第十五話
「どうぞー」
「あ、ありがとうございます! シャルニーア様から注いで頂けるなど光栄の極めです!」
「お一人一杯までですからね」
今日はファンドル祭二日目。
幸いというべきか今日も天候に恵まれ、俺は朝からワイン片手に町を歩いていた。
背後には何百本というワインの入った大きな手押し車が数台、着いてきている。
それを引いているのは村人たちだ。
昨夜ハルの町でワイン配りをする事が決まり、急遽その増援に村人たちを宛がうべく頼みに行ったのだ。
本来であれば村も祭りの最中だから人手不足のはずなのだが、ほぼ全員が二つ返事で手を上げてくれた。
これは俺の媚び……もとい人徳であろう。
ちなみに率先して手を上げたのは村人リーダーA。彼には頭が上がらないな。
そろそろ彼の名前を覚えてあげてもいいが、ここまで来るとそのままリーダーAでいいか、とも思ってたりする。
「お一人様一杯まで、無料でお配りしています! まだ飲まれていない方、是非おいしいワインを堪能してください。ただし入れ物は各自ご持参ください!」
アイシャもメイド服姿で声を張り上げている。
何故俺がこんなワイン配りなどをやっているかと言えば、言うも涙語るも涙聞くも涙の物語が昨日あったせいなのだ。
自業自得なんだけどさ。
ワインを配りつつ横目で町並みをみると、所々壊れた家屋がある。
……すまん、今日は精一杯頑張らせてもらうつもりだ。
さてハルの町は城が最奥に建てられていて、その周囲をぐるっと囲むように重要施設がある。
城の背後は山脈だ。普段なら鉄を掘る音が鳴り響いているのだが、祭りの期間中は休みになっているのでとても静かである。
町には東西と南北、二本の大通りが走っている。
城の正面から町の出口までが東西の大通りだ。
その大通りのほぼ真ん中に中央広場と呼ばれるものがあり、南北に通っている大通りと交差している。
大通りの長さは五~六キロメートルほどだ。だいたい正方形だし町の面積は三十キロ平米ってところである。
町の面積の二割が城の施設と考え、それ以外に二十万人が住んでいる、と言う事は人口密度は意外と高い。
でも帝国時代はここに五十万人が住んでいたらしいのだ。
どうやったらこんな面積で五十万もの人が住んでいたのか不思議である。
日本の東京や大阪といった都会ならここよりも遥かに人口密度は高いけど、それは建築技術が優れていて高い建物を建てられたからだ。
この世界には三十階や四十階と言った超高層ビルなんてものは存在しない。
せいぜい三階建てくらいが関の山である。
となると、他に考えられるのは地面の下だ。地下にも地上と同じくらいの規模の町が広がっている可能性は捨てきれない。
吸血鬼のワイナースも地下に住んでいるしな。
あとでアイシャやシレイユにでも聞いてみよう。
もし地下施設があるとすれば、怪しい研究所や、牢獄、帝国時代の遺産などが埋もれている可能性だってあるしな。
「次の人どうぞー」
「よ、宜しくお願いします」
そんな事を考えながら俺は手を休めず、ワインを配り続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「地下施設ですか?」
「はい、帝国時代には五十万人もの人数がこの町に住んでいたと勉強したことがあります。でもこの町の広さを考えると、それだけの人数が住めたとはとても思えません。となると、ワイナースが地下にいたことを考慮すると、あそこ以外にも地下施設があってたとしても不思議じゃないのでしょうか?」
その日の晩、俺はアイシャとシレイユに今日思ったことを伝えていた。
もし巨大な地下施設なんか発見できたとしたら、早速探検しに潜ってみたいところだ。
ライトのついたヘルメット被って、ピッケル持って。
いやこの世界ならやはりフルプレートアーマーに、大きな鉄の盾、そして片手剣だろう。
そして魔物をばったばったと切り裂いていく。
かっこいいよな! 浪漫溢れるよな!
