第十二章 3
「何あれ……もしかしてとんでもなく大きいんじゃないの」
私の言葉を受けてタケナカが分析する。
『レーザー測距計により測定しました。おおよそですけどあの円盤は直径90キロメートル。中央部を囲むように六つの発光している円がありますね。発光している部分は半球型となっています』
ということは、もしかしてアダムスキー型円盤。また古典的なものを……。
さすがに円盤とその巨大さだけで驚いてあげられるほど初心者ではない。問題はあの円盤がどのような意味を持つかだ。
「かなり高くに浮いてるの?」
『半球部分の先端、最も現在地点に近い場所でおよそ4キロメートル上空です』
飛んで行けない距離ではない。しかしこういう迷宮によくあるように、近づけば攻撃されそうだが……。
と、その時、六つある半球の一つが発光。
同時に数キロ離れた場所が爆発炎上、黒煙が立ち上る。
『レーザーみたいですね。かなりの威力です』
「……見てから回避するのは無理、なるべく高架道路の下を走るべきってこと……?」
さっきの爆発もあのレーザーのせいか、ということは、この世界はあの円盤から攻撃を受けているという設定だろうか。
「じゃあ討伐型の迷宮? あの円盤を撃ち落として街を守ればクリア、とか……」
タケナカにというより、半ば独り言のように言う。
何しろ赤文字の迷宮だ、かつてのウィンフィールド・ハウスでもかなり面倒な謎解きがあったらしいし、簡単ではないだろう。
「それにしても、この迷宮……」
深い。
広さだけではなく、高低差がかなりある。今乗っている道路はゆったりとした螺旋を描きつつ、何百メートルも下降している。降りるごとに少し薄暗くなり、周囲の高架道路が天を覆う割合が増える。
それは立体造形の芸術か、あるいはスチールタワシに潜り込んだ虫の気分か。支柱のない道路が立体的に折り重なり、曲がりくねり、そこを五センチと隙間を開けない車列が走り続ける。
奇妙なものもある。観覧車のようなリフトで運ばれる車とか、あるビルに入っていった車が赤く塗られて出てきたりとか。
下るに連れて道は細分化し、一車線だけの細い道路も増えてきた。
ある場所では車は加速し、バンクに沿って垂直近くまで傾いたり、一回転したりもする。私は適当に別の道に移ったり、車のへりにしがみついてそのような曲乗りをクリアする。
「すごく入り組んできたわね……立体交差もすごいし、カーブがえげつなくてジェットコースターみたい」
注意すべきは車体の高さギリギリですりぬける立体交差だが、ボンネット部分で匍匐すれば問題ない。
『えーと、というかですねミズナさん、車に乗り込めばいいのでは?』
「ダメよ、とっさの動きが遅れるもの」
ビルに入るような道もパスしている。いきなり四方からプレスされてサイコロってことはないと思うけど、入るとしてももう少し観測してからだ。
「それよりドローンによるマッピングはどうなってるの」
『周囲1キロまでマッピングできました。高架道路が電波を妨げるので、中継点を作りながら……もう少し時間かかります』
「……」
タケナカの答えは少し意外だった。てっきり、この迷宮はドローンによる観測を嫌うと思ったからだ。
容赦なく撃ち落とされるものと……。
「上空の円盤については?」
「それはこっちでやってますわ」
亜里亜の声だ。
「垂直離着陸機(VTOL)で飛んでみましたの」
「亜里亜、まだよく分かってない迷宮よ、危険なことは……」
「レーザーでしょう? 用心はしてますわ。機体表面は高反射材と断熱装甲で覆ってますのよ。重量はかさみますけど、エンジンを機体に対して大型にしてますから問題ありませんわ。今、側面を回り込んで上まで来たところですわ」
「え……」
上に行けた?
そんな馬鹿な、レーザーで地上を攻撃してる円盤なのに、戦闘機による接近を許すの?
