎです!
自分がどのような立場に置かれているのか何度説明しても一向に理解してくれないんですから……もう。
そう心の中である人物への愚痴を彼女がこぼすと、即フラグ回収に来ましたと言わんばかりにリーゼの前方から何やらやかましい音が聞こえてきた。
「あ、私何かしちゃいました?」
口ではそう言いながら、リーゼは先ほど心中で感情を吐露したことを少しだけ後悔した。
リーゼはこの音の正体に心当たりがある。
いや、このアトラの街を活動の拠点とする人間であればまあ10人中7,8人は音の正体に心当たりがあることだろう。
そして音の正体はある少女が誰かを探し回る声であり、リーゼの頭痛の原因そのものだった。
「リィィィィィイイイゼェェェェェェエエエ! おっはよう!」
こちらめがけて私の名前を絶叫しながら爆走してきた女の子はクレスト公爵家の一人娘にして私の幼馴染兼主、ノエル・クレストその人であり今日15歳の御誕生日を迎えたバースデイガールなのです、はぁ。
「今日はいい天気だな! 私たちの新しい門出に相応しい日だ。それで早速だがリーゼ! 例のものは?」
サラサラな黒髪をポニーテールにまとめてハアハアと息を切らしているこの子はいつもこんな感じで元気いっぱいなのですが、今日はいつも以上にテンションが高い、高すぎます。
「落ち着いてください。慌てなくてもきちんともらってきましたよ、これですね?」
リーゼが懐からある一枚の紙を取り出しノエルに手渡すと、まるで宝石をもらったかのように目を輝かせて書かれている内容を隅々まで読み込む。
そこまで大したことが書かれているわけではないのに、とリーゼは思うが当の本人にとってはそれくらい大切なことなのだろう。
何度も繰り返し同じ内容しか書かれていない書類を読み返し、ようやく満足して紙を折りたたみポケットの中にしまったノエルはニッコニコだ。
「よし! じゃあ今から冒険者ギルドに行こう!」
「待ってください、お父様とお母様の許可はいただけたのですか?」
当たり前の疑問だ。
いかにノエルの両親が娘である彼女に甘いとは言え、公爵家の一人娘が冒険者になる事を彼らが許すはずないのだ。
ノエルの表情が露骨に曇る。
「ノエル、家に帰りますよ」
「いやだいやだ! 私は冒険者になるんだ! はーなーしーてー!」
はぁ、またですか、またですか。
また駄々っ子ノエルが出てきちゃいましたか。
まあ正直いつものことですし、この子がしっかりとご両親の了承を得てこの場に来ているという期待をした私にも非があるわけですが、ここは心を鬼にして連れ帰るしかありませんね。
彼女からすれば少し可哀想な気がしないでもないが、ノエルはこの国でも2つしかない公爵家が1つ、クレスト公爵家の正統な跡取りなのだ。
伯爵家の令嬢であるリーゼも一般人からすれば十分雲の上の存在なのだが、そんな彼女からしてもノエルは格が違う。
貴族の中の貴族、そんな表現を誰もが認めざるを得ない数少ない存在であり、さらに当代のクレスト家は1人しか、ノエルしか子供がいないのだ。
そのような経緯から仕方ないこととはいえ親友であり、幼い頃からまるで妹のように可愛がってきたノエルの願いを叶えることが出来ないのは心苦しい。
が、そんな気持ちを押し殺してリーゼはいつものようにノエルを抱えて持ち運ぼうとした。
したのだが、
「あれ、ノエル力強くなりました?」
いつもなら簡単に抱え上げて、暴れるノエルを押さえつけクレスト家の御屋敷まで宅配することなど造作もないのだが、そんなノエルの体がびくともしない。
もちろん今日突然ノエルがとてつもなく体重を増やしてきたとか、重りを仕込んでいるとかそんなしょうもないことではない。
その程度ならリーゼが持つ【聖騎士】のクラス補正で軽く持ち上げることが出来るはずだから。
ノエルの体が動かないのは重量の問題ではなく、リーゼの力に抵抗するノエルの膂力が向上していることを示すのだ。
両者ともに【身体強化】の練度は同程度、であればクラス補正があるリーゼに軍配が上がるはずだったが膠着した状況に彼女は目を白黒させている。
一方ノエルは今まで良いようにしてやられていた分、膠着状態だがまるで勝ち誇ったようである。
「ふふん、いいようにしてやられるのも今日、いや昨日までだ。私だって今日で15歳、クラスが発現したのだからな!」
……失念していました。
