第4話 斬魄絶意
「――アッハ、アハハハハッ!」
愉悦に浸りきった声が幾重にも木霊する。
同時に蠢き唸る無数の触手は、それぞれ独立した一つの個体であり獰猛な蛇。粘液纏う体で縦横無尽にエリアを駆け巡り、その凶悪な牙を以って〈魔剣鬼〉に仇なす。
「ぐっ……こやつ!」
「どうしたのぉ~? 動きにまるでキレがないけどぉ~!」
ガリウスを追い込んでいたのは、蛇を自在に操る勇者ジミー・カワイだった。
その【恩恵】は女勇者が扱うにしては余りに醜く惨たらしい。されど力の強大さは、あのガリウスをも上回る程だ。
無論それだけの理由で追い込まれるガリウスではないが、彼女の言うように動きのぎこちなさは否めない。その原因は、ジミーが少女の見た目であることに関係していた。
「小娘が、いつまでも調子に乗るなッ」
開戦よりずっと防戦一方だったガリウスが初めて攻勢に出た。
襲い来る蛇の猛攻を潜り抜け、死角に回り込むや否や横薙ぎに切り払う。だが、やはり動きが鈍い。普段なら、刹那で最高速に達する斬撃も蛇に阻まれ、あえなく反撃を喰らっている。
「っ――ごほッ!?」
「ようやく毒が回ってきたみたいだねぇ……ジミーの【無限の殺意】の威力はど~お?」
蛇に四肢の一部を喰い千切られ、血を大量に失い、果ては血反吐を吐くガリウス。そこに、かつて魔界で〈魔剣鬼〉と恐れられた姿はどこにも無い。
「動きは迅速で、体皮は厚く硬い……っ、そのうえ斬っても再生するとは……ッ」
「うふふ~、この子達はねぇ……遠い世界の魔獣なんだぁ。ジミーの魔力で顕現してるんだよぉ。えへへぇ~、可愛いでしょぉ?」
異形の蛇を、ジミーは嫌な顔一つせず撫でる。嫌悪感を抱いている風でもなく、むしろ嬉しげだ。その様子に、ガリウスは久々ながらに戦慄を覚えた。
「ハルトから聴いてはいたが、なんという極悪な力っ……しかしそこまで強力となれば、魔力もそう長くは持つまい……!」
「ざぁ~んね~ん。半日は持つんだよねぇ、これが」
「ッ、バケモノめ……!」
その返答にガリウスは愕然として奥歯を噛み締めた。
「魔力といえばぁ……あなたって、魔族なのに魔法使わないんだねぇ? えっと、剣士の誇りってやつぅ~?」
「元より、我に魔力など有りはせぬ。全てこの身この剣一つで、あの方の道を切り開いてきたのだ……!」
「ふぅん……ジミー達は似た者同士なのかもねぇ。敵を喰い殺す点だけはぁ」
「人斬りだった我とか……? フッ、確かに」
気付けば孤児だったガリウスは、生まれつき魔力を持たなかった。だが天は、代わりを用意していた。比類なき剣の才を。
最初はゴロツキ相手だった。顔が気に入らないという理由で喧嘩を吹っ掛けられ、どこにでもある木の棒一つで瞬く間に相手の戦意を折った。そのとき奪ったナマクラの剣で、仕返しにきたゴロツキとその仲間達を斬り伏せた。
因縁を付けられては倒し、復讐されても叩き斬る。その繰り返し。立ち塞がる敵を斬って斬って斬り続けて――いつしか自分から敵を探すようになった。
斬っては敵を求め、それも斬り捨てれば次、また次。屍を積み上げる度、ガリウスは修羅の坂を転がり落ちていった。
周囲に自分以外の物が居なくなった時、誰もが自分を〈魔剣鬼〉と呼称し恐れるようになった。その頃だ。当時の魔王、クロエの父から軍にスカウトされたのは。
それからも戦場が己を呼ぶ限り、敵をなます斬りにしていった。そうして〈魔剣鬼〉の異名は各地で知れ渡っていき、その称号をガリウスも誇りに思っていた。
――だが。
「オマエは敵を殺し続けた果てに何を見る?」
「難しい話はよく分からないけどぉ……そうだなぁ、新しいオモチャかなぁ?」
無邪気な子供みたく、ジミーがケラケラと笑う。
「ジミーが求めたら、みぃ~んなすぐ壊れちゃう。オモチャが壊れたらぁ? また新しいオモチャを探すだけ。ジミーとこの子達を満たしてくれる、そんな頑丈な強者を」
「……そうか」
ガリウスは、ただ肩を上下させるだけ。
「我には虚無しか見えなかった。手元に価値のある光など、なにも残されていなかったのだ」
