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心と身体と……

いやはや……驚くようなこともありますね……本筋とは関係ありませんが、まさかコボルト繋がりで何て……コボルト部に入部するべきか?



 ジャニスが聞いたのは、セイムスの身に起こった不可解な《魔導印式》の発現と、それに依って生み出された彼の変化だった。


即死必定の一撃をその身に受けてから、即座に起き上がり人間離れした怪力で生身の魔物の首を素手で捻り切ったこと。その際に受けた損傷を無効に帰す程の驚異的な回復力……全てが、彼の命の危機と引き換えに発生した、と言う事実を知ったジャニスは、涙を流して神に祈った。



……お願いです、どうか……彼を御身の元に招かないで下さい……そして……、



……どうか、そんなことをシムにした連中を……ぶっ飛ばす機会をお与えください!!



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……って、感じでな。初陣は奴の一方的な……その、ハチャメチャな腕っぷしで幕を降ろしたって訳さ」


ドルクはそう言ってからスキットルを煽り、最後の一滴を飲み干すと懐へと仕舞い、話を締め括った。

聞いたこともない魔導の刻印、不死者(ノスフェラトゥ)も顔負けの治癒能力、そして……【剣聖の呪い】の言葉。


ジャニスは幾つかの手懸かりを胸に、今の自分に出来る、セイムスを助ける為に必要なことを考えてみる。

セイムスのことを私よりも知っている人物なら、きっと手懸かりを知っているかもしれない……そして、そんな人物と言ったら……、


「あの……『牛と牧童亭』……って、この辺にありますか?」


ジャニスは記憶の奥底に沈んでいたその名前を口にすると、ドルクは暫く考えた後、いや、俺は知らないけどよ……、と前置きしてから、


「中央都市にゃ、そんな名前の店はたぶん無いだろうが……酒場繋がりで連想することって言やぁ……まぁ、あれだ……」


顎に手を当てながらジャニスを見て、ドルクは呟く。


「……何処でも大抵の街じゃ荒事師を募る場所……つまり……《冒険者》を見繕う所だって、相場は決まってる、がな」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「『牛と牧童亭』ねぇ……私はちょっと聞いたことのない名前だけど……お肉屋さん?」


いや、たぶん違います……酒場的な感じかな?と、戸惑いながらやんわりと否定しつつ、ジャニスはシャラザラードと話していた。

彼女なら博識そうだし、窓口業務担当なら或いは聞いたこと位あるかもしれない、そう踏んで訊ねてみたのだが、知らなかったようだ。


「お役に立てなくてごめんなさい……私もセイムス君の噂は聞いてたから、いつかジャニスさんに教えなきゃ、って思ってたんだけど……事がアレだけになかなか言う機会もなくってね……」


「いや、それは仕方ないですから……ただ、こういうことを知っていそうなヒト、誰か居ませんか……」


当てが外れて落胆するジャニスにシャラザラードも気を揉みながら考えてみる。すると、ふと思い付いた彼女が口にした名前は、身近で意外な人物だった。


「もし貴女だけで行動するかもしれなくても、暫くならセイムス君のことはこちらにお任せくださいね?その位の罪滅ぼしは、我々にも出来る筈だから!」


彼だけ残して動き回ることに抵抗を感じていたジャニスだったが、安心させる為に微笑みながらシャラザラードは彼女の手を握り締めると、その手の中に数枚の呪符と小さな皮袋、そして片道分の通行許可証を二枚手渡して、きっと役に立つから持って行って!と片目を瞑りウィンクした。




