短編三 夜食
「ふんふんふーん」
時間は二十二時。外は真っ暗である。だが明かりの魔道具が天井に埋め込まれ、台所は昼間のように明るい。
しかしその明るさ以上に、目の前のコンロから眩い火が吹き出している。
俺は手に持ったどでかいドワーフ製フライパンをコンロの上に乗せ、油を引いた。そして少し待つと、ぱちぱちと油が撥ね始める。
その上に餃子を二十個乗せていき、程よく焼けたところで一気に水を入れ、蓋を閉める。水蒸気が蓋の端から僅かに漏れている。だが、これがいいのだ。
そして待つこと三分。
蓋を開けると綺麗に焼け、蒸しあがった餃子が並んでいた。
「あちちっ」
それをフライ返しで次々と取って皿に乗せていく。
この世界に醤油がないのは非常に残念だが、オリーブっぽいものがあるので、それで代用だ。
「ふふふ、完成ですっ!」
思えば苦労したものだ。
この魔力式コンロ、下手に魔力を注ぐと一気に炎が吹き上がるのだ。今ではこうして自由自在に操れるが、最初は魔力調整に失敗して……。
ちらと天井に残る黒くこげた跡を視界に入れた。
このおかげで、暫く台所使用禁止命令が下った。
それに「公爵家のものともあろうものが、何故料理を作らねばならぬ!」なーんて、父ちゃんに怒られたんだよな。
それから必死に、料理くらい出来ないと女が廃る、まで言って何とか説得できた。
そしてコック長に魔力式コンロを一つ貰って、庭で魔力調整の訓練をしたんだよな。二年くらいかかったっけ。
思えば長い道のりだった。
「お嬢様、出来ましたか?」
と、タイミングよく白い服をきた恰幅の良いおっさんが声をかけてきた。
この男はうちのコック長、いわばこの台所の主である。
こいつの作る料理は全て高級で上品で綺麗に飾られた完璧に貴族向けなのだ。それはそれで美味いのだが、やっぱりたまにジャンクなモノも食べたくなる。
特に鳥の軟骨や枝豆や春巻きやゴボウなどなど。
え? 全部酒のつまみじゃねーかって?
ま、細かい事は気にするな。
ちなみに餃子は、とあるチェーン店の中華料理屋で餃子とビールを良く食ってたのを思い出して、唐突に食べたくなったからだ。
作り方など、小麦粉を水で練って皮にして、具は肉とたまねぎっぽい何かをみじん切りにして包めば完成だから簡単だしな。
「はいコック長、ありがとうございました!」
「と、とんでもございません! しかし、お嬢様も変わった料理をご存知なのですね」
「はい、昔、料理本で読んでいたのを思い出しまして。たまにはこういったものも良いかと思いますよ。お一つどうですか? お熱いので気をつけてくださいね」
「は、いただきます」
コック長は皿に盛った餃子を手で摘んで一口で食べた。
「ほぅ、これは。肉の旨みが皮で閉じ込められたのか。香ばしい肉汁が口の中に広がる。それに焼く、と蒸す、の二段構えで……ふむふむ」
「どうでしょうか?」
「これはとてもおいしいですね。早速あとで賄い料理に作ってみます」
「ふふ、お粗末様でした」
そして一礼したあと、餃子を乗せた皿を手に持って台所を離れた。
背後で「しかし、この包む、というものは他にも流用できそうだ。ふむ、肉以外にも野菜、あるいは魚など入れてみるのも良さそうだ」とコック長の呟きがデビルイ○ーに届く。
おー、研究熱心なことだ。
そのうち小籠包や肉まんでも教えてやるか。
「あらシャルニーア様、どちらへ行かれてたのですか?」
部屋の前にアイシャが立っていた。
あ、あれ? 今日はもう終わりのはずだぞ?
「ええ、少々台所へ……それより今日はもう終わったと思っていたのですけど?」
「いえ、ちょっと。何かおいしそうな匂いが……」
暗くて見え難いけど、何となく頬が赤いアイシャ。
ああ、なるほど。餃子の匂いに釣られてきたか。まったくこんな夜に食ったら太るぜ?
いや人の事は言えないけどさ。
「ふふっ、たくさん作ってきたのでアイシャも食べますか?」
「はい、喜んで」
小躍りしそうな勢いで部屋の扉を開けるアイシャ。花よりダンゴって奴だな。
開けてくれた扉をくぐり、部屋の中央に鎮座している机の上に餃子を乗せた皿を置いた。そして互いに正面に向き合いながら椅子に座る。
手馴れたものだ。
俺はこうしてたまに料理を作るんだけど、その時アイシャにもお裾分けする事が多いからな。
アイシャといえば皿の上に乗っている餃子をまじまじと見つめている。
そ、そんなに珍しいかな?
