第1話 アイドルファンを侮るなかれ
「今日はエンタメ迷宮の命運が懸かった防衛戦よ。体力と気力は充分かしら?」
「「「「おうっ!」」」」
決戦当日の明朝。
共有スペースに集まった面々にクロエが笑顔で問うと、ハルト達は溌剌とした声を返した。
「なら良し。相手の狙いが魔王である以上、私はここであなた達の勇姿を見届ける他ないわ。けれど私は、あなた達が勝つと信じている。必ず生きて帰ってきて頂戴。貴方たちは私の大切な仲間なのだから……」
クロエの温かい言葉に、ハルト達は改めて決意する。『クロエを必ず守る』と。皆のやる気に満ちた顔を見届けた後、クロエは手を二度叩く。
「それじゃあ最後に皆の意気込みを聴いておこうかしら?」
「いきなりだな」
笑うハルトをよそに、クロエがガリウスを見る。
「まずは年長者のガリウス」
「……今日は辛い戦いとなるだろう。しかし、ゆめゆめ忘れるな。このエンタメ迷宮には、この〈魔剣鬼〉が居る」
「活躍期待してるぜ、ガリウス様! んじゃ、次はあたしだ。今回も商会規則で皆と肩を並べられないが、迷宮から離れた王都でちゃんと仕事しながら応援してるからな!」
ガリウスに続き、口上を述べたネモがハルトへ密かにウインクする。秘密の頼み事をしていたハルトも無言で頷いた。
「次は皆の超新星アイドル、リリカ! 今日は皆の為、愛するハルト様の為に心を込めて歌うよ。ボクの歌声を応援歌だと思って皆頑張ってね! 後、今日まで色んな準備をしてくれてありがとう、ネモさん!」
「……リ、リリッ、リリカたんが……! あたしの名前をっ――ホワァアアアアアッ!!」
アイドルとしてではなく、一人の魔族としてリリカが名前を呼ぶと、〈リミテッド社畜〉ことネモは感極まったように泣きつつ発狂した。
「〝愛する〟は余計だっての、ったく……次は俺だな」
最後に残ったハルトは、改めて迷宮運営に関わる顔触れを眺めていく。
(魔王に商会の頼れるエース、最強の剣士ときて、最後は魔界のトップアイドルか……今更だけど、ほんと凄い奴ばっかだ。頼もし過ぎるぜ……けど)
この中で凡人はハルトただ一人。『果たして自分は生き残る事が出来るのか』と無意識の内に思う。今になってハルトの足が竦み、手が震えてくる。
だが、そんな恐怖を振り払うようにして強く拳を握ると、クロエに視線を向ける。
「長ったらしくなるけど、良いか?」
「……ええ。好きになさいな」
「ありがとクロエ。それじゃあ、お言葉に甘えて……」
異変に気付いていたクロエが緊張をほぐす為か優しく微笑んでくれる。
ハルトは一度深呼吸して、喋り始めた。
「この戦いで、エンタメ迷宮と俺達の運命が決まる。敵は〈聖教会〉と勇者の末裔たち……子供でも分かる戦力差だ。正直震えが止まんねえよ……」
「ハルト様……」
「でも、俺は負けたくない。いやッ、絶対に負ける訳にはいかない! 奴等の祖先はクロエの大切な友と夢を奪った。今回も『魔族だから』って理由で理不尽にも奪おうとしている。悲劇は二度も要らない、そうだろ!」
ハルトの熱のこもった言葉がその場の空気を揺らし、クロエ達が力強く頷きを返す。
限界以上に士気が高まった皆の前で、ハルトは不敵に笑う。
「それでもクロエの復活と夢を邪魔しようってんなら、相手が勇者だろうと神であろうとぶっ飛ばす!! そんでもって、笑って明日を迎えようぜ!」
「ええ!」
「うむ!」
「ほわぁぁぁぁっ!!」
「しゅきぃぃぃぃっ!!」
◆◇◆
太陽が中天を超えた頃。
エンタメ迷宮の前には、百人以上の神官戦士が集結していた。既に殺気とも取れる戦意がこの場に満ち満ちており、空気がヒリついている。
「常連の冒険者達も流石に今日ばかりは迷宮には来ていないようだね」
彼等のリーダー格たる男の横で、勇者ナッシュは辺りの鬱蒼とした木々を見渡す。
