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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第十二章 白夜封刻の迷宮
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第十二章 6


ほどなくそれは見つかる。

ダークなパンツスーツと各部に巻かれた包帯、滴り落ち、流れ続ける鮮血。それは何かしら彼女の立脚する摂理の象徴か。


「プルートゥ……」


私たちはドローンを消して円盤の上に降りる。これはアダムスキー型円盤なので、山高帽のように盛り上がった形状のはずだが、あまりにも規模が大きいために平坦な地形にも思える。プルートゥの背後で円盤の中央部は大きく盛り上がり、頂点部分は成層圏を突き抜けて電離層まで届いている。


「やはりあなたが残りましたか。北不知ミズナ、それにミノタウロス」


彼女の肌は熱気により朱に染まり、刀の先はわずかに揺らめいて見える。


「思えば寓意的です。かつてのオリンピアの神々はことごとく滅び、新たなる世代の走破者たちが残った。これは必然でしょうか。それとも番狂わせと言うものでしょうか」

「……プルートゥ、私は走破者を特別なものとは思いたくない。彼らはただの人間。世界を変えるだなんておごりが過ぎる」

「それはあなたも同じでは? ゲノム編集者が生きていく世界を作る。オリンピックへの出場を果たす。目もくらむほど立派な目標ですが、それは自然に起きるようなことではない。あなただって演算力で世界に介入しているはず」

「そうよ。私は世界を歪めた。私自身のことだけじゃない。母の病気を治すためにも演算力を使った。だからいつか罰を受けるでしょう。でも」


プルートゥはやや足を開いて構える。酷薄な表情で刀をかつぎ、私の言葉を斬り伏せようとするかに思える。


「――私は、人間でありたい」


綺麗事。

そう分かってはいても、言葉に出すことが白々しくても、この場で言わねばならないと思えた。


「……走破者の戦いは異常すぎる。私は直接会って見てきた。彼らの人間性に演算力が侵食している。人間以上の力を手に入れたことで、心まで怪物になってしまった。これが迷宮のあるべき姿とは思えない。世界を蹂躙していいとは思えない……」

「ミズナ様、それはあなたが人間の尺度をてていないからです」


プルートゥは片手の指を開き、目玉をいじるような物憂げな仕草をする。幼い子に言い聞かせるような、静かな声音が流れ出る。


「ネアンデルタール人にとって現代人は怪物です。凡人にとって天才は理解の外にいる。数学者、哲学者、探検家、そして技術や兵器もです。新たな世界を切り開いたものは時に怪物に見える。大いなる価値観の遷移シフトが起き、世界は遅れて彼らを理解する。この星に何度となく起きてきたことですよ」


ざり、と、塵のようなものが散らばった地面を歩く。金属のような石板のような質感であり、破壊不可能な円盤の上を。


「ミズナ様、あなたは何者でしょうか。人並みの幸せしか望まない慎ましい女性? 理性と秩序を迷宮世界に持ち込まんとする賢人? それとも悪魔を滅ぼす白銀の騎士? どれとも違う、あなたは」


無造作に振り上げた刀が、瞬時に加速。


「っ!」


跳び退く。髪ひとすじが斬れてはらりと落ちる。


不適格者・・・・、それ以外に呼称は無い。あなたを迷宮から排除する」


プルートゥの踏み足が組み替えられ、刀をフェンシングの剣のように構えての踏み込み、その切っ先が胴をえぐらんとする寸前で身をかわし、皮一枚斬れることを意識しつつ右フック。プルートゥの奥歯がかちりと鳴って私は体の前に岩を具現化。直後に起きる爆破がその岩を砕き、火線が四方八方に突っ走る。


「プルートゥ! あなたは世界を変える英雄だとでも言うの!? 私に言わせればあなたも十分に異常者。その不死身を手に入れるためにやっていること、おおよそマトモじゃないはず!」


入れ替わりに私の横から飛び出す影。

それは牛面人身の怪物。その手には長柄の両手斧が握られている。


左右に扇型の刃を持つ。その斧の名はラビュリス。言わずと知れた迷宮ラビリンスの語源だ。


その先端が消滅する。

悪魔的な加速で大地に激突。円盤表面とぶつかって冗談のような火花の花が咲く。そして回転しながら跳ぶのはプルートゥの腕。


「ちっ」


だが再生はコンマ一秒もかからない。切断面から一瞬で肌色の腕が生え、スーツの袖と刀を再生、その瞬間にはミノタウロスが第二撃に入っている。大きく横凪ぎにされる斧が刀と衝突。

