第5話 超新星アイドル、襲来!?
投稿再開! ひとまず一日おきに投稿する予定!
ドルオタのネモに取材の件を聞かされてから、早一週間――
取材当日。
「皆、覚悟はいいか? あたしはできてるぜッッッッ!!」
のんびりとした迷宮の昼下がり。
執務室に集まったハルト、クロエ、ガリウスの前で、普段は知的で冷静なネモが、輝く目を血走らせて言い放った。
「い、いちおう聞くけどさ…………なんの、覚悟だ?」
もはや聞くまでもないことだが、それでもハルトは控えめに尋ねる。
「もちろん! 生リリカたんの尊顔を拝して、悶え死ぬ覚悟だっ!」
「良い笑顔で言うなよ!? 怖ぇよっっ!」
「これがまったく冗談に聞こえないのだから、本当に怖ろしいわね」
この一週間でネモが見せた、リリカへの強い愛情と執着は――それはもう、凄まじかった。あらゆる発言から、強烈な真実味を感じるほどに。
「ライブのたびに鼻血出してぶっ倒れてるからなぁ……! 今回はマジでヤバいかも! アッハハハハ……!!」
「お願いだから、死なないでよ」
(なんて傍迷惑な奴なんだ)
満面の笑みで自殺宣言するネモに、クロエとハルトは大いに戦慄した。
「…………ところで、さっきから気になってたんだけどさ」
「? ……なにがかしら?」
目を丸くするクロエから視線を逸らし、ハルトはおずおずと彼女の背後を覗き見た。
「師匠――ガリウスは、大丈夫なの? 顔色、すっげぇ悪いけど」
そこには、〈魔剣鬼〉と恐れられる男の姿があった。体を掻き抱き、まるで幽霊に怯える子供のように、弱々しく震えている。
「じ、じきに分かる。すまぬが、今は放っておいてくれ……」
「いや説得力ないぞ。休んでた方がいいんじゃないか?」
「それには、及ばぬ。いつもの発作ゆえ、な」
「発作?」
ガリウスに持病があることなど、本人はおろか、主であるクロエにさえ聞かされていない。故に、まだ出会って間もないハルトには、思い当たる節などある筈もなく、
「気分が悪そうだし、今はそっとしておきましょ」
「あ、あぁ」
この場の誰よりもガリウスを知るクロエにそう言われ、ハルトは考えるのをやめた。
「それでネモ。約束の時間まで、後どれくらいかしら?」
気分良くしているネモに、クロエが尋ねた。
今回の取材に関して、〈魔界TV〉側と日程をつめていたのは彼女なのだ。件のアイドルと撮影班がいつ到着するかなど、秒単位で把握しているに違いない。
ネモは腕に巻いている時計を見て、
「あと五分くらいだな。――っと、そうそう! 前に渡したリリカたんの説明書、みんな読んでくれたか?」
キラキラと輝く笑顔で問い掛けた。
ハルト達は、一斉に目を逸らした。
「なっ――まさか、読んでないのかッ!? あたしが丹精込めて用意した、『リリカたんの軌跡! ~スペシャルエディション~』を!!!!」
「いや読めるかっっ!」
既に一度辛い目に遭っているハルトが反射的にツッコミを入れる。
「な、なぜだぁっ!!?」
「内容濃いわ、注釈多いわ、読みにくいわっ――あれを読む気になる奴の気が知れんわっ……!! なぁ、クロエ!」
ハルトはクロエに賛同を求める。が――
「私は読んだわよ」
「なん……だと」
平然とした顔で、クロエが当然のように答えた。ハルトは盛大にショックを受けた。
「あっ、あのSランク呪物を、読破したっていうのかっ……!!」
「なんだとぅ!? もういっぺん言ってみろハルト!!」
ネモに襟元を締め上げられながら、ふとハルトはある可能性に思い至る。
(……そうか! クロエは本好き……あんな呪物でも、喜んで読んだに違いない!)
そんな確信をもって、クロエに視線を向け――
「読破…………ええ、そうね。読み聞かせられたことをそう呼ぶのなら、ね……ふ、ふふふふ」
「……おぅ」
虚空に目をやるクロエを見て、ハルトは全てを察した。
恐らく、王都に行っていた自分の代わりに、ネモの布教欲の被害に遭ったのだろう。
平然としているように見えたのは、既に諦めの境地に達していたからであった。よほど熱のこもった解説だったに違いない。
「ったく、しょうがない奴等だ。幸い、まだ時間もあるしな。いちファンとして、もう一度だけ解説してやろう」
「へ…………?」
クロエの顔が、一瞬にして絶望の色に染まった。
「待て待て待て! 時間がないんだ! やるなら、なる早で頼む」
「そ、そそそっ、そうね! 私はもう二度目だし! ね? ねっ? ねっ!?」
一般人にとっての地獄を阻止するべく、ハルトとクロエは全力でネモに頼み込む。
元より止めることなど不可能なのだ。ならば、犠牲は最小限にした方がいい。
「……分かった。じゃあ、行くぜっ――」
必死の説得が奏功したようで、頷いたネモが勢いよく口を開く。
「リリカたん、淫魔でアイドル歴三十年! デビューして間もないが、新人でありながら、その人当たりの良さと容姿、抜群の歌唱力から、数百万のファンがいるんだ!」
(どんだけ新人期間なげぇんだよ!? 人間だと、もうオバサンだぞ!!)