「今日の料理は何と言う名前なのでしょうか?」
「これは餃子、というものですよ」
「皮に具を包んで焼いたものですか。なるほど、珍しいものですね」
「いえ、実は……中身は蒸しているんですよ? ま、論より証拠です、早速どうぞ」
「はい! 失礼します!」
アイシャはお箸を使って器用に食べた。
そう、このお箸は俺が普及させたものである。
だってナイフとフォークやスプーンしかないもんな、ここ。
貴族的な料理ならそれでいいけど、やっぱこういったジャンクっぽいものはお箸だよな!
「失礼」
少し齧ったところ、中から肉汁が溢れてきてアイシャの口元を汚した。
慌ててナプキンをポケットから取り出して拭き始める。
慣れていないなぁ。
「どうですか?」
「ええ、とてもおいしいです」
満面の笑みである。
ほんと、普段もこれだけ可愛らしくしてればいいのに。
でも美味い料理は人を笑顔に変えるもんだ。
俺も一つとり、大きな口を開け一気に頬張った。
うむ、うまし!
「シャルニーア様、そんなに口を開けてはしたないですよ」
「もぐもご……」
あとはビールがあれば完璧だったのに。
いや冷酒でもいいけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして二十分ほどかけて、二十個くらいあった餃子が無くなった。
あれ? 俺四個くらいしか食べてないのに?
残りはどこへいった?
「アイシャ、食べすぎですよ」
「とってもおいしかったですよ、ごちそうさまでした」
「……次はもっとたくさん作ってきます」
「いえいえ、これ以上食べたら太ってしまいます」
「まだ食えるのかよっ?!」
十五個食えば十分腹いっぱいだろ。
こいつ、回転寿司で三十皿くらい軽く食いそうだな。
「そういえばシャルニーア様」
「……? どうかしましたか?」
「戦乱の闇の森の近くにダンジョンが生まれたそうですよ」
「……なんだと?」
ダンジョン。
やはり異世界といえばダンジョン。
一度は行って見たいものである。
でも……。
「ダンジョンって生まれるものなのですか?」
「はい、ここの大陸では珍しいですけど、隣の大陸では十年に一つくらいぽこぽこ生まれるそうですよ」
「鶏が卵を産むような感覚で言わないでください。それよりどうやって生まれるんですか?」
「笑気に充てられて、思わず大地が大笑いして穴が開いてしまうのが一般的な説ですね」
「マジで?!」
異世界恐るべし!
というか、それって地震が起こって地割れしただけちゃうのか?
「嘘です」
「……………………」
さて、皿でも片付けるか。
立ち上がって皿を持とうとすると、アイシャの白い手がそれを止めた。
「ご馳走になりましたし、それは私が自室に戻るついでに片付けておきます。だからそんなジト目で見ないでください。もっと嘘を言いたくなります」
「なるなよっ!!」
「シャルニーア様、ダンジョンについては五十三日前の魔術講習でご説明しましたよ」
「……そうでしたっけ」
「これから補習しましょう」
やーめーてー!
もう二十三時だよ?
そろそろ寝ないとお肌に悪いじゃん!
「ダンジョンは世界の理によって作られます。しかし理には代償が必要ですが、その代償が瘴気と呼ばれるものになります」
勝手に始まったよ……。
「笑気じゃないんですね」
「シャルニーア様、冗談は行動だけにしてください」
「お前が言ったんだよ! それに俺の行動のどこが冗談なんだよっ!!」
「公爵家の次女が夜中自分で料理を作って食べる行動が冗談みたいですよ」
「お前もぱくぱく食ってただろ!!!」
「とってもおいしかったですよ? また次もお願いします」
次はハバネロ入れてやるっ!
「この大陸は人族が支配しております。このため魔物の数はごく一部を除いてあまり出現しません。せいぜい魔獣程度ですね。人族は瘴気を出す事が出来ないので、あまりダンジョンが作られないのです。しかしつい先日戦乱の闇の森の主、エイブラ皇帝が倒されました。あの森は瘴気が意外と濃くありエイブラ皇帝が瘴気を取り込んでいたのですが、彼が居なくなったために外へ洩れたのでしょう」
魔術は、世界の理に対して魔力というエネルギーを与えて行使するのだが、ダンジョンは瘴気というエネルギーを代償に作られるのか。
でも誰が呪文という契約文を書いてるんだろう?
「それは未だに解明されておりませんが、推測では多数の呪文による歪みとされております。偶然いくつもの呪文詠唱が世界の理に取り込まれ、重なる事によってダンジョン作成の呪文詠唱になっているのではないか、という事ですね」
アイシャにそれを尋ねると、そう答えられた。
うーむ。たまたま……ねぇ。偶然……ねぇ。
ぶっちゃけありえないだろ。
ま、それはいいとして。
「つまり、エイブラ皇帝を倒した私たちのせいで、瘴気が溢れてダンジョンが作られたという事ですか」
「……シャルニーア様。エイブラ皇帝は謎の英雄によって倒されたのです。それが誰なのかは今となっては誰にもわかりません」
つまり余計な事言わず黙ってろって事か。
しかし続けてアイシャは驚くような事を言ってのけた。
「と言う事で、次回の課外授業は、初心者でも行ける! ダンジョン攻略です」
「マジでっ?!」




