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第十七話

「……あなたも捨てられたの?」


 長い黒い髪を大き目の帽子の中へと納め黒いジャケットに黒のズボンを穿いた格好で、俺は再びあのゴミ捨て場へと歩いていた。

 傍目からすると、子供が焼却場へと歩いているだけに見えるだろう。

 前回は夜中だったが、今日は昼前で更に天候は曇りである。

 そうして焼却場へ近づくと、一人の女の子が俺に声をかけてきた。

 年は十歳ちょっとくらいで、黄色い上着に長い白いスカートを穿いているものの、所々ほつれもあり、また破れている箇所も少しある。

 が、幸いこの近くには湖があるからなのか意外と汚れは少ない。焼却場は万が一を考慮して、水場の近くに建てるのが基本だしな。


 それにしても十歳くらいの子供にしては、この女の子の感情は乏しい。

 終電帰りのリーマンのように疲れ切った印象を受ける。


「…………」


 黙ったまま突っ立っていると、手を招いてついてこいと合図された。

 俺はまだ十三歳……と半年。

 この世界は十三歳から大人だが、正直十二歳と十三歳では見た目からは分からないだろう。

 だから俺は捨てられた子を演じて、わざと街の出口付近で何か戸惑うようにきょろきょろしながら、焼却場へと歩いていたのだ。

 案の定というべきか、あそこに住んでいる子が声をかけてきてくれた。

 これで警戒されずにあの子達に近づける。


 頷き、彼女について歩いていく。

 なぜ俺があの子達に近づく必要があったのか?

 目的はここからスラムを無くす事だ。それには……。


 まずは仲良くなること!


 敵を知り己を知れば百戦して危うからず、と昔の偉い人も言っていた。

 戦うわけじゃないけど。

 だからまずは近づいて友達になるのだ。その後、徐々に料理し……もとい、救出していけばいいのだ。


 そうこうしているうちに、例の焼却場にたどり着いた。

 少女が中に入ると、一人の少年が立ち上がる。俺とそう変わらない年齢で、やはり着ているものはかなりよれている。

 ただ見えているのは少年一人だけだが、いくつか視線を感じる。

 きっと俺を警戒しているのだろう。まあ初顔合わせだしな。

 その彼に少女が声をかけた。


「新しい子、来たよ」

「そうか、俺はアマスって言うんだ。よろしくな。お前は?」


 この少女とは異なり、この少年の目はまだ生きている。

 現状を何とか変えたい、と思っているような雰囲気を感じられた。

 これならばいけるか?


「俺はシャ……じゃなくて、シュウヤって言うんだ」

「シュウヤ? 変わった名だな」


 シュウヤは俺の前世の名だ。さすがにシャルニーアを名乗るわけにはいかない。

 それにしても酒飲みのシュウヤといえば、ほぼ毎週大量の酒を買うことで近所のおばさんたちの井戸端会議では有名だったんだぞ!

 ……自慢できることじゃねぇな。


「それにしても」

「な、なんだ?」


 と、少年に顔を覗き込まれる。

 こいつもしかして俺の顔を知っているのか?


