第99話 ティンダロスの猟犬
日間400PV超えて嬉しい限りなんですけど、新規さんを取り込めていない。
やはり初めの方に問題があるのか⁉︎
「へ? 異動?」
頓狂な声で聞き返すアラタに、エリザベスは静かに首を縦に振る。
それは既に決定事項のようで今更私にどうこうできる話ではないの、そう言う意味が込められた諦めの頷きだった。
「でも、それじゃあ俺の代わりはどうするの? 意外と俺も働いているんだよ?」
「代わりはいないわ。アラタがやってくれていた分まで私がやることになると思う」
彼は断固異動拒否という訳ではなかった。
ただ、代わりに来る奴はどんな野郎なのか、それが少し気になって後任の人物が誰なのか聞いてみただけだ。
けれども後任はいないとエリザベスは言う。
それでは彼女の負担が大きくなるだけで、何がしたいのか分からない。
「エリーが決めたわけじゃないと思うけど……誰が決めた?」
「…………お婆様達」
エリーはそれ以上何も言わなかった。
拒絶されたのかな、俺はもういらないから。
そっか、結構傷つくものなんだな。
すっかり意気消沈して退出しようとするアラタの背中は、それはそれは小さく見えた。
このままではいけない、それは違うとエリザベスは席を立ち、彼の背中に顔をうずめた。
「エリー?」
「ごめんなさい。アラタの異動は私のせいなの」
突然の謝罪に困惑したが、想い人を慰めようと正面を向きたいアラタは体の向きを変える。
しかし、アラタが右向きに回れば背中に抱き着いているエリザベスも同じだけ回り、左向きに回れば同じだけ左向きに回ってしまう。
なるほど、これがデッドロックというやつか、とアラタは前を向くことを諦めそのまま話を聞くことにした。
「何があったの? 俺に教えて」
ガッシリとアラタに密着したままの彼女は、図らずも彼の心の痞えを取り除くことになる。
「私のあげた首飾り、あれね、すり替えられていたの」
プレゼントされ、アラタがここに来るまで身に着けていて、彼がレプリカをエリザベスに贈ってからは彼女が身に着けている藍色の魔石をあしらったネックレス。
それは感情に影響を与える魔道具であり、ドレイクがアラタに潜入する動機を与えるための根拠だった。
自分にそんなものを贈った相手を本当に信じるのか、それを確かめるためにもアラタはここに来て、そしてその答えを聞くことが出来ずにいた。
「私はただ御守りになればいいと思って作ったのに、結果的に利用されてアラタを傷つけてしまった」
そうか、そうだったのか。
先生が言っていた、魔道具を俺に渡してきた理由。
胸のモヤモヤがとれた気分だ。
ずっとそれだけが不安だった。
俺はエリーのことが好きだから、基本的にこの子のことは何でも信じるし頼まれたら多分なんでもする。
でも、もし俺のことが欲しかったとして、ノエルたちから俺を引き剥がしたかったとして、そう言うことをしたのなら、俺はこの子を本気で愛することが出来なかった。
でも、そうじゃない、そうじゃなかったんだ。
「ネックレスはすり替えられて、それで俺があいつらと仲違いしたと思った?」
エリザベスは無言で頷き、その動きが背中を介してアラタにも伝わる。
「大丈夫だよ。あいつらとは喧嘩別れしたわけじゃないし、何も気にすることは無い。俺は俺の意思でここに来た」
「でも、そのアラタの意思が魔道具によるものなのかもしれないんだよ?」
エリーは今まで見たことないくらい気落ちしていて、それでいて申し訳なさそうだった。
外では凛として、この人なら大公になれるかもしれない、俺ですらそう思えるような姿なのに、今はそんな様子はほんの少しもない。
弱いエリーを見ることが出来て、俺にそれを見せてくれるのは嬉しいけど、でも落ち込んでいるのは見たくなくて、俺って結構勝手な人間みたいだ。
後ろ手にエリザベスの頭を撫でると、抱き締める力は少し緩みアラタは彼女に対し正対した。
今にも泣きだしそうな表情は、泣き虫な元仲間を思い出させるが、エリザベスもこんな顔をすることがあるのかとアラタは彼女の新しい一面を知る。
「俺は……あのネックレスにエリーが言った効果があることを知っていた。だからここに来た」
嘘は言っておらず、かと言って真実は隠したままである。
「結果エリーは悪くなかった。ならそれで十分、そうでしょ?」
「でも、それじゃあアラタはここから出ていくの?」
「何で?」
「知りたかったことを知れたから、もうここに用はないじゃない」
なんでそうなるの。
メンタルまあまあ傷ついてるな、これ。
「配置換えは仕方ない、時間作って会いに行くから」
「……うん、待ってる」
部屋を出たアラタはその足で配属先の組織がある拠点へと向かう。
色々分かってきたな。
お婆様達、エリーを大公選の前面に立てて、自らは表に出てこない。
まあ年取ったジジババよりエリーの方がイメージ戦略的にいいことが多いんだろう。
俺がここに来て1カ月経つけど、それらしき人は見たことが無い。
少し徹底しすぎじゃないのか?
