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閑話

あと一回閑話入れます


 磁石の能力を持つ災厄マグネットエイリル。


 初めてそれを知った日、変わった能力だな、と思った。

 殺傷能力は持ってないし、大人しくて優しい能力だ、とも思った。


 しかしそれは間違いだ。


 何しろ相手と強制的に密着させられるのである。

 姉が本気を出せば指一本動かすことすら出来なくなるほど、張り付くのだ。

 しかも相手と言い争いをしていた、と言う事はすなわち嫌いな奴と。

 精神的ダメージは計り知れない。

 特に便所がヤバイ。だって手もくっついているから脱げないしな。

 そのままおもらしプレイである。


 ならば相手を殺せばいいのではないか?

 そう考える人がいるかも知れないが、それは捨てたほうが良い。

 まず相手を殺すのは非常に難しい。そりゃ指一本動かすことができないしな。

 武器は持てないし、魔術を使ったとしても密着しているのである。よほど魔術制御の上手な人でないと、相手ごと自分もお亡くなりになる。

 まあ、かなり腕力の強い奴なら相手を絞め殺すことは可能だろう。


 しかし、磁石の効果は亡骸になったとしても続くのだ。


 この大陸は温暖な地域だ。亡骸は三日もすれば悪臭を放つようになるだろう。

 あとはご想像に任せる。飯の直前直後には想像しないことをお勧めする。


 これほど恐ろしい能力があっただろうか?

 間違っても姉に目を付けられてはいけない。身の破滅を招くだけだ。


「エ、エイリル姉さま、来るのは明日じゃなかったのですか?」

「シャルとは三年ぶりですしね、早く会いたかったのですよ。全くシャルったら、毎月お父様とはお会いしているのに、私とテルには会いにこないし」


 テル。

 本名テルフィン=フォン=ファンドル、俺の二つ上の兄であり王位継承権一位の肩書きを持つお偉いさんである。

 兄とか姉とか言っているけど正直元の年齢より遥かに年下だ。

 父ちゃんですら俺と同世代なのだ。

 何と言うか呼び難いし、正直言えば会いたくない。

 だから実家に報告しにいく度に、わざとこっそり行って帰るを繰り返していたのだが、それがこんな結果になるとは。


「それよりエイリル様、そろそろ解除していただきたいのですが」


 今だ俺とアイシャは抱きつきのままである。

 俺としてはもう少しくっついて……いや、なんでもない。


「シャル、アイシャ。もう言い争いはしませんか?」

「わかっております、エイリル様」

「アイシャとは心からの親友ですよ、エイリル姉さま」

「その言葉に二言はありませんね?」

「「はい」」


 珍しく俺とアイシャの二人がハモると、姉は「次はありませんよ?」と言いながら磁石の効力を消した。

 もちろん姉だって鬼ではない。

 心から改心したように見せれば普通ならば半日、長くても一週間程度で開放してくれる。

 まあ逆に言えば改心しなければ、永遠にそのままなのだが。


 くっついたままだった身体が突然自由を取り戻した。

 さらば柔らかさと暖かい体温よ。


 そして改めて我が姉を見る。

 めちゃ美人だ。

 軽いウェーブのかかった長い青い髪に、これまた青を基本としたドレス、そしてあちこちに光り物をつけている。

 シレイユほどではないものの、抜群のプロポーションがドレスの上からでも見て分かる。

 これぞ貴族の令嬢というべき姿である。


 ……くせっ毛が頭に生えてるのが残念な点だが。


「それにしてもお供も連れずにお一人で来るなんて。それより何故その転移魔方陣を知っているのですか? というよりどうやって許可を取ったのですかっ?!」


 俺が執務室の奥の部屋を指差しながら姉を糾弾する。

 転移魔方陣を使うには国の許可が必要である。

 何しろ転移には周囲の魔力をかなり使用してしまうからな。


「お父様には私一人だけ、という事で許可を頂きました」


 ああ、そうか。そういやうちの父ちゃんも国の何とか大臣とかいう役職だっけ。

 王家の一つであるフォン=ファンドル家の当主だし、そりゃ偉いとは思うけどさ。

 しかしこうも転移魔方陣の使用を簡単に許すなんていいのかよ。

 公私混同してないか?


「少々脅しも入れましたが」


 父ちゃん、情けないぞ。

 まあ俺が逆の立場でも即効許可出すだろうけど。


「それに魔方陣はシャルの元部屋にあるのですから、気づかないわけがありませんよ」

「ええっ?! 私の部屋に入ったのですかっ?!」

「あなたの小さい頃、部屋で寝かせてあげたのは私ですよ? 今更恥ずかしがらなくても良いではないですか」


 寝かしていたのは俺だよ。

 あんたが昔話をしていたら、いつの間にかそのまま俺のベッドで何度も寝てたよな。

 何回メイドに頼んで姉の部屋に運んでもらったことやら……。

 姉とはいえ当時は十歳とかだったし、仕方なかったのだろうけど。

 そして部屋を見られるのは別に恥ずかしい訳じゃない。ただあそこには酒が隠してあるのだ。

 ワイナースからこっそり何本かワインをせしめたけど、屋敷の中に隠しておくと何気にワインを気に入ったアイシャに即効見つけられるのだ。

 だから実家に帰ったとき、こっそり自分の部屋に隠してある。

 あそこならアイシャだって入らないし、解毒ネックレスの効果が切れた時にゆっくりと飲める。


「それといつまでご滞在なさる予定ですか? 何分急なので用意も出来ていませんけど」

「三日後にファンドル祭がありますよね? それに行ってみたいのですよ」

「ファンドル祭に……ですか? 王都のほうではなく、わざわざこちらへ?」


 ファンドル祭とは、初代国王の誕生日を祝うお祭りだ。国中を上げて一週間お祭りが続くのである。

 もちろん王都で行われるものが一番派手で規模も大きい。

 一応ハルでも行う予定ではあるものの、そこまで派手にする予定はない。

 大通りに屋台をいくつか出させる程度だ。


「たまには他の街のお祭りを見るのも楽しいものですよ」

「初日だけハルのお祭りを見て、それから帰るという事ですか」

「ええ、そのつもりです」


 祭りと喧嘩は江戸、いやハルの街の華である。

 ……うーん、これは少しヤバイ気がする。

 俺は実家に居た頃、殆ど外に出してもらえなかった。当然祭りも部屋の窓から眺めるだけだった。

 だから伝聞でしか聞いたことはないけど、お祭りの日には姉と絶対に出会うな、と巷で流れていたらしい。

 何か対策を練らないと……。


「そろそろ夜も遅いですしお部屋へ案内しましょうか、エイリル様」


 そこへタイミングよくアイシャが割り込んできた。

 ナイスアイシャ!

 もう二十三時過ぎだしそろそろ姉を寝かしたほうがいいだろう。


「そうね、ありがとうアイシャ」

「アイシャ、頼みました」


 俺が帰りにシレイユを連れてきてくれ、とアイコンタクトをする。


「どうかしましたかシャルニーア様。目に何か入ったのですか?」


 ちげーよ!! 気づけよ!!

 アイシャとは心からの親友じゃなかったようだ。

 分かっていたけど。


「い、いえ。何でもありません」

「そうですか? ではエイリル様、こちらへどうぞ」



 アイシャが姉を連れて執務室を出て行った後、俺はシレイユを起こしに彼女の部屋へと向かった。




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