第10話 魔王との語らい
運営初日から早七日。
初日にして魔王のお仕置きを受けたものの、早くもハルトは迷宮での暮らしに慣れ始めていた。
「ふごご……迷宮さいこぉ……ふへへ」
「朝よ。ハルト、起きなさい」
「…………あと二時間」
「魔王権限で給金下げるわよ」
「起きまっす!!」
――と、このように。
ハルトの一日は、早朝にクロエに起こされるところから始まる。
質の良いベッドで寝始めてからはというものの、睡眠はいつも熟睡コース。野宿した時の地面の寝床や安宿のボロいベッドと比べて、今の快適さに感動する毎日である。
「今日の朝飯は何かなぁ~」
「寝癖ついたままよ、だらしないわね」
部屋の洗面所で顔を洗ってスッキリすると、ハルトは弾むような足取りで食堂へ向かう。食堂には〈ボロモウケ商会〉から派遣された魔族の料理人が常駐していて、料理を振る舞ってくれる。
朝食を一人で食べる時もあれば、ネモや防衛要員の魔族と一緒に食べることもしばしば。
「モグモグ……おーう、ハルト。はよ~」
「おはよーっす……おいクロエ、見ろ。ネモの髪がぼさぼさだぞ」
今日はネモ一人だ。
いつもは艶々なネモの髪が、今日は一段と荒れていた。寝ぼけまなこで朝食を口に入れて、作業のように顎を動かしている。
「また徹夜したのね……いつか過労で倒れるわよ?」
「ダイジョーブぅぅ……あたしの崇高な目的の為なら、これくらぁい……むぐむぐ」
「もう……後で湯浴みするのよ」
クロエは疲弊したネモの背後に浮かび、彼女を労わるように髪を撫で付ける。
何故、ネモはそこまでして頑張るのか。何故、クロエは申し訳なさそうな顔をしているのか。
二人と出会って一週間のハルトには、皆目見当がつかなかった。
「――であるからして……冒険者を継続して呼ぶには、ある程度の出費は仕方ないと割り切れ」
朝食を摂った後は、昼までネモの講義を受ける。
執務室で、身嗜みをビシッと整えたネモとのマンツーマンの授業。報告書の書き方や運営の基礎など、手取り足取り指導してくれるのだが、
「はい、先生!」
「なんだ、ハルト」
「あの、なんか近すぎませんっ!?」
ハルトを男として見ていないのか、距離感が近すぎるのが問題だ。
「そうか? これくらい普通だろ」
「アッ――」
ふよんっとした柔らかい何かが、ハルトの背中に突き刺さる。まさに密着授業。そのおかげで、授業に集中できないことが多かった。同時に気持ちいい思いもしたが。
そして午後からは迷宮の外へ――
「オラオラ走れ! 転倒したら狼共のエサになっちまうぞぉ!!」
「うぅおおおおぉおおおおお、っはぁあああ!!!?」
ネモがけしかけたフォレストウルフ数匹に追いかけられ、ハルトが全力で逃げる。
このランニングこそ、ネモが考案した体力錬成メニューだ。彼女曰く、「自然の中で生命の危機に陥れば、嫌でも強くなる」とのこと。
「俺、迷宮運営だけしたいんだけどぉぉぉぉっ!!!!」
「万が一、ハルトしか宝物庫を守れる奴がいなかったどうするんだっ!!」
「魔族がいるのに、そんな事態なる訳ないだろぉぉぉぉっ!!」
苦労してランニングを終えると、次は迷宮内で戦闘訓練を行う。
無論、訓練の相手は――
「――はぐふっ!?」
「は、ハルト様ぁぁ!?」
作業員(女魔族)の拳を顔面でモロに受け、ハルトの体が土壁にめり込んだ。
「も、申し訳ございませんっ! まだ人間相手の加減に慣れなくてっ……!!」
「あ、がが、ぁ……」
ネモ曰く、これも「体力錬成の一環」だと言う。
いずれ冒険者を相手にした時、「ハルトが弱いままだと財宝を奪われる可能性が非常に高い」とのことだ。
よって、肉弾戦・魔法戦において人間よりも強い魔族と戦闘訓練を行うことで、敗北の可能性を減らそうという試みらしい。
「あのぅ……ハルト様は何故剣をお使いに? こう言ってはなんですけど、才能ありませんよ?」
「うっ」
「へっぴり腰だし、私の攻撃は全て剣で受けますし」
「ぐふぅ……」
作業員に心を傷付けられ、ハルトが地面に崩れ落ちた。
ちなみに防衛要員の〈カツアゲ隊〉との戦闘訓練が行われる予定はない。五頭身のコボルドでは、想定する敵(冒険者)とあまりにかけ離れているからだ。
しかし何故か、冒険者を撃退する訓練だけは共に行った。
「いつつ……今日も酷い目にあった」
訓練を終えれば、後は夕食まで自由時間だ。「どこで何をしようが好きにしていい」とネモに言われている。
「おーい! ハルトー!」
自室に戻る途中、ハルトは顔を隠れる程の書類を抱えた誰かとすれ違い、呼び止められた。
「ん? なんだ、ネモか。どうした? 運ぶのを手伝えばいいか?」
「こっちは別に大丈夫だ。それよりも、クロエがお呼びだ」
「クロエが? なんで?」