「お前、綺麗な顔してるな。ほんとに男か?」

「お、おう。ばっちり男だぜ?」

「なぜ疑問系? まあ別にどっちでもいいが」


 ふぅ、気づかれたわけじゃないのか。

 一応帽子のつばを深くして、あまり顔を晒さないようにしておこう。

 ここは男で通しておきたい。


「で、お前は俺たちの仲間に入りに来たってことでいいか?」

「いや」


 そこで一旦区切る。

 更に帽子を深く被って、口元だけ見えるようにした。


「仲間というより、俺はお前たちを手下にするつもりで来た」


 なるべく低い声で、そして挑戦的に聞こえるように言い放つ。

 途端少年は意外そうな顔をして、少し俺から距離を取った。俺の側にいた少女もいつの間にか少年の近くへ移動していた。

 また、次々と建物の影から子供が沸いて出てきた。その数は三十人くらい。


「へー、新しい子だって」「ふーん、男? 女?」「何でもいいや」「おなかすいた」


 これが全員か。男女比はほぼ半々。

 小奇麗な格好をしているものもいれば、この少年や先ほどの少女のようによれた服装の子もいる。

 つまりは格好が綺麗なほど、最近捨てられた子供、と言う事だろう。

 その少年は後ろにいた子たちを指差す。


「ほぅ、一体どういうことだ? 俺らに手下になれってか。ということはお前が俺たちを何とかしてくれるのか?」

「もちろん。お前たちをここの住まいから、ちゃんと風呂も便所も食事も完備したところへ住まわせてやろう」

「はっ、捨てられた俺たちをか? それとも何か、お前は人攫いか?」


 人攫いとは、その名の通り人を、特に子供を攫って人身売買をする奴らの事だ。

 この国には犯罪者奴隷という制度がある。罪を犯したものは強制労働をさせているのだ。

 しかし人身売買はそれとは異なり、特に金を持っている貴族や商人へ攫ってきた人を売るのだ。その殆どは性奴隷として売られていく。

 もちろん違法あり見つかれば厳重処罰の対象となるし、事実過去摘発されている例もあるが、その手の需要は多いのか後を絶たない。


「いいや、違う。そんなチャチなもんじゃねぇよ」

「ならばお前は何者なんだ?」

「俺か? ふふふふふ、俺はな」


 両手を大げさに広げ、声を張り上げた。


「俺は闇の暗黒魔法を使う、暗黒神の御子だっ!!」


「「「…………」」」


 沈黙が場を支配した。

 そんな痛い子を見るような目で俺をみるなっ!


「そ、その暗黒神の御子が、なんで俺たちを?」

「ああ、お前たちは我が暗黒神の御子の手下として、正式に身分を与えなければならぬ。そのままじゃ格好悪いだろ?」

「そりゃ俺らこんなゴミ捨て場に住んでいるしな」

「だからこそである! 我が悪の組織の目指すべきものは世界征服であるっ!」

「おおおっ?!」「大きく出た」「出来るのか?」「子供だけで?」


 俺の一言に場がざわめいた。

 思いっきり王国への反逆だしな。


「本気で言っているのか?」

「たぶん」

「たぶんって何だよ! そんなにお前、実力あるのかよっ!」

「ああ、それに関してはちょっとだけ自身ある。少し見せてやろう、暗黒神の御子の力を!!」


 唐突に両手を上に挙げ、呪文を唱えた。


我ここに契約を求むサークル


「魔術?!」「うぉっ!」「な、なんだこのでかいの?!」「すっげー」


 俺を中心とした、淡く光る魔方陣が子供たちを包み込むように巨大になっていく。


<自由と翼をもたらす天空の王者よ、発現せよ、具現せよ、我の呼びかけに姿を現せ。地を這う者共に我等の理を見せよ、我が名シュウヤ=キリサキの命により契約を行使せよ>

 一発勝負だったけど、ちゃんと前世の名でも使えた。

 この世界の魔術は、世界のことわりと契約を結び魔力を代償に改変を行う。

 その際重要なのは魔力の提供であって、名については術者固有の名称であれば問題がない、とアイシャが言ってたのは間違っていなかったのか。

 確かに付与魔術などの魔方陣を描くタイプの魔術の発動には、魔力を注ぎ込めば発動する。それについて、付与魔術を描いた人の名は必要ではない。


「な、何をする気だ! 俺らを殺す気か!?」


 今まで魔術を殆ど見たことは無かったのだろう、少年が慌てふためいて叫んでいる。

 そんな彼に俺は一言、告げた。


「いいや、飛ぶんだよ」

「……飛ぶ?」


<じっとしてろよ! 飛行フライト!>


 彼の問いかけを無視して、俺は魔術を発動させた。

 巨大な魔方陣が子供たちを乗せて空に浮かび上がる。


「う、うわああぁぁぁぁ?!」「う、浮いてる?」「これすごいよ!」「たっかーい」

「このまま遊覧飛行と行くか!」

「ほんとに?」「やったぁ!」「初めて上から見たよ!」「ちょ、ちょっと高いよ」


 俺は子供たちを乗せたまま、その辺を飛行し始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 十分ほど空の旅を楽しんでもらった後、元の焼却場の真上に戻ってきた。

 子供達は今だ興奮醒めぬ様子だ。最初にあったあの少女も、顔を上気させて目を大きく開きながら他の子供と話していた。

 つかみはおっけーかな?


「お、お前ほんとに凄かったんだな」


 少年がなにやらおそるおそる俺に声をかけてきた。


「ふふふふふ、暗黒神の御子の名は伊達ではないのだ」

「か、かっけー! シュウヤ、お前尊敬するぞ! なあお前たちもそうだろ?」

「もちろん!」「すごーい」「もっと飛んでー」


 すっげ、こいつら目がきらきら輝いているよ。

 初めて遊園地へ行ったような雰囲気だな。


「で、俺らは何すればいいんだ!」

「まずお前たちには移住食を保証する代わりに、やってもらいたいことがある」

「それは?」

「アルバイトだ!!」


「「「…………」」」


 再び沈黙が場を支配した。

 そんなアホな子を見るような目で俺を見るなっ!