そもそも今日はノエルの御誕生日、叶うことは無くてもせめて冒険者登録用の書類が同封されているパンフレットくらいならいいでしょうとこの子に頼まれるままギルドに書類を取りに行っていたのでした。
ギルド所属の条件として一番重要なのは年齢、15歳以上であること。
その背景としてあるのは15歳になった時に誰にでも等しく発現するクラスと言う力の存在である。
クラスに目覚めるということは冒険者登録の資格を得たということと同義であるのだ。
「遅れましたが15歳の御誕生日おめでとうございます。それと共にクラスが無事発現したこと本当に嬉しく思います。でも、聖騎士の私と互角なんていったいどんなクラスなんです?」
本来ならクラスに目覚めたところで得ることが出来る恩恵などたかが知れている。
リーゼのようなレアクラスでもなければこうして組み合って膠着状態が続くはずがないのだ。
発現するクラスはその人間が15歳になるまでにどんな人生を歩んできたかで決まる、そんな俗説もあるくらいで、リーゼが聖騎士になるまでにはそれなりの苦労もあった。
剣術の修練ならノエルもかなり厳しいものを受けていたが、聖騎士と言うクラスに選ばれたリーゼのプライドは目の前の現実を正しく捉えることを阻害していた。
「分からない」
「え?」
私と互角なんて一体どんなクラスなのだろうかと少しやっかみも含まれたリーゼの質問は意外な回答ですっかり毒気を抜かれてしまう。
「だから分からないんだ! 私のクラスが何なのか分からない、だから街に来て調べようと思ったんだ!」
リーゼがガクッとよろける。
すると保たれていた力の均衡が崩れ、ノエルがリーゼに覆いかぶさるようにして倒れた。
「あっ、すまない。急に力を抜かないでくれ」
「ちょっと答えが想定外すぎたのでつい。クレスト家お抱えの鑑定士でも分からなかったのですか? というか公爵様のクラスは鑑定士では?」
クラスの判定を行うためにはそれ専用の魔道具を使用するか、もしくは鑑定系のクラス、スキルを持った人間の補助が必要である。
リーゼの発言が本当なら、ノエルは家でクラスを測ることも出来たのにそうしなかったのだ。
「もう一度聞きます。本当にクラスが分からなかったのですか?」
「う、うん。そ、そ、そそそそうだよ?」
怪しい。
あからさますぎですよね、これ。
いくら何でも嘘をつくのが下手すぎやしませんか?
そんなところもノエルの可愛いところなのですが。
「ノエル」
じっと見つめる。
ただじっとノエルの瞳を見つめる。
綺麗な赤い瞳、まつげも長くてお肌も綺麗、ああ、羨ましいです、じゃなくって!
「う、うぇ……な、なんだ?」
しどろもどろするノエルを内心愛おしいと思いつつそれをおくびにも出さずリーゼは見つめ続ける。
私は分かっていますよ、私に隠し事は通用しませんよとメッセージを送り続けるのだ。
「わ、分かった、降参だ。その……クラスを測定されそうになったから逃げてきた」
「はいぃ!?」
想像を超える発言に耳を疑い思わず聞き返す。
「だから、リーゼと一緒にギルドで測りたかったから。その……ごめんなさい」
ぺこりとお辞儀するとふわりとポニーテールが浮き、微かに品の良い香りが漂う。
リーゼと一緒に測りたかった、リーゼと一緒に、リーゼと、リーゼ、リーゼ、リーゼ、リーゼ…………
「もうっ! 仕方ありませんね、では行きましょうか!」
「いいの?」
「いいんです! ほら、追いかけてくる前にギルドに行きますよ!」
ちょろい女である。
実際のところ、ノエルはリーゼと共にクラスを測定したかったわけではない、何故ならリーゼは既に17歳、クラスは判明しているのだから。
ノエルが彼女と一緒にいたかったという所までは事実だが、それよりもノエルは一刻も早くギルドに行って冒険者登録をしたかったというのが本音だ。
ノエルにまんまと乗せられて、彼女を引き連れギルドまで来てしまったリーゼはそこでようやく気付く。
あれ、そういえば私クラス測定する意味ないじゃないですか。
別にノエルと測る必要なんてどこにもないじゃないですか。
「あの、ノエル」
「わーい冒険者ギルドだー!」
ノエルには全く聞こえていないようで一目散にギルドの中に突撃していってしまった。
「私が……あのノエルに……!?」
少しちょろすぎたと自分でも思います。
