第百六話:迷い惑う時、現れる者
ノエルとアーダルの顔色は芳しくない。
元よりAztoTHを倒すまでとはいえ、リーンハルトこと観測者が抜けるのは痛手だった。
君主ならではの前衛の物理攻撃と盾としての能力に加え、上級魔術師としての経験までも持ち、全体火力における要としてまさに代えの利かない存在であった。
魔術師の圧倒的な火力は、今後の迷宮深層探索において必要不可欠。
上級の位に位置する魔術師は何処に行っても引く手数多だ。
今現在のサルヴィでは冒険者の絶対数が少なくなっている上に、腕前のある冒険者はなお少ない。
上級魔術師ともなれば何処にも所属していない者や、依頼を受けずに暇をしている者など殆どいないだろう。
「冒険者ギルドの方の登録者リストを確認してみたけど、やっぱり魔術師で手が空いてる人はいないわね」
ノエルが溜息を吐いた。
「以前、腐竜を討伐する際に見かけた魔術師の名前は何といったか」
「輝かしいリッカルドなら、先日受けた依頼で両脚を失う大怪我をして冒険者はもう出来なくなったって聞いたわ」
「そうか……」
「他に居たリストの連中も駄目。暁のアルベールは南のエディンパスを通過して以降は行方知れず。微睡みのイヴォンは禁じられた術、いわゆる黒魔術の研究を試みたとして投獄されてる。そして厭われしザカリアスは、アサシンギルドの連中と揉めて殺されたみたい」
アルベールはともかく、他の二人は何をしているのやら。
思わず頭を押さえてしまった。
「好奇心は猫をも殺すし、暗殺教団などと関わるべきじゃないというのに、全く何をやっているんだか」
「僕の方はあえて冒険者ギルドに登録してない人のリストを、アサシンギルドからもらって当たってみたんですが、登録してない人はだいたい後ろ暗い理由かやましい仕事してる人しか居ないですね。あとは下手を打って国から逃げてる人とか。冒険者としての力量もそれなり程度で、迷宮深層に踏み込めるレベルではなかったです」
やはりそうなるか。
所詮、冒険者として登録できない連中など破落戸やヤクザと言った方がふさわしいのだろうな。
アーダルは俺の顔色を伺うように、ぼそりとつぶやいた。
「……アサシンギルドにも、実は魔術師の暗殺者がいるらしいんです。困ってるなら頼むのも手かと」
暗殺教団の手の者なら、さぞ腕が立つだろう。
それを考えれば魅力的な提案のようにも思える、が。
「いや、暗殺教団には借りを作りたくない。どのような無理難題を頼まれるかわかったものではないからな」
「そうですよね……」
アーダルも腕を組んで考え込むように首を傾げた。
教団の人員を成り行きとはいえ殺める事になったとはいえ、その借りを返す為に俺は苦労をしたし、教団に借りを作るとロクな事にならない。
「宗一郎、王様の近衛兵の中から魔術師を借りてこれないかしら」
「王からの打診もあったが、それは最後の手段だ。暗殺教団と同じで、王に借りを作ったら何を依頼されるかわかったものじゃない。無理難題とは言わないが、腐竜討伐並に厳しい命令が下されるやも知れぬ」
いや、単なる討伐や護衛と言った依頼ならまだよい。
「俺たちも王の近衛兵にならないかと言われたらどうする? 王の誘いを蹴るなど、胆力のある者でなければ出来る事ではないぞ」
「でも、宗一郎は王から誘われても受けるつもりはないんでしょ?」
「ノエルはどうなんだ?」
「わたしも、待遇が幾ら良くても王様の側に常に仕えなきゃいけないなんて息が詰まって嫌になるわ。今は自由な冒険者の身がいいかなって」
「僕もそう思います。ミフネさんは今回の迷宮探索が終わったらどうするんです?」
「終わったら、か。まだ何も考えていないよ。まず全てを終わらせる、それだけだ」