敵を斬っても満たされることはなく、心にはいつも虚しさだけが巣食っていた。富や名声に興味のない、ただ敵を斬るしか能のないガリウスには、最初から何の幸せも在りはしなかった。
そんな時だ。
人として停滞していた自分に、クロエが光明を差し伸べてくれたのは。
「故にあの方のため、人を守る剣を持ったというのに、我は……ッ」
その剣が届かぬところで、休暇で魔界に帰郷していたその時にクロエは封印されてしまった。ネモに知らされた後、彼女の前に来ても何も手を打てなくて、封印を今すぐ解けない無力な自分を呪い、憤慨し、責め続けた。
以来ガリウスは、いつ彼女に求められてもいいように――自らを高めてきたのだ。
「……けぬ、負けられぬのだ! クロエ様を二度もやらせるものかァアアアッ!!」
「!?」
クロエへの想いがそのまま気炎となって、ガリウスを奮い立たせる。そのあまりの迫力に、ガリウスを内心見下していたジミーは大きく身震いした。
「ァ……アハァッ! こんなにゾクゾクしたの、生まれて初めてぇっ……! で、も――」
血が騒ぎ顔を赤くしたジミーだったが、未だ余裕があった。
「そろそろ限界かなぁ? 足が震えちゃってるよぉ~?」
「クッ……!!」
凄まじい気迫を纏っているとはいえ、誰が弱腰の相手に恐れを抱くだろうか。
ジミーの言う通り、ガリウスの足は幼子に恐怖抱くトラウマの影響で少し震えていた。
(情けないっ……このような時くらい、トラウマなど頭の隅にでも追いやれ……!)
「もうホンット全然ダメぇ~。目隠ししてても勝てるよぉ」
「――」
それは余裕の表れだったのだろう。
ジミーの台詞が、ガリウスに光明を指し示した。
「……くくく、何故こんな簡単なことにも気付かなかった。〈魔剣鬼〉ガリウス!」
「へぁ?」
ジミーは目を疑った。敵は既に死に体、もはや負ける要因などどこにもない。
だというのに、ガリウスは無限に等しい蛇を前にして剣を中段に構え、尚且つ両目を閉じたのだ。
「気でも狂ったのぉ? この子達の前で目を瞑るなんてぇ」
「そう思うのなら仕掛けるがいい。次に我が光を見るのは、オマエの意識を刈り取ったその時だ」
「舐めてくれちゃってさぁ…………みんなッ! やっちゃってぇッ!!」
ガリウスの自信ありげな物言いが癇に障り、ジミーは獰猛な蛇達を全方位からガリウスへ殺到させる。
逃げ場は皆無。
全て命中すれば、ガリウスは肉片すら残らない――
「ゆくぞ――ッ!」
――その筈だった。
ジミーの視界を埋め尽くす、無限の蛇が刹那に両断されて崩れ落ちるまでは。
「うッ、そぉ……っ!?」
床に落ちていく蛇の陰にガリウスの身体が一瞬隠れる。ジミーが瞬きしたその直後、眼前にガリウスが出現する。
「はやっ――!?」
「我が五〇〇年の研鑽、主に捧ぐ不殺の奥義にて逝くがいい……」
瞠目するジミーを前に、ガリウスは黒剣を上段に構えていた。
「アストラルッ」
「ッ、【無限の……!?」
「――スラァァァァッシュッ!!!!」
ジミーは意識を防御に切り替えたが、疾うに遅かった。驚愕の声すら上げる間もなく視界だけが縦に割れる。
前のめりに倒れたジミーの意識は瞬く間に闇へ沈んだ。
「…………存外、軽いトラウマだったな。視認しなければ良いなどとは笑える」
剣を振り抜いた体勢でガリウスは両目を開いた。エリア内の照明に目を焼かれる感覚を味わいつつ、黒剣を血振りし鞘に戻す。
「……ぐっ!?」
気丈な振る舞いこそしていたが、身体は既に限界であった。
膝を突いたガリウスはハルトの忠告に従い、懐に忍ばせていた緑色の小瓶を開け、中身を一気に飲み干す。
「よもや、あの強烈な力の毒は市販の薬でも解毒できるとはな……とはいえ、流石に血を失い過ぎたか……ッ、応援に向かうのは……しばし休んだ後か」
床に座り込んだガリウスは気絶したジミーの傍らで静かに目を閉じた。
ガリウスの奥義【斬魄絶意】――
本来ルビの部分を雰囲気優先でそのまま台詞にしました。気分はさながらア〇ンスト〇ッシュ!です。
翌日、同時刻投稿!




