第1話 一か八かのハッタリ
「――い、良いのか? 後先考えず迷宮を壊しちまって」
「…………何が言いたいんだい? 冒険者ハルト」
勇者にとって脅威足り得るのは魔族のみ。人間で、この中で最も戦闘能力が低いハルトが今さら命乞いをしたところで、ナッシュには何の意味も成さない。
けれど強者の余裕故か。
ハルトが浮かべた挑発的な笑みに、僅かばかりの興味を示したようだった。
ガリウスとリリカは一旦成り行きを見守ることに。
「このエンタメ迷宮は今、冒険者の間で絶大な人気を博している。魔族が運営してるにもかかわらずだ」
「だから?」
「それを〈聖教会〉が、勇者が一方的に潰したとしたら周囲はどう思う?」
「喜ばれるんじゃないかい? 魔族なんて百害あって一利なしの存在だしねぇ」
「違う。答えは――『魔族だったから粛清した』だ」
それは〈聖教会〉を知る者ならではの論理。
ハルトはそこに付け入る隙があると考えたが、ナッシュもそう簡単には隙を見せない。
「別に構いやしないだろう。それが〈聖教会〉の方針だし、冒険はただの娯楽だ」
「そう、娯楽だ。ただし――冒険者が熱を上げる程の娯楽だ……! それを楽しみの渦中で奪ったらきっと……いいや、絶対に暴動が起きるぜ。〈聖教会〉ぶっ壊すってな!」
「アハハハハハッ! それこそ有り得ないよ」
「おめでたい奴だな。〈聖教会〉や勇者はいけ好かないことには目ざといのに、どうして他人の視線には疎いんだ? 王国の民にとって、百害あって一利なしの存在なのが分からない?」
「う~ん……たしかにぃ、時々いや~な視線を感じるけどぉ~」
予想だにしないジミーの援護射撃に、ハルトはゲスの笑いを披露しながら畳み掛ける。
「ま、それでも迷宮を壊したいならやればいい。もっともぉ? 一生肩身の狭い思いをする覚悟が、お前等にあるならなァァァァ!」
「我が弟子ながら、なんというゲスさよな」
「ハルト様ぁ! 今すっごく輝いてる! 真っ黒に輝いてるよぉっ!」
悪党面で脅すハルトだが、その裏では心臓の鼓動がうるさいほどに鳴り響いていた。
(これは賭けだ。迷宮を壊す影響を重く捉えて、奴等が退いてくれれば御の字。壊されるまでの猶予が作れる……!)
一か八かの大博打。だが勝算は充分。
王国の民、それも爵位を持つ勇者となれば、迷宮破壊による影響力は無視できない筈なのだ。
「下らないね、僕達勇者には関係ない。いざとなれば、全て葬ってあげれば良い」
(ダメかぁぁ!? 誰かなんとかして! 神様魔王様ァ!!)
賭けに負けたと思われたその時だ
「――いや、その魔族の……冒険者の言う通りだ。今は退くのが賢明だろう」
不意にハルトを支持する声が上がった。
迷宮側でも勇者側でもない、第三者の存在。
神官服を着た老人がコツコツと靴を鳴らし現れた。
「それは賛同しかねるねぇ、アラン枢機卿」
「なんだって!?」
ハルトやナッシュにとっても予想外の出来事だった。
ハルトを擁護した者の正体が、誰であろう〈聖教会〉の人間だったのだから。
「貴方は〈聖教会〉の者の筈……どうして彼の肩を持つんだい?」
「無論、彼の意見が正しいと思ったまでだ。それに、状況も少し変わった」
ナッシュの耳元で、アランが囁く。
全て聞き終えたナッシュは驚きで瞠目し、不満げに舌打ちすると、ハルトに向き直って言葉を投げ掛けた。
「冒険者ハルト!」
「……んだよ」
「二週間後だ! 甚だ不本意だけど、今は退いてあげるよ。次に迷宮に訪れるその時が、この迷宮と魔王の最後だ!」
「……はい?」
何がどうなっているのか、流れが急変する。
「チッ、運が良かったなァ。運命の日まで、精々楽しく過ごすことだぜェ?」
「むぅっ……せっかく魔族を殺せると思ったのにぃ〜! 枢機卿のばかばかばかぁっ!」
「ではな、害虫どもよ。必ずや、魔王共々根絶させてくれる……覚悟しておくのだなッ」
惚けて思考停止するハルトを他所に、文字通り虫けらを見る目をしていたアランは勇者三人を引き連れて迷宮から姿を消した。
「………どうやら、退いたようだな。大した口車だ、ハルトよ」
「うんうん、惚れ直しちゃう……ハルト様? 尻餅なんかついてどうしたの?」
「こ、腰が抜けたっ……ガリウス助けて」
緊張の糸が切れたハルトはその場でへたり込んでしまっていた。危機的状況をハッタリ一で一つで乗り切ったのだ。その心労は並大抵のものではない。
ハルトは目をハートにしていたリリカを無視して、師匠に助けを求める。
「ふっ、情けない奴だ。いや、情けないのは日常茶飯事か」
「いやもう、それで良い……マジ怖かったです」
言葉の意味とは裏腹にガリウスは温かい視線を返し、役立たずと化したハルトを背中に担いだ。
その後、ハルト達は壊れた迷宮内を歩き回り、作業員達の安否を確認したのだった。
◆◇◆
一方、迷宮を去ったナッシュ達は既に王都行きの馬車に乗っていた。
「まさか、本当に彼の言う通りになり掛けていたとはねぇ」
「ジミー達が外に出た時、露骨に敵意を向けられたねぇ~。ゾクゾクしちゃう」
「だけど誰もオレ様達を止めなかったぜェ? とんだ腑抜けどもだなァ」
窓の縁で頬杖をつくナッシュに、ジミーとノイマンが同調する。
迷宮から出て馬車へ向かう最中、ナッシュ達は大勢の冒険者達に睨まれていた。
怯えと微かな敵意。
勇者と〈聖教会〉の者が現れた時点で、彼等は察した――自分達の迷宮がとうとう目を付けられたのだと。
「しかし、妙だね。カインズ教皇ともあろう御方なら、暴動が起きる可能性に最初から気付いていても良いのに……」
「あの御方の考えを見通せなど出来まいよ。なにせ、我等とは違う時を生きる御方だ」
「それに関しては同意するよ。しかしアラン枢機卿、どうして彼等に猶予を? 貴方にとっては苦渋の決断だった筈だよ」
「こちらにも準備が必要なのだ。魔王を復活させんとする魔族どもが、勇者にあだなしたと捏造する為の準備がな。不用意に冒険者を煽り、暴動が勃発すれば大量の人間を裁かねばならん」
「そういや王様はァ、そうゆうンのにうるせぇもンなァ」
「だが次に赴く時は、必ず全ての魔族を滅ぼす。今度こそ魔王を根絶させる! たとえ、〈聖教会〉の全戦力を使ってもだッ……!」
軋むように強く握られたアランの右拳。指の隙間から並々ならぬ量の血が流れ、彼の右手を赤くに染める。
その時のアランの顔は、当時魔王に殺された者の遺族ではないにもかかわらず、憎悪に身を焦がす復讐者のような表情をしていた。
コイツ等、計画ガバガバすぎるだろ。と思ったそこの貴方。
大丈夫、私も同感です。回りくどいことはせず、魔族と魔王討ち取ったりィなどとしない程度には計画性がある。ただそれだけ。
次話、明日20時以降。




