第50話 底辺冒険者にローンは厳しい
第2章完結まで突っ走っていきます!
アトラの商業エリアを速足で歩く男がいた。
彼の名前は千葉新、今はただのアラタと名乗り冒険者として日銭を稼いで暮らしている。
彼は現在Eランク、下から数えて2番目の等級の冒険者だが以外にも貯蓄は多い。
彼の受注するクエストはほとんどがDランク以上であり、その難易度の高さに付随して報酬額も跳ね上がっているのだ。
そんな彼が速足で向かっている場所はと言うと、不動産屋だった。
彼は一人暮らしする家が欲しい。
魔術の師匠であるアラン・ドレイクの家にいつまでも住み着くわけにもいかず、かと言って宿は安全性や暮らしやすさに欠ける。
そして一番の懸念は、
「いいか、絶対に付いてくるなよ? フリじゃないからな」
パーティーメンバーの存在だった。
あの二人はどうにも彼のことを役に立つお手伝いさん的捉え方をしている節があり、それを薄々感じ取っていたアラタは2人と距離を置きたかった。
仕事で顔を合わせるのだ、プライベートな時くらい一人で、もしくはほかの人と関わりたいとアラタは物理的に距離を取ることに決めたのだ。
彼の望みは風呂がある賃貸住宅、日本ならほとんど何も考えなくても適正価格の支払い能力さえあれば手に入れることが出来る安息の地、しかし異世界ではそうもいかなかった。
「そうですねー、シャワーならともかく、日常的に風呂に入る方はそれなりに収入がある方ばかりですので……賃貸より買い上げ、1人暮らし用となるとほとんど……」
彼が相談に乗ってもらっている不動産屋の主人――トーマス・ホールは気のよさそうな中年男性だったが、彼の人柄と持ち合わせている物件の良し悪しは別問題である。
アラタの要望が中々に面倒くさいものだったからか、トーマスの物件を探す手つきは鈍く、どうにも感触がよくないのだ。
「大きな屋敷でも必ず風呂が付いているわけではありませんから。一人暮らし向けとなればなおさら厳しいですね」
「風呂って後付けできないんですか?」
「風呂が使えるレベルの水道設備もしくは魔道具設備があって、浴槽を新設するスペース、お値段も……あまりお勧めできませんねぇ」
トーマスが心苦しそうな顔をするとアラタもなんだか悪いことをした気分になる。
「無理言ってすみません。また来ます」
帰り道、アラタは考える。
この感じだと、トーマスさんの取り扱う不動産がしょぼいわけではなくて本当に一人暮らし向けには風呂なんて付いていないんだろう。
ならいくら店を回っても無いものは無い、仕方ないんだ。
日本だったら……いや、やめておこう。
「本当に変な世界だなあ」
ドレイクの家に戻り風呂に入りながらこの世界に対する素直な感想を述べた。
この家にいていいなら問題はすべて解決なんだけど、それはそれで違う気もするし。
何より俺がここにいるだけならまだしも、2人もここに居候している、それはまずいでしょうに。
そもそも2人は貴族なんだから別荘でも実家でも家に住めばいいのに、『宿の方が冒険者っぽいです』と言って宿に住んでいるあたり、あいつらの頭はもう手遅れだ。
アラタは湯舟に浸かりながら辺りを見渡す。
銭湯とまではいわないけど、それでも家庭用にしては明らかに広すぎる入浴場。
かなりの人数が同時に利用することを想定して作られたそれは、アラタが高校生だった時に仲間と共に過ごした寮の風呂を思い出させる。
当時は帰ってくる時間も遅く、風呂は決められた順番で急いで入らなければならなかった。
新入生の頃なんかいつも消灯時間ギリギリにしか風呂に入れなくて、しかも汚れた練習着の泥を落とさなければならない。
何十人もいる1年生で風呂と脱衣所はごった返して大騒ぎになる、そしてまた怒られて、そんな日々を繰り返しているうちに気が付いたら初めての甲子園のマウンドに立っていた。
あの時はこんなにいてもしょうがないだろと思っていたけれど、この広い浴室にたった一人だとそれはそれで寂しい気持ちになる。
――あいつらにはもう会えない。
理屈じゃなくて、感覚でわかる。
この世界と元の世界はドア1つ隔てていつでも行き来できるような都合の良いものじゃなくて、一度こちらに来てしまったらよっぽどの事、死にかけでもしない限り世界を渡るチャンスすら手に出来ないものなんだ。
――アラタは嘘つきだ!