おそらくは特殊鋼の刀か、折れないことは驚異的だが、その力はいなせていない。プルートゥの腕が紙のように蛇腹折りにされ、肺にめり込むとともに胸部が10センチ近くも凹む。

そして右拳の一撃。先端に黒い塊を握り込んでおり、右肺を貫いてそれを体内に埋める。


「ミズナ!」


ミノタウロスが背後に跳ぶ。私は無意識を演算力と結びつけて事象を励起。


「龍哭!」


突き上がるのはトラック数台にも及ぶほどの大岩の列。その向こうで爆炎が伸び上がる。


「ミノタウロス、さっき言った事、実践できてる?」

「問題ない」


くぐもった声だが、このときはさらに低音が強調され、砂をまぶしたように乾いた声となっていた。


大岩が消える、その向こうには人の骨格。

骨から肉、肉から皮と再生しながら、プルートゥがわずかに私たちを睨み付けた。

意外なのだろう。本来は出現させた大岩のこちら側で再生するつもりだったはずだ。


「なぜ……? 先程まで私と会話していたはず……」


もはや戦いは大詰め、先程のような会話にあまり意味はない。やはり、あれはプルートゥにとって必要な会話だったのだ。


「ただのアルカリよ。それを口に含んだだけ」

「なるほど、見破りましたか。さすがはミズナ様……」


外野には意味不明な会話だろう。だが私たちの間では通じあっている。

プルートゥの不死身の秘密。それは、演算力にアクセスできる最低限度の量のネクタルをどこに隠すかという問題。


彼女は、それを私たちの中に隠した。

微細飛沫。花粉のように小さなそれが空間を漂い、私たちの体内に入る。複数個のそれが結び付いて一定量のコロニーを築き、本体の死亡をスイッチとして肉体を再生するのだ。


すなわち彼女の不死とは、私たちの間に蔓延する病気のようなもの。自己複製し、有機体にとりつく演算素子を備えたウイルス、それが不死に至る病。


「だから、口腔に常にアルカリの薬品を送り込んでいる。コロニーを形成させないように。……そして気付いた、あなたの弱点も」

「ほう……」


プルートゥが方眉を上げる。


「ずっと疑問だった。肉体をそこまで再生できるなら、なぜ作り上げた肉体それ自体を戦わせないのか」

「その通り!」


プルートゥの笑いとも威嚇ともつかない胴間声が跳ぶ。


「フィジカルフィードバック、これはまさに魂の廻廊。ごまかしの効かない魂の本質を映す鏡なのです。私もいろいろと研究しました。腕を三本にできないか。足から血管を根のように伸ばして迷宮を覆えないか。そして肉体そのものを傀儡にできないか」


彼女は体の横に人形を出す。プルートゥにそっくりの姿を。

だがそれは直立することなく、膝からくずおれて倒れ伏すのみだった。それは紛れもなく死の眺めだ。私は背筋が寒くなるのを感じる。


「だが上手くいかない。脳細胞と神経繊維を完全に再現しても、そこに意識が宿らないのです。更に言うなら肉体を再生させた時、それまでにばら蒔かれた肉はただの肉となる。肉体の一部をどこかに隠しておき、死んだ際にそこから再生させるような真似はできない。これは示唆的だと思いませんか。これはあるいは魂の実在。霊魂が唯一無二の存在であることの証明なのですよ」

