第8話 因縁の決着
いつもの時間に遅れてすみませんっ……!
(優秀な、仲間……俺が? なに、言ってんだ……?)
ハルトは脳天を金槌で叩かれたような衝撃を覚えていた。
(何に、葛藤してたって言うんだよ……っ)
戦闘では役に立たず。迷宮の知識と経験だけが、ハルトの唯一誇れる武器だった。なのに、追放される一ヵ月ほど前、迷宮でしくじり酷い怪我を負った。
だから――二人に裏切られてからずっと、ハルトはこう思っていた。
二人は、無能で使えない自分に愛想を尽かして追放したのだと。
「ここで、オマエに屈する訳にはいかんのだっ……たとえ相手が、魔族だとしても!」
「この半年間を絶対に無駄しないっ! 辛い思いをさせてしまったアイツと、もう一度っ……ちゃんと向き合う為にも!!」
ボーマンとレシアの限界は疾うに超えていた。
だが、それがどうしたと。
この攻略に懸ける想いがある限り、負けは許されない。そんな不退転の覚悟が、ボーマン達の戦意を迸らせる。
その凄まじい気炎に、ハルトが無意識に後退る。
ボーマン達も、まさかその仲間が目の前で聴いているとは夢にも思わないだろう。
――だが。
(……まさか。俺がいなくてもってのは、つまり……だとしたら、俺が今やってることは……)
そんな不意打ち紛いの告白だったからこそ。
ハルトの頭に、疑念と一つの推測を生み――魔銃の銃口を下げさせた。
(構えを、解いた……? チャンス!)
すかさず、レシアがハルトの足元目掛けて魔法を行使する。
「――【土縛鎖】!」
「っ、しまっ……!?」
瞬間、一部の石材が三本の縄となってうねった。
思考の海に溺れていたハルトを拘束せんと、三方向から蛇の如く殺到する。
「――ハルベルト様危なぁあああああい!」
「うぉっ!?」
だが、そこへ滑り込んだ小さな影がハルトを横合いから突き飛ばして身代わりに。
「アふんっ!?」
「お、お前……!」
尻餅を突いたハルトが目撃したのは、石縄で雁字搦めにされたリリカだった。
狙いを外されたレシアが忌々しいとばかりに舌打ちする。
「余計なことをっ……!」
「す、すまんリリカ……! 助かっ――」
「アァンッ! 緊縛プレイなんて初めてぇっ……!」
「…………」
礼を言おうとして、直後耳にした気色悪い発言にハルトは秒で無表情に。
リリカが恍惚とした表情でジタバタしている。意図の有無は不明だが、とことんシリアスな雰囲気にはさせてくれないらしい。
(くそっ、何してんだ俺は!! こいつ等に復讐するんだろッ!)
ハルトはリリカの存在を努めて無視し、ボーマン達に向き直る。
「オオオオォォッ!!」
見れば、ボーマンが大盾を正面に押し出し迫ってきていた。その巨体に視界を塞がれ姿は見えないが、魔法を詠唱するレシアの声も微かに聴こえる。
「良い連携だ……!」
長年の経験で、二人の狙いはおおよそ理解できる。
恐らくボーマンがこちらの視界と動きを封じ、その間に完成させたレシアの攻撃魔法でトドメといった具合だろう。ボーマンが大声を出すのも、詠唱で魔法を悟らせない為の工夫。
「――だが!」
この状況を一瞬で打破する方法は一つ。
ハルトはすぐさま剣を手離した。
「馬鹿めっ! 自ら武器を捨てるとはっ!!」
「そう思うなら、よぉく刮目しやがれ!」
懐に右手を突っ込んだハルトは二つの復讐道具を掴むや否や、斜め前方に向かって雑に放り投げる。
「受け取れ、ワン公共ォ!」
「今更なにをしても、おそ――い?」
宙に躍り出る二つの何か。
それはボーマン達の目を惹く――否、二人だからこそ余計に異彩を放っていた。
「お猫様!? ぬぉぉあああああっ!!」
「アタシの聖典ゥ!」
まるで羊を前にした猛獣のように、ボーマン達が理性を放棄して確保しに行く。
二人の大好物……猫とエロ本を。
それが、罠だとも気付かずに――
「ふ、お返しだ」
ほくそ笑んだハルトは更に取り出したリモコンを操作。部屋の四隅から魔力の縄がボーマン達へ射出される。
「っ! レシアッ――」
「きゃっ!?」
エロ本に気を取られていたレシアが唐突に悲鳴を上げる。
だがそれは、縄の拘束によるものではなかった。
「…………無事か、レシア」
「ぼ、ボーマン!?」
気付くと突き飛ばされていたレシアがボーマンに駆け寄る。
「ど、どうして? アンタにも好きな猫が居たでしょ……!?」
当のボーマンは魔力の縄で手酷く拘束されていた。無言で視線を床に落とす。