「さぁな。あたしも呼べって言われただけだしなぁ。それじゃ」
用件だけ伝え、ネモがゆっくりと去っていく。
「何の用だろう?」
初日から今日に至るまで。クロエには、怒られることはあっても呼び出されることは一切なかった。
「まあいいや。今まであまり一対一で話したことなかったし、クロエを知る良い機会かもな」
そう言って自分を納得させると、ハルトはクロエの自室に向かった。
「おーい、クロエ。いるかー?」
ドアをノックし、ハルトは中に呼び掛ける。しかし反応がない。
(寝てるのか? いやそもそも、寝ることってあるのか……? 封印されてるのに、ちょくちょく姿見せてくるし……)
考えれば考えるほど、クロエのことを何も知らないのだと、ハルトは自覚する。
「クロエー? 入るぞー」
再度ノックして反応がないのを確かめてから、ハルトはノブを回して中に入った。
「…………」
直後に見たのは、瞑想するクロエの姿だった。
宙に浮かび、リラックスした姿勢で目を閉じている。
「クロエ?」
「――ん……ハルト、来たのね」
中で再び声を掛けると、クロエは静かに目を開けた。
「何してるんだ?」
「ちょっとね……新しい魔法の構想を練っていたの。あまりにも暇だから」
そう簡単に言ってのけるが、新魔法の開発はかなり難しいことをハルトは知っている。
ハルトは当時生まれていなかったが、十七年前――実に約百年ぶりに、写本に特化した魔法が開発されたほどだ。
「封印されてるのに、そんなことまでできるのか……ちなみにどんな魔法?」
「そうねぇ……」
クロエが目を閉じ、考える素振りを見せる。
「〝相手の欲望を抑制する魔法〟……かしら」
「欲望を……抑制? ま、まままさか! 俺の迷宮欲を封印しようと画策を!?」
笑顔で告げるクロエに、ハルトは震え慄いた。
すると、クロエは意地悪そうに口角を上げる。
「それもありかもしれないわね。なんたって、わたしの胸を洗濯板と揶揄するくらいだし?」
「や、やめてくれっ! いや、やめてください魔王様ぁっ!!」
「ふふ、流石に冗談よ」
恐怖のあまり土下座するハルトを見て満足したのか、クロエは口元に手を当てて笑った。
「冗談にしても質が悪すぎるぞっ! 俺をからかってそんなに楽しいですかねっ、魔王様?」
「ええ」
「くぬぅぅっ!! お、おのれ魔王っ!!」
煽ったつもりが、間髪入れずに笑顔で返答されてしまい、イラッとくるハルト。
「――なんて言うと、あなたに失礼よね」
「え……?」
しかしその後、クロエが見せた皮肉めいた微笑みにハルトは戸惑ってしまった。
「今の私は食事や娯楽に興じることもできなければ、外の景色を見ることさえままならない。だから、つい……ね」
クロエの視線は遠く、表情は沈んだように暗い。
(そんな状態で、数百年間ずっとここに閉じ込められてたのか……)
クロエは〈残虐の魔王〉だ。御伽噺の中では、過去に大量虐殺をしたとされている。
(クロエのしたことを思えば、封印されて当然だと思う。だけど……)
たとえ、そうであったとしても。
クロエの境遇を聴いたハルトの胸は、ズキリと痛んだ。
「っ……」
「……ハルト?」
「あっ、いや、なんでもない…………それで、俺になんか用か?」
クロエに顔を覗き込まれ、慌ててハルトは此処に呼び出された理由を尋ねる。
「えっと、用はあったのだけれど……もう済んだわ。ごめんなさい」
「えぇ? 来た意味ないじゃん……」
頬を掻いて申し訳なさそうに謝るクロエに、ハルトは不満そうな顔を見せた。
すると、クロエは両手の指と指を突合せながら、
「そうね、折角呼んだのだし……あなたの冒険の話を聞きたい……というのは駄目、かしら?」
「冒険の話?」
「それか、私の御伽噺の話でも良いの。ほら、前に私のことを〝筋肉ダルマ〟って……」
「その節は、本当にすみませんでしたぁ!!」
「えぇ!?」
ハルトは即座に土下座した。
普段から散々怒られている為か、土下座が十八番になってしまっていた。
「は、ハルト? 私、そのことについては怒ってないわよ?」
「あれは決して悪気があってのことではなく!! 親や神官から、そう伝え聞いただけなんですぅぅ!!」
「だ、だから怒ってないってば……!」
ひたすら床に頭を打ち付けるハルトの姿に、クロエがあわあわと手を遊ばせる。
体に染みついた癖とは恐ろしいもので、誤解を解こうとしたクロエが直に触れて止めるまで、ハルトは土下座をやめようとはしなかったのだった。
新人賞後に、新たに追加したエピソードです。
いやぁ……染みついた癖って、どうにもならないですよねー。ハルトが全面的に悪いんですけども。
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