第二章 4
「正門までお送りします」
「え? 道は覚えているから大丈夫だ。気にせず訓練を――」
「俺が送りたいんです。ダメですか?」
困った子犬のような目を向けられ、リヴィアは何度か目をしばたたかせる。するとクラウディオは周囲に見えない位置から、そろりとリヴィアの小指を絡めとった。驚いたリヴィアが猫のようにびくりと反応するのを見て、くすりと堪えきれない笑みを漏らす。
「じゃあ、行きましょうか」
「ク、クラウディオ!」
リヴィアの制止をよそに、クラウディオはさっさと正門に続く道を先導し始めた。他に戻る道も知らないため、リヴィアは仕方なくその背中を追いかける。
「そういえば、先ほど食堂の方が噂していましたよ」
「何をだ?」
「今日から入った女の子が、大層働き者でありがたいと」
「は?」
「重いものも率先して運ぶし、どんなに嫌な仕事でも文句言わずやるし、厨房の捌き方も完璧だそうで」
「ああ。やってみると意外と、戦術に通じるところがあってな」
真面目な顔で返すリヴィアを見て、クラウディオは再度笑みを零した。
「まったく。普通の令嬢は、来てすぐ食堂の手伝いなんてしませんよ」
「そうか?」
「そうなんです」
するとクラウディオは足を止め、リヴィアの前に向き直った。
回廊の陰になっているため、周囲に人の気配はない。リヴィアは先ほどの小指を伝った感触を思い出し、わずかに身構えた。
「リヴィア様、その――」
だがクラウディオが発した言葉をかき消すように、けたたましい破裂音が上空に鳴り響いた。リヴィアが目を丸くしていると、クラウディオがああと呟く。
「これは射撃場からですね」
「射撃……とはなんだ?」
「ベアトリス様の時代にはありませんでしたが、少し前に『銃』という武器が出来まして、このような派手な音がするんです」
「新しい……武器だと⁉」
途端にリヴィアの目つきが変わった。わくわくとした表情で、心なしか目には星が浮かんでいるかのようだ。
そういえばこの人、新しい武器とか防具とかに目がなかった、ということをようやく思い出したらしいクラウディオは、少しだけ悩んだ後――「見に行きますか?」と二人だけの時間を涙ながらに諦めた。
射撃場は騎士団棟からだいぶ離れた場所に建てられていた。発砲音で厩舎の馬が驚いてしまうから、という理由らしい。
「これが銃です」
「ほう」
クラウディオから渡されたそれを、リヴィアはまじまじと見つめた。金属の細長い円柱が緩やかな傾きの木材と繋がっている。
実際に使用している騎士たちを見ると、この木の部分を肩口に押し当てるように構えていた。
「胴体部分に金属の弾を込め、火薬で打ち出します。もちろん今は入っていないので、触っていただいて大丈夫です」
「思ったよりも軽いな」
「以前は一発撃つごとに詰め直していましたが、弾と火薬が一体化したものが開発されたので、連続した装填が可能になりました。ここのレバーを引いて銃身に弾を込め、トリガーを引いて撃つ、という感じですね」
「ふむ、面白い」
リヴィアは手渡された銃を、まるでおもちゃを与えられた子どものようにためつすがめつ眺めた。その光景を見ていたクラウディオは、やれやれと苦笑している。やがてリヴィアは、おずおずと窺うように彼を覗き見た。
「クラウディオ」
「な、何です?」
「どんなものか、試してみたいんだが」
だがリヴィアの渾身のお願いは、あっさりと断られた。
「ダメです。これはまだ新しい武器で、騎士団の中でも扱える人間が少ないんです」
「クラウディオでもか?」
「はい。完璧に扱えるのは、まだ二、三人といったところですね。剣のような重量はありませんが威力は桁違いです。その分、体に対する負荷が大きい。今のリヴィア様では撃つだけで怪我をしかねませんよ」
「そ、そうか……」
途端にしゅんとしてしまったリヴィアを見て、クラウディオはええと、と取り乱す。
「す、すみません。リヴィア様が未熟であるとか、そういうわけでは」
「では、これより小さいものはあるか?」
