第64話 死後の後
夢を見ていた。
前に見たことのある夢と同じもの。
病院から退院した後の夢。
刺された後無事に退院することが出来た後の俺の夢だ。
これは転生しなかったほうの俺の状況?
それともこうなりたかったという希望が見せた夢なんだろうか。
適当に勉強して、バイトして、麻雀して、友達と遊んで、どうしようもないダメ大学生の後姿を見てこいつはどんだけだらしない生活をしてるんだと思ったけど、現実でもこうやって元気でいてくれればいいなと思った。
隣には遥香がいて、あの子も楽しそうに笑っていて、そんなあいつが羨ましかった。
「…………先生」
目が覚めた時、アラタは病院や屋敷ではなくドレイクの家にいた。
彼が居候していた時に借りていた部屋だ。
横にはドレイクが立って彼を見ていた。
俺は確かにあの時死んで……でもあいつが生き返るって言って、俺は本当に生き返ったのか。
「おはよう。気分はどうじゃ?」
気分?
分からない。
色んな気持ちがごちゃ混ぜになっていて感情が迷子になっている。
「気分は……まあ大丈夫です。先生が俺を生き返らせたんですか?」
「如何にも。とにかく安静にしておくことじゃな。生き返ったと言っても完治してはおらん」
アラタは死ぬ前、今際の際のことを思い出す。
腕が飛んで、スキルじゃどうにもならない激痛が体を襲って、冷たい金属が胴体を通過して、俺は血の池の中で、
「うっ、うおぉぉえぇぇ! ゔぅ、ゲホッゲホッ」
「その方が健全な反応じゃが、とにかく安静にしておけ。臓器に問題はないし後数回治癒魔術を使えば骨も完治するじゃろう」
何だろう、生き返った実感が湧いたからか、死んだはずなのに生きている状況を魂が拒絶しているのか、すっげー吐き気がしてきた。
アラタは差し出された水を飲み、落ち着こうと努めた。
少しして気持ち悪さも収まり、楽になったところで疑問に思ったことをドレイクにぶつけるべく口を開く。
「先生は俺を殺したあいつが何者か知っていますか」
「いや、詳しくは知らぬ」
「じゃああのクエストで俺が死ぬとわかっていましたか」
「……すまぬ。分かっておった」
「だから俺に魔道具を持たせたんですか? 大体、どうやって俺の体を回収したんですか!?」
アラタからは質問が矢継ぎ早に出てきた。
彼自身薄々感じていたのかもしれない。
全く分からないことではなく、何となくこうなのだろうという考えがあっての質問だったのだ。
そして彼が死ぬと分かっていたかという問いに対して、ドレイクは驚くほどあっさりと認めた。
「転移用の魔道具でノエル様たちと脱出するのならそれでよかった。じゃがワシはそうならなかった時の為にお主に首飾りを託した。その魔道具は持ち主の死後一定の条件を満たす物体を転移させる」
「死んだときの為? 死んだのなら……いや、生き返っているから無意味ではないですけど……なぜ?」
「お主の死後、死体を回収する必要があったからじゃ」
「だから何故!」
死んだのならそれまでというもの、現にこうして生き返っているわけだから死体を回収する意義はあるわけだが、普通死体を回収しようとすることは無い。
機密保持の観点から遺体を回収したり破棄することはあるが、それをアラタに適用するには彼に価値が無さすぎる。
しかしドレイクにはその価値があったのだ。
彼の答えを聞いてアラタは硬直した。
何故、どうしてそれを、と。
「ここで死ぬのは惜しいと思ったからじゃ。異世界人であるお主をここで失うのは収支が合わぬ」
「は!? 異世界人!?」
別にアラタは何も知らないという体を装うために異世界人と言う単語を復唱したわけではなかった。
唐突に出てきた突飛な言葉、しかし決して自分とは無関係ではなく、むしろ自分の価値を推し量るうえで外せない言葉だ。
「隠す必要などない。ワシはおぬしが異世界人であることを知っておったし、貴族院に突き出そうとも考えておらん」
「いや、そういうことじゃなくて、根拠なんてどこにも……」
「お主が時折図形と称して書き記しているもの、正確には文字じゃな。ワシは日本語を知っておる」
軽率だったか。
「先生は……先生も異世界人なんですか? 日本人なんですか?」
「いや、違う。過去の文献で知っておっただけじゃ。じゃがおぬしの書く文字を見て確信した」
盲点、というよりかは少し軽はずみだったか。
日本語が使えないのならただの暗号にしかならないと思っていた。
