第六話
「シャルニーア様、今日は大掃除に行きたいと思います」
まだ朝も早い時間、俺はベッドの中から天井に描かれている魔方陣で、体内の魔力を練っている途中だった。
ここ数日、レイラと一緒に夜遅くまで芋のレシピを考案して寝不足気味なのだ。
少しでもベッドの中で過ごそうと、ゆっくり時間をかけて魔力を練っている。
そんな中、突如部屋の扉が勢いよく開けられ、うちの筆頭メイドのアイシャが駆け込んできたのだった。
「大掃除……ですか?」
まだ半分寝ている俺は、ぼんやり天井を見ながらうわ言のように呟く。
そんな俺の顔を覗き込むようにして、アイシャの顔が近づいてきた。
ってか、近いよ!
まさしく顔のドアップである。
このまま頭突きでもしてやったら、驚くだろうな。
と思ったのもつかの間、アイシャの黄金色に輝く瞳が俺の目を見据えると、天井の魔方陣よりも圧倒的に早く体内の魔力が練られ始めた。
な、なんだこれ?
普段なら十分くらい時間がかかるところを、僅か三十秒で俺の全魔力が練られたよ。
「思った以上に早く魔力が?」
俺が起き上がるのにあわせて、アイシャの顔も離れていく。
「いかがですか、シャルニーア様。つい先日開発した、目の中にも魔方陣を描いて便利に使おう魔術、でございます」
ドヤ顔のアイシャが胸を張る。凹凸が少ないのが非常に残念だ。
でも確かに凄いと思う。
それってつまり目を開くだけで魔術が使えることになるし、色々と使い道がありそうなものだ。
……ネーミングセンスを除けば。
「では大掃除の準備を早速やりますよ」
ドヤ顔のまま、持っている杖で扉の先を指した。
アイシャの悪巧みによって急ピッチで俺の屋敷が建てられている最中だが、完成するまでまだ一週間はかかりそう、という報告を受けている。
このため、今だ俺は村長さんの家の部屋を借りたままである。
でも大掃除……なぁ。
確かに借りている部屋だし、掃除くらいはしないとダメだろうけど。
でもそれこそメイドたるアイシャの仕事じゃないのか?
まあ俺も借りている立場だし、掃除くらいは手伝うのは構わないんだけどさ。
「では今日は大掃除ということですね。私はどこを掃除すればいいのですか?」
ずっと引きこもったままなので、たまには運動しないとな。
そう思って腕捲りをし、掃除道具を探そうとしたところ、アイシャに止められた。
「シャルニーア様、何か勘違いをしておられませんか?」
「え? 今日は村長さんの家の大掃除ですよね? 掃除道具を探そうとしているのですけど」
そう答えた途端、アイシャが深い、とても深いため息を吐いた。
「はぁ…………。仮にも辺境伯当主が部屋の掃除を、何の疑問も持たずに。シャルニーア様は本当に変わったお人ですね」
すごく呆れた表情をするアイシャ。
俺、何か悪いことでもしたのか?
いや、掃除するのは良いことだと思うんだが。
「では村長さんの家の掃除ではなく、外を掃除するのですか?」
「違います。私が言っているのは、戦乱の闇の森に住むゴーストたちを掃討する掃除です」
戦乱の闇の森。
数百年前にファンドル王国とエイブラ帝国が戦争をした場所であり、今でもその森には多数の帝国兵の亡霊がさ迷っている。
二ヶ月ほど前にアイシャと一緒に、その森の主であるエイブラ皇帝の亡霊を倒したけど、まだまだ雑魚は残ったままだ。
ちなみに、この村のすぐ近くにある森が、その戦乱の闇の森である。
「なるほど、そちらの大掃除の事でしたか」
「シャルニーア様に力仕事を任せられる訳がありません」
確かに俺は十歳の子供だ。
掃除をしたところで、役に立つとは思えない。
しかしせっかく人が掃除しようとやる気になったのに、その言い草は無いよ……。
「アイシャ、いくらなんでも酷い言い方ではありませんか? 確かに私は子供ですし、掃除という力仕事ではあまり役に立てないとは思いますが、やる気はちゃんとありますよ」
「そういう意味ではありません。辺境伯当主が、進んで部屋の掃除をするなど前代未聞ということです。まあ良いです、これから早速森に行きますよ?」
杖を持ったまま俺の手を掴んで、外に出ようとするアイシャ。
って、まてまて。
昨日から寝不足なんだけど。
芋焼酎の作り方を思い出していたからな。
確か二回くらい発酵させたあと、蒸留させることは覚えているんだけど、どうしても何で発酵させるのかが思い出せないんだよな。
でもこの世界に発酵させるような何とか菌なんて、そうそう見つからないとは思うが。
「今からっ?! 少し寝不足なんですが」
「大丈夫です。シャルニーア様ならそれで良いハンデかと」
「ゴースト相手にハンデつけるのかよっ!!」
「常に体調万全な時などありません。寝不足気味の時でも戦う事はありますでしょう。今日はその練習と思ってください」
「戦いは、戦う前から半分以上決まっているんだっ! 無理してやるより余裕を持ってやれよ!!」
いやこれほんと。戦略と戦術は重要だ。
「今日はシレイユさんを連れて行きましょう」
「って聞いちゃいねーし! というかシレイユって戦えるの?」
「もちろんです。彼女の本領は攻撃魔術ですよ?」
ああ、そうか。シレイユは元魔術騎士隊だもんな。
あそこは攻撃魔術こそ至高、という奴らが多いし。
あの胸で戦ったら、それこそぼよんぼよん跳ねて邪魔になりそうだな。
……。
…………。
………………。
それは一見の価値あり!