へ? とクラウディオが瞬く。見ればリヴィアは気落ちするどころか、どこかわくわくと挑戦的な目を輝かせていた。
「いや、これであれば私でも戦えると思ってな」
「リ、リヴィア様、何を」
「反動がでかいのなら、本体自体が小さいものであれば、私でも扱えるのではと思ったのだが」
「だからどうしてすぐ戦おうとするんです⁉」
早々に銃を取り上げられ、憤慨したクラウディオによって馬車に押し込まれたリヴィアは、ようやく帰宅の途についたのであった。
そうしてリヴィアの食堂手伝い兼、鍛錬の日々が始まった。
食堂手伝いに関しては、最初のうちは皿洗いや配膳ばかりを担当していた。だが歴戦の戦士たちであるご婦人方に鍛えられた結果、ようやく野菜を均一に切れるようになった。
鍛錬の方も順調で、ほぼ体を持って行かれずに木剣を振るえるまで成長した。クラウディオは多忙な中時間を見つけて監督をしてくれたし、それが叶わない時はサルトルが代わりをしてくれる。
特にクラウディオからは剣だけではなく、最近極東から伝わったという体術も教わることにした。どうやら女性や子どもといった力のない人間でも、強い相手を制圧出来る方法らしい。
剣と体術――リヴィアの毎日は、瞬く間に素晴らしいものへと変貌した。
「ベアトリ――じゃなかった、リヴィアちゃん、今日のメニューは?」
「よく聞いてくれたイルザ。ついに完成したんだ」
「完成とは?」
「従来の肉肉丼に目玉焼きが乗った――『肉肉丼・改』だ!」
「ついに目玉焼きが焼けるようになったんだな……」
「ああ。黄身を半熟にするのが存外難しくてな。だが先輩方の指導もあり、ついに安定した半熟目玉焼きの供給が実現した」
「なんかこれだけ聞いていると、戦地への食糧支給の話みたいですね」
かつての仲間たち三人衆も、毎日のように食堂へ顔を見せていた。
ちなみにかなり早い段階で、リヴィアは彼らに今の名前は何かと尋ねていた。だが「隊長から呼ばれるなら、この方がしっくりきますから」と、前世の名前で呼ぶように差し戻されてしまったのだ。
それ以来リヴィアは、他の騎士にはばれないよう、こっそりと前世の名前で呼んでいる。
「じゃあせっかくなんでそれを!」
「僕も同じものを」
「俺もそうするかな」
「ありがとう。すぐに作るから、テーブルで待っていてくれ」
嬉しそうなリヴィアに目じりを下げつつ、男たちは空いているテーブルを探す。すると昼の混雑する時間帯にも関わらず、あるテーブルだけが綺麗に空席になっていた。
まるで魔よけの札が貼られているのかという光景を前に、男たちはその原因となっている男に声をかける。
「団長、また来てるんですか?」
「ここは騎士団の食堂です。何か問題がありますか」
「いや無いですけど。でもたしか以前は、部屋で食事を摂っていませんでしたっけ」
「そうそう。俺たちよりいいもん食べてるって、噂してたよな」
「……」
クラウディオは無言のまま、眉間に皺を寄せた。
その噂はたしかに本当だ。
第二騎士団に所属する団員のほとんどは庶民なため、食事はこの食堂で一括に摂るようになっている。
だが副団長以上は、名のある貴族やその後継者であることがほとんど。そのため食事も、王城で雇われている腕のいい料理人が提供している。
執務室や個人の部屋で個別に摂ることも出来るため、以前のクラウディオは仕事の時間を少しでも確保しようと、すべての食事を部屋に運んでもらっていた。
「べ、別にどこで何を食べても、俺の自由でしょう」
「いやもう分かっているから何も言うな。……ベアトリス様の、手料理が食べたいんだろう?」
「な⁉」
「いやあれだけ毎日同じメニュー頼んでたらばれますよ」
「は⁉」
「しかもいつもおかわり……胃薬がいる時はいつでも言ってくださいよ」
「ち、違います、そういう、わけでは……」
「何が違うんだ?」
「うわぁ⁉」
突然割り入って来たリヴィアの声に、クラウディオは慌てて振り返った。当のリヴィアはお盆に『肉肉丼・改』を携えたまま、きょとんとクラウディオの方を見つめている。