だけど意味は分からなくても、特定の人間が使う文字であることを知っている人間なら。
そんな人の前で日本語を使って記録を残せば。
それは自分で自分のことを異世界人ですと自己紹介していることになってしまう。
どんなに言い訳しても異世界人と関係ある重要人物になってしまうんだ。
アラタは自らの考えの甘さを後悔していた。
もし悪意のある人間に自分のことを知られたら、そうなればフレディのような人間が何もしないはずがない。
ドレイクがそんな人間ではない保証はないし、かといってこの状況では何もすることが出来ない。
「そう怯えるな。さっきも言ったであろう、別に国に突き出そうという訳ではない。お主は2人の護衛として役に立つと思ったからそうしたまでじゃ」
「そうした?」
「ワシは今回のクエスト、必ず裏がありクエストの難易度が跳ね上がると分かっておった。じゃがひとたび決定した編成から2人を外す権限はワシにはない。じゃから」
もう言わなくても分かる。
アラタはその先を聞きたくなかったが身動き一つとれない今の状況では聞くしかない。
「じゃからワシはあの村で2人に出会ったおぬしに眼をつけた」
「もういい、それ以上は聞きたくない」
「想像通りわしはあのクエストでお主が命を落とすかもしれんと。いや、ほぼ間違いなく死ぬと考えて送り出した。じゃからお主なら2人を安全なところまで逃がしてくれると信じて魔道具を渡した」
そこまで言わなくても分かるよ。
分かるけど、改めて口にされるとキツいんだよ。
「結果蘇生には成功したがおぬしは一度死んだ、すまなかった」
なんだよそれ。
今更謝られても仕方ないだろ。
死ぬとわかっていて送り出すなんてどうかしている。
「なんで、なんで言ってくれなかったんだ。言ってくれれば対策だって……」
「自分は死ぬがそれでも行けと? そこまで言えばお主がクエストに行く保証は無かった。自らの命に代えてまで2人を守ろうとする決意が普段からお主にあるようには見えなかった。状況が推移すればそうなる見込みはあったし……事実そうなった。すまぬ、ワシは何に代えても2人を守ると決めたのじゃ」
正直半ば放心状態だった。
色々俺の知らない情報が多すぎる。
クエストにはやっぱり裏があって?
それを先生は知っていて?
俺が日本人だということも知っていて?
だけど事情を説明するほど信用していなくて?
それで?
後は……?
「もう寝ろ。明日治癒魔術をかければ屋敷に戻れるようになるじゃろう」
そう言い終わるとドレイクは部屋から出ていった。
屋敷に戻るって、そんなこと言われても。
あの2人を守るための駒として命を捨てろと言われても、そんなところに戻りたいと考えるわけないだろ。
先生は何を考えているんだ。
俺はもう限界だった。
この世界に来てから色々とマジでハードすぎる。
元の世界に帰りたい。
あの何をするでもない、ただ何となく生きていただけの、野球は失ったけどそれでも平和な日常に戻りたい。
殺し合いをする必要なんてないし、誰かにこうして利用されることもない、それにこんな近くに死が存在するわけでもない。
あのだらだらとして日々に戻りたい。
そう考えていると眠くなってきたので寝た。
翌日、アラタに治癒魔術をかけに来てくれたのは意外というかなんというか、孤児院のリリーだった。
まだ激しい運動は控えるようにアラタに伝えたが、日常生活を送る分には特に問題ないというのがリリーの言葉だった。
「またの」
「生き返らせてくれたことには感謝しています。でももうここには来ません」
「いいや、お主は再びここに来る。ワシには分かる。じゃあまたの」
「だから行かないっスよ」
治癒魔術を施してくれたリリーと家を後にしたアラタは2人で街を歩いていた。
先生の家にあの2人が来なかったことを考えると、2人は俺が生き返ったことを知らないんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎる。
いや、俺が死んで、2人が何も思わないはずがない、なのに生きていることを知らせないなんて……でもあの屋敷に戻れば俺はまた冒険者として……
「リリーさん」
「なんです?」
「俺、この街を出ようと思います」
夏の終わり、秋初めの夕暮れはまだ蒸し暑く、空は不気味なほど赤色に染まっていた。
第2章も残すところ後わずか!
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