「……アルバイト?」

「ああ。我が組織は財政事情が良く無くてな。まずは金を稼がないと何事も始まらん」

「で、でかいのか小さいのか分からん悪の組織だな」


 俺もそう思う。

 そもそもお前らのような子供を誘うことからして、わけの分からん組織だろう。

 だが無理を通せば理屈は通るのだ。


「で、どれくらい稼げばいいんだ?」

「えっ? 本気かよっ?!」


 少年の問いかけに、思わず本気で返してしまった。


「ああ、俺らだっていつまでもここに居たんじゃ、いつか終わりになる。それにこれだけの魔術を扱えるシュウヤが居れば何とかしてくれそうだしな」


 何このツンデレ。俺にはショタ属性はないぞ。


「簡単なことさ。アルバイトって言っただろう?」

「簡単な事か。で、どのくらいの期間やればいいんだ?」

「塵も積もれば山となる」

「……?」

「ああ、どんな事でもずっと続ければそのうち山となるんだよ。ちなみに二百年くらいやれば目標額になるかな」

「そんなに生きちゃいねーよ!!」


 ごもっともである。

 月に一人銀貨一枚稼げば、三十人で銀貨三十枚。年に三百六十枚になる。二百年かければ金貨七十二枚だ。

 ……二百年かけても七千二百万円か。世界征服するにはちょっと足りないかな?

 嘘だしいいか。


「まあこのままバイト先まで行こうぜ」

「ど、どこへ?」

「街のとある場所さ!」


 そのまま俺はハルの街の、とあるレストランへと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はーい、銅貨五十枚になります」

「またよろしくな」

「ありがとうございました!」


 十歳くらいの少女が、弁当を鉱山で働いている男に手渡した。

 代わりに銅貨五十枚を受け取る。

 銅貨は一枚凡そ十円くらいだ。つまり銅貨五十枚は五百円になる。


 ここは鉱山の前に作られた弁当売り場である。といっても、机を五つほど並べただけの簡易的なものだが。そして背後には大量の弁当が山積みされていた。

 そして五列用意している列は全て長蛇の列となっていた。

 鉱山で働いている人数は二千人を超える。そして彼らは昼食をどうしている?

