プロローグ 勇者襲来
新章開始!
クロエの過去を少しずつ紐解いていく章です!
(――だから言わんこっちゃない! 皆、無事だと良いんだけどっ……!)
エンタメ迷宮は、未だかつてない程の窮地に陥っていた。
迷宮を通常仕様に戻すため働いていた作業員達が襲撃され、迷宮施設は半壊。この惨状を引き起こした元凶が今、変身したハルトの眼前に立っていた。
金メッシュの入った黒髪。
白い肌に平面的な顔立ち。
切れ長で一重の目蓋と、光を吸い込むような黒い瞳。
ハルトと同じ中肉中背の体型ながら、明らかに打たれ弱そうな白金の軽装備を纏っている。
「僕はナッシュ・カキサキ。今代の勇者の一人だ。死にたくなければ、魔王を差し出せ」
「さぁ、一体誰のことだか。暴食ニート娘ならいるが、呼ぼうか?」
ヘラヘラとふざけた直後、極大の紫電がハルトの真横を疾走した。
ドゴォオオオオオオオンッ!!
刹那、遅れて木霊する轟音。呆気なく崩れ去る頑丈な宝物庫の壁。
凄まじい一撃を放った、〝勇者〟を自称する男――ナッシュは再三にも渡る命令を無視したハルトに忠告する。
「いるんでしょ、魔王。〈聖教会〉の命に逆らうなら、今みたく弾け飛ぶことになるよ?」
「……へぇ。今のが神様から授かった【恩恵】の力か。うっひょー、おっかねぇー」
爽やかな声色で脅しをかけられるが、魔族のハルベルトとして立っている以上、ハルトは平然を装う。
しかし、その内心はといえば――
(おいィィィィ!? なにそのデタラメな威力! ちょっとチビっちゃったじゃねぇかァァァァ!!)
顔には出さないだけで、ドパドパと冷や汗をかいていた。
ボーマンに忠告された勇者襲来イベントが、まさか昨日の今日で訪れようとは、一体誰が予想出来ただろうか。
勿論、ハルトは出来ない。神でもない限りは不可能である。
(そもそも、なんでこうなったっ!? 昨日の今日だぞ! あぁっ、俺の楽園が……)
壊された迷宮を涙ながらに嘆いたハルトは、昨晩の緊急会議を思い返していた――
◆◇◆
「勇者の襲撃? そんなの、考えられた可能性の一つじゃない」
ハルトの報告を聴いたクロエの第一声は、非常に淡泊なものだった。
「え、冷静過ぎない? 勇者だぞ? 同年代の中では最強とか言われる奴等だぞ! まさかクロエッ、【恩恵】の凄さを知らないから言ってるんじゃ……!」
「知っているわよ、それこそハルト以上にね」
クロエは眉一つ動かさず、紅茶のカップを口に運ぶ。
その顔は平静に見えるが、どことなく表情が固い。
(そうか、クロエはあの力を身をもって体験してるんだった……!)
――【恩恵】
それは約五〇〇年前、異世界召喚された勇者達へ神が与えた力。魔王クロエを打倒する為だけの、魔法とは異なる異能。
彼等の子孫もまた、【恩恵】を変容させて受け継いでいる。
クロエにとっては恐怖の対象でしかないだろう。
「な、なら……方針を聴かせてくれ。クロエのことだ、もう考えてあるんだろ?」
「丁重に歓迎する、以上よ」
「…………はは~ん、流石クロエ。敵が勇者でも歓迎するなんてなーって――ええええええっ!?」
一拍置いて絶叫するハルト。
「な、なして!? なんで!? なんでさッ!!?」
「おお~、疑問三段活用か。芸が細かいなぁ、ハルト」
「落ち着け。相手が誰であろうとやる事は何も変わらぬ。宝物庫を防衛し侵入者を撃退する……それだけだ」
「ネモもガリウスも、どうしてそう危機感がないんだっ」
ハルトは愕然とし項垂れる。
能力面において魔族が人間よりも秀でている為か、その落ち着き様はまるで歴戦の戦士のよう。
「……明日にでも攻めて来るかもしれないんだぞ? 少しは対策をだな……」
「今更慌てたところで、勇者と〈聖教会〉が待ってくれる保障なんてどこにもないわ。なら、事が起こるのを覚悟して構える方がよっぽど安全というものだわ」
「そうだよハルト様! 大丈夫っ、もしもの時はリリカが守ってあげるからぁ!」
「うがぁあああ!? 股間押し付けてくんじゃねぇえええええええッ!! もう何が起こっても知らねぇからなああああああっ!!」
◆◇◆