だがしかし、アイシャが一刀両断に否定してきた。
「目を輝かせているところを申し訳ありませんが、地下施設などありませんよ」
「なっ?!」
「この町を制圧した際、徹底的に調査いたしましたから。地下施設があればすぐ分かります」
うんうん、と隣でシレイユも頷いている。
「で、でも! ワイナースの居た地下は分からなかったじゃないですかっ!」
「それはあの方が結界を張っていたからですよ。いくら私やシレイユさんとはいえ、数千年を生きている吸血鬼の張った結界を見破れないのは仕方ありません」
「ワイナースが他の地下施設もついでに結界を張っていたら?」
「ついで、で張れるほど結界は簡単ではありません。いくらあの方でも、この町全体を結界で覆う事は無理ですよ」
確かにあの結界は技術が高い。
なんせアイシャやシレイユといった、一流の魔術の使い手から完全に隠蔽していたのだ。
俺があの時落ちなければ、きっとそのまま見つかることもなかっただろう。
そしてあれだけの結界を町全体に覆うのも難しい、と言う事も分かる。
「じゃあどうやって五十万人もの人間が暮らしていたのでしょうか?」
「それは……」
珍しく口を濁すアイシャ。
何かあるのか?
「何か知っているのですか?」
「それなんだけど、町の外れに大きな廃墟があるのは知っているかい?」
アイシャに変わってシレイユが答えた。
町の北側と南側の外壁に沿って、何かの焼却場があるのは知っている。
でもそこってゴミ施設だよな。数十万人が住む町だ、発生するゴミの量も凄まじい。
ちなみにハルの町では、ゴミは全て南側の施設で焼却している。
「はい、あそこってゴミを焼却するところではないのですか?」
「その通りなんだけどさ、それ以外にあそこはスラムだったんだ」
「スラム……ですか」
なるほど、ゴミが集まる場所だからスラムになったということか。
つまり五十万人と称していたのはこの町だけでなく、スラムの人数も含めた数、という訳である。
なるほどね、貧富の差ってのはどの時代にもあるものだ。
でも、なぜアイシャはそんな事で口を濁したのだろうか?
昔はスラムでした、なんて事は今の俺らには関係のない話だ。
……まさか。
「さあさあ、今日はもう遅いし明日の為に早く寝るよ! アイシャはシャルニーア様を送っていってくれ」
「はい、では行きますよシャルニーア様」
俺の思考を邪魔するように、シレイユが手を叩きながら無理やり場を解散させた。
何かしらほっとしたような表情のアイシャは、俺の腕を取って執務室から出そうと引っ張る。
「えっと、実際送るのは私ですよね」
「ではシャルニーア様が私をエスコートしてくださいませ」
「それって立場逆じゃね?!」
そんな事を言い合いながら俺はいつものように転移魔術を発動させ、自宅へと戻った。
アイシャと別れ自室へと戻った後、疲れを取る為に風呂へ入る。
何せ体力に自信の無い俺が一日中ワインを配り歩いたのだ。既に足腰ががたがたである。
今日はゆっくりマッサージしないと明日筋肉痛になるな。
これが年を取ると二日後や三日後に筋肉痛が襲ってくるんだよな。
湯船に口元まで浸かりながら、先ほどアイシャたちと会話していた内容をぼんやりと考えた。
……まさか今でもスラムはあるのか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜のハルの街。
足元に見える町並みは殆ど明かりは無く、目を凝らしても何も見えない。
そして昼間は晴れていたが、夜はしとしとと降り注ぐ雨になっていた。
既に午前二時過ぎ、草木も眠る丑三つ時という時間帯に俺は革をなめしたカッパ代わりの外套を羽織って、飛行の魔術で街の上空を飛んでいた。
ちなみに服装は昨日変装していた少年の格好である。
これなら他人に見られてもごまかしが効くからだ。
なぜわざわざこんな夜中に戻って来たのかと言えば、もちろんスラムが今でもあるか確認する為である。
確認したところでどうするのか分からないが、それでもまずは自分の目で見たい。
街の外壁を超え、ゴミ焼却場の上空へたどり着いた。
ただ下を見るものの、暗くて何も見えなかった。
これは暗視の魔術とか開発する必要があるな。
猫などの夜行性動物は瞳孔を大きく開くことでより多くの光を集め、夜でも見える。
と言う事は技術的には、目が受け取る光の量を増やせば良いだけのはず。
昼間にそれをやったら、目が、目がぁぁぁぁ、なんてことになりそうだが。
とりあえず確認の為にゴミ焼却場の中を見てみるか。
念のため魔力障壁を張ったまま、ゆっくりと下へ降りていく。
焼却場の壁にはところどころ穴が開いている。そこから見つからないよう中の様子を伺った。
そして中の様子が目に入った瞬間……俺は絶句した。
そこには何百人ものボロ雑巾のような服を着た人間が、蹲って寝ていたのだ。
雨に打たれながら、俺は呆然としながらその光景に目が奪われた。
ちょっと長くなりそうだったので、一旦切ります




