第9話 優しい嘘
日を跨いですみません。
ちょい長めです。パソコンの方が読み易いかも。
「――うぐ、く」
身体にだるさを感じ、ボーマンは呻きながら目を覚ました。
「っ、ここは……」
見覚えのない天井が眼前に広がっている。
身体を起こすとそこはベッドの上だった。薬っぽい臭いがやけに鼻につくボーマン。周りはカーテンで軽く仕切られ、近くには同じベッドが複数、薬品棚が一つ置かれている。
「病室、か……? いや、それよりも――!」
「よっ、起きたか」
「オマエはっ……ハルベルト!」
扉が開く気配を感じ、ボーマンが音のする方向を睨む。見れば、変身中のハルトが手を上げて入ってきていた。
沸騰するように敵意が沸き上がったボーマンは、すぐさまベッドから降りて得物を探すが――
「ッ、オレの装備が……!?」
周囲には直剣はおろか大盾すら見当たらなかった。自分が今の今まで無防備な姿を晒していた事実に、ようやく気が付いたのだ。
「悪いな。装備は一旦没収させてもらった」
「おのれ魔族めっ……いったい何が目的だ!」
重く怠い体を引き摺り、ハルトの胸倉を掴むボーマン。
「暴れられたら困るってのが一番だな、うん。治療するのにも邪魔だし」
「フン、もっとまともな嘘は吐けないのか? 言えっ! 何が目的だ、レシアをどこへやった!?」
一気にまくしたててくるボーマンに、ハルトは頭を掻きつつ溜息。
「あー、レシアなら向こうのベッドだ。魔力欠乏でかなり衰弱してたけど、もう大丈夫だ」
「ッ――!?」
魔族が、平然と仲間の名を呼んだ。
目の前のハルベルトがハルトだと知らないボーマンは、頭に一気に血が昇る。
「キサマッ! 何故レシアを呼び捨てにしている! 説明しろッ!!」
「――ボーマン、その辺にしときなさい」
ボーマンが拳を振りかぶろうとしたその時。向かいのカーテンが小気味いい音を立てて開いた。
「っ……レシア! 無事だったか!」
「ええ。一時は死を覚悟したんだけど、なんだかんだ生きてたわ」
ハルトを見やり、ローブ姿のレシアが皮肉げに笑い、たどたどしい足取りで近付いてくる。
「油断するな! 相手は魔族。どんな卑劣なことを考えているやら……」
「アタシ達は負けたの。装備も没収されてる癖に、グズグズ言い訳しないっ!」
「……むぅ、わ、分かった」
依然としてボーマンはハルトを警戒していたが、レシアの言葉の圧にすごすごと引き下がった。
その懐かしいやり取りに、ハルトはくつくつと笑ってしまう。
「キサマ、何がおかしい」
「全く……相変わらずだな、お前等は」
「なによ急に。魔族の知り合いはいないんだけど?」
まるで最初から旧知の仲だったと言わんばかりの口振りに、眉をひそめたレシアが不機嫌そうにハルトを睨む。
「まだ分かんないのか? 俺だよ俺」
「……新手のナンパか何か?」
「なんだとッ!? 魔族キサマァ――ッ!」
訝しげなレシアの言葉に反応したボーマンが再び拳を握る。
「待て待て落ち着け!? いきなり殴ろうとすんな! 俺なにも言ってないだろ!?」
「敵であることに変わりはないッ!」
「ボーマン……?」
再びレシアに凄まれ、ボーマンはしぶしぶ力を抜いた。
「仮面の所為かぁ? 口調で気付かないもんかね。割とショックだぞ――」
胸を撫で下ろしたハルトは残念そうに言いつつ仮面に手を書ける。
そうして、今まで冒険者に隠し続けてきた素顔を晒した。
「なッ……お、オマエは!?」
「ハルト!!?」
「三日ぶり。まさか、俺の迷宮に挑戦してくるとは思わなかったぞ」
仮面を外したハルトに、二人は完全に度肝を抜かれていた。
それも無理はない。なにせ魔族と戦っていた筈が、その中身が実は人間で、なおかつ自分達が半年前に追放した仲間だったのだから。
「え……? ホントに、あの迷宮好きのハルト? 他人の空似じゃなくて?」
レシアが目をパチクリさせて、ハルトの顔をペタペタ触りまくる。
「失礼だなレシア。なんだったら、お前のエロ本の趣味を当ててやろうか?」
「へ?」
「寝取〇れ、調〇、凌〇に、睡〇んなんてものも――」
「間違いなくハルトね!!」
「……レ、レシア?」
曇りなき目でハルトの肩を叩くレシア。
あまりに早い手のひら返しに、彼女の性癖を先程知ったボーマンがその相貌を歪ませる。
「で、でもハルトっ、アンタあんなに強くなかったでしょ! しかもなんでまた、魔族の居る迷宮で……!!」
「あー、まぁ。色々あってな。実は――」
これまでの苦労と体験を昨日ように思い出しながら、ハルトは追放された後の出来事を語った。
この迷宮で〈残虐の魔王〉にスカウトされ復活の手伝いをしていること。その悲願を果たす為に、彼女の仲間に鍛えられたこと。伝承と違って魔王が心優しい人物だということ。