「……で、俺の所に来た、って訳か……」


腕組みしながら彼女の話を聞いていたリューマは、そう締め括った後に立ち上がり、台所に消えると手に小さな盆、そしてそこに茶器と包みを載せて戻ってくる。


「エランもやっと起き上がれるようになったが無理はさせられん。まぁ、あいつのことだから外を歩き回るのも今日中には出来そうだがな」


言いながらジャニスに茶を淹れつつ、包みを開くと中から茶色い何かを取り出して皿に載せ、彼女に勧める。


「見たところ、あちこち歩き回って慌ただしかったんだろう?少しは何か口にして、考えを纏めた方がいい」


そう言って手を伸ばし彼女の愛らしい耳の先に付いていた毛埃を摘まみ取りながら、エランの様子を見てくるのでそれを食べて待っていてくれ、そう言い残して立ち上がった。

色々と面倒をかけてしまったことに恥ずかしくなり顔を赤らめ涙目になるジャニスだったが、手渡された皿に載った不可思議な物体に思わず目を奪われて、暫し凝視してしまう。


「……これ、食べ物……だよね?」


真円状のその物体は、リューマの巨体から見れば掌よりも小さな物なのだろうが、ジャニスにとってはかなりの大きさであり、何より気になるのはその見た目である。


小さな粒、それも全て同じ涙滴状の形の何かをびっしりと纏わせた真っ黒な色合いながら、その香りは嗅いだことのない芳ばしい物だった。手に取ってみると意外とズシリ、となかなかのボリュームで、手触りと固さを実感してみると……尚更これが器に注がれた茶に合う何か、と想像することが難しかった。


だが、まさか動き出す訳でもないし、それに実は朝から慌ててセイムスの元へと急いでいた為、何も口にしていなかったことには変わり無い。


……リューマさん、……せめて、何なのか言ってから寄越してください!そう思いながら意を決して口へと運んだ彼女は、噛み締めた瞬間に様々な思いが駆け巡った後、


……リューマさん、……これが動くとか疑ったりして……ごめんなさい!そう思いながらもう一口と食べ、更に大きく目を見開いた。


それは、粒々の芳ばしく炒った種を纏わせた、薄くてカリッと軽い衣に包まれた、甘い餡の入った饅頭だった……しかし、饅頭などという物自体を食べたことが無かったジャニスには、その素材、歯触りそして味の全てが新鮮で、尚且つ鮮烈だった。


まず、その周りに付いていた粒の表面はツルツルとしていて、噛むとプチプチとした歯応えそして芳ばしい香りが弾ける。

次にその下にある皮はまた変わった柔らかさと口溶けで、パン生地にも似た食感にも関わらず数倍にも及ぶ速さであっという間に消えてしまうのだ。

そして中心の餡は、これは彼女にも判るカボチャを裏漉しし甘くした物なのだったが、そこに表面に付いた粒々と同じような芳ばしさを感じて驚かされる。


存在感のある粒々に、軽くて淡い薄皮、そして甘味の強い餡。ズシリとした重量感にも関わらず腹が空いていたせいもあり、あっという間に食べ進み気がつけば後一口を残すのみとなっていた。


「……気に入ってくれたようだな。そいつは故郷にあったカボチャ餡の自然薯皮の胡麻饅頭だ。ついぞ見掛けぬ代物だと思っていたが、市場の隅で見つけてな。嬉しくなってつい買い占めてしまったのだ。まだあるから、もう一つどうだ?」


「あら!居らしてたの?お久し振りね、ジャニスさん!」


居間へと戻ってきたリューマはエラン、そして産まれたばかりの娘を伴いながらジャニスの前の空いた皿へと胡麻饅頭を載せて、彼らしからぬ悪戯っぽい笑みを浮かべながら正面の椅子にエランを座らせると、産まれた娘をジャニスへと見せる。


「うわぁ~、大きい娘さん……って、まだ生まれて半月ばかりですよね……あの、もう歯も生えてるんですが……?」


確かにまだ然程経っている筈もない赤子にも関わらず、ふさふさとした髪の毛と母親譲りのふっくらとした頬が柔らかそうなその娘は、ジャニスを見つめながら、だぁ、と言いつつ手を伸ばしてくる。


