第5話 迷宮好きvs雷霆の勇者
「ひぃぃっ!!?」
「ハハハッ、いつまで逃げる気だい!」
――こちとら超エリート冒険者だぜ? 勇者一人相手出来なくてどうするよ。
などと、格好良い決め台詞を吐いたハルトだったが、実に情けないことにナッシュの雷撃から逃げ続けるのがやっとの状況だった。
「うあああああっ! やっぱ無理ィ! 勇者を倒すなんてこと、弱い俺には土台無理な話だったんだ~!!」
「ようやく気付いたのかい? 君が僕に劣っていると!!」
ハルトとナッシュには、埋め難い圧倒的な実力差がある。
ただの迷宮好きでは、勇者と力の差があって当然だ。
当然なのだが――
(なぜっ、何故こうも避けられる!? 今まで【魔雷帝】の雷撃から逃れた者は、一人としていないのにッ!)
並の相手なら数秒としない内に消し炭と化す。
にもかかわらず戦闘が始まってより十分以上が経過した今でも、ハルトは五体満足。ナッシュが驚くほどの回避数を誇っていた。
(ははっ、驚いてら驚いてら。俺もすげぇ驚いてんだけどな……!)
一瞬にして彼我の差を縮める電光を、ハルトはタイミングを合わせてまたも避ける。
そしてすぐさまナッシュの動きを観察する。
(奴は雷撃を放つ直前、全身の筋肉がブルブルと一瞬痙攣する。その一秒後に攻撃が来ると分かってりゃ、避けるのは難しくない!)
思考と平行して回避行動を続けられる理由。それは、ハルトがガリウスのシゴキを毎日耐えてきた成果だった。
襲い来る剣撃を上手く躱せなければ死ぬ、という状況が、ハルトの生存本能を刺激し、冷静な思考回路と観察眼を会得させていたのだ。
(まさか普段の修行が役立つなんてなぁ。まぁ攻撃は全然できてないんだけどなぁ!?)
もっとも、回避と攻撃の両立は未だ出来ていなかったが。
「このままじゃジリ貧だ……! 接近戦が無理なら、ヘルブリンガー一択だな!」
高速で接近する雷を、転がり躱したハルトは流れる動作で魔銃を引き抜き、圧縮魔力弾を放つ。速度では雷に劣るものの、威力は折り紙付きだ。
「へぇ、面白い物を持ってるね……【雷狼の咆哮】!!」
だが、ナッシュが放った紫電が魔力弾を打ち消し、ハルトに急迫する。防がれる可能性は織り込み済みであった為、ハルトは横っ飛びに転がって難を逃れた。
――が、やはりというべきか。
迷宮の壁は見るも無残に破壊されてしまう。
「前も思ったけどっ……迷宮壊し過ぎだテメェ!!? 前の修繕費どれくらい掛かったと思ってんだッ!!」
「知らないねェ、魔族の創造物なんて壊す為にあるようなものだろう!」
「『節度を守って楽しく攻略』って言葉を知らんのか!」
殺し合いには程遠い、まるで子供のような喧嘩だった。
「っと」
そんな時、ハルトの懐がブルルと震動した。
ハルトは待ちに待ったとばかりに笑みを浮かべると戦闘中にもかかわらず、小型の魔導通信機を耳に押し当てた。
『――王都各地に設置した収集器。稼働に時間は掛かるが、準備完了したぜ』
「ようやくか。待ちくたびれたぞ、ネモ」
『待ちくたびれたって、こっちも色々と苦労してんだぞ?』
「悪い悪い。けどまぁ、これでいつでも祝砲をぶっ放せる訳だ」
「? 誰と話している?」
悪人顔を晒すハルトが気になったのか、ナッシュが攻撃の手を止めて尋ねてくる。
「王都にいる魔族の仲間だ。今ちょうど準備が終わったみたいでな」
「っ、まさか! 本命はそっちか……!?」
「はい?」
「この戦い自体が陽動で、その間に王都に潜伏した魔族が街を襲撃する手筈だったのか!」
(なんか妄想し始めた……ま、話す義理はないし勘違いさせとこ。話すと面倒だし)
意図せずナッシュが勘違いし始め、ハルトは肯定もせずに頬を掻いた。
「だけど残念だったね。今頃、残った神官達がボーマンとレシアを捕縛している筈だ。彼等には街に異変が起きた際、その者達を殺さない程度に痛めつけるよう言ってある。僕も一応王国の貴族だからね、脅しをかけさせてもらうよ」
「だそうだけど……その辺どうよ」