「アイシャ、すぐにシレイユを連れて行きましょう。森はこの村のすぐ近くにありますし、万が一村人がゴーストに襲われては一大事です。可及的速やかに対処いたしましょう」
俺がうきうき気分で部屋の外へと出て行くのを、アイシャは気味の悪いものを見たかのように呟いた。
「あのシャルニーア様がやる気を? まさか先ほどの、目の中にも魔方陣を描いて便利に使おう魔術が失敗したのでしょうか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
<我ここに契約を求む>
俺は手に持った簡易な杖、というか単なる木の枝を両手で持ち、水平にして詠唱を開始した。
身体中に練られた魔力を開放すると、一メートルほどの魔方陣が俺の足元に生まれる。
<大地の下に眠りし偉大なる力の根源、発現せよ、具現せよ、我の呼びかけに姿を現せ>
その魔方陣は詠唱と共に大きく伸びていく。
足元から生まれた魔力風が俺の長い髪をなびかせ、そして黒い漆黒の目の中心に黄金色に光る五芒星が浮き出る。
といっても、俺の視界にはそんなものは見えないけど。
詠唱するとき、何となくかっこよくポーズを決めようと鏡を見ながら練習していたら、気がついただけだ。
<矮小なる者共に我等の理を見せよ>
両手で水平に持っていた木の棒を、片手に持ち替えて空へと掲げる。
ちなみに杖は魔術に必須なものではなく、魔術を行使する際の補助的なためのものである。
アイシャは自身の魔力量が少ない為に、杖も最高級品のを使い極限まで魔力を練っているが、俺はその必要がない。
このため俺には杖など本来要らないのだが、ぶっちゃけ木の枝を持っているのは気分的な問題だけである。
だって杖を振るって魔術を唱えるなんて、かっこいいじゃん!
男の浪漫だよな!
<闇を貫く大地の炎、光を消滅せし地獄の炎>
延々と長い呪文詠唱をしている間にも、ゴーストたちは俺目掛けて猫まっしぐら状態で、一直線に向かってくる。
しかし、それらは俺の張り続けている魔術障壁によって全て弾かれた。
「……すげ、あれだけ強大な魔術を行使しているのにも関わらず、同時に魔術障壁を操るなんて、どれほど魔力があるんだよ」
「あれがシャルニーア様です」
俺の魔術障壁内にいる、アイシャとシレイユが何やらぼそぼそと話しているのが聞こえてくるが、こっちは必死に魔術を完成させるために頑張ってる最中なのである。
内容までは上手く聞き取れない。
<我が名シャルニーアの命により契約を行使せよ>
ようやく完成した詠唱。
既に俺の足元から生まれた魔方陣は、数百メートルにも達していた。
よしよし、俺様かっこいい。
俺は天に掲げた木の棒を、一気に地面へと振り下ろすと同時に最後の呪文を締めた。
<地獄の極炎>
その言葉と共に、大きな魔方陣から真っ白な炎が無数に湧き出て、それが一気に地上へと昇っていく。
その白い炎に触れたゴーストは、一瞬で焼き尽くされ、消えていった。
ただし、木や草には全く影響がない。
人、或いは人あらざる者のみが、焼き尽くされていく。
もちろん障壁内にいる、俺やアイシャたちには影響はない。
ちなみにこの呪文はアイシャが考案したものだ。
魔力量など無視して、とにかく広範囲の殲滅魔術を考えたらこうなったらしい。
アイシャ本人ですら、あまりにも燃費が悪すぎて使う事のできない魔術だ。
しかもちゃんと魔法障壁を使っていないと、術者ですら焼かれる恐怖の自爆魔術でもある。
っていうか、何でこんな魔術考えたんだろうな、アイシャは。
バカじゃねーの?