 当然手弁当かあるいはどこかへ食べに行っているか、だろう。

 そこへ彼ら用に大量の弁当を作ればどうだ? しかも安く。

 そりゃ売れるだろう。飛ぶように。


 弁当を作る料理人はレイラの伝を使って王都で何人か確保してきた。

 そして子供たちには弁当に出来上がった料理を詰め込むのと、弁当の売り子を頼んである。

 更に鉱山で取れた鉄をパイプ状に何本も作って並べ、ローラーとして流せるようにも作った。

 弁当は流れ作業で詰め込ませているから、子供にでも出来ることである。

 弁当を作っている場所はうちのレストランだ。レイラのレストラン二店目である。今は一号店をレイラの後輩が面倒を見ていて、レイラ自身は二号店で頑張ってもらっている。

 さらには三階建てで、三階を全て従業員用の部屋にしているのだ。

 当初はどうせレイラが泊まりでずっとレストランに篭ると思って大きな部屋を用意していたのだが、まさか子供たちに住ませる事になるとはな。


「やっているな」

「あ、シュウヤ君。こんにちは」


 売り子で忙しくしている、俺に初めて話しかけてきた少女にちょっと声をかけた。

 あの時見た終電リーマン風の表情はすっかり消えうせ、年相応の明るい表情になっていた。


「どうだ、調子は」

「朝早いけど夕方には寝られるし、それにちゃんとご飯も食べられるし、布団もあってすごく楽だよ」


 とても健康的な生活である。

 子供たちを拉致って……もとい任意の元に同行を強制的に行ってから(あれ?)二ヵ月が過ぎた。

 最初の一月は栄養を取らせるようにたくさん食べさせた。もちろん有償で、給料から先取りで引いている。今は殆どタダ働き扱いだが、衣食住はちゃんと用意している。

 この分なら来月くらいには、普通に給料を渡せるようになるだろう。


「そうか、元気にやっているなら良し」

「はい、この調子で頑張って稼いで世界征服しましょう!」


 弁当を買いに来てたおやじが、世界征服ゴッコか、という表情をしているのを俺は見逃さなかった。


「でもシュウヤ君、ちゃんとお金はあたしたちのお給料から貰ってる?」

「お、おぅ。ちゃんと引いてるぞ」


 何となく罪悪感がハンパ無い。

 でも別に給料は引いてないぞ? 全額子供達に渡している。


「じゃあまたな!」

「シュウヤ君もまた来てね」


 そして俺は弁当売り場から何となく逃げるように離れた。だって周りのおっさん達の視線が、世界征服ゴッコとは子供だなぁ、という微笑ましい視線が痛かったのだ。

 そのまま飛行の魔術で鉱山から離れ城へとり、部屋に戻って男の服装を脱ごうとしたときである。


「シュウヤ様、ここで何をしていらっしゃるのですか?」

「……ひっ?!」


 背後から突然声をかけられた。

 全然気配を感じなかったぞ?!


「あら、どうかしましたか?」

「ア、アアアイシャ?! いつからそこに?! というか何故その名前を?!」

「ここ二ヶ月かシャルニーア様がこそこそと何か行動していらっしゃるな、と思いまして。先ほど後を付けさせて頂きました」


 この作戦はレイラ以外、誰にも話してない。

 しかし後を付けられた、だと? 全く気がつかなかった。


「中々可愛らしいお嬢さんでしたね。で、何故秘密にしていたのですか?」

「そ、それは……その……」


 最初あれだけ反対されていたんだ。アイシャになど相談できるかよ。


「それにどこからシュウヤなどという名が出てきたのですか?」

「それは私のソウルネームですっ!」

「……は?」

「そ、それはともかく、私はどうしても彼らを助けたかったのです」

「それでレイラさんに色々とお願いしていたのですか。彼女からレストランの三階が子供たちに占拠され、寝るスペースが無く仕方なく別の家を借りている、と苦情がありましたよ」

「それが普通だよ! レストランで寝るレイラが悪い!」


 レイラの家の話はどうでもいいとして、俺だけじゃ何ともし難いからな。

 そもそも俺は命令する立場なのだ。うむ、間違ってはいない。


「確かにそれは問題はないので、苦情は却下致しましたが。それより最近妙に食材の量が減っていると思ったら、レストランへ回していたのですか」

「だ、だめ?」

「勝手にそんな事していいと思っておりますか?」

「でも食料の総量は変わらず、ですよ。ちゃんと卸値でレストランで買い上げていますし、ちゃんと街のみなさんには分配されています」

「レストラン側へ回した分、他の店舗に回せる分が減るのですが」

「それは大目に見てください」


 はぁ、と大きくため息をつかれた。


「まあ色々と問題もありますが、彼らに仕事を与えることができた、という点は評価しても良いかと思います。それにレイラさんからお弁当の売り上げはかなりのものであり、売り出してすぐ黒字になった、今ではレストランの主力製品となっている、とも聞いております」

「そ、そうですか!」

「しかし、彼らが従来お昼時に食べに行っていたお店が、今は経営危機に陥っておりますが」


 あー、そりゃそうなるよな。片方が儲かれば片方は潰れる。


「今後早急に、価格について調整を入れる必要があるでしょう」


 企業努力も必要だが、やりすぎは某丼屋の競争のようになってしまう。

 次は市場の価格調整か、面倒だな。

 最低価格を決めて、それ以下にしてはいけない、等のルールも必要になるだろう。


「仕方ありません。シレイユを呼んで対策会議を開きましょう」

「ああ、シャルニーア様にはもう一つお仕事がありまして」

「な、何を?」

「その経営危機に陥っているお店の売り子してください」

「は?! 何で俺が?!」

「会議を開いて案が決まったとしても、時間がかかります。そのお店が先に潰れてしまうでしょう。シャルニーア様が売り子をしていただければ、一部の熱狂的なファンが買ってくれますよ」

「俺、領主、おーけー? 何で俺がそこまでやらにゃいかんのだ!」

「元はといえばシャルニーア様のせいですよ? 例のワインを配ったときの服装でお願いします」

「またあれ着るの?! もっと普通の奴にしてよ!!」




 これは十七歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。




「しかし、彼らの笑顔が見られたのは最高の報酬だと思います」

「シャルニーア様にしては頑張りましたね」




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