「握手会やチェキ会じゃ、ファンとの距離も近いし、可愛い上にファンサもノリノリでさぁ――!」
興奮度合が高まってきたのか、ネモの語りは更に加速していく。
「あと、とにかく影響力が凄いんだ。今回の取材だって、リリカたんがこの迷宮を見たいって言ったから決まったほどだ! ま、元々その計画されてたらしいがな」
「そんな相手がここに来るのか…………」
もしもアイドルに粗相を働こうものなら、と最悪な事態を想像して、ハルトの顔が引き攣る。
「そしてもし、この取材でリリカたんがお気に召してくれたら……! なおかつ、魔界で番組が高視聴率を叩き出せば、資金援助も受けられる可能性があるんだっ!」
「あら、それは助かるわね」
迷宮の運営状況を熟知するクロエが気を良くする。心なしか、顔色が良くなってきている。
「決して、けっっして生リリカたんに会いたくて話を受けたわけじゃないぞっ?? そこんとこ、勘違いすんなよな!!」
「今更否定しても遅いわ。一週間前にも似たようなこと言ってるぞ」
「あっははは、そうだっけ? ……っと、そろそろ時間だな」
腕時計に目を落とし、惚けていたネモの顔が突然引き締まった。
魔法陣が刻印された台座の前に立ち、手をかざす。それは普段、作業員達を魔界から召喚する際に使うものだ。
「今回だけ特別に、あたしの魔力で起動するぜ」
今回も同様の手段でアイドルを呼ぶ手筈となっている。
ネモが台座に魔力を注入すると、床の魔法陣が輝き出した。
そして――
「…………ふぅ。どうやら、無事に到着できたみたいですね」
二十名ほどの魔族が、魔法陣の上に瞬く間に出現した。
その中の若い男がネモの姿を見つけると、前に進み出てきた。
「どうも。今回、プロデューサー兼監督を務めさせて頂く、ゲッツォと申します。急な取材にもかかわらず、話をお受けしていただき誠に感謝いたします」
ゲッツォが丁寧に名乗り上げると、クロエは優雅に前に進み出て、歓待の言葉を口にする。
「ようこそ、エンタメ迷宮へ。ここの主のクロエよ、あなた達を歓迎するわ」
「あ、あなたがっ……!」
すると、ゲッツォが突然感極まった様子で、涙を流し始めた。
「まさか本当に、あの有名な魔王クロエ様の手掛ける迷宮を取材できようとはっ……子供の頃からの夢だったんです! お会いできて、本当に光栄です!!」
「私もよ。この三日間、心ゆくまで迷宮を堪能して頂戴」
「はい! 共に良い作品を創り上げましょう!」
クロエとゲッツォが固い握手を交して離れる。
続いて、紺のスーツを着たおさげの女性が歩み出てくる。
「こんにちは。リリカのマネージャー、ルベルカと申します。リリカの世話は基本的に私を含めた、後ろの世話係が担当します。リリカ関係で困ったことがあれば私に」
「ええ、頼りにさせてもらうわ。それで、その本人は――」
「デフュフュッフュッ……! リリカたん……! リリカたんはっ、ど、どこですかっ……!!」
クロエが件のアイドルを探そうとすると、気色悪い笑みをしたネモが両手を揉みながら右往左往し始めた。
(……ありゃ駄目だ)
身内の恥を目の当たりにし、ハルトは手で顔を覆った。
ネモがそのような行動に出るのは既に予想できたこと。重度のファンであるネモにしては、今までよく我慢した方であった。
そんな時だ――
「はーい、ボクはここだよ~!」
「っ!!?」
ゲッツォやルベルカの後方で、可憐な声が上がったのは。
その声を聴いたネモの目が、ぐりんとそちらへ向く。
並み居るスタッフ達をかき分けるようにして、小柄で可愛らしい服装の少女が姿を現した。
「どうも~! ファンの間では〝超新星アイドル〟って呼ばれてます! サキュバスのリリカです! 今日はよろしくお願いしまーす!」
星が瞬くような、愛くるしくも活力に溢れる笑顔。
憧れのアイドルとご対面したネモは、その瞬間――
「ほわっ、ホワァァァァァアアアアアッ?!?!」
キチガイの如く、歓喜の咆哮を上げた。
藤色に毛先を染めた桃髪ボブ。クリクリっとした星のような瞳と、健康的な白い肌。フリル多めの白い上着と黒のミニスカート。ありとあらゆる要素が、彼女の、アイドルとしての可愛さを引き立たせている。
リリカのファンであるネモが発狂するのも無理はないだろう。
それどころか――
(こ、これがアイドルか!? なんてこった、可愛すぎるっ――思わず一目惚れしそうなほどに!! これが魔性の種族、サキュバスか……!)