それを嬉々として使っている俺も俺だけどな。
そうこうしている間に、数百匹はいたであろうゴーストたちの群れが、まさしく一掃されていた。
立ち込めていた暗雲とした気配も綺麗に消え去っていく。
よし、会心の出来だな!
さあシレイユの反応はどうかな?
そう思ってアイシャとシレイユの方を振り向くと、二人は何やら座りながら話しこんでいた。
「あたしが来た意味ないんじゃないの? これ」
「シレイユさんには、これを是非見ていただきたかったのです」
「見たけどさ。これってまさしく魔力量の暴力だね。技術も何もない力技。これだけで一体何人分の魔力を使っているのやら」
「これは私が考えた魔術ですけど、ざっと四十人分くらいは使いますね」
「……四十人分って」
「しかもシャルニーア様は、それに加えてこの魔術を防ぐほどの魔術障壁を張っております。しかもそれだけ消費したにも関わらず、まだぴんぴんしておられますよ」
「あんな可愛い姿しているけど、もはや化けモンだな」
俺が必死でゴーストたちを殲滅していたのに、こいつら手伝いもせず、座って井戸端会議して、あげく人を化けモン扱いかよ!
「あのですね。私がすぐ側にいるのに、どれだけ人の悪口言っていますか」
「シャルニーア様はとても偉いですね、と二人で言っていたのですよ」
「うそつけっ!!」
「あはははははは、シャルニーア様もそんな言葉遣いするんだ」
って、しまった。
ついいつもの癖で言ってしまったよ。
まあ別にいいけどさ。
「こほん。と、ところでこれからどうしますか?」
「そうですね、この辺りのゴーストは倒しましたし、私が考案した魔術の威力も拝見させていただきましたし」
ああ、やっぱりテストだったんだ。
ここに来る前に、この広範囲殲滅魔術を使えって言ってたからそうだとは思ってたけどさ。
というか、このまま帰ったらシレイユのぼよんぼよんが見れないじゃないか!
「ではシレイユの戦いを一度拝見させていただきたいのですが、よろしいですか?」
アイシャが、帰って魔術講習しましょう、と言いかけた所を先制してやった。
「しかし、この辺りにはもうゴーストはいませんが?」
「もう少し奥まで行ってみましょう。私もアイシャ以外の人の戦い方を、ぜひ見てみたいのですよ」
アイシャの戦い方は、連打である。
細かく威力が小さめの魔術をいくつも連打して、数で圧倒する戦い方だ。
アイシャの魔力量だと大きい魔術を使うには却って不利になるため、細かく魔術を行使して、なるべく消費を抑えるやり方である。
しかも細かいといっても、人間が喰らえばかなりのダメージになる。
魔物や魔獣相手ではなく、かなり対人よりの戦いだ。
翻ってシレイユは、元魔術騎士隊である。
対人もそうだし、対魔物も訓練しているだろう。
どのような戦いをするのか、興味があるのは事実。
まあそれ以上に揺れる胸を見たいのだがな。
「なるほど、確かにそうですね」
シレイユは不敵な笑みを浮かべつつ、黙って聞いている。
余程自信があるのだろう。
「あたしのを見ても地味だと思うけどね」
「それでも是非!」
「アイシャはいいかい?」
「はい、でも一度だけですよ」
じゃあ行くか、とだけ言ってシレイユは腰にぶら下げていた袋から扇子らしきものを取り出した。
……扇子??
「それシレイユの武器なのですか?」
「ああ、一応これは鉄で出来ているし、先端も刃物のようになっているから武器としても使えるよ」
なんだその某格闘ゲーに出てくる舞は。
かちょーせん、とか言うんじゃないだろうな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
堪能した。思いっきり。
今日は良い夢を見れそうだ。
「さてシャルニーア様、シレイユさんの戦い方も見れたことですし、魔術講習をしましょう」
既に俺たちは村に帰ってきて、シレイユは村人たちの仕事の手伝いをしに行っている。
俺は充実感に溢れながら、村長さん宅の客間の床にだらんと座っていた。
これは今度からゴースト退治には、是非シレイユも連れて行かないとな!
