第21話 淫魔リリカの過去
また日を跨いだっ……申し訳ありません!
視界で光が弾けた。
ゆっくりと閉じられていく目蓋。何故か動揺しているハルトの顔を最後に、リリカの意識は闇へと沈んでいく。
──その最中、冷たい眼差しと熱を持った罵声が脳裏を過ぎった。
(ボク、は…………)
それは、リリカがアイドルになる前の――ただの淫魔だった頃の出来事。
淫魔の名家に生まれたリリカは、誰もが振り返るほどに美しかった。
よく整った顔立ち、澄んだ声色。ただそこに居るだけで周囲の目を惹き、人間どころか同族さえも惚れさせてしまえる。幼い時分に、それ程の魅力を持つリリカを、周囲は〝神童〟と呼んだ。
「リリカ様なら、きっと大成されますよ」
「【吸精】の才能も段違いなんでしょうねぇ」
周囲の大人は勿論のこと、里の友達や両親もこぞってリリカを持ち上げ称賛した。幼い子供であれば重すぎるような期待もリリカにとっては何よりの原動力だった。
(……褒められるのが好きだった。誰かが喜んでくれると、なんだか胸の中が温かくなって……力が湧いてくるようだった)
だからこそ、その期待に応えたかった。名家に生まれた者として、それがさも当然のように。
けれど――
「…………え?」
淫魔固有の魔法を扱う、初の実技のことだった。
練習用の動物を前にして、リリカは教わった通りに【吸精】を発動しようとしたが、何度やっても動物から精を奪えなかったのだ。
リリカに多大なる期待を寄せていた面々は、一様に戸惑った。
「きっと、緊張してるだけさ」
「そうよね……こんな大勢の人に見られちゃ、しょうがないわよね」
最初の内はそう言って、皆が気に掛けてくれた。
だが、優しかったのはほんの数日だけの話だった。
何度試しても固有魔法を使えないリリカを見て、次第に周囲の顔が変わっていった。
「……なんでできないの?」
「調子に乗ってるからこうなるんだ」
「名家生まれの癖に、期待させといてこれかよ。あーあ、がっかり」
同年代の者達からの視線が、指が、嘲笑が、骨身に突き刺さるように痛かった。
大人達でさえ、遠巻きに失望の声を上げる。
リリカの父も母は、口では励ましてくれた。けれど目の奥は、周囲の誰よりも冷ややかだった。
そうして失敗からひと月も経たぬうちに――
「あなたには失望しました。よくも私達の期待を踏みにじってくれたわね」
「淫魔の恥晒しめ。我が家の誇りを穢したお前は、もはや里に不要だ。今すぐに出て行け」
それが、両親から掛けられた最後の言葉だった。
家から追放される時、涙は出なかった。ただ、胸の中にぽっかりと穴が開いていた。
皆を裏切ったのは、自分だったのに。なぜか、裏切られたのは自分の方だったような気がして。
胸にできた空洞は、きっと周囲の期待だったのだろう。リリカは淫魔の里から追い出されて初めて、その事に気付いた。
どれくらい彷徨ったのか、気付けば魔人族の領内にいた。
里での一件から、リリカは人と接するのがすっかり怖くなっていた。だから、湖のそばで動物達に囲まれて暮らすようになった。
湖のほとりに座っては、決まって独り言を漏らす。
「……聞いてよ。ボク、皆に嫌われたんだ。ボクが、皆を裏切っちゃったんだ……」
勝手に期待して失望していった里の者達。彼等に裏切られた怒りよりも、周囲の期待を裏切ってしまった自分への悲しみの方が大きかった。
感情が堪えきれなくなると、涙を流す代わりに歌を口ずさんでいた。人を魅入る宿命の下に生まれたリリカにとって、それだけが唯一の趣味だったのだ。
そんな独り言混じりのメロディに、近くの鳥や獣たちが耳を傾ける。
小さな獣が寄り添い、頬を舐めた。頬に伝う悲しみを拭い去るかのように。
それだけで、胸が軽くなった。精気が心身に充実していく感覚さえ覚えてしまうほどに。
(あんなことがあったのに……やっぱりボクは、誰かを喜ばせたいんだ――)
そんな日々のある日。
リリカの前に、一人の魔族が現れた。スーツを着たお下げの女性――のちにリリカが所属することになる芸能事務所のマネージャー、ルベルカだった。
「ねえ、あなた。あなたはどうしてここに?」
憐れみと優しさが同居したような眼差し。
見ず知らずの者に話すのもどうか、とも思った。けれど、リリカの心は自分で思っていた以上に傷だらけだった。