「私達の方で強く警告しておきましたからね。ところで、他の勇者様は……?」
「近くで遊んでいるよ、ほんと子供だね。それにしても、これで全戦力かい? アラン枢機卿も嘘がお上手だ。前は〈聖教会〉の全戦力を使っても、とか言っていたのに」
「此度の迷宮は手狭ですし、魔族と戦える者となると、自然とこのような人数に……」
「本人は高みの見物か、腰抜けめ……まあ、良いけど。僕達の足を引っ張らないでよね」
「心得ております、ナッシュ様……おや?」
リーダー格の神官戦士が何かの異変に気付いた。
彼の視線を追い、ナッシュもそちらを見る。
迷宮の入り口から現れた、魔族の女作業員たちが木箱や木材を持っていた。それも、今から死地に赴く歴戦の戦士のような顔付きをして。
「まさか、五人で我々の相手をしようというのか……? ふっ、馬鹿め」
「いや、待て! 奴等、何か取り出したぞ!」
神官戦士達が嘲笑した瞬間、魔族達は一斉に金槌を取り出す。
かと思えば、目にも止まらぬ速さで木材同士を釘で固定していくではないか。
「な、何を作っているんだ……」
そうして、ここに一つの露店が完成した。
「えー、テステス……ごほんっ」
魔族の一人がメガホン型魔導具の性能チェックを行う。
そして、咳払いした直後――!
「まいどゥ! 『超新星の煌めきショップ・出張版』っ、ただ今より一時間限定で開店致しまぁす!! 我こそはその名も高きリリカちゃんのファンと申す者は、限定グッズを購入してぇ~っ――その証をここに証明しろぉぃッッ!!」
森に向かって響き渡る大音声。
一拍遅れて、ドドドドッと、そこかしこから謎の地鳴りが聞え始める。それも一つや二つではない。その音は徐々に近付いてきており、発生源と思しき者達が姿を現した。
「なっ、冒険者だと! 一体どこに隠れ――ぐぁっ!?」
「貴様ら! 今すぐその足を止めろ! さもなくば――ぎゃあっ!!?」
そう、冒険者だった。
優に二〇〇人は超える、飢えた眼をしたリリカファン達が、まるで重機関車のような突進力で立ち塞がった神官戦士達を撥ね飛ばしていく。
「〝リリカたんの邪水〟はあたしのものよォッ!」
「違う! 私の物だ小娘がァ!」
「り、リリカたぁん! ハァハァ!」
「これは浮気ではない、愛する妻とは別なのだ!」
殺伐としていた空気が一瞬にして混沌に。
グッズを奪い乱闘――もとい、購入する冒険者達を見て、魔族の店員達はグッズを気合で売り捌きながらほくそ笑む。
「な、なんだいこれはっ……僕は、いったい何を見ている……!?」
「ほ、報告致しますっ!」
酷く狼狽えるナッシュのもとに、怪我をした神官の男が足を引きずってやってくる。
「どうした!?」
「先程の突撃により、戦力の大半が再起不能に――!」
「なんだってっ!?」
続けて、騒ぎを聞きつけた他の勇者二人も戻ってくる。
「オゥ、どうしたンだァ……この騒ぎはよォ」
「ジミー、恐いぃ~」
「戦いは既に始まっているというのか……ノイマン、ジミー! 気を引き締め直せ!」
大きく舌打ちをし、ナッシュは騒ぎを収拾することなく歩き出す。
「オ、オイ……アイツらどうすンだよ?」
「放っておけ! あんな事で消耗する方が馬鹿馬鹿しい……!」
戸惑うノイマンだが、ナッシュの言う事はもっともだった。
武器も防具も持たず、ただ開店セールに飛び込む主婦のように周りを蹴散らす天災には、関わらない方が身の為だ。
一人でずんずんと突き進むナッシュの後に続き、ノイマンとジミー、残った神官戦士達も迷宮に突入していく。
そんな中、神官に襲われることなく敵戦力を削った魔族達は、これから激戦に臨むであろうハルト達に陰ながら声援を贈っていた。
「ハルト様達、頑張って……!」
まるで重機関車。
どこぞの英国紳士のような走りを見せる彼等はいったい……!?
翌日、同時刻投下!