「というか真上には行けませんわ。このUFOの厚みは30キロ以上、全体がお椀型で、まるで富士山のようですの。表面はなんだか線とか突起とかで……デコボコしてますわ」
「……亜里亜、円盤を落としてみることってできる? こっちはだいぶ下まで来たし、私の安全は自分で確保するから」
まるで極相の森に迷い込んだ感覚。上はほとんど空が見えなくなっている。高架道路は百層近くも重なってるはずだ。
それでも直径90キロのお椀が受け止められるとは思えないが、私だけなら「空山龍哭の迷宮」で生存空間を確保できるだろう。
「タケナカ、こっちにも映像まわして」
『了解です』
肩の上に映写機能つきドローンが出現し、目の前の空間に映像を映し始める。高架道路の側面にフライパンのような足場を出して一休み。
なるほど山のようだ。渦巻き状の模様が側面に走っているが、それは太さもまちまちで、波打っていたり、数珠のように円が連なっていたり、互い違いに三角形が並んでいるような線もある。平均的な線は太さ10メートル、高さは3メートルというところか。
何かの施設と言うより、本当にただの装飾に思えた。なんとなく縄文式土器を連想する。
「攻撃開始ですわ」
亜里亜の操るVTOLが円盤の表面を飛び、ラグビーボール台の荷物を投下。
「あら、なんか小さいですわ! タケナカ! 1トン爆弾を積んどいてと言ったはずですわ!」
その戦闘機はタケナカが用意したもののようだ。乗り物なら亜里亜にも出せるが、武装を含めてだとタケナカのほうが詳しいのだろう。
『大丈夫です』
そのラグビーボールがお椀に触れる刹那、ばしゅ、と空気の弾けるような音。そして一瞬後にカメラが激しく揺れ、赤焔で世界が赤く染まる。
「ぎゃー! なんですのー!?」
途徹もない大爆発だ。戦闘機が後方から炎に炙られる。大きく旋回してそこを見れば、天まで焦がすようなキノコ雲。上部の膨らんだ部分はドーム球場ほどもありそうだ。
『ナノテルミット爆弾です。実は火薬の進歩というものはニトロで止まったままだったのですが、ナノサイズの燃焼剤と酸化剤を極めて高効率に噴霧および点火することで……』
「タケナカあとでシバきますわー!」
画面越しでも分かるが今のって姿勢を崩すギリギリだった。亜里亜の操縦技術があって助かったというところか。
『心外です。私のほうに非はないですよ。通常火薬だったとしても今のは爆撃高度が低すぎて』
「タケナカ、そんなことより傷がついてないわよ」
私がそう指摘。上空は風が強いのか、黒煙は迅速に散らされつつある。戦闘機が旋回しつつ爆撃地点を確認しているが、傷がついたようには見えない。
『非破壊設定なんですかね? ナノテルミット爆薬は3000度に迫る熱量を生み出します。その超高温に耐えられる金属なんかありませんから』
「……うーん」
基本的に迷宮は力業を許容するが、どうしても迷宮の主旨を損ねるような場合のみ非破壊設定が設けられる。必要に応じて重力や大気密度がいじられる場合もあるが、あくまで必要最低限のことだ。
「……空飛ぶ円盤って、宇宙人の乗り物よね」
『はあ、そうですね』
私の呟きに、タケナカがどうとも反応しにくいというトーンで相槌を打つ。
「つまり、あれは地球人類の科学力を大幅に越えた物質という「設定」なんじゃないの? この拡張世界なら、例えばダイヤモンドを超える密度で炭素原子が結合した物質も作れる。プラチナと金を理想的に混ぜ合わせた合金とかも……」
かつてゼウスが走破した赤文字の迷宮では、西暦4700年ごろの超兵器が出てきたらしい。宇宙人の科学力なんて話もあり得なくはない。
『えーっと……仮にそうだとしても、ではどうしたらいいんでしょう? 核でも使いますか?』
「タケナカ、核は最後の手段にしたいですわ。そもそも走破者なら核ぐらい作れる。それで打開できると逆に簡単すぎですわ」
あの円盤は核でも打開できない可能性がある……。
いや、そもそも、円盤を落とすことがクリアへの道筋とも限らないのだ。
いったい、この迷宮は何を求めているのか?
この複雑に絡み合った高架道路の意味は? 円盤はレーザーを撃ってくるが、なぜ私たちを狙わないのか? ゴールは円盤の中なのか、それともこの高架道路のどこかなのか?