魔導通信機越しのネモに、ハルトは平然と問い掛ける。が、何やら向こう側が騒がしい。
「おいどうした? なんか変な音? 悲鳴? が聞こえるけど」
『ん? ああ、すまない。仲間は無事確保した。けどなんか神官どもが「魔族め! 覚悟ォォ!」とか言って襲ってきたから、ボロモウケ護身術で対処してたんだ』
「……? その割には、骨が砕けるような音が聴こえたんだが……?」
ボロモウケ護身術とはなんぞや、と思いつつ、ハルトは疑問を投げる。
『クロエの為に貯め続けた資金を全放出だぞ? クロエを迫害し続けてきた奴等を鬱憤晴らしに使って何が悪い!!』
「人って自分を正当化できる材料があるなら、どんな非道なことでもやるよなぁ」
『ま、そういう訳だ。あたしは自分に出来ることをする。だからハルトも上手くやれよ!』
ネモは言うだけ言って一方的に通信を切った。
「流石、悪徳商会みたいなとこの構成員。神官達は無事片付けられたようだぜ? 悪いな、脅しにすらならなくて」
「くぅッ、魔族めがァ……!」
思惑が外れて、ナッシュが恨めしげに歯を噛み締める。
以前脅された事もあって、ハルトはネモに護衛を頼んでいたのだ。無論、仕事のついでにだが。
「どいつもこいつも、何故抵抗するんだ! 僕達は正しい事をしているんだぞ! 〈残虐の魔王〉は、のさばらせてはならないっ……そうだろう!?」
「まるで自分に言い聞かせてるようだな。あの映像がそんなにショックだったか?」
ナッシュは答えなかった。
だが、瞳が揺れている。何が正しいのか分からず、信じられる答え、信じたい真実を渇望しているかのようだ。
「まあ、俺も御伽噺を割と信じてたクチだからな。混乱する気持ちはよく分かる」
ハルトは仮面に手を掛けて取り払い、偽りのない真実の姿を露呈させる。
「だけど、歴史は歴史だ。真実じゃない。俺はこの半年間、魔王の色んな姿を見てきた。その上で、御伽噺はまやかしだと確信した。あいつは――クロエは悪い魔王じゃない」
「そんなものは詭弁だっ……結局、君も魔王の話を鵜吞みにしてるんじゃないのか!!」
ナッシュの手から放たれた紫電が宙を駆け、ハルトの頬を掠める。その間、ハルトはその場で微動だにせず立っていた。
「だとしても、俺はクロエを信じる。あいつがかつて実現しようとした、人間と魔族が手を取り合う世界を……俺は一緒に見てみたい。いや、実現させてみせるッ」
「それならその理想、僕を倒して理解させると良いッ! 力のない理想は、聞いていて心底腹が立つッ!!」
ナッシュの苛立ちを形を成したかのように、ナッシュの全身から雷光が迸る。
歴史の真偽から来る混乱も、本当はどう行動すべきかの迷いも、今はただ闘争心の遥か彼方へ。
「なら、この超エリート冒険者の力! とくと見せてやるぜ!」
もはや戦いに説得は無粋。
魔導通信機を放り捨て、ハルトは剣を握って真正面から勝負を仕掛けた。
「血迷ったか!」
無謀にも突進してくるハルトに向かって、ナッシュが左手に雷の矢を五本番えて解き放つ。
視認すら難しい速度で迫る矢を、ハルトは床に触れるスレスレの低姿勢でジグザクに駆けて回避してみせた。だがそれすらも、今のナッシュにとっては想定済みであった。
「この距離だ! 次は躱せないだろう! 【雷神の戦槌】!!」
高圧縮した極大の雷球がハルトに向けて至近距離で放たれる。
ハルトの脳が「受ければ死ぬ」と警鐘を叩き鳴らす。だが、ハルトに〝回避〟の二文字はなかった。
(まともにやってちゃ、凡人は勇者には勝てないっ……やらなきゃ死ぬんだ! 俺は超エリート冒険者だ。俺なら出来る、出来る、できる――っ!!)
ハルトは笑って銃を正面に構えると、通常の十倍の魔力を込めた圧縮弾を発射。
雷球と魔力弾が正面衝突する。
「な、なにッ!?」
互いが互いを打ち消し合い、彼我の視界が開かれた。ナッシュの目には、片手で剣を突き出すハルトの姿が映り込んでいる。
(なんて奴だ!? 当たれば死ぬかもしれないのに、それでも向かって来るとは! だが狙いが甘い! あくまで僕を殺さないつもりとはねェッ!)