「我々鬼人種(オーグ)は産まれたばかりでも歩き出す位に育って出てくるからな、あと一月もすれば親と同じものを食うようになる」


サラリと言い放つリューマに、流石のジャニスも絶句してしまう。


「まぁ、その代わりお産の時は大変なんだけどね……安産でも二日は掛かるから。でも、出産は種族は違えど皆同じようなものよ?」


楽な服装で悠然と腰掛けながら、エランは事も無げにそう言うものだからジャニスは二の句も継げなかった。


「……それにしても、セイムスの事は俺も色々と気にしてはいたが、呪いの類いだったとはな……普人種離れした所の理由もそれならば判ると言うものだが、だからと言って安心できるような物ではないな」


リューマはそう言うと娘をエランに手渡しながら、ジャニスの横へと腰掛けてから暫し瞑目し、そして口を開く。


「……『牛と牧童亭』か……牛、と言うのは牧畜、つまり飼い慣らされた生物のことだが、牧童と一緒の言葉となると意味合いは【訓練された者、そして指揮官】と言うことになる。つまり……その見届け人が頼るべき場所として言ったのなら……そこは、『(ドラゴラム)』の帝都、つまり連中の縄張りのど真ん中に有るのかもしれんな」


「えっ!?……そ、それじゃ……賞金首になったセイムスにそこまで来い、なんて言うってことはつまり……」


ジャニスの推量は、リューマの結論と同じものだった。その事実は彼女にとって、身を引き裂かれる程に辛く、そして避けたい事なのだったが。



「……そうだな、【その気になったら、何時でも戻ってきて構わない】と、そういう意味にも……捉えられるな」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



ジャニスはその結論に、唇を噛み締めつつ呆然としていた。それはそうだろう、止めようにも相手は一軍団に匹敵する【剣聖】なのだ。下手に逆らえど容易く従うとは到底思えない。

ならば笑って見送りながら、(お前だけ戻るなら、罪は不問に処すから何時でも帰ってこい)と耳打ちしておいた方が無駄な犠牲を払わずに済む。


人の良さげなあの軍団長も、なかなかの策士だったと言う訳だ。踊らされていたのはセイムスもそうだが、自分も同じだったのだ。お互い各々の陣営からは何時でも戻れるぞ、と……どうせ直ぐに忘れて帰ってくる、と思われていたのだ。


「リューマさん!!私……頭に来たッ!!ニケといい、あの軍団長といい……私と、セイムスのことを何だと思ってるの!!……私、『牛と牧童亭』に行って、セイムスは絶対に渡さないって怒鳴ってくるッ!!」


そう絶叫するジャニスの姿に一瞬硬直した面々だったが、エランに抱かれていた娘がぷにぷにとした手を伸ばしてジャニスの顔を撫でると、あい、と何故か場違いな相槌をしつつ満足げに微笑んだ。


「……くっ、はっはっはっ!!いいぞ、勇ましいな!『うちの旦那に手出しする奴は許さない』と怒鳴り込むと言う訳だ」


リューマはそう言うと立ち上がりエランの肩に手を掛けて、そして娘と共に抱き締める。


「済まんが、隣人の手助けに行くつもりだ、暫く家を空けるぞ?」


「何を言うのかと思えば……ジャニスさんだけ放り出す、そんな事をする三下だったら家から叩き出すつもりだったのよ」


あい、と母親に加勢するかのように声を上げながら、娘はリューマの角を掴んで握り締めると、ぱっぱ!と言いながらぺちぺちと頬を軽く叩く。


「あの、その……勝手にいきり立って、リューマさんを連れ出して……いいんですか?」


言い出しのジャニスはエランに戸惑いながら訊ねると、彼女はあっけらかんとした様子で手を振りながら、


「ふふふ♪困難な旅路に赴く仲間を見捨てるようなことは、鬼人種(オーグ)には許されるようなことじゃないのよ?貴女は私達の仲間……ええ、家族みたいなものなのよ」


つまり、そういうことか、と判った瞬間、込み上げる感情に押し流されたジャニスはただ、エランに泣きながら抱き着いて涙を流すことしか出来なかった。



あ、調子に乗り過ぎましたすいません。次回もゆっくりと進ませていただきます、ハイ。

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