白夜封刻の迷宮……。白夜があのUFOのことなら、封刻とは……?
「だけど闇雲に走らせるとも思えないわ、そろそろ迷宮からのリアクションが……」
「タケナカ、円盤に降りてみますわ、平たい部分に降りるからクッションを」
私が見ていた画面は操縦席からのものだが、垂直離着陸機は円盤に近づきつつ、姿勢制御を機体下部の噴射ノズルに切り替える。そして円盤のヘリの部分、比較的なだらかな部分に。
びし、とキャノピーに亀裂が。
「!」
おそらくは電磁誘導式に打ち出されたそれは鋼鉄の槍。キャノピーを突き破って操縦者の寸前で止まったことがわかる。
「攻撃ですの!? 迷宮から!?」
「違う亜里亜! 緊急脱出を!」
ぶれる画面だが確かに見えた。その鋼鉄の槍にくくりつけられたベーコンのようなものを。
その肉片が瞬時に成長。手となり、手首となり、肘から肩までが一瞬で生まれ、複数の臓器が、骨が、筋肉が立体的に具現化して同時並列的に接合。肩から腕までが完成した瞬間にはそこに日本刀も生まれ、その切っ先が。
その時画面が上空に跳ね上がる。亜里亜が緊急脱出したのだ。同時に下方で爆発。爆薬をその場に残していたか。
「プルートゥ……やはり来た。亜里亜、あれとまともに戦わないで。封印する方法を考え……」
影が。
回避は振り向く前に起こす。
横に大きく飛んで別の道路へ。車の天板を凹ませつつ着地。
「……っ、何、あれ」
それは一見すると泡だ。
全体の大きさは直径五メートルほど。虹色の光沢を持つ透明な球体。
その下部に液体が溜まっている。ゆらゆらと揺れる無色透明な液体、風呂桶一杯ぶんぐらいか。
上下左右には飛行機のエンジンノズルのような機械がついており、浮力で浮かぶその球体を操っているらしい。
「タケナカ、あの液体を分析できる?」
返事は返らない。
「タケナカ、亜里亜」
通信にノイズがある。
この感覚は何度か経験していた。電波妨害だ。プルートゥが仕掛けたものか。
球体が回転し、ノズルのような機械が駆動、ゆっくりと加速しつつ私の方に向かってくる。
「龍哭!」
腕から延びる岩石群。車列を薙ぎ散らして突き上がる岩が球体を直撃。後続の車が岩にぶち当たって下へ落ちる。
球体が割れる。どうやらそれはゼラチンとビニールの中間のような薄膜であり、ちょっとした衝撃で割れてしまうらしい。そして中に溜まっていた液体がコンクリートに落ち、白煙が上がる。
「あれは……」
見えた。車のアルミホイールと激しく反応している。ということは水酸化ナトリウムか。
「なるほど……バルーンに水酸化ナトリウムと、水素か何かを詰めて浮かせる。おそらく噴射ノズルは自爆装置にもなってる。敵のそばで爆発してアルカリを浴びせるわけね」
あれが迷宮の番人? 大した敵ではないけど……。
急にあたりが暗くなる。
背筋に嫌な予感を覚えつつ振り仰げば、そこには無数の球体。
およそ50以上のバルーンが高架道路の隙間をすり抜け、ここに迫りつつある。
「ちいっ!」
まともに撃ち落とせばアルカリを食らう。だが逃げるにしてもここでは。
「……!」
足が。
足がすくむ。という経験はあまり多くない。
しかし私は全身の硬直を感じた。それに気づいた一瞬、世界から時間の流れというものが消し飛び、認識だけが加速するような感覚が……。
私の右方、並走するように流れる道路にそいつはいた。
獣面人身の異形。
屈強な体をスーツに包んだ迷宮の怪物。
ミノタウロス、が……。
Tips ナノテルミット爆薬
アルミニウムと金属酸化物の混合物を燃やすと、アルミニウムが金属を還元させながら高い熱を出す。質量あたりの内蔵エネルギーが極めて大きい。
ナノレベル粒子を混合したものをナノテルミットと呼び、エネルギー開放速度が劇的に上昇するため推進剤や爆薬としての性能が高く、活用が期待されている。




