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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
第四部:迷宮深部探索編
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第八十二話:異形の来訪者

 時はおよそ一週間前くらいにさかのぼる。


 俺はアスカロン廃城に飛び去った腐竜ドラゴンゾンビを倒し、ようやくサルヴィへと戻って来た。

 腐竜ドラゴンゾンビ以外にも余計なおまけが二つほど付いてきたが。

 魔神パズズ、そして寄生体マクダリナ。

 両方とも厄介極まりない相手だったが、仲間の尽力もありなんとか倒す事が出来た。


 サルヴィの街並みは驚く程何も変わっていない。

 寄生体が隕石に乗ってやってきたというから、俺はてっきりサルヴィの街にまで侵攻してきたのかと思った。

 しかし、今目の前に広がるのは人々の喧噪だ。

 夕暮れ時のサルヴィは、買い物から帰る人々やこれから酒を飲みに店へ向かう人々などでごった返している。

 街が混乱に陥っていない事を知り、ひとまずは胸をなでおろした。


 今回の依頼は俺にとっては中々に厳しいものとなった。

 マクダリナ戦では已むを得ず羅刹降臨までも行ったが、マクダリナに人質を取られた時に厳しい判断を下せずに俺は命を一度失った。

 追儺ついなの数珠で鬼神が封印されていた為か、鬼神が表に出る事がなく俺は死の世界へと足を踏み入れる。

 しかしノエルの尽力によって、現世に引き返せた。

 それどころかノエルの隠された能力によって、マクダリナを倒したのだ。

 

 今回、ノエルには頭が上がらない。


 同時に、俺の弱さが露呈した冒険となった。

 特に精神面だ。

 甘え、油断、慢心があり、その為に危機に陥り壊滅しかけた。

 もっと精神面を鍛え上げねば、次も同じような危機を招く事になりかねない。

 歯噛みする。

 俺はまだまだ未熟だった。

 最近は師匠をついに倒し、強くなったと思っていたがとんだ思い上がりだった。

 自らの内面を見つめ直し、鍛え上げなければならない。


 

 

 サルヴィに戻って来た後、俺たちはムラクの仲間を蘇生させた。

 ルッペルとガーストカはあの熱された部屋の中に長時間いた為か、遺体ではなくもはや遺灰の状態になっており、出来る限り集めたのだが残念ながら蘇生は叶わなかった。

 マクダリナとハヴィエルは寄生体に体を変容させられた為か、蘇生の奇蹟を受け付けなかった。

 結果、アバシという黒い肌の戦士だけが蘇る事が出来た。

 