「そう……あなたの再生は完全無欠ではない。今、その姿が塵も残らず燃え尽きてしまえばそれまで、二度と再生はできない」


プルートゥは唇を歪めて笑う。私は奥歯を噛み締めて彼女をめつける。私と彼女の間で、何かを深く認識しあう儀式が行われる。


分かっているの、プルートゥ。


ミノタウロスの推測。現実世界の肉体に死を与えることで、魂の往還を防ぐという悪魔的手法。

では、その上でさらに、この拡張世界で死んだなら。

再生不可能なほどに魂を砕かれたなら。


その時、彼女はどこに・・・行くのか・・・・?。


「お気になさらず、ミズナ様」


ふいに、プルートゥが緊張を緩めるような少女の声で、囁くように言う。


「走破者としての誇りを持つのです。最後まで全力で戦いなさい。それが迷宮における作法であり、生と死をもてあそぶ私への正しい手向けなのです。事ここに至っては是非もなく、何一つ遠慮も躊躇もなく、互いに蹂躙しあいましょう。骨を砕き、肉を炭として、生命の輝きをすすりあいましょう……」

「……分かっているの? こちらは二人。亜里亜も数えれば三人いる。いくら貴女でも」

「それは違いますね。ミズナさん」


プルートゥは、それは世界のすべてをわらう冥王の異名のごとく、どこか純粋さすら覚える笑みを見せる。


「三対二、ですよ。私はもうすぐ、心強い味方を手に入れる」

「味方……だと」


ミノタウロスが短く呟く。

他の走破者の介入が? しかし、この期に及んで……。


「私はすぐ気づきましたよ。この迷宮の本質に、生と死を司る私だから気付いたのです」

「……何を言ってるの」

「この迷宮には番人が存在するのですよ。かのサラ・ウィンフィールド夫人のごとく、演算力の使い手が」


瞬間、ミノタウロスが駆ける。

両刃斧を振りかぶり、その体を両断せんと。


「――遅い!」


その両者の間から閃光と衝撃。


「ミノタウロス!」


爆発物。

だが受け身が間に合っている。瞬時に身を引いたミノタウロスが後方に大きく吹き飛び、身を焦がしつつ円盤表面を転がる。


プルートゥの姿はない。自分を吹き飛ばして離脱したか。


「……気付いていた? 番人の存在に」


私ですらまだ発想の取っ掛かりに過ぎなかった、この迷宮の真実を。


では、まさか。

彼女は最初から、味方を手に入れるために行動していた?

彼女の行動に、すべて理由があるのだとしたら。


彼女がこの円盤にいたこと。亜里亜を襲い、私たちと短いながらも戦ったこと。


「時間を稼がれた……? まさか、この迷宮はそもそも出現してからさほど時間が経ってない。プルートゥが円盤の上にいたことが何かしらの「正しい解方」だというなら、迷宮に入ってすぐに気付いたことに……」


……だからこそ、最後の走破者なのか。

あらゆる戦いを戦い抜き、誰よりも迷宮の真実に迫った、最強の敵なのか。


「ミズナさん!」


亜里亜からの通信だ。彼女は戦場から離脱して遠く離れるか、あるいは下に降りたはずだが……。


「亜里亜、気を付けて、プルートゥがそっちに向かうかも」

「大変ですわ! とんでもない現象が……とても現実とは……理解が……」

「落ち着いて、何が起きたの」

「タケナカ! 下方の映像をミズナさんたちにも!」


そして私たちの周囲に映像が浮かび。

そこには、想像を超えるような門番が。


「あれは……!」


地震のような衝撃波のような、大地を駆け巡る鳴動。


その震えの中で高架道路がきしんでいる。コンクリートの道路が紙のように歪み、ひび割れると同時に割れ目をアスファルトのような黒い樹脂で補修しつつ動く。

自動車を走行させたまま、その車もぴたりと道に張り付いて走行したまま動く。一方の彼方で何十層もの高架道路が上方に動き、迷宮全体がL字の形に移行する。


それは端的に言えば、何かが「身を起こした」ように見えた。

そして、私も連想から理解に至る。


あの迷宮、縦横無尽に入り組んだ高架道路、そして自動運転車。

あれは血管・・だ。


そこを走る車とはすなわち赤血球。酸素と栄養素を運搬する運び屋。異物に襲いかかるバルーンとは白血球。


この迷宮は文字通り、何の比喩でもなくそのままの意味で。




生命体、なのだとしたら……。













Tips ラブリュス


両刃斧のこと。現代でも一部で伐採に使用されるが、古代においては生け贄を捧げるための儀式的アイテムであり、信仰のモチーフであり、権力者の力の象徴でもあった。

両刃斧のモチーフはヨーロッパ東域からアフリカなどにも見られる。


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