リーゼはそんな自分の行動を反省しながらギルドの扉をくぐると、想像通りの反応で出迎えられた。
「クレスト家のご令嬢が何でここに」
「ノエルちゃんだろ。冒険者になりに来たんだってさ」
「え!? それって許可下りるのか?」
まあこうなる。
いつも屋敷を抜け出して街に出ているノエルのことを知る一般人は多い。
冒険者ともなれば普通の人より耳は早いし彼女が自分たちの職業にあこがれを抱いていることも知っているのでより一層ノエルの事には詳しいのだ。
「ノエル・クレスト! 冒険者登録を行う為参上した!」
腰に手を当て胸を張り、大音量で高らかにそう宣言すると、宣言されたほうであるギルド受付の職員は一体どうしたものかとしどろもどろになるがそんなことノエルは一切気にしない。
「これが登録書類だ。これで私も冒険者になれるはずだ、だろう?」
さも当たり前であるかのようにノエルは言い放ったが対応する職員は困惑していた。
確かに冒険者になる為には条件さえ満たしていれば煩雑な手続きは必要ない。
文字通り紙切れ1つでなれてしまうのが冒険者と言う職業であり、そのためノエルの主張はシステム的には何ら問題のないものなのである、システム的には。
「あ、あのーご家族の同意などの方は……」
「そんなもの必要ないはずだ。冒険者登録に必要なのはこの書類だけ、違うか?」
違わないです。
ですがそれはあまりにも自分勝手です。
もしこのまま私が登録をしてしまえば、ほぼ確実に後でクレスト家の方から抗議もしくはお叱りを受けるでしょう。
ギルドに抗議がいく分にはまだいいです、そんな手続きをした職員を出せ、なんてことになる事が目に見えています。
できれば私以外の職員で手続きしてほしいぃぃぃぃ。
「……おっしゃる通りです。で、では登録の方を――」
どうにもならない現実を恨みつつ、職員は登録手続きを進めているとそこに救世主が現れた。
「リーゼ、それにノエル様も。ここで何をしているのですか?」
「叔父様!」
「げぇ…………ハルツ殿」
ノエルにハルツと呼ばれた男、いかにもベテランと言う風格を漂わせているこの男はリーゼの父親の弟、つまり彼女の叔父である。
ハルツ・クラークはクラーク家の家督を兄であるイーサン・クラークが相続した時点で冒険者として本格的に活動を始め今に至る、2人の憧れの人物だった。
「久しぶりだなハルツ殿! 今日私は15歳になったのだ!」
「それはおめでたい。ああ、なるほど。それで冒険者登録をしようと?」
「うん! そうだ!」
「父君のお許しは得ることが出来ましたかな?」
ハルツはニコニコしながら聞いているが、リーゼは既にノエルが何て答えるか分かったうえで質問しているとっても意地悪な顔に映る。
「ッッッ、そんなものはいらないはずだ!」
「いえいえ、確かに冒険者になるには不要なものかもしれませんが、ノエル様もそこまでやってはいけないことくらい承知のはずでしょう?」
ノエルがすっかり縮こまってしまいました、この流れはまずいです。
「リーゼも分かっていたよね? この後どうすればいいかも」
「……はい」
やっぱりこうなってしまいましたか。
叔父様はお父様に似てこういう所にうるさいのです。
形式的な手続きにもうるさいのですが義理、暗黙の了解や果たすべき義務についてはさらに厳しいのです。
「で、でもそんなことしたら私は冒険者にはなれない!」
ノエルはなおも食い下がる。
ここまでの行動からなんとなく理解できるが、ノエルが人の言うことを聞かないのはいつものことである。
しかしここまで明らかに自らに非がある時に抵抗するのは流石のノエルでも珍しい。
「では冒険者になる為に方策を巡らせるべきでは?」
ハルツは遠回しに冒険者になりたいのであれば両親を納得させることのできる何かを用意しなさいと伝え、彼のその言葉にノエルはしばし考えるそぶりを見せるが、
「リ~ゼ~、何とかしてくれ~」
やっぱりこうなりましたか、いつもの流れですね。
かと言って流石にこれではどうやっても公爵様に納得してもらえるとは思えません。
リーゼはどうにもならない問題は後回しにして、まず先ほどのやり取りでの不可解な出来事の方から片づけることにした。
「叔父様、確かに私たちは果たすべき義務を怠りました。なのでこれからクレスト家に向かいたいのですがその前にノエルのクラスを測定してもいいでしょうか?」