――そして、現実逃避していたハルトの意識は戻り、予期していた面倒事を直視する。
「いつまで魔王を擁護するつもりだい。魔族ハルベルト……いや――冒険者ハルト」
「ッ」
魔族ハルベルトに変身しているハルトの正体を言い当てるナッシュ。
それは明らかに確信を持って口にした声音であった。
(バレてる……!? まさか、レシアとボーマンが密告をっ――いや、俺達はもう和解したんだ。俺に情報を伝えるメリットがない。つまり、ブラフだッ)
この場面で「フハハハ! よくぞ我が正体を見破った!」と潔く認める訳にはいかない。
たとえ相手が魔を敵視する〈聖教会〉の者でなくとも正体を露見させてはならないのだ。
故に、ハルトは堂々とシラを切る。
「人違いだ。俺はハルベルト、魔界より来訪した暗黒戦士だぞ。普段から酒と女に溺れてるから脳が溺死してんだよ。病院行け病院」
「……あくまでシラを切るか。別に構わないけどね。その場合、君の元仲間が背教者として断罪されるだけだしねぇ」
「…………ァン?」
その横暴とも言えるやり口に、ハルトの眉がピクリと動き、拳が強く握られる。
その反応を見た途端、ナッシュの顔が邪悪に染まった。
「ま、僕としては君が誰だろうと、どうでもいいんだ。〈聖教会〉の連中は、最初から君達を迷宮もろとも処分するつもりだった訳だし? 魔族の施しを受けた大罪人としてねぇッ! ハハハハハッ!」
嗜虐心溢れる表情で高笑いし始めるナッシュだったが、
「――俺別に仲間じゃねぇし」
「ハハハハハッ――え?」
邪悪だった顔が一瞬にして困惑顔に。
耳の穴をほじって余裕ありげに振舞うハルトの一言は、想定していた反応と違ったようだ。
ハルトは滑稽だとばかりに笑うと、指をふっと吹き散らし、
「……なんて、言える訳ないよな。頭にきたぜ……なぁオイ! クソったれ勇者ァアア!!」
全身から激しい怒りを迸らせ、勇者に牙を剥いた。
せっかく和解できた仲間を見殺しにする程、ハルトの性根は腐っていない。
「ふぅん。それは、君が魔族と繋がりがあると……魔王の復活を目論んでいると、そう取って良いのかな?」
「自分で勝手に想像しろ。どうせ、自分達に都合の良い事実をでっち上げるんだろ? お前等勇者と〈聖教会〉の連中はよォ」
「…………ッハ、アハハハハハ!!」
ナッシュは唐突に顔へ手をやり、狂ったように高笑いし始めた。
「これは良い……実に良いニュースだ! 半信半疑だったけど、話をでっち上げるまでもない。人間の君が魔族の関係者で本っ当に良かったっ……!」
「なにがおかしい。破壊活動がそんなに楽しみか」
「違うさ」
取り払った手の下から覗くナッシュの笑みは、
「人を殺せる正当な権利を得たことに感極まっているんだ……! 僕は仮にも勇者だからね。体面上、人殺しがしてみたいだなんて言えなくてねぇ!」
到底勇者とは思えないほどに醜悪な面構えをしていた。
「いつから、いや……なんで俺は怪しまれてたんだ? どうせなら、教えてくれよ? 勇者様」
「君から魔の気配を察知した神官がいたらしくてね。後日君を追跡してみれば、迷宮内に濃密な魔の気配を感じたようなんだ。それも――魔王が封印された土地でね」
「鼻が利きすぎだろ。天然温泉でも探してろよ、クソがッ」
乱暴に頭を掻くハルト。
そもそも普段から〝魔族のハルベルトだ〟などと公言していたのだ。迷宮自体、かなり前から警戒されていた可能性に、今のハルトは気付けない。
「良い気分に浸れたから少しは生かしてあげたけど、もういいや」
瞬間、エリア内の雰囲気が変わり、ハルトが身構える。
「君を殺して、この迷宮を跡形もなく消滅させる。僕の【恩恵】――【魔雷帝】でねッ」
その殺意に呼応するように、ナッシュの全身から放たれた紫電が空気を引き裂く。
「その後は、復活途中の魔王を完全に殺す方法でも考えようか。流石のご先祖様も封印までしか出来なかったようだし?」
「そうまでして、なんで魔王を殺したがる? 〈聖教会〉に従う理由もないだろうが」
