第6話 クロエの夢
「これで私の昔話はお終い……どう? 幻滅したかしら?」
「――――」
ハルトは激しい怒りを覚えていた。
そして何故か。
それ以上に、途方もない虚しさが心に巣食っていた。
(なんだ……? この胸の冷え込み様は。ハルクリスと重ねたからか? 単に、クロエの境遇を不憫に感じただけなのか……?)
ハルクリスに親近感を覚えたのは確か。クロエの過去に感化されたのも確か。
けれど、どこか納得がいかない。
その気持ちが芽吹いた理由を考えあぐねていると、クロエが目を細めながら顔を覗き込んできた。
「大丈夫? ハルト」
「いや……うん、平気……と思う。色々と心の整理がつかないだけ」
乱れた心を宥めるように、ハルトは軽く息を吐き、
「クロエは、俺以上に壮絶な経験をしてきたんだな」
「……過ぎたことよ。この手で父を殺めたことも、ハルが殺されたことも……全部ね」
クロエにとっては、本当に過ぎた出来事なのだろう。
過去を語っていた時も、今この時もずっと――澄んだ水面のような目をしていた。冷めた表情と言ってもいい。
ハルトには、それが我慢ならなかった。
「なんで……落ち着いてられるんだよ」
憐れみから生まれた苛立ちが、肩と胸を震わせ、口を勝手に動かす。
「今までどんな気持ちで、迷宮に関わってたんだよ……お前はッ!」
いつの間にか、目頭が熱くなっていた。奥歯を噛み締めていた。自分はクロエの過去となんら関係はないのに、つい八つ当たりをしてしまっていた。
普通ならば怒ってもいいところを、クロエは穏やかに笑った。
「私はね、〈聖教会〉を恨んでいる訳じゃないの。本当に憎いと思ったのは、後にも先にもエリファスただ一人。でも、当の本人は寿命でくたばった。だから私は、今の〈聖教会〉に復讐したいだなんて思わないわ」
まるで最初から答えを持っていたように、クロエが澱みなく本音を吐露する。
「……エリファスがした事と、同じだからか?」
ハルトが尋ねると、小さく頷くクロエ。
「そんなの、ハルも望んじゃいないわ。私はね、いま未来を見ているのよ。夢と言ってもいいわ」
「夢……? まさか」
黒い画面を手で扇いで消したクロエが立ち上がり、背を向ける。
「私の夢はエンタメ迷宮の存在を今一度世に知らしめ、人間と魔族が手を取り合って生きていける……そんな世界を創ることよ。そしてそれこそが――私が復活したい理由なの」
言いつつ、クロエは振り返った。
初めて明かされた復活の目的。自身の夢を語ったクロエは陽だまりのような笑顔を浮かべていて――
「ぅえ……?」
――いつの間にか。
ハルトの目尻から、大粒の涙がボロボロと零れていた。
「ぁ、あれ? おかしいな……なんでっ、涙が……っ」
頬を伝う熱に遅れて気付き、ハルトは何度も目元を拭った。
だが、何故か止まらない。ダムの堰を切ったように、心の泉からとめどなく涙が溢れてくる。
涙が出るのは、なにも悲しい時ばかりではない。
そう。ハルトは泣きながら、同時に嬉しそうに笑っていたのだ。
「ッ……」
そんなハルトを目の当たりにして、クロエは目を丸くする。
が、彼女もまた薄っすらと涙を浮かべ、身体を震わせた。
「……今、ようやく確信できたわ。貴方はハルの生まれ変わりなんだって」
「俺が……? ハルクリスの生まれ変わり?」
「あなたを勧誘したのは、ただの偶然じゃない。以前に一度、この迷宮で貴方を見た時から……私はハルと同じものを感じていたの」
ソファに腰を下ろしたクロエがハルトの顔をまじまじと見つめる。
「言動、性格……名前もそうだけど、一番は魔力の波長だった。数百年も前の人物と一致する魔力なんて、ほぼあり得ないから」
懐かしそうに笑うクロエの手が、頬に伸びてくる。
その瞬間、ハルトは眉間に皺を寄せた。
「…………なんか納得いかないな。というか、気に食わない」
「え?」
「複雑なの、死んだ奴と一緒だって言われて。それじゃあまるで、今の俺がどうでもいいみたいじゃないか」
クロエは、自分をハルクリスと重ね合わせている。
そうと気付いた途端、涙は何故か急に引っ込んでいった。しかめっ面のまま、ハルトはずずいっとクロエに詰め寄る。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。ただ正直なところ……今のハルトとハルはどうしてもダブって見える。失礼だと思っていても、ね」
「ま、それもしょうがないか。実際、俺も似てるとは思ってたし……でも」
クロエの本心に少し胸を痛めつつ、悔しげに顔を歪めたハルトはその場を立つ。
「俺にはハルクリスの代わりは務まらない。いや、務めるつもりもない。なんたって俺は超エリート冒険者――ハルトだからな!」
自分とハルクリスは別。
そう言い切ったハルトは実に挑戦的な笑みを浮かべていた。
「さてと、昔の男に負けないよう〈聖教会〉との因縁に決着をつけるとしますかね。おい、そこで聞き耳立ててる三人! 今から作戦会議だ! さっさと出てこい!」
ハルトが視線を向けた先には半開きのドア。
その隙間から、そろ~りと出てくる者たちが。
「……バレてたかぁ。いや、邪魔する気はなかったんだぜ? なんか出るに出れなくて」
「え……ネモ? え? あ、いや、それよりも……ハルト、今のって――」
「おぉおおおおおっ!! クロエ様っ、あの時お傍にいられず申し訳ありませぬッ!」
「ガリウス!? どうして号泣してるのよ!?」
「あはは。ガリウスさんってば、クロエ様の昔話で涙腺崩壊しちゃったらしくてぇ……」
三者三様の反応を見せながら次々と姿を現すネモ、ガリウス、リリカの三人。クロエの顔が次第に赤みを帯びていく。
「そんなっ……見られてた。泣いたところも、夢語ってたところも全部っ……ハルトだけだと思っていたのにっ……!」
「良いじゃん、減るもんじゃないし。クロエの夢はすっげえ素敵――」
「心が擦り減るのよぉっ!? 馬鹿ぁあああああああっ!!」
顔を真っ赤に染め上げたクロエの拳が、ハルトの顎を的確に打ち抜いた。