そんな事を考える暇も無かったな。
ただひたすらノエルを生き返らせることばかり考え、蘇らせたら今度は迷宮の主を倒すという新たな目的に邁進する日々だ。
そして、俺の中に息づくものを打倒する。
これが今の所の最終目標だった。
「昇降機が直るまではもう少し時間がある。それまで冒険者は俺たちの手で探すべきだ。探しつくしても見つからない時は仕方ない、暗殺教団よりかは王に頼んだ方がマシだろうから王の手の者を借りよう」
「それでいいと思うわ」
「僕も同じく」
「では、今日の所はこれで解散だ」
ノエルとアーダルは俺の部屋から去り、その後部屋の寝台でくつろいでいると従業員がやってきて夕食を持ってきた。
夕食を平らげ、風呂に入り歯を磨き、体が安静を求め眠気が出てきた頃合いになったので寝る。
仲間を探す事はひとまず頭の隅に追いやり、今は体を休めよう。
いい感じに睡魔が襲い掛かり、眠りに落ちた。
……目が覚める。
浅い眠りだった。
まだ外は夜。
とはいえ、月明かりがあるお陰でそれほど暗くはない。
打刀と籠手となったアラハバキだけを装着し、夜に勤務している宿の者に外出を告げて俺は外へ出る。
何処へ行こうかなどとは考えていない。
ただ気の向くままに歩いていく。
夜に街を歩くものの姿は少ない。
深夜ともなれば、酔客が千鳥足で歩くくらいだ。
街角に娼婦が客を呼ぶためにしなを作っていたり、あるいは深夜から朝までやっている酒場や盛り場の店員が客を誘う為に声掛けをしている。
今は人の居る場所には居たくない。
人気の無い場所へ、俺の足は向かっていく。
いつしか街外れのオアシスに辿り着いた。
街外れのオアシスは街に入る前の人々が、外からの長旅に疲れて一休みするのに良く使われている。
砂漠を渡り歩いて商売をする人々や旅人に愛されているが、故に素性がよくわからない者が使っている印象が強く街の人々はあまり利用しない。
街の外にあるので衛兵などがおらず、夜にはならず者や魔物が時折徘徊する事もあり、今このオアシスは誰も居ない。
風がひゅうと吹き抜けるとき以外に、時が止まったかのように静かだ。
こんこんと湧き出る清水の水面は風でゆらぎ、波紋を描く。
泉の縁に座り込み、それを眺めている。
俺の心はさながらこの水面の如く。
泉は落ち着いていれば、空に浮かぶ月の顔を映し出すだろう。
しかし今は水面がゆらぎ、歪んでいる為に月の様子も正しく映し出されない。
水面に両手を差し出し、水をすくって口に運ぶ。
冷たい水が喉を潤すと、頭の中を支配するもやもやとした感情が少しだけ晴れた。
同時に、背後に何者かの気配を感じる。
座ったまま背後を振り返ると、そこには老人が杖をついて立っていた。
「フォラス老。お久しぶりです」
いつも迷宮で会う老人は、変わらぬ泰然とした姿で俺を見ていた。
禿げあがった頭、皺が多く刻み込まれた顔。
髭が伸び放題で、顎鬚は胸のあたりまで伸びてしまっている。
着ている服もぼろきれのような、みすぼらしい世捨て人と言った印象だ。
しかし、その瞳に宿る鋭い眼光にははっきりとした知性を感じる。
迷宮の管理人を自負するこの老人は普段迷宮から出ないものだから、珍しい事もあるものだ。
老人はゆっくりと歩き、近づいてくる。
やがて間近まで来ると、いつもの老人ではない事が分かる。
その瞳には何かしらの強い決意を帯びた光が宿っていた。
「時は満ちた」
老人は一言、強く言い切った。
次に告げる言葉は、更に俺を驚かせるものであった。
「今こそ儂がそなたらの仲間となり、迷宮の深層を歩く力となろう」
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