ノエルに言われたことが忘れられない。
この世界に来て、生きるために人を殺した、魔物を殺した。
それを間違っていたとは思わない、どんなに考えても、最終的に答えは一つだけだった。
でも、それは俺の理屈で、盗賊には盗賊の理屈があったはずだ。
相容れない主義主張は互いに殺し合いをして折り合いをつけて、そんなことは日本人の千葉新がすることじゃない。
だから俺は帰れない。
例え帰還方法があったとしても、俺は元の世界ですべてを忘れて生きていくことはできない。
だけど……
「やっぱり帰りたいのかなぁ、俺は」
小さな声は浴室内を反響して実際より少し大きく聞こえた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「そうか、やはり購入するしかないと思うがのぉ」
「ですよね。でもそうなると大きさが」
「大きな家を買ったら私たちも住んでもいいですか?」
「あのねえ、2人は帰るところあるんだからいいだろ。俺一人で住むから」
「えー! パーティーの拠点は必要だぞ!」
「引っ越しても住所は教えないから」
「何でですか! 場所くらいいいでしょう!」
「よくそう思えるな。お前らが居座る未来が簡単に想像できるからだよ。じゃあ出かけてくるから」
朝からアラタの家の場所をめぐる攻防が繰り広げられていたが肝心の家が無いアラタは今日も不動産行脚に向かう。
「……付いてくるなよ?」
「分かりました! ところでどこの不動産屋さんに行くんですか?」
「ところでの使い方……教えないよ」
「でも、私たちも不動産探しをしていたらばったりアラタと出くわして、みたいなことになっても怒らないでくださいよ?」
「はぁ、もういいや。トーマス・ホールさんって人がやっているとこ。言ったんだから来るなよ」
「はい、分かりました!」
信用ならない、今日は時間を外して……いや、何かされる前に先に行くべきだ。
先日同様、それ以上の速さで小走りしながら店に向かったアラタを待っていたのは、ニコニコと笑いながら出迎えてきたトーマスだった。
「……どうしたんですか?」
「ええまあ、取り敢えずお入りください」
何のことなのかよくわからないが促されるままアラタが店内に入り席に着くと、一枚の紙を差し出された。
「すいません。俺読み書きが出来なくて。なんて書いてあるんですか?」
「おや、そうでしたか。こちらの物件、金貨100枚でご案内する予定の商品なのですが、数十人が住むサイズの屋敷、庭付き、風呂付、各種インフラは魔道具の補助を含めれば完備、これほどの物件、そうそうお目にかかれるものではありませんよ?」
金貨100枚、このスペックの家を買うのに安すぎるというのはアラタも分かっている。
事故物件なのかは知らないが、アラタは先日金貨の代わりに購入した証紙を見る。
金貨50枚、そう書いてあるそうだが生憎アラタは文字が読めないので、手続きをしてくれたリーゼがピンハネしていたらこの紙の価値は金貨50枚もないかもしれない。
そして手元には金貨5枚、持ち歩く金額にしては少々大きすぎる金額だが、
「ローンを組んだりできますか?」
「冒険者の方にローンは少々難しく……Bランク以上であれば全く問題ないのですが」
この反応を予想していたからこそ、アラタは今日即決で決めるつもりで有り金を握りしめてきたのだ。
その日暮らしの極みみたいな冒険者と言う職業にローンが組めるわけがない。
「今金貨55枚の貯えがあって、家に全財産使う訳にもいきませんし」
「左様でございますか。この物件、アラタさんが買わないのであればもう少し利益を上乗せして一般に購入者を募ることになりそうですが……私としては何とかお金を工面することをお勧めいたしますが」
アラタの頭に金持ちの貴族令嬢の顔が二つ浮かび上がるがすぐに却下した。
「ちょっと待っていてください。明日には決めますから、ちょっと待っていてください」
「分かりました。では今日はこれで」
不動産屋を後にして、それから方々をめぐり金を工面しようとしてみたものの、アラタはヒモのアラタと言う名前が独り歩きをしていたせいでまともな金策はできなかった。