そして――自分は脅されてではなく、自ら望んでこの仕事を引き受けたことを。
「……にわかには信じられんな。正気の沙汰ではない。魔王の復活を手伝うなど」
全てを聴き終えたボーマンが小難しい顔で呟く。
「さっきも言ったけど、すごく良い娘なんだ。普通の女の子みたいに食事や娯楽を楽しんだりしてる。世界の侵略なんて考えてすらない」
「フン、どうだかな」
「けど、その……良かったの?」
「なにが?」
妙に青ざめた顔で、レシアが肩を震わせながら尋ねてくる。
「アタシ達、この迷宮の秘密知っちゃったわけじゃない!?」
「あぁ、俺が漏らした」
「こ、このあと口封じされたりしないわよねっ!? アタシ、吹聴するつもりなんて更々ないからね……!!」
「お前等がそんな奴じゃないってことは俺が一番知ってるよ。心配せずとも、この件はちゃんと許可貰ってっから」
「そ、そう。良かったぁ…………」
緊張から解き放たれたレシアは緩んだ風船のごとくへたり込む。
「それに俺も……秘密を話さずにはいられなかったんだ」
そこで言葉を切り、一度緩んだ空気を締め直すハルト。
これから話す内容は、魔王関連と比べれば程度が低い。むしろボーマン達にとっては、そしてハルトにとっても次の内容こそが本題となるだろう。
「二人の言葉……ちゃんと目の前で聴いてた」
ハルトが伏し目がちに告げると、レシアはやはりと息を飲み、沈んだ表情を見せた。
「……やっぱり無かったことには、ならないわよね。まだ結果も出せてないのに」
「フン。無様に失敗を繰り返すオレ達は、そんなに滑稽だったか?」
「いや、むしろ感心した――あ、いや嘘。割とマジで笑ってた」
ブチッと、何か切れる音をハルトは聴いた気がした。
矢の如きジト目が突き刺さるボーマン達から寄せられる。気の所為ではなかったらしい。
「……チッ、どうりでこっちの性癖が筒抜けだと思った」
悪態づくボーマンにハルトは軽く笑いつつ、近くの椅子に腰を下ろした。
膝上で手を組み、視線を落として話を続ける。
「あれから、少し考えたんだ。なんでお前等は、俺をパーティから追い出したのかって」
「……それで。答えはわかったか?」
ボーマンがせせら笑いながら問う。
ハルトは、静かに頷いた。
「今日、二人が迷宮に来て、本音を盗み聞きして――ようやく、全部繋がった」
二人が黙って話に耳を傾ける中、ハルトは自ら導き出した答えを口にする。
「最初、俺が無能だからだと思った。迷宮で大ポカかました俺に価値なんてないってな。でも今日、今までの二人を思い返して、気付いたんだ。二人は俺を見限ったんじゃなくて――俺に負担が集中するのを嫌ったじゃないかって」
一息に言い切る。
果たして、答え合わせの結果はどうか。
ハルトは正面を見ると、目を伏せたボーマンが今まさに重い息を吐き出したところだった。
「…………まさか、自力で行き着くとはな」
「正解か?」
「ああ。憎たらしいほど的確で嫌になる」
観念したのか、ボーマンは思いのほか素直に白状した。
その表情はどことなく柔らかい。
「オレ達は常にハルトに頼りきりだった。オマエは陰ながらオレ達を支え、苦手な戦闘もこなしながら、迷宮探索では常に先頭で罠を警戒していた。いくら迷宮が好きとはいえ、負担が掛からない訳がなかった」
普段の会話は二言三言で終わるボーマンに饒舌に語られ、その意外さのあまりハルトは目を丸くしてしまう。
「以前、オマエが高熱で倒れた時があったろう? 珍しく罠で怪我をした時だ」
「ああ、覚えてる。追放される一ヶ月くらい前だよな。あの時は宿のベッドで安静にしてたら、次の日に二人がズタボロで帰ってきて驚いたもんだ。…………それがどうしたか?」
「その怪我はな、レシアと共に迷宮に挑んだ際にできたものだ」
「はぁ? なんでまた二人で。俺の抜きで挑戦する理由が――」
「ハルト抜きでなくては駄目だったのだっ……! お前を欠いたオレ達がどこまでできるのか、となッ。……結果、オマエに甘えていた事実だけが、手元に残った」
余程やるせないのか、ボーマンはその強面を更に怖く歪ませていた。握られた拳が赤を通り越して白くなるほどに。
その後悔を共有するように、レシアも伏し目がちに声を漏らす。
「本当は相談したかったっ! ハルトの負担を減らしたいから、罠の対処法を教えてって。けど出来なかった……! それはハルトの楽しみを、誇りを奪うことになるっ…………何より、アタシ達が本気なら、無理を押してでもお節介を焼いてくるって、解ってたから……っ!」
「…………だから、何も話してくれなかったのか」
目尻に涙を溜めた元恋人の――心の叫び。
ハルトはしっかりと咀嚼してから問うと、レシアはこくんと頷いた。
