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第四章 5



「いいの? ばらしちゃって」

「ここまで来たらもう無理でしょう。目的を果たしたら逃げます」

「お前たち、……共犯だったのか」


 リヴィアのその言葉に、サルトルはにっこりと微笑んだ。


「ええ。わたしは彼らに武器や作戦を提供した『支援者』です」

「貴様、王家を守る騎士ではないのか!」

「家の都合で、そうならざるを得なかっただけです。それに彼らとは同じ目標があった。この国の王族を潰す、というね」


 サルトルはそこで言葉を区切り、はあと息をつく。


「本来であれば、無能な騎士団長たちが不在にしている間、最後まで勇敢に王族を守ろうとした栄誉の副騎士団長……となるはずでした。ですが貴方が予想以上に早く見つかってしまったせいで、騎士団長が一人戻って来てしまった。これでは、わたしの功績が損なわれてしまう」

「なにが功績だ、すべて偽りだろうが」

「死人に口なし……他に見ている者がいなければ、いかなる嘘でも真実となる」


 サルトルは恍惚とした表情で笑うと、上着に隠し持っていた銃を取り出した。射撃場で使っていたものよりも随分と小さいが、撃たれたらとても無事ではいられまい。

 銃口は無慈悲にこちらを見つめ、リヴィアはいよいよ死を覚悟した。


(私は、……また死ぬのか)


 かつての死を思い出す。

 たくさんの仲間を置き去りにして、腕の中で事切れたルイスを残し、勇敢な愛馬に別れを告げ、最後の最後まで傷だらけになって戦った。

 真っ赤になった大地に打ち捨てられたまま、後悔と悲しみだけを抱えて死んでいった。


(何も、出来ないまま……誰も、助けられないまま……)


 恐ろしい。死がこんなにも怖い。

 リヴィアは体の震えを堪えながら、必死に歯を食いしばる。

 だがその時、いつかのクラウディオの言葉が甦った。


『――悲しくて、当たり前なんです。無理に俺たちの死を背負わなくていい』


(クラウディオ……)


『悲しんで、それでも日々を暮らして、時々思い出して泣いて……そうすればいつか、時間が癒してくれる』


 そう言われたのは、美しい花畑の中だった。

 かつての仲間たちが眠る悲しみの大地は、今は極彩色の優しさに溢れていて、リヴィアはそれを見て、ようやく少しだけ『救われた』と思ったのだ。

 そしてもう二度と、あんな思いはしたくないと。


(……ルイス、すまない。私はまた諦めてしまうところだった……)


 どれだけ絶望的な状態でも、進まなければならない。

 今度こそ、大切な人を失わないために。


 考えろ。

 絶対に何か手があるはずだ。

 リヴィアは最後の気力を振り絞って答えを探す。そこでふと、かつての仲間たちが眠る墓標が脳裏をよぎった。


(……サルトルが私を攫った犯人だとすれば、一つだけ気になることがある)


 リヴィアはずっと、レガロが誘拐事件にも手を回したのだと思っていた。だから彼が前世の記憶を持つと知った後も、そこに疑問を持つことはなかったのだ。

 だがサルトルが誘拐の実行犯であるとすれば、それはまったく別の意味を持つ。


「……サルトル、貴様が私を攫ったのは間違いないんだな」

「それはもう認めたでしょう。こんな状況で随分余裕がありますね」

「では、クラウディオに脅迫状を出したのもお前か」

「もちろん。執務室に入るのは造作もないことですので」


 その言葉に、リヴィアは一筋の光明を得た。

 だがこれは勝利への転換点ではない。ただの賭けだ。


(それでも私は……最後まで諦めるわけにはいかない!)


