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舌戦

堅苦しいお話になるかもしれません。なろう受けしない内容かもしれません。しかし、二人の幸福を願う一人の女性の戦いを書かなきゃならん、と稲村某は考えるのです。



 私は妹と別れ、討議を進める為にもう一軒の店へと歩き出した。影のように付き従うハガネとクロガネを従える私の姿は、この街で厳つい軍人を見慣れて来た住人から見たら、有る意味で異形に映るだろう。


犬人種特有の耳と尻尾以外は完全な人間にしか見えないし、自慢ではないが姉妹揃って母から強く受け継いだ容姿は、異性を惹き付けるに値するだろう。……まぁ、そうした評価を自ら下すのは野暮の極みだが。



……ただ、唯一言えることは、妹に【女として生きること】を全面的に敗北してしまった姉なんだなぁ、と口惜しさを感じているのに、それを誰にも(結局妹にも上手に吐き出せなかった)言えない不器用な自分だから、恋人も来ないのだろう。ああ……いっそのこと素直になってみたら……いや、今は忘れよう。


これから会う相手とは、一度は顔を合わせているから気は楽だが、事が事だけに気軽なモノとは程遠い対談になるのは確かだ。そして……私は絶対に……、



……勝ち取りたいのだ、妹のジャムの為にも……将来の義弟の為にも。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……待たせて申し訳ない。偶然、顔馴染みと出会い、つい話に夢中になって時間を忘れてしまいまして……」


『牛と牧童亭』に足を踏み入れたニケは屈託の無い笑顔を浮かべながら、もし見張り役に終始後を付けられていても苦しい言い訳にはならぬよう、事実を織り交ぜながら報告しつつ会談の場に姿を現した。


それまで場を包んでいた剣呑な雰囲気が一瞬で和らぎ、弛緩した空気に変わるのを感じ取ったニケは、自らの容姿に改めて感謝した。

一見すればこんな堅苦しく華の無い環境には程遠い、愛玩用の何かとしか思えないような存在の見た目の自分が、堅苦しい服装(普人種からは何故か【襟無し】と呼ばれる民服)に身を包んでやって来るのである。責任の擦り合いでもしていたのかしかめ面の男達が一斉に視線を飛ばし、そして見とれることは有る意味快感ですらある。



「いやいや、そりゃ知り合いに会えば時にはそんなこともあるでしょう!しかも普人種の街で森人種の顔馴染みと出くわすとか、なかなか有り得ない偶然でしょうから、ねぇ?」


ニケは見知った顔のサボルトが親和的な笑みを浮かべながらフォローするのを見て、改めてこの男の底知れなさを感じ、警戒心を強める。


肩書きこそ中規模な軍団長を掲げてはいるが、その実セイムスと古くから接触し彼の動向に詳しく、更には『(ドラゴラム)』の国内外を問わず活動する連中ともこうして繋がっているのだ。この場に偶然居合わせた、なんてことは端から有り得ないことである。


ニケは顔に浮かべた社交的な笑みを崩さずに、コツコツと女性的な小股で靴音を鳴らしながら歩を進めると、用意されていた席に近付いてハガネが椅子を引くタイミングに合わせて卓に着き、座った。



「……お待たせいたしました。早速ですが、お話を始めましょうか?御同席の皆様方」


鈴が鳴るような涼やかな声が場に流れ、弛緩した空気を一瞬で軍義の場に変える。こうして二国の代表が顔を交えながらの対談が開始した。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……まずは【武装商工組合】側の見解を聞いても宜しいですか?代表のニケ殿」


対談の口火を切ったのは『(ドラゴラム)』国の外交窓口を担当する男の一言であった。


会談の内容は、二ヶ月前に姿を消したセイムスの消息と、彼が関わった代理試合に因って決まる筈だった二国間での【国家間に於ける取り決め】をどう決着させるか、についてだった。



「随分と性急ですわね……まぁ、時間は大切ですから、要らぬ言い回しで引き延ばしを疑われるよりは良いですが」


ニケは表情を変化させず、考えを纏めながら場を見渡しつつ話し始めた。


「……先ず、【武装商工組合】は、《互いの国を往き来する流動的人民に対する税の廃止》については合意する、とお答えしておきましょう。これはああした前時代的な代理試合を経過させずとも、時代の流れに沿えば必然的に到達すべき結果だろうと思われましたし、組合も特に反論すべきものではない、と認識していた懸案でしたしね」


見解、と言う単語からセイムスのことではない、と判断したニケは流れるように返答すると、男は満足げに頷きながらニケの話を聞きつつ、了解いたしました、と返して手元のメモに書き記した。


「全く……セイムスが勝とうが負けようが、あの場から逃げ出していなければ、わざわざニケ殿に御足労願わなくてもよかったんですがね……まぁ、我々は美しい御婦人に会える機会を得られて幸いですが!」


砕けた口調でサボルトがニケを持ち上げると、確かに!等と口々に同意する声が上がり彼女は苦笑いしそうになる。


(……この男は道化に徹するつもりか?ならば何故この場に居続ける……?)


サボルトの真意が今だ読めないニケにとって、セイムスの顔馴染みとして以外に同席する理由として考えられることはただ一つ、彼の秘密を切り出して彼女にセイムスの近況を白状させる役、それしか他に無さそうだった。


「……さて、それはそれとして……俺の弟分のセイムスは、元気にやっていますか?」


そら見たことか、早速切り出してきた!……彼女はそう思いながらサボルトとの舌戦に備えて姿勢を正し、手持ちのカードを頭の中で並べていった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……セイムス?……ええ、我々の監視下の元、国家間の諸問題とは縁遠い生活をしています。本人はそれと気付いては居ませんが」


胸の前で指先を組みながら肘を突き、巧みに固有名詞を最小限にしながら説明する。先ずは緩く言葉を小出しにして相手の出方を伺うことに決め、返答を待った。


「あらまぁ……やっぱりそうだったんですか!……いや、そちらの【邪剣】絡みで出奔したからてっきりとっくの昔に亡命受け入れでもして、手元に匿っていたのかと思ってたんですが……アイツは昔からそういう方面には鈍い奴だったから仕方ないですかね!」


あくまで天然を装い続けて此方を丸裸にするつもりか?とニケは苛立ちを打ち消しつつ手持ちのカードをもう一枚、切り出すことにした。


「我々は彼の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、何時でも受け入れられるように窓口は設けて待っていましたが……彼は市井の生活を送りたいようで、共に暮らすジャニスと過去に囚われぬ生き方を選択した模様です」


彼女の言葉に場は一変し騒がしくなり、中には露骨に(……能力に注視だと?セイムスが剣聖と詠われていたのは経歴の積み重ねだけではなかったのか?)と口にしながらサボルトに疑念の眼を向ける者まで現れた。つまり……彼の秘密は国内の重鎮全員が共有していた訳ではなかった、と言うことなのだろう。これは良いカードが舞い込んできた。彼女はサボルトとの舌戦に僅かな希望を一つ見出だせた。


だが、これだけで勝負の切り札を持ち出して決着を目指すつもりは毛頭無い。まだまだサボルトには冷や汗をかいて貰って、望む結果を引き出さないと彼女の勝利条件には程遠いのだ。



ニケにとっては片付けるべき数多の仕事の一つに過ぎなかったが、大切な家族を守る為の……絶対に勝たなければならない戦いなのだから。

色々な作品を読んで影響されてしまう単純な俺です。それはともかく物語はやっぱりゆっくり進みます。

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