「頼りないアタシ達が側にいれば、ハルトはまたきっと無理するからっ。だから、甘えてた自分達を叩き直す為に、一度疎遠になろうとしたの」
「そうして二人で実力を高め、ハルトの負担を真に背負えると確信できた暁には、訳を話してパーティを再結成するつもりでいた」
そこで、二人の言葉が途切れた。
レシアとボーマンはハルトの目を真っすぐと見つめ、声と肩を震わせて頭を下げた。
「何も相談しなくて、パーティなのに二人で抱え込んじゃって……今までハルトを傷付けて……本当に、ごめんなさいっ……」
「今まで、本当にすまなかった……!」
ハルトは目の前で深々と下げられた頭を、自分でも驚くほど冷静に眺めていた。
(もう、怒ってないんだけどな……方法はどうであれ、俺の為に行動してくれてたんだ。そんなの、怒れねぇよ……怒れる筈がない。だけど――)
謝罪を受けても、既に答えは決まっている。
もはや道は別たれて久しい。ハルトの心は、当の昔に別の居場所に向いていた。
「全て許すことは、できない。この先、俺がパーティに戻ることも……もうないだろう」
故に、ハルトは拒んだ。
彼等の手を……本来あるべき姿とその未来を。
ボーマンとレシアは静かに顔を上げた。
その表情はとても暗く、悲しげだった。
「そう、だな……オレ達は、それだけ許されないことをした」
「アタシ達の道は、理想は――本当にもう、交わらないのよね……?」
一縷の望みに縋るように、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたレシアが尋ねてくる
「悪いな。冒険者として迷宮に潜るより、迷宮を作る方が俺の性に合ってるんだ。この迷宮には助けてやりたいクロエも居るしな。だから――ごめん」
優しげな顔で語るハルトを見て、レシアは悟る。
ハルトの心はもはや自分から離れ切っていることを。
レシアは涙を拭い、とびっきりの笑顔を見せる。
「そう……なら、力になってあげて? 迷宮好きのハルトなら、きっと出来るわ」
自分達がハルトの枷になってはいけないのだと。
泣きたくなる心を必死に叱咤して。
「ありがとな。それじゃ、俺はもう行くよ。装備は後で届けさせるから――」
「待て! オマエへの償いになるかは分からないが、一つ忠告しておかなければならない事がある!」
治療室から去ろうとして立ち上がったハルトを、ボーマンが強く呼び止める。
「なんだ? まさか戦闘でのアドバイスか? 卑怯な手ばっか使うなー! ってか?」
「オマエにはもはや必要ないだろう。そうじゃない――〈聖教会〉絡みだ」
「ッ――!」
その単語を聞いた瞬間、おちゃらけていたハルトの頭は一気に冷却された
「……どういう、ことだ? まさかこの迷宮に関係することなのか……!!」
ボーマンは重々しく頷く。
「近々、ここに勇者を派遣するという噂を耳にした」
「なんだって!? 奴等ッ、とうとうこの迷宮に目を付けたかっ……理由は!」
「分からない……ただ知っての通り、〈聖教会〉は魔族を毛嫌いしている。気を付けろ」
「ったく、償いになるか分からないだって……? 充分だ、ボーマンッ!」
クロエ達に報告するべく、ハルトは急いで治療室のドアに駆け寄る。
「これで奴等の襲撃に備えられる! 二人共、ありがとなっ」
最後に振り返って礼を口にすると、ハルトは今度こそ治療室を去っていった。
室内に静寂が訪れる。
レシアはハルトが座っていた椅子に腰掛けてから、沈黙を破った。
「行っちゃった、か……もう、昔には戻れないのね。楽しかった、あの頃には……」
顔を伏せ、確かめるように呟くレシア。
華奢な太股に、もはや枯れ果てたと思っていた雫が、ぽつりと零れ落ちる。
「アタシ、頑張った……頑張ったわよね? ちゃんとハルトを、笑顔でっ……送り出せてた。だからもう、我慢しなくても、良いよね……っ」
自問自答とも言える問い掛けに、ボーマンがレシアの肩に優しく手を置く。
「この結果は、ハルトに相談せず方針を決めたオレ達への罰だ。だが、今だけは。涙に溺れても良い筈だ……目一杯後悔を枯らしたら、また一から出直そう」
「ぅ、うぅ……ひぐっ……あぁっ、うわぁあああんっ――!!」
二人きりの病室で、レシアは慟哭した。
鼻はツンと痛み、喉はえずき、声は枯れたように掠れていく。
いつの間にか抱き締められていたボーマンの腕の中で。
ハルトの居なくなったこの空間で。
涙で滲む視界の中で、脇目も振らずに泣き続けた。
涙を枯らせば、きっと前を向けるようになるから。今だけは、と――
もっと内容短くできないかなぁ~なんて思いつつ、当時は泣きながら書いてました。
というか長すぎる。短い文章で伝えられる人を素直に尊敬する。
次回エピローグ。20時以降でお願いします。