 リヴィアは体の震えを押し殺し、出来るだけ余裕を見せるように微笑んだ。


「――それならば何故『ゾアナ渓谷』と書いた?」

「当然、時間を稼ぐためです。反対の方角を書けば、その分貴方の捜索に時間をとられるはず――」

「そうではない。今あの場所は『ジアナ平原』と呼ばれているはずだ。実際あの土地に谷はなく、既に平地と化している。では何故貴様は以前の呼び名――ゾアナ渓谷という名前を知っていたんだ?」


 途端にサルトルの顔つきが変わった。


「そ、それは、地図にそう書かれていたからで……」

「我々の持つ一般的な地図には、その地名すら記載されていなかった。ジアナ平原というのも、地元の人間しか呼ばない名らしい。一体どこで知ったというんだ?」

「……」

「もしやお前は……前世でその名を聞いたのではないか?」


 その言葉に、クラウディオとレガロが大きく目を見開いた。一方当のサルトルは、リヴィアに銃口を向けたまま、ゆっくりと目を細める。


「前世? 一体何のことですか?」

「とぼけるな。貴様は私たちと同じ時代に生きていて、今でもその記憶を持っているんだろう? ゾアナ渓谷もその頃の名前だからな」

「貴方たちと同じ? では、我々は前世でも知り合いだったというのですか?」

「いや、面識はない。あればすぐに分かるはずだからな」

「突然妙なことを。恐怖で頭がおかしくなったのかと思いましたよ」

(くそ……何とかして、こいつの優位を奪わなければ……)


 王妃――将軍の言葉通り、いくら同じ過去の時代を過ごしていても、前世で面識がなければ、接触しても記憶が掘り起こされることはない。レガロの時にもそれは実証済みだ。前世で顔も知らない相手の正体を探ることなど出来るのだろうか。


(考えろ考えろ考えろ! こいつの、前世は……!)


 サルトルの指が引き金に添えられる。目前に漂う死の気配に、リヴィアはいよいよ追い詰められた。

 私がもっと強ければ、今すぐにでも剣をふるって――


(……そうだ……剣だ)


 その瞬間、リヴィアは市街地で再会したアルトのことを思い出した。同時に二人で捕らわれていた廃屋。割れた窓。古びた書斎――そして倉庫にしまい込まれていた、大量の武器。


「サルトル、お前は『支援者』だと言っていたな。では貧民街にあるアジトも、貴様の持ち物なのか?」

「それに答える必要が、わたしにありますか?」

「私はあの廃屋で、投棄された大量の武器を見た。それには『鷲のザイン』が刻まれていた」

「……」

「鷲のザインの持ち主は、イリア帝国の第九代皇帝、ヘルフリート……貴様の前世は、崩壊したイリア帝国の皇子だ!」


 複雑に絡まり合った糸がほぐれ、ようやく一本のまっすぐな線になる。

 おそらくあの廃屋自体が、元々はヘルフリートの所有する邸だったのだ。倉庫に放置されていた武器もその時の物だろう。

 だが時代は流れ、栄華を極めた邸は王族の手を離れた。

 さらに帝国が倒壊したことで、彼らの居住区も一気にすたれたのだろう。貧民街に似つかわしくない建物だったのは、そうした理由からかとリヴィアはようやく得心する。

 リヴィアの告発を、サルトルはしばし真顔で受け止めていた。だがすぐに愉悦を浮かべると、あはは、と笑い始める。


「驚いた。ザインなんて……そんなことまで調べていたんですか?」

「……認めるのか、ヘルフリートだと」

「そうですねえ、……まあ、いいでしょう。ご想像どおり、私の前世はイリア帝国、第九代皇帝・ヘルフリートです」


 ついに認めた、とリヴィアは息を吞んだ。

 だがサルトルは相変わらず悠然とした態度のまま、にっこりと口角を上げる。


「だからわたしには、この国の王を殺す権利がある」

「何……?」

「そう。わたしの目的は、単に騎士としての武勇を得ることだけではない。……わたしから、わたしの子どもたちから、この国を奪ったあいつらに復讐したかった」



 

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