ハルトの狙いは左下腹部、それも内側ではなく体の縁だった。
迷宮のルールに則って殺人を行わないハルトにとって、必殺の一撃は絶対に放てない。ナッシュは身を捻って突きを避けると、逆にハルトの腹部へ両手を当てる。
「終わりだッ!!」
「ぐああああああぅあああああッッ!!?」
直後、直にナッシュの電撃を喰らったハルトは絶叫しながら痙攣、その場で前のめりに崩れ落ちた。
「僕の攻撃を避け続けたのは君が初めてだ。それだけに残念でならないよ。何故あんな奇行に走ってしまったのか……」
ナッシュは自分の中に殺意以外の感情が芽生えていることに気付き、高鳴る胸に手を当てる。
「まぁ、久々に楽しめたよ。じゃあね…………ん?」
ピクリとも動かないハルトに背を向け、他の魔族を殺しに行こうとしたその時。
ナッシュは視界の端で鈍く光る何かを見た。思わず振り返り、その正体を確かめようとした瞬間、腹部に細く硬い物が押し当てられた。
「――え?」
一瞬にして魔力光が弾ける。
気付けば、ナッシュの身体は激しい衝撃と共に宙を舞っていた。猛烈な勢いで壁に激突し、肺の中の空気が叩き出される。うつ伏せに倒れたナッシュは視界の定まらない目で辺りを見渡す。
「な、なにが……おこ、って……」
「――罠の鉄則。相手を罠に嵌める際、最も肝要なのは〝危険は去ったと思わせること〟だ」
痛みで身体が動かない中、ナッシュの前方から勝ち誇った声が聞えてくる。
「なん、でっ……動けるんだ、君はっ」
「え、なんでって……そいつは、俺がこの迷宮の主人公だからだな!」
そんな意味不明な理由を述べて立っていたのは、ナッシュが倒した筈のハルトだった。
「馬鹿な……君はさっき、全力の雷撃を喰らって死んだ筈だっ……それが何故っ」
「俺が助かった理由はこれだ」
ベルトに巻き付けてある何かを手繰り寄せ、ハルトが持ち上げて見せた物。それ等は、先端に金属杭が付いた極細の金属糸だった。
「伝導性がすこぶる高い魔界製のブツでな。お前に近付く直前、電気を逃がす為に床に仕込んでおいたんだよ」
「あの時か……っ」
雷の矢を放った時だとナッシュはすぐに思い至った。
「勇者を相手にするんだ。無策で挑むほど俺も馬鹿じゃないさ。ま、流石に全部は防げなかったけどな。おかげで身体は凄く痛い。いやマジ死ぬかと思った!」
その場で軽く伸びをしながら平然と笑うハルトに、ナッシュはある疑問をぶつける。
「何故、あそこで前進出来た……? 君は、死ぬのが怖くないのか……?」
「いや怖えよ!? さっきは虚勢張っただけでホントは死ぬの怖いんだよぉ!!」
「なら何故……あの時、君は笑っていた……」
「そんなの、俺が冒険者だからに決まってる」
「冒険、者……?」
「危険を楽しめなくて何が冒険者だ。人生を全力で生き抜くこと、それこそが最大の娯楽だろ」
わっはっは、と大笑いするハルト。
その姿は、ナッシュにとってとても大きな存在に見えていた。
(……敵わないな、この男には。あらゆる面で器が違い過ぎる。歴史の改竄で戸惑い迷っていた事も、魔王を殺そうと躍起になっていた事も、全てが下らなく思えてくる程に――)
ナッシュ・カキサキの人生は退屈そのものだった。
勇者の末裔として生を受け、同年代では負け知らず。どんな相手だろうと【恩恵】で圧倒できてしまう。故に、その心は強者を渇望した。その一環で隣国へ旅に出ていた矢先、魔王が復活するという話を〈聖教会〉からの手紙で知った。
(祖先が殺し損ねた魔王なら僕の退屈も紛らわせる……なんて思って〈聖教会〉に協力した筈が、まさかこんな雑魚に負けるとはね。なんにせよ…………不思議と清々しい気分だ)
圧倒的な実力差を覆され、初めての敗北を味わったナッシュ。
その表情は負けたにもかかわらず、緩く綻んでいた。
エピローグも合わせて残り2話。
物語の結末はもうすぐそこだ!
翌日、同時刻に投下します~