「シャルニーア様?」
さて、シレイユの戦い方は基本的にカウンターだった。
最小限の動きで、的確に魔術を乗せた扇子で切り刻んでいく形である。
確かにあの大きさだと、逆に動き回るのは大変だからカウンターなのだろう。
図体の大きい魔物相手だとカウンターは無理だろうけど、ゴーストのような人間サイズであれば十分。
いやまあそれが良いのなんのって。
軽く避けるだけで、胸がゆっさゆっさ(以下略)である。
「……シャルニーア様」
「余は満足じゃ」
「はい?」
「えっ、いえ何でもありません!」
ってアイシャに呼びかけられていたのかよ。
全く気が付かなかった。
「何やら腑抜けておりますが、いかが致しました?」
「充実感たっぷりで、現在進行形で堪能中なのですよ」
俺の言葉に何か分かったのか、呆れた顔になるアイシャ。
「……さすがにあれは凝視しすぎです」
「あら、ばれていました?」
「ばれるも何も、隠す気が全くありませんでしたよね。シレイユさんも苦笑いしていましたよ」
別にいいじゃねーか。減るものじゃないし。
生前の身体なら絶対に、きゃー痴漢! とか言われただろうが、今のこの身体なら悪ガキ程度の扱いで済む。
生まれて初めてこの身体になって良かったと思えた日だったぜ。
これで明日も戦える!
「はぁ……全く時々シャルニーア様は、男の子のようになられますね」
「そ、そそそんなことないですわよっ?!」
「そんなシャルニーア様にご報告です。ここに赴任してきて一月が経過致しました。近日中に一度王都へ戻り、公爵閣下にご報告をする必要がございます」
「え? 父ちゃ……じゃなくて、お父様に? なぜ?」
「シャルニーア様は辺境伯当主とはいえ、まだ未成年です。後見役の公爵閣下にご報告する義務がございます」
この国では成人する年齢が十三歳である。
十三歳未満の場合、後見役が必要なのだが、俺は父ちゃんが引き受けてくれたのだ。
定時報告が必要とは聞いていたが、月毎とは短くないか?
報告をするのは、実質的にここを運営しているシレイユやアイシャだけど、俺も当主とう立場だし、行く必要がある。
うわ、面倒くせぇ。
「出来れば行きたくないです」
「出来ないので行ってください。それに転移付与魔術を使いますし、一瞬で着きますよ」
「旅情すら味わえないのですね」
「普通にここから王都まで馬車を使っても、一月はかかりますよ。時間の無駄です」
そう聞くと遠いな。
日本の本州の端から端までくらいの距離だろう。
「さて報告書ですが、シャルニーア様が書いてください」
「えっ?! 私は内容を全然把握していないのですけど」
「後でどのように書くかお教えいたします」
「無理、アイシャ頼んだ」
「だめです。公爵閣下がシャルニーア様に書かせろと、おっしゃっておりました」
「何で?!」
「理由は分かりかねますが、シャルニーア様ももう十歳。既にお披露目も済んでおりますし、報告書の一枚や二枚程度、書いて学ぶ事を考えれおられるのではないでしょうか」
「そ、そんなぁ……」
そりゃ俺も元三十五歳のおっさんである。月次報告書くらい書いたことは山ほどあるけど、この世界の報告書のテンプレはあるのか?
「それともう一つ、シャルニーア様にご結婚のお話が来ております」
「は?」
「まだシャルニーア様は未成年ですし、今はご婚約という形にはなります。あとシャルニーア様は辺境伯当主ですし、ご結婚なされた場合は基本的に当家へ入り婿となりますね」
「いりません、不要です、蹴ってください、というか今後一切結婚云々は断ってください」
何が悲しくて男と結婚せにゃいかんのだ。
絶対、断固拒否する。
「そういわずに、一度お会いになられてみては?」
「……ちなみに相手は?」
「へルビローグ侯爵家の次男です。確か三十五歳ですね。先方は先日のお披露目でシャルニーア様に一目ぼれしたそうですよ?」
……おい。
三十五歳のいい年したおっさんが、十歳の子供を嫁に貰うだと?
元同世代のおっさんなんか相手にできるかよ!
「相手は侯爵家ですし、辺境伯のシャルニーア様とは釣り合いは取れておりますね」
「嫌です」
「そう言うと思いまして、こっそり返事は出しておきました。王都に行った際、一度お茶会しましょうと」
「なんでだよ! 勝手なことすんなよ!!」
「このようなお話は今後いくらでも来ると思います。今のうちにお断りする練習をしておいても損はありませんよ?」
「いーーやーーーー!! 会いたくもない!」
「ちなみにヘルビローグ侯爵家以外からも、八件ほど来ております。モテモテですね、シャルニーア様」
「そんなもんうれしくないわっ!」
「当然、全員公平に会う事をお約束しておりますので、頑張ってくださいませ」
「やーめーてぇぇぇぇぇぇ!!」
「シレイユさんのは凝視したくせに、私に対して何も見ないシャルニーア様へのお仕置きです」
「…………へ?」
「ですので頑張って耐えてくださいね、シャルニーア様」
これは十四歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。
……って、あれ?




