突き刺さる言葉
初めて爆発させた感情の発端は、彼女を思っての彼の思いやり……の筈だったのに。
その言葉はジャニスの心に深く突き刺さった。
その言葉は彼女に予想以上の効果を現し、身体が震える程の影響を及ぼす。其程の衝撃を言葉だけで受けたことは記憶に無く、衝撃の大きさに驚いたのは他でもない彼女自身だった。
「……君の冤罪を晴らす為に、特別討伐者になった」
ジャニスは「そんな大切なことを、何故私に相談せずに一人で決めてしまったの?私はそんなに頼り無い存在なの?」と思い、憤慨した。そして、憤慨した自分に対して結論が出た。
……ああ、私……セイムスのこと、好きになってる?……つまり、これが「人を好きになる」って、ことなんだ……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ギルモアと別れて一人歩いて帰り、手にした包丁(勿論抜き身のまま持ち歩いてはいない)をセイムスに見せようと考えながら、二人で身を寄せている住居へ着いた。
家に着いたジャニスを玄関先で出迎えるセイムスだったが、いつもより更に無表情の彼にジャニスは(……あれ?機嫌悪いの……?)と思っていた。
「あ……えと、ただいま帰りました……その、シム……怒ってる?」
「どうしたの?別に俺は怒ってないけど……ご飯は食べてきたんでしょ?」
セイムスの言葉に怒りの欠片も見当たらなかったことに再び安堵しつつ、ジャニスは返答する。
「う、うん!ギルモアさんに連れていってもらったお店に行ってきてそれでね……」
一旦話し始めると次々と言葉が溢れて止まらなくなり、そんな彼女の様子に苦笑しつつ、まずは中に入りなよ?と促されて赤面してしまったジャニスは、そそくさと玄関を抜けて家へと入っていった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
二人の住まいは金銭的な余裕もないこともあって、至って質素な生活用品しかなく、これから少しづつ増やしていこうと話し合っている最中ではあるが、贅沢を言わなければ問題はなかった。
だからこそ、台所に包丁を持ち込んだジャニスがそれを立てたり仕舞ったりする場所が無いことに気付き、むぅ?と思い苦笑いしてしまう。見るからに業物の包丁が無造作に横たわる調理台にはまな板もなく、これでは更に寂しく見えてしまう。即急に手に入れる物が包丁立てとまな板二つが追加され、明日は二人で出掛けられればいいなぁ……そう彼女は思う。
と、頭の中で色々と組み立てながら口を開こうとしたジャニスだったが、セイムズが先んじて話し始める。ひとまず聞き手に回ろう、そう思った彼女は、彼の話す言葉に耳を傾けたのだが……、
「……実は話していなかったんだけど、君の冤罪を晴らす為に、特別討伐者になったんだ……明日から……」
……特別、討伐者……?なに、それ……?
最初は単語の意味も判らずに聞いていた。しかし聞き続けているうちに、セイムスが選択した事実の重大さが次第に理解出来、そしてその重大さが彼が他ならぬ自分の為にと願って選んだからだ、と判った瞬間……彼女は震え始めた。
セイムスの言葉が突き刺さり、自分を貫いて消え去っていく。しかし、それらの言葉は彼がジャニスの身の安全を確保する為に、自らを差し出して掴もうとした結果の現れなのだが、そこに彼女の意思は介入していない……そしてそう実感すると、身体の震えが更に大きくなっていく。
「……何で、何でそんな大事なことを……私に相談せずに……決めちゃったの?」
震えを止めたくて、自分の肩を腕で抱え込んでみても、身体の芯から沸き上がる感情が抑えきれず、それが背筋に伝わり震えへと変わっていく。それは……彼が、セイムスがジャニスを、彼女の事を守りたいが故に……選んだことだから。でも、だからこそ……、
「……せめて、私も一緒にその……特別……討伐者ってのに……成らせて……欲しかったのに……」
「それは……出来ない。……だって、もし二人して倒れてしまったら……その時は」「だからっ!!あなたが……シムが居なくなっちゃったら……私は……どうしたら……ッ!!」
気がついた時には彼女の手は玄関の扉を乱暴に開け、身体が勝手に動いて走り出していた。後ろから追い縋るセイムスの気配から逃げ出そうとするかのように、ジャニスは外に置かれていた荷車を踏み台にすると軽々と跳躍し、まるで羽根が風に吹かれて舞い上がるように屋根の上へと駈け上がり、そのまま屋根伝いに夜闇の中を走り去って行った。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……バカ、バカバカバカバカバカ……シムのバカ……何で、何でそんな重要なことを……私に相談もせずに決めちゃったの……!?
憤りから無意識のまま飛び出した彼女の脚は自らの重さを感じることなく回転し、腕は自然に補佐として壁や屋根を掴んでは跳躍への助力を為し、時には身の丈を遥かに越す垂直の壁すら数瞬で駈け上がりフワリと中空へとその身を踊らせる。
感情を爆発させたジャニスのリミッターは外れ、犬人種としての身体能力をフルに発揮させている今は、一つの目的を維持する為にのみ、その力を最大限に引き出していた。
……ただ、前に進みたい、後先考えずに走りたい……シムの間違いを正せなかった悔いを……悔いを……どうしたらいいの?
そこまで考えて、意識が停止した瞬間に判断を誤ったのかジャニスの腕は掴むべき屋根の縁を掴み損ねて宙を掻き、バランスを崩した彼女の身体はあっと言う間に屋根の上から空き地へと墜落していく。
しかし咄嗟の判断で地面に激突する寸前、頭を丸めて肩から柔らかく転がり回転することにより、落下する勢いを緩和しながら側転を繰り返してタイミングを見計らい再度地面を蹴って宙へと跳び、態勢を整えて着地する。
並みの普人種なら骨折も免れないであろう墜落も、獣以上の能力と訓練に依って得られた技術で難なく回避してから呼吸を整える。
そして、彼女は……完全に自分が何処に居るのか、を見失っていた。
「…………ここ、何処なの?」
当然ながら辺りは見たこともない風景で、目の前に大きな白い壁の建物が一つだけ、広間の真ん中に存在している奇妙な場所だった。
その場所には目に付く標識も看板もなかったが、そこから見える遠景と辺りに漂う雰囲気が彼女を……一つの結論へと導く。
「……もしかして、中央都市の真ん中なら……これが地下迷宮……《人喰らい《マン・イーター》》の入り口ってこと……?」
しかし、物語は……ゆっくりと進みます。何故なら書き貯め分が尽きたから。




