「妻の自覚」は何処にあるの?
引き続きジャニスのターンです。愛を模索中の彼女がカミラと共に向かった先に待つのは……?
「あの……その……っ!!」
ジャニスは自らのこととなると、急に自信を失い不安になる。見慣れた筈の口紅も色褪せて見え、香油も薫りが消えたかのように感じてしまうのだ。
……しかし、彼女は必死に気力を振り絞り、何とか声をあげてセイムスへと伝えたのだ。
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「……ソーセージ、卵、クラッカー……フム……これって、本当にセイムス君の好物なの?」
カミラにそう尋ねられたジャニスは不安になりながらも即座に肯定する。……間違ってはいない!……きっと……うん、たぶん……。
「シムはいつもそれらの一つでも出てくれば……喜ぶんです。それは間違いないですよ?」
「ふぅ~ん……まぁ、理解は出来るけど……好みは人各々だからねぇ……」
カミラはそう言いながら、すりすりと前に進みながら先を行く。
彼女は白いカッターシャツに黒いベスト、そして腰周りにはローライズ気味に腰布……この辺りの感性は、ジャニスには真似が出来ない。カミラの好みは……あ、たまにはいいか?
「ねぇカミラさん、彼氏さんってどこで働いているんですか?」
「え?何よ突然……キーロフなら移民課の資料編纂課に居るけど……突然言い出すなんて怪しいわね……何か企んでない?」
妙な気配を感じ取り、カミラは警戒するが……いやいや別に大したこと有りませんよ?……ただその……たまーには……逆の立場になってもらうのもいいかなぁ……なんて?
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半地下になっている部屋に光がキラキラと射し込む。暗くならないよう明り窓は多目に設計されているので、働く環境としてはありがたい位に明るい。
……しかし、黙々と編纂に打ち込む同僚の姿を見ていると、キーロフは本当に【地味で出会いの無い環境】だな、と思う。男ばかりの埃と書物が山積みの……いや、愚痴になりそうだから止めておこう。
(はぁ……最近少し、カミラさんと会っていないなぁ……前に会ったのは確か二週間前……)
「こんにちは~♪キーロフさん、いらっしゃいますか~?」
明るく弾んだ黄色い声……昔の地方局に居た時なら様々な業務を兼任していた為、役所内では便利屋扱いされて引っ張り廻されて居たので、よく声を掛けられたけれど……、
……犬人種?それも美人だなぁ……おや?稀少種さんじゃないか……珍しいね……ん?その隣に……いや、もしかして?
「あ、はい……キーロフは私ですが……あ、カミラさん!どうしたんですか?」
「……ッ!!……いや、あの……こ、こっちに寄る用事があったから……たまには、一緒にお昼とか……どうかな、って……」
カミラさんの横に立つ横に立つ彼女がにこやかな笑顔を見せながら、手にした紙袋をかさり、と持ち上げる。何なんだろう?まぁ、別に何だって構わない!!
「そうだったんですか!丁度昼食時でしたから喜んで!」
そう言うと二人を伴いながら、キーロフは先に立って部屋の外に出ながら階段に向かって歩き出した。
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涼しげに風が頬を撫でる。
初夏の薫りを纏いながら吹き抜けて……屋上を駆け抜けて手摺へ到達すると、此方を一瞬だけ見詰めてから大空目掛けて飛んで行く。
キーロフはほんの少しだけ、精霊が見える体質である。彼等彼女等が積極的に話し掛けてきたりはしないが、時々悪戯をするのだ。カミラさんと出会った時みたいに……。
「え~ッ!?最初から気が付いていたんですか~!?……キーロフさん、変わった趣味だったり……します?」
ジャニスの驚愕に満たされた声が屋上に響く。置かれたベンチに三人で並んで座りながら、キーロフの好みだと言う果物を挟んだ甘いサンドイッチ(カミラの部屋にいつも美味しい焼き菓子があるのは彼の好みである!)を手にしながら、彼女はキーロフの告白に耳を傾けていた……実際に両耳が忙しなく、パタパタと上下に動いていたけれど。
「趣味?まぁそれはないけれど……風の精霊が彼女の脇を通って僕の傍らを抜けて行く時に囁いたんです……『沼地の淑女の御光臨だぞ?』って……その一言で判った訳で……」
そう言いながらキーロフはカミラを見る。彼の視線に気付くと、彼女は尻尾の先までウロコをざわつかせて狼狽える。いつもは矢鱈とジャニスの恋路に茶々を入れる彼女だが、今日はすっかり立場が逆転していてジャニスもカミラもくすぐったそうである。
「え~ッ!?私には色々推理して当てたみたいなこと言ってたのにぃ~!狡いわよ!!」
珍しく自分事で感情的になりながら、片手を握り振り上げてキーロフの肩をポカポカと叩くカミラ。いつも情動的な彼女だが、状況がジャニス主体で動くことが多い事もあり、必然的にカミラを中心に行動することは稀である。
「まぁまぁ……でもキーロフさん、いつも精霊が見える訳じゃないんでしょ?」
ジャニスの問いに、彼はそうだねぇ……と、少しだけ考えた後、
「精霊が見える……って言っても、例えば水の在る所に水の精霊が居る訳だし、全く関係のない場所には滅多に居ないからね……居るかな?って思えば見えるだけで、居そうだと思うと見えるだけなのかも……たまにそう思いますよ」
居るから見える?居そうだから見える?むむむ……と唸り始めるジャニスだったが、暫くすると頭のてっぺんから湯気を出し始める。苦しげに耳を捩らせて頭を抱え始めた彼女を見ながら、あまり気にしない方がいいですよ?とキーロフが声を掛ける。
「ううう……そうですね……そういうのは確かに苦手かも……」
そう言うとジャニスは手にしたサンドイッチを一口かじる。耳を落としたパンは柔らかく、抵抗することなく噛み切れる。バターではなく甘いクリームが塗られたパンの間から酸味に満ちた果汁が溢れて混ざり合うと、ジャニスの舌の上で複雑な味わいへと変化する。若干塩味を含んだ生地と甘いクリーム、そしてオレンジやイチゴの爽やかな酸味が一体となり、彼女の味覚を刺激して消えていく。それはまるで……複雑な彼等の間柄のようで、どことなく親近感を感じずにはいられない。
「ところでジャニスさん、聞きたかったことってそんな話だったんですか?何となく違うような気がするんですが……」
キーロフはサンドイッチを食べ終えると、ジャニスに問い掛ける。すると彼女の耳がピン!と跳ね上がり、何かを思い出したからかピコピコと激しく動き出す。
「そうですそうなんです!!……キーロフさん、あのですね……」
ジャニスは何故か声を潜めて、彼に向かって尋ね始め……、
「……男のヒトって、どう言われたら、嬉しくなったりするんですか……?」
(……ジャニスちゃ~ん!!それを他人の彼氏に聞いちゃうのぉ~ッ!?)
カミラは心の中で絶叫し、サンドイッチを噛んだまま表情を凍り付かせていた。
カミラさんは悶えながらも内心では(ああ……これもイイかも……?)とか思ってたり……次回もゆっくりと進めて参ります。