 寄生体に寄生され、倒されたら蘇生すら不可能とは恐ろしい。

 寄生されないように、今後迷宮探索で遭遇する事があれば気を引き締めて対峙せねばならない。


 アバシ以外のムラクの仲間の埋葬作業を見送る。

 ムラクは涙を流しながら埋葬される仲間たちを見ていた。

 アバシは涙を流さなかったものの、口を一文字に結んでその作業を見つめている。

 いつ見ても、埋葬というものは慣れないものだ。

 死者を土の中に葬る。

 即ちそれは、永遠の別れだ。

 共に過ごし、まだ生きている人の記憶の中には残る。

 しかしその人もいずれ死に、記憶は絶えて墓だけが残される。

 やがてはその墓すらも無くなり、風化して存在すらも忘れ去られる。

 死はいずれ訪れる事であり、生きている以上仕方のないものだが、そうやって割り切れるほど俺はまだ悟り切ってはいない。


 蘇生と埋葬の作業を見送った後は王への報告をしなければいけない事を忘れていた。

 すぐに行かなければと思っていた所、アーダルが俺に言う。


「ミフネさん、王様への報告は一旦僕がしておきました」

「そうか、それで何と言っていた?」

「御苦労であったと。褒美については、全ての仲間が揃ってから改めて贈りたいと」

「わかった。ノエルの状態が良くなったら城に皆で向かうとしよう。ひとまず今日の所は解散だ。みな、ゆっくり疲れを癒してくれ」


 色々あって、俺は疲れていた。

 他の皆もきっと同じ思いに違いない。

 各々が自らの寝床に戻っていく。

 俺はもちろん、住み慣れた我が家の馬小屋だ。


 馬小屋に戻る前に軽く食料と日用品、体を洗う用の石鹸などを買い込んだ。

 ひとまず腹には軽く物を詰め込んで、体を綺麗に洗ったらもう眠り込んでしまいたい。

 疲労が体の至る所にまとわりついて、俺の体を重くしている。

 深い眠りに陥ってしまいたい欲望に駆られていた。


 重い足を引きずって馬小屋に戻る。

 すると、妙に静まり返っている事に気づいた。

 いつもは気性が荒い馬がいなないて、時には喧嘩すらしているというのに。

 風すらも吹かず、人の話し声すらもせず、物音すら聞こえない。

 まるでここだけが迷宮の漆黒の中に居るかのように。

 怪訝に思いながら自室に戻る。

 するとそこには、人影が立っていた。


 盗人か?


 俺の所持品には大したものはない。

 金なら多少は手元においているが、サルヴィの冒険者の中では名が通っている俺の金に手を付けようなどという命知らずはここには存在しないはずだ。

 まとまった金は銀行に預けている。

 他に転がっている物と言えば、鍋や食器、下着や履物と言った生活用品しかなく、盗みに入る価値のあるものなどない。

 強いて値打ちがあるとすれば、刀や鎧だろうか。

 しかしそれらを狙うとなれば俺を倒さねばならず、やはり無謀だろうと思われる。


 俺は静かに打刀の鯉口を切った。

 忍び足で近づき、不埒な輩の姿を確かめる必要がある。


「ようやく戻って来たか。待っていたぞ」


 人影は俺が既に居る事を感知している。

 ならば気配を消す必要はない。

 堂々と部屋に踏み込んでいく。


「目的はなんだ。金か? 残念だが、ここには大した金は置いていないぞ」

「そのような物は我には必要ない。目的は君だ」


 俺そのものが目的?

 即ち、命か。

 だが暗殺教団アサシンギルドとは既に契約を交わしている。

 アル=ハキムが約束を違える人物とは思えない。

 他にも俺に恨みを持つ者が居るのか。

 居ないとは言えないが、それで堂々と来るのは肝が据わっている。


 既に傾きかけていた日は暮れ、空には月が顔を覗かせている。

 今宵は満月。

 月の光が煌々と砂漠の街を照らしている。

 月明りと言えども満月の光の強さは侮れない。

 地面に影を作り、近づけば人が誰であるかくらいは判別がつくくらい、明るいものだ。

 月の光が俺の部屋の中に差し込み、胡乱な者の姿を露わにする。


 俺の部屋の中には、全裸の男が佇んでいた。


 肉体に無駄な贅肉は全くなく、引きしまった筋肉で覆われている。

 無駄のない肉体には惚れ惚れするが、顔が異様な形をしていた。


 一言で表すなら異形そのものだ。


 人ならぬ存在。

 例えるなら蛸が人の頭にそのまま被さって乗っ取ったような顔つきをしている。

 口髭の所に触腕が何本か生えており、時折うねうねと蠢いていた。


 何よりその風体は、俺は見覚えがあった。


「お主、もしや旧き神とかいう御神体か?」

「覚えていてくれているとは光栄だ」


 いや、お主のような異様なものは一度見かけたら忘れようもないのだが。

 人によっては気が動転してもおかしくないぞ。

 

 しかし、俺が目的とは一体どういう事なのか。

 命を狙っているようには見えないが、なおさら理由がわからない。

 すると旧き神は一つ、嘆息して言葉を切り出した。


「先日、隕石が迷宮の横に落ちたのは君も知っているだろう」

「ああ。その為に俺たちはイル=カザレムの南まで出張る事になった」

「ならば隕石に乗って何がやってきたのかも知っているな」

「得体の知れぬ、生物に寄生する生き物だ」

「その通り。正確には我らと同じ、並行世界よりやってきた者だな」


 並行世界のもの?