「君も人間だろう? なら知ってる筈だ、〈残虐の魔王〉が犯した罪を。その昔、王国を滅亡の危機に追いやった大罪を! そんな危険人物を放置する筈がないじゃないかァ……!」
人間の共通認識。
それを、王国生まれのハルトに当然の如く強要してくるナッシュは、きっと正しいのだろう。少なくとも、〈残虐の魔王〉の御伽噺を信じる者にとっては。
(確かに、クロエの悪行は現代にまで語り継がれている。国を滅ぼしかねない災厄が再び復活しようとしていて、勇者の力で阻止するって考えるのも頷ける……だけどッ)
奥歯を強く噛み締めるハルト。
胸に沸き立つ熱い想いが、腹の底から、心の奥底から言葉を押し上げる。
「違う……あいつは――クロエは! そんな奴じゃない!」
「はぁ?」
「美味いもん食べて笑ったり、仲間と再会して泣いて喜んだりできる、普通の……寂しがり屋な女の子なんだよっ! 実際に見た訳でもないのに、好き勝手言うんじゃねぇッ!!」
熱のこもった弁舌に、空気が震えた。
ハルトは知っている。
クロエという女の子がどんな魔族なのかを。今まで共に過ごしてきた数々の思い出が、彼女は〝悪〟ではないと断言してくる。
その証拠に、
「――よくぞ言ったハルベルト! いや、ハルト!」
「うんうん、ボクもそう思うよ! クロエ様には、ちょっと妬けちゃうけどね……!」
「ガリウス! リリカ!」
エリアの壁を突き破って現れた仲間達が、意を同じくして並び立ったのだ。
ハルトがクロエを信じる理由は、たったそれだけでも充分過ぎるほどだった。
「形勢逆転だな」
ハルトは魔銃ヘルブリンガーを引き抜く。
これで三対一。数の利はこちらにある。
「随分おめでたい頭だね。まさか、ここに来たのが僕だけだなんて思ってないよねぇ?」
ナッシュが肩をすくめた直後、誰かがエリア内へ足を踏み入れてきた。
「オイ、ナ~ッシュ。いつまで遊んでいやがるゥ」
「君達こそ、魔族を殺しきれてないじゃないか。怠慢が過ぎるんじゃないかい?」
「だって、あの黒い剣持った魔族強いんだもぉんっ」
先程空いた壁の穴を通って現れた二人の男女がナッシュのもとに歩いていく。
(嘘だろオイ! 一人でも手に負えないのに、他のクソ勇者も来やがったっ!?)
新たな勇者の登場に、ハルトは大きく舌打ちした。
「怯えてンのかァ? この勇者随一の実力を持つ、ノイマン・ササキによォ!」
赤髪オールバックの男が手櫛で髪を掻き上げ、ハルトにガンを飛ばす。
白い肌に緑目。耳にピアス、腕にはバングル。棘と鎖付きの革ジャケット、ズボンを着ており、とても勇者には見えない風貌として有名だ。
「もぅっ、いつも言ってるよね! 最強はジミーなのぉ!」
そんなチンピラ風味の勇者に異を唱えたのは、七色の髪を持つ女。
両サイドを白いシュシュで高く結んだツインテール。白を基調とした、もこもこの上着とスカートを着ており、語尾を伸ばす言い方がハルト達を微妙に苛立たせる。
「そこの男子ぃ、勘違いしないでよねぇ!」
「え、キモい。ジミー・カワイさん、リリカよりヤバいっす」
ビシッ! と指を突き付けられたハルトは煽る意味を込めて腕を高速で擦った。
「き、キモいなんて……酷いっ」
「ボクを引き合いに出さないでよぉ……ちょっとキャラ被ってるし」
両手で目元を拭って泣き真似をするジミーに、リリカが頬を膨らませる。
一気に弛緩してしまった空気に嫌気が差したのか、ナッシュが苛立ちを隠さず声を上げた。
「ノイマン、ジミー。寸劇はそこまでだ。せっかく主要人物が揃ったんだ。このまま迷宮諸共叩き潰してやろう」
「ヒャッハァ! たまには良いこと言うじゃねェか!」
「人間の餓鬼が……力の差というものを教えてやろう。この〈魔剣鬼〉の剣技でな」
「超新星アイドルの名に懸けてッ、ハルト様の楽園を潰させてなんてやらないよっ!」
衝突する殺気と闘気。
睨み合う両者。
一触即発の空気の中、真っ先にメスを入れたのは意外な人物だった。
なんとなく察してる人もいるでしょうが、
【ナッシュ・カキサキ】【ノイマン・ササキ】【ジミー・カワイ】
3人とも日本人の血が混ざってますw
この章も、一日一投でGO! 20時以降だYO!