彼女のファンじゃないハルトでさえ、顔が熱くなり、心臓が早鐘を打つほどだ。
腰の小さな黒翼と細く長いハート型の尻尾、無垢な紫眼が、彼女を魔性の存在たらしめている。
「こんな子がパーティに居たら、一瞬で崩壊するぞ……!! ヤバい、ヤバ過ぎるぞ!」
「う、む…………たし、かに……そのとおり、だ…………」
「ガ、ガリウス――ッ!?」
ハルトは本心を漏らすと同時に、ガリウスが緊急事態に突入していた。
何故かは判らないが、顔色は先程よりも悪く、足は高速で痙攣中であった。
「え、なんでガクブル状態っ!?」
「じきに分かると、言ったであろう。トラウマがあってな……我は、くっ……異性の幼子が、苦手なのだ。ククク、まぁ……っ、気にするな」
「いや気にするわ! クロエ、ちょっとガリウスを避難させてくる!」
「え、えっ!? そ、そうねっ……お願いするわ!」
ガリウスの主であるクロエも知らなかったのだろう。非常にあたふたしていたクロエから許可を貰うと、ハルトは死に体のガリウスを担いで共有スペースに運び込む。
長椅子に寝かせてすぐに戻ると、推しを前に今にも崩れ落ちそうなネモの姿が、目に飛び込んできた。
「……あれ?」
ネモの顔をじっと見つめていたリリカが、こてんと首を傾げる。
「り、リリカたん……どどどどっどうしたのっ!?」
「もしかしてキミ――いつも最前列でライブを見てくれてる、〈リミテッド社畜〉ちゃん? ねえ、そうだよね!」
「ふぇぇっ!? ほ、星屑のように、ちっぽけなあたしのこと、お、覚えてくれてるの……?」
「もっちろん! あたしを輝かせてくれるファンは、みんな覚えてるよ!」
流石、プロフェッショナルというべきか。度々ライブを観に来るネモの顔を、リリカはしっかりと記憶していたらしい。
「いつも応援ありがとね!」
「~~~~っっ?!?!?!」
喜々としたリリカがネモの両手を取ると、その顔は一瞬にして茹でダコと化した。
「いやぁ、まさか取材先でファンに会えるなんて思いもしなかったよ!」
その場の誰もが、ネモが〈リミテッド社畜〉と名乗っている闇に触れなかった。プロであるリリカは無論のことだ。
「そうだ! いつも来てくれるキミに特別サービス! 皆には内緒、だからね?」
「え、ま、まさかっ……!?」
名案を思い付いたとばかりに、リリカはネモに一歩近付き、ウインクする。
拳銃の形にした右手をネモの左胸に押し当て――ファン悶絶必死の言葉を言い放つ。
「キミのハートを~っ!! スーパーノヴァ!!」
「――ブッハァァアアア!?」
「ネモォオオオオオッ!!」
直後、エンジンの如く拍動していたネモの胸が限界を超えて爆発。
夥しい鼻血で辺りを赤く染め上げ、ネモは白目を剥いて床に倒れた。それも、至上類を見ないほどにデレデレした顔で。
「な、生リリカたんが、こ、こんにゃにも、ちか、く……しゅ、しゅ~ごぃぃ……」
「マジで悶死しやがった……なんで、俺の周りはこうも面倒事を量産するんだよっ!」
勘弁して欲しいばかりに、ハルトは思わず頭を抱えた。
「〈リミテッド社畜〉ちゃん、大丈夫?」
「っ……」
撃沈したネモを心配してか、リリカが声を掛けてくる。
急な接近に、ハルトの胸がドキリと高鳴る。
「あ、ああ。多分大丈夫だ。いつもの発作らしいからな」
「そうなんだ。……あ、もしかしてキミが、人間なのに魔王様復活のお手伝いをしてる……ハルトくん、だよね?」
「っ……!」
耳に掛かる髪を搔き上げながら、前屈みになるリリカ。
襟の隙間から覗く小ぶりな胸に、ハルトは軽く目を逸らしつつ平静を装う。
「そ、そうだ。迷宮運営を任されてる冒険者のハルトだ。今日は本当によく来てくれた。ずっと立ち話するのもなんだし、ひとまず荷物を置きに行こう」
「案内するわ、みんなついてきて頂戴」
クロエに視線を送り、ハルトはクロエと共にリリカ達を客間へ案内しようとする。
「ふぅん……」
そんなハルトに、リリカは値踏みするような視線を注ぐ。
「な、なんだ?」
「ううん。案内、お願いするね……ハルトくん?」
ハルトの耳元に近付き、蕩けるような声でそう囁いたのだった。
ネモの推しである、超新星アイドル・リリカ。
彼女の襲来は、エンタメ迷宮にどんな変化をもたらすのか――今のハルトには、想像すらできないのだった。
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