「これは、ぬいぐるみ……!?」
「ぬかった……一瞬とはいえ、オレがお猫様を見誤るとはな」
そこには猫のぬいぐるみが横たわっていた。本物ではない。故に、ボーマンだけは正気を保てたのだと、レシアは悟った。
「だが、オマエが無事で良かっ――」
言葉は最後まで続かなかった。
ハルトの魔弾がボーマンの意識を刈り取ったからだ。
「ボーマンッッ!?」
「後はお前だけだ。よく頑張ったが、そろそろ終わりの時間が来たらしいな」
「……ここまで来て、負けられるもんですかっ……! アタシは、アタシはッ……!」
杖を強く握るレシア。
その瞳はボーマンという盾を失ってもなお、光を失ってはいなかった。
「強がるなよ。そろそろトドメにしてやる――来い!」
「イィ〜ッヤッハァアアア! 野郎ども! ようやく出番だぜェ!」
「「「ウィー!!!」」」
宝物庫の中からハルトの命令一つで現れる、最早定番となった〈カツアゲ隊〉の面々。
個性豊かなコボルドたちがレシアを取り囲む。
「卑怯よ、アンタ魔族なんでしょ! 自分より弱い相手に大勢で掛かるなんて恥ずかしいと思わないの!?」
「なんとでも言え。これが今の俺だ……やれ」
ある決心をしたハルトが〈カツアゲ隊〉にレシアを拘束させる。
抵抗する力がないのか、レシアはされるがまま膝立ちになる。
(…………ようやく、終われる)
ハルトは俯くレシアに悠然と近付き、顎に銃口を突き付ける。
「罠対応はダメダメだったが、戦いじゃ手強かったよ。また、会おうな」
「……そ……かぜ……つば……はため――」
「あん?」
ぼそぼそと呟くレシアを不審に思うハルト。
そうしてレシアの顔を覗き込み――突如、空気の流れが変わった。
「――我を守りたまえ! 【暴風聖域】!!」
「くぉっ!!?」
突如として、ハルトと〈カツアゲ隊〉の身体が後方へ吹っ飛び転がる。
レシアを中心に、荒れ狂う竜巻が巻き起こったのだ。はずみでハルトは魔銃を手放してしまう。
「くっ……!」
「アタシはッ――負けない!!」
だが、そんなレシアも魔力欠乏で血反吐を吐き、既に顔面蒼白。
それでも勝利への執念で新たに唱える――物体を魔力で覆い刃と成す魔法を。
「ぅく、ああああああっ!!」
気勢を上げてハルトに駆けるレシア。
途中足がもつれながらも、その勢い刃と化した杖に乗せ前方に突き出す。
直後、掌に感じる不快感。肉を裂く独特の感触を前に、レシアが勝利を確信する。
「…………え?」
一拍遅れて、レシアは困惑の声を漏らした。
一矢報いる為に突いた杖が押し戻される――そんな感覚に。
杖の穂先は確かにハルトの左脇腹を喰い破り、血を浴びていた。だがそれも、指の第二関節までのこと。
「…………ぐぅッ……お、ぉ……ッ」
「嘘……そ、そんなっ」
そこには、杖の穂先を握って今もなお必死に押し留めるハルトの左手があった。
レシアの表情が凍り付く。
杖が一気に押し戻され――直後。
「――おぐっ!?」
ハルトの右拳がレシアの鳩尾にめり込んだ。
思わず杖から手を離し、レシアが腹部を手をやりつつ後退る。目が霞み、息を吸おうとしても上手くできず――数歩歩いたところで膝を折り横たわった。
「ぃ、や……」
涙でぼやけていく視界に、レシアが悔しげに呟く。
その表情には後悔や怒り、哀しみや絶望といった感情が複雑に見え隠れしていて。
「ハル、と――」
その言葉を最後に、レシアの意識は途切れた。
エリア内に静寂が戻ってくる。
「すぅ~……、はぁ~~~~……っ」
未だ出血している脇腹を押さえ、ハルトは重い息を吐く。
因縁の戦いが、いま幕を閉じたのだ。
怪我の具合を見て、隻眼のコボルドが白い手拭いを押し当ててくる。
「ハルベルト様、はやく手当を…………あの、ハルベルト様?」
反応がなく、隻眼のコボルドがハルトを見上げる。
まるで薬草を生のまま食べた時のような、苦々しい表情を浮かべていた。
「……ようやく勝てたってのに、全然勝った気がしないな。ほんと、後味悪いぜ」
ハルトは最後まで手を抜かなかった。
否、抜けなかったのだ。
手を抜いて勝てる相手ではなかった。だからハルトも今の自分の全てをぶつけ、それでようやく勝ちを拾った。
それほどまでに、彼等は――かつての仲間達は強かったのだ。
「お前等の勝ちだよ、畜生……」
新人賞で書いた時、戦闘面の描写に納得いってなかった事を思い出しました。
次こそは明日の20時で。