 いきなり俺の理解が及ばなそうな話になってきたぞ。


「一体並行世界とはなんぞや? お主はそこの神だったのか?」

「正確には神とは異なるが、まあ同様の存在と認識してもらえばいい。並行世界とは、この宇宙とはまた異なる宇宙の世界が幾つも存在していると考えてくれ」


 この宇宙と、世界と同じようなものが他にも幾つも存在しているとは、にわかには信じがたい。

 だがこの旧き神とやらはその眼で見てきて知っているのだろう。

 神の如き存在である故に。


「だが我らの宇宙には寿命が既に来ていた。並行世界とはいえ、全く同時に生まれて終わりを迎える訳ではないからな。だから我らは、遥か昔にこの宇宙がまだ赤ん坊であった頃にやって来た」

「お主らは、俺たちのこの世界を支配するつもりか?」


 鯉口を切った打刀を抜き、切っ先を突きつける。

 旧き神を名乗る者は、笑いながら首を振った。


「そのような事をすれば、この世界を作った<神>が黙っておらぬであろう。奴らは眠りながらも確かにこの世界を見つめている。つぶさにではないが、時折寝ぼけ眼でな」

「支配するのでなければどうするつもりだ」

「我らが眷属を増やしたい。そこで君達人間を、我らが次元にまで引き上げて導きたいとは考えている。その時が訪れるのは数億年掛かるかもしれぬがな」


 それは最早、仏がこの世界に降りてくる程の悠久の時の流れだ。

 人間がそこまで種族として存続していられるかもわからない。

 神に等しいものの時間感覚は、そこまで悠長なものなのか。

 そうなると、俺たち人間の一生は彼らから見れば一呼吸の間に終わるような、火花が生まれて飛び散るようなものじゃないのか。

 あまりにも儚すぎる。


「眷属とやらを増やした後は?」

「さて、その後はどうするか、人間である君には関係のない事だ。なにより数億年もの後に君が関知する事はないのだからな」

「その口振りだと、まるでこの宇宙、世界を乗っ取るかのようにしか俺には聞こえないがな」


 俺の言葉に旧き神は、ただうすら笑いを浮かべるだけだ。

 

「お主の言葉通り、遥か未来には確かに俺は生きておらぬよ。だが、果たしてお主の思い通りに物事が動くとは考えぬ方が良い」

「人間に忠告を受けるとはな。その言葉は胸に刻んでおこう」

「さて、その話はひとまず置いておくとして、一体何があったのだ」


 俺の問いかけに、旧き神は更に嘆息して手のひらを頭に当てる。


「我が信者が、隕石に乗ってやってきた者に攫われてしまったのだ」

「なるほど」

「我が言葉も届かぬ者達とは言え、我らを崇め奉る存在だ。ならばこそ、奪われて黙って見ている訳にはいかぬ」


 そもそもの疑問として、誰がこの旧き神とやらを見出して崇め始めたのか。

 冒険者の立場としては信者など傍迷惑な存在でしかない。


「それで俺の所に来たと。しかし、俺に助ける義理はない。お主らの信者は冒険者に対して呪死の言葉(ワードオブデス)を投げつける危険な連中だ。居なくなってくれた方が有難い」