エリザベスでさえ逆らえないお婆様達に対してそんな印象を抱きながら、アラタは新しい部署の扉を叩いた。
物流系の部署と聞かされているが、それ以外は何も知らない状態での配置換え、彼は自身が閑職に飛ばされたのだと思っていた。
「お前がアラタか、入れ」
短めの髪の不愛想な女が対応し、アラタは言われるまま部屋に入る。
そこは現代の会社でいうオフィスのようで、十数人の人間がそれぞれ作業をしていた。
格好も統一されておらず、気持ち男性の方が数が多いが女性もそれなりにいる。
冒険者のように武装している者、仕事机の上で食事を摂っている者、靴下を脱いでくつろいでいる者、様々な人員は彼の方を一瞥したが、すぐに元の作業に戻りアラタはポツンと孤立してしまう。
応対した女性もいつの間にか自分の席に戻っており、完全なるまでの孤立だ。
人並のコミュニケーション能力を備えているアラタだが、流石に招き入れられて即放置はどうすることも出来ず、そして寂しい。
「あのー、今日からここの配属になったアラタです。よろしくお願いします」
「……………………」
「あのー」
「……………………」
「あのぉー!」
「……………………」
「ちょっと! 聞こえているなら返事してくださいよ! 寂しくて死ぬぞ!」
無視され続け、我慢の限界に達したアラタは一番近くにいた机に突っ伏している男の耳元で叫んだ。
至近距離で大声を出したのだ、今頃耳がキーンとなっているに違いないが、それでも男は無反応のままだ。
もう帰ろうかな、訳も分からず飛ばされてその先で無視されたアラタが部屋を出ようとしたその時だった。
「ふふふ、あっはっはっは! 決まったなぁ!」
「は?」
先ほどの静けさが一転、バケツの水をぶちまけたみたいに部屋は急激に笑いに包まれた。
1人が耳を押さえているだけで、残りの者は皆等しく笑い転げている。
これもしかして……サイレントトリートメントか?
サイレントトリートメントとは、野球、特にメジャーリーグにおいて、本塁打を打った選手に対してあえてリアクションを取らず、時間差で祝福する一種のいたずらなのだが、初対面の人間にする類のものではない。
今日初めましての新人に対してそれをすれば……実例は今こうして目の前にあるわけだが、笑いに取り残されて困惑しているターゲットにわらわらと仕掛け人たちが近づいてきて一斉に話し始める。
「俺はノイマン、よろしくな」
「同じくエスト、これからよろしく」
「……クリスだ、よろしく」
次々と自己紹介を受けて、全く誰が誰なのか覚えられていないアラタは、仲間の名前を覚えるのは追々頑張ることにしようと諦めた。
「さっきも言ったけど俺はアラタ、エリザベスの元から引きはがされてここに飛ばされてきた! これからよろしく!」
「引き剥がされたって、飛ばされた?」
「おいそこ! 不吉なことを言うな! そんなわけないだろ!」
軽口の叩き合いがしばらく続き、何となくお互いがどんな様子なのか掴み始めたところで、ノイマンから話があると言われ辺りもシンとする。
先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気は消え失せ、全員起立する。
「えーアラタ君、この度はここレイフォード物流事業部特殊配たちゅ課、配達課へようこそ。ここはレイフォード家のいろんな雑用を押し付けられる部署なわけだが……」
周囲からくすくすと小さな笑いが起こり、いつもここで噛んでいるのだろうなと察する。
「オホン。配達課以外にも周りからの呼び名と言うものがあってだな、そこから拝借して名乗ることもある。…………ティンダロスの猟犬と」
抜刀。
アラタは刀を抜き放ち、ノイマンに斬りかかった。
来ましたね。伏線が絡み合ってきていて、作者の脳が壊れるのが先か、回収し切るのが先か、乞うご期待!
感想が欲しいです。
よろしくオネシャス。