「ああもちろん。それくらいなら構わないが家でも測れるだろう?」
「実は先ほど……」
リーゼは先刻、不釣り合いなはずの力比べで釣り合いが取れてしまった出来事を説明した。
聖騎士のクラスを持ち2年間それなりに鍛えてきた彼女に今日クラスが発現したはずのノエルが競り合ったという事実を。
「ううん、それならもしかすると。よし、ここで測っていきなさい」
ハルツも何かおかしいと思ったのだろう。
それほど聖騎士というクラスには重みがあるものなのだ。
そもそもクラスと一口に言っても戦闘職のクラスに目覚める人間はそれほど多くない。
人間の生活の中で戦闘という行為はまさに非日常であり、そういう意味でも戦闘職として問題ないクラスを発現する人間はそれほど希少なものなのである。
ただでさえ少ない戦闘系のクラス、その中でも聖騎士ともなればゆくゆくは一つの軍を率いるに値するほどレアなクラスに分類される。
騎士は比較的多く見かける印象があるが、それはハルツの冒険者という職業上のバイアスがかかってのものであるため、ハルツの体感よりずっと聖騎士というクラスは希少なものであり恵まれたクラスなのだ。
そんな騎士の上位互換である聖騎士をもってしても発現間もない少女が膂力で抵抗できるクラス、ハルツの頭にはある一つのクラス名が浮かんでいた。
(まさか、勇者が出るのか?)
ノエルが係の人に連れられて机の上に置いた水晶の前に座る。
クラス測定の方法は極めて簡単なもので、ただ水晶に手を触れ専門のスキルを持つ人間が水晶を見ればクラスは判明する。
ノエルは水晶に手を置きただ願う。
(戦闘職戦闘職とにかく冒険者に向いているクラス来い!)
目を瞑りひたすら冒険者に好ましいクラスが目覚めていることを祈るノエル、彼女の触れている水晶を見ていた係の人間の表情は徐々に曇り、そして、
「みんな伏せてぇぇええ!」
次の瞬間、水晶で出来た玉が炸裂した。
破片は怪我をするようなサイズよりさらに粉々になり、キラキラと屋内に降り注いだ。
偶然目を閉じていたノエルは特に負傷することも無かったが、もし目を開いていたらを考えるとゾッとする。
だが本人はそんなことよりも結果の方が気になるようで係の人の肩を掴み結果を急かす。
「私のクラスはなんだ? さあ、早く教えてくれ!」
水晶は破裂してしまったものの、クラスは分かったようで計測係は再測定するとは言わなかった。
その代わり、係の人は一瞬何かに迷ったようであったが、期待の眼差しを送り続けるノエルに観念したのかクラスを伝える。
「ノエル様のクラスは……【剣聖】です」
剣聖。
その真っすぐ直線的な表現でまさに名は体を表すといった様子のクラス名はノエルの好みにガッチリとはまった。
「剣聖! かっこいい! なあリーゼ聞いたか!? やったぞ!」
大はしゃぎするノエルをよそにクラス名を聞いた周囲は異様な空気に包まれる。
「剣聖だってよ」
「吉と出るか凶と出るか」
「あんな子が剣聖とは。皮肉なものだな」
「まあ大丈夫だろ。なるようになるさ」
「俺は知らねーっと」
剣聖という響きに対して周囲の反応は芳しくない。
ノエルも自らを中心に渦巻く異様な空気に何かおかしいことを理解する。
「ノエル様、ひとまず屋敷に戻りましょう」
「な、なんで? 私何かしたのか!?」
ハルツは自分が何かとんでもないことに巻き込まれたことを理解しつつ、完全には状況が分かっていない15歳の少女を見て胸が痛くなった。
こんな子に、こんな子になんで世界はここまでの業を背負わせるのか、と。
ハルツは大きく首を横に振り、
「ノエル様は何も悪くありません。さあ、一度屋敷に戻りましょう」
ノエルは何が何だか分からないまま促されるに従って屋敷への道を歩いた。
こうして物語の最初の歯車がはまることですべての歯車はそれに連動し舞台は始まる。
だがその物語を観測することのできる存在はこの世界には存在しない。
なぜならこの世界のありとあらゆる存在は舞台を動かす歯車であり、部品からはその装置の全体像は見えないのだから。
と言うわけでノエルが剣聖に目覚めましたね!
あまり喜ばれないクラスのようですが……どうなるのでしょうか?
小説として、そろそろ跳ねたい……
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