保証人としてノエルとリーゼがサインしてくれるなら、そういう条件で貸してくれる所ならいくらでもあったがそれではダメなのだ。
彼にとって重要なのは一人落ち着ける安息の地を確保することで、決してパーティーの拠点が欲しいわけではない。
日が落ちて暗くなった大通りをふらふらと歩いていると、ひと際明るいエリアに出る。
アラタはまるで光に集まる虫のようにゆっくりと、しかし確かに吸い寄せられていく。
「パチンコ……いや、カジノか」
派手な装飾を施された看板には店名らしき文字が書いてあるがなんて書いてあるのか彼には分からない。
まあいいか、帰ろうとアラタが足を動かそうとしたとき、
「よう! 久しぶりだなアラタ!」
いきなり肩を組んできたのにびっくりしながら顔を見ると、いつぞやのアッシー君がいた。
アラタを孤児院までおんぶしてくれた男、冒険者のカイルは飲んでいるのか若干酒臭いが足取りはしっかりとしている。
「カイル、久しぶり」
「お前も夢を掴みに来たのか?」
あー、そういう感じの場所なのね、とアラタは目の前の店がギャンブルに関係する店であることを確信すると即座に否定する。
「別に。これから帰るところだよ」
「まあそう言うな。勝った金で飯おごるからよ! 行こうぜ!」
ギャンブルに使う金があるならそれで飯おごれ。
そう思いながらアラタは店内へと引きずり込まれていった。
「すげー」
店内に入り、アラタが初めて放った言葉だった。
彼の想像したラスベガスにあるザ・カジノという雰囲気とは若干異なり、別にドレスコードがあるような空間ではないが、それでもクエスト帰りの恰好では入ることはできなそうな独特の空気感、少しひりつく雰囲気、遊びで合って遊びでない、そんな感想を抱かせるこの場は人間の生活サイクルから外れた非日常を演出している。
「スロットなんかもあるがやっぱりテーブルゲームをプレイしてなんぼだ。カードゲームは初心者には難しいかもな。バカラなら多少は……俺と一緒にルーレット行くぞ!」
専門用語が出てきた辺りでアラタは理解することを諦めた。
少しとはいえ酔っ払っているカイルの言葉は時々脈絡がなくなるし、そもそもこいつは説明するのがへたくそだ。
アラタはカイルの参加している台の側でゲームを観察しながら店の人にルールを教えてもらっていた。
数字のある場所にチップを置いた方が倍率は高いが当たり確率は低くなる。
逆に外に置けば当たりやすいが配当も小さい、と彼がルールを理解するのに要した時間はカイルを瀕死に追い込むまでに十分すぎた。
「ふぅー、これで、これで勝てば……これで勝てば…………」
ダメだ、完全に我を失っている。
カイルを見ていると少し冷静になってゲームを見ることが出来る。
というかさっきからカイルの賭ける手は悉く、一切合切全て外れている。
初めの方はそれなりにうまくいっているように見えたけど、幻覚だったのかな?
俺の勘違いじゃなければディーラーは出す目をある程度操作できるような気がするんだけど……それって可能なのかな?
特定の目を外すくらいならまだ……あー、完全に操作してるな。
カイルのいるテーブルのディーラーは多分、出す目をコントロールしている。
どうせクラスとかスキルとかだろ、面白くない。
ルールを把握したアラタは人の多い台に移動してちまちまと賭け始めた。
外側の2か所に賭ければ1.5倍で7割弱勝てる。
まあこれではガンガン金が減ってすぐ負けるわけだけど。
なんとなく落ちる場所が分かるんだよな~。
(次は赤の9)
アラタは外側1か所に賭け1.5倍の配当を得る。
これなら、
「はー負けた負けた。アラタはどうだ……ってフラワーベットは流石に素人すぎるだろ~」
一つの数字を中心に9つの位置にチップを賭ける最大倍率144倍の方法、アラタには確信があった。
このタイミング、この強さ、この雰囲気、ボールはここに落ちる、と。
「お、お、お、おおお落ちた! 落ちやがった! 144倍だぁ!」
家買えそうだな。
アラタは自らの勝利を確信した。
作者的に59、60話は是非読んでほしいです。
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※要約(ランキングになりたいので応援よろしくお願いします!)