「――里の、皆の期待に応えられなかった。だから居場所を失って、でも行く当てがなくて、ただここでひっそりと暮らしてるだけで……」
気付いた時には、自分の身に起きた事を全て正直に打ち明けていた。
全てを聴いたルベルカは涙を流した。
「分かります……私も似たような経験をしたから」
リリカの境遇に心の底から同情してくれたのだ。
「私にできることがあれば、遠慮なくなんでも言って。力になりたいの」
その言葉に、リリカは自らの失敗を思い返し、言った。
「…………ボクが、なんで【吸精】を使えないのか、知りたい」
その願いをルベルカは快く引き受け、リリカの為に奔走してくれた。
仕事の合間に過去の文献を読み漁り、リリカの失敗談や日常生活での振る舞いから、ある伝説に辿り着く。
「あなたが【吸精】を使えなかった理由がわかったわ」
ルベルカはそっと文献のページを撫でながら続ける。
「あなたはね、〝アプルバス〟と呼ばれる特異な淫魔だったの。とても珍しくて……ううん、もはや伝説に近い存在よ」
リリカは目を見開いた。
「誰かに応援されたり、期待されたり、そういう心からの承認が【吸精】の代わりを果たし、性的エネルギーを得ていたのよ」
「え…………」
「つまりあなたは、他人の〝光〟を受けて初めて輝ける……月の精みたいなもの」
ルベルカの言葉が、胸に優しく灯る。
「他の淫魔みたく力を奪って満たされるんじゃない。あなたは〝誰かに喜んでもらう〟ことで、自分が満たされる子だったの」
「……ボクは、欠陥品じゃなかったの……?」
「欠陥どころか、誰かを救える力よ。そのうえ、あなたの歌には動物さえも心安らぐほどの魅力がある。もし、欠陥品なんて言う輩がいたら、恐らくそいつの目は節穴ね」
ルベルカはまるで自分のことように誇らしく言い放つと、一息ついてから真面目な顔つきで言った。
「そこで提案なんだけど、私と一緒にアイドルを目指してみない? そうすれば、あなたは心の底から満たされる。あなたの願望に応えてあげられるわ」
ルベルカから聴いて、〝アイドル〟がどのような存在なのかは知っていた。以前までは、誰かを喜ばせられる素敵な仕事だと思っていたが、
「……ボク、歌いたい。誰かの為に、そして何より自分の為に。ボクがボクである証明の為に、ステージに立ってみたいんだ」
そう言ったリリカの手を、ルベルカはそっと握った。
その後、リリカはアイドルとして芸能界にデビューした。同胞からの報復や同族への身バレを防ぐため、そしてその容姿を活かす為に髪を伸ばして染め、本名も捨てて可愛い衣装にその身を包んだ。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとぉ~!!」
誰かに応援されると、嬉しくて、胸が熱くなる。そして、ふつふつと力が湧いてくる。
(あぁ、これが生きるってことなんだ……!)
アイドルのリリカはたちまち魔界の話題をさらった。美しさも、歌も、話題性も申し分なく、人気は右肩上がりだった。
けれど――
(もっと、認められたい……)
かつて応えられなかった〝期待〟が、今も胸の奥に渦を巻いている。
トップを目指すほどに、認めない者への苛立ちが湧いてきた。「歌に心が通ってない。誰の為に歌ってんの?」というファンレターが届いた時には紙をバラバラに破り捨て、面と向かって不満を言ってきた者は警備員に突き出した。
その事でルベルカに諭されても、強く渇望する期待の前には全て霞んで消えてしまうほどだった。
(もっと、もっと高く……ボクはアイドルの頂点に立つ。魔界中の視線を独り占めしてやる――)
その最中、リリカはエンタメ迷宮の存在を知った。
誰もが注目する、魔王クロエが仕掛ける舞台。そしてそこには、動画で見た人間の男の子もいる。
(魔王や人間にまで認められたら……どれだけ気持ちいいんだろう? ……想像しただけで、胸が熱くなってくる)
そうして――リリカはエンタメ迷宮の扉を叩いたのだった。
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▶︎追記。諸事情により明日7/12に延期でお願いします。理由はXや活動報告でお知らせしてますので。
⇒更に追記。次回クライマックスなので、もう少し手を入れたい。あと1日お待ちを!(13日投稿)