「無論、我らの信者が冒険者たちと度々衝突し、迷惑を掛けているのは承知している。たまたま迷宮の中でこの体の男と出会ってしまったのが運の尽きよ」


 出会ってしまった男は、この異形を見て何か感ずる所があったのだろうか。

 でなければ、その体を捧げるはずもないが。

 神の如き何かと一心同体になれて幸せの絶頂なのかもしれない。

 俺にはその気持ちは一切わからぬが。


「信者たちを無事救った暁には、我らは迷宮より退去する事を約束する。冒険者の身の安全を担保に、我が願いを聞いてはくれぬか」

「退去するのは構わぬが、行く当てはあるのか?」

「イル=カザレムの南には廃城があると君は言っていたな。そこへ行く。最近魔物を討伐したのなら、誰も居ないだろう。我らが隠れるにはうってつけだ」


 確かにライラット地区は荒れ果てており、アスカロン廃城は誰も住まない空き城だ。

 今更誰かが無断で入った所で誰も咎めやしない。


「それなら協力しても良い。地下四階が幾分か安全になってくれれば俺たちも有難いからな。お主らのせいで足踏みをしている冒険者も少なくなかった」

「勿論、これだけでは君達に利が薄いのも分かっている。よってもう一つの利を提示しよう」

「それは?」


 旧き神は、一呼吸おいて言葉を紡ぐ。


「飛来した隕石の中には、金属が含まれている。恐らくは鉄だ。それ以外にも含まれているやも知れぬがな」

「金属など、珍しくもなかろう」

「君は隕鉄を知っているか?」

「それは知っている。隕石に含まれていた鉄だろう。我が故郷にも隕石が落ちて来た事はある。隕鉄を利用して作られた刀もある」

「そこまで知っていて、何故隕鉄の性質を知らぬのか。隕鉄には地上に在る鉄とはまた違う、不思議な性質を持つものがあるのだぞ」


 言われて、ようやく思い出して来た。

 隕鉄を用いて作られた刀は、呪術的な用途や儀式に用いられてきた。

 曰く、その刀は人の未知なる力を引き出すとか、あるいは未来を予知するとか。

 

「冒険者らしい面構えになって来たな」

「本当に隕鉄が手に入るのなら面白い。しかし、本当に含まれているのか?」

「我を誰だと思っている。仮にも人間から神とも呼ばれるものが、飛来してくる物の中に何があるかくらいを感知できぬわけが無かろう」


 旧き神は、わざとらしい笑みを浮かべた。

 神の如き存在なら、確かにそれくらいは知れなければ困ると言えば困るな。


「ならば依頼を受けてみようではないか」

「おお、感謝する!」

「しかし、お主がその並行世界の住人とやらと同じ存在なのであれば、新しく来た奴らなど簡単に排除できるのではないか?」


 疑問を口にすると、旧き神は首を振って答えた。


「我はこの体を使ってこの次元に現れているに過ぎぬ。奴はほぼ完全体としてこの次元に姿を現しているのだ。まともに戦えば負けよ」

「俺とてこの世界の人間という、お主らに比べたら遥かにひ弱な存在にすぎぬ。先日、地獄の悪魔と戦った際はお主と同じように完全体ではなかったから勝てたのだ」


 その時、旧き神の目が鈍く輝いた。

 視線は俺の背負っている野太刀に向いている。


「その刀だ。曰くの知れぬ刀なのだろう」

「俺の先祖が、かつて鬼を斬る為に用いたものだ。それ以上の事はわからぬ」

「我らには分かる。その刀があらゆる魔物や怪異を切り裂いてきたことを」

「それがどうかしたか?」

「例え元は普通の武器と言えども、長年罪人の首を落として来た断頭剣はやがて罪人の呪いを宿していく。そうなると、その剣は単なる武器ではなくなるのはわかるだろう」

「そのような事が、俺の野太刀にもあると?」

「うむ。長き時の間、魔を祓ってきた刀ならば、我らの如き存在であれども完全に斬り裂く事が出来よう」


 俺は野太刀を抜き、刃を見つめる。

 刃文は波打って月明りに輝き、煌めきを見せる。

 その力があるのかどうかは俺にはわからないが。


「だからこそ君を頼ろうと思った。もちろん、刀だけではだめだ。刀を扱う者の技量が無ければ意味がないからな」

「それは嬉しい事だが……」


 先ほどから俺は気になっている事を告げる。


「お主の頭、何とかならぬか。それでは目立って仕方ない。俺にしか声が聞こえないのも困る。皆と意思疎通が出来なければ話にならぬ」

「それについては問題ない」


 旧き神は頭の形を変化させはじめると、やがてそれは見覚えのある顔立ちになりはじめた。


「その顔は、ロード=リーンハルト?」

「我にその身を捧げた殉教者の名か」


 リーンハルトは何処かの君主の息子であった。

 冒険者として旅をして見聞を広げていた最中だった。

 ゆくゆくは父の跡を継いで領土を治める立場になるはずだったが、何の因果か神の如き存在を見出し、その身を捧げてしまったわけか。

 父は行方の知れなくなった息子を案じ、嘆いているだろうに。


「この姿を借りれば、他の人間たちとも交流できるようになるはずだ」


 先ほどまで、脳に直接響く声だったものがはっきりと声帯から出る声として耳から聞こえるようになった。

 それは良いのだが、俺はまた別の悩みが頭に浮かんでしまった。


 この依頼、どうやって他の仲間に説明したものか。

 額に皺を寄せる俺を見て、リーンハルトとなった旧き神は首を傾げていた。

 

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