第十二章 1
追い求めている。
複雑に絡み合った人の縁をたどり、混迷を極める迷宮に潜って、それぞれの人生の秘宝を探し求める。
迷宮が困難であり複雑であるほど、そこに眠る財宝は価値があり、潜む真実に価値があると思える。
あるいはそれは、この世すべての縮図。
複雑であればそれは真実に近く、困難であればそれは大いなる報酬を約束するかに思える。
しかし心せよ。
迷宮に挑む全ての者よ。
迷宮には怪物が潜む。
怪物こそが迷宮の主、迷宮の支配者、すべてを奪い、与える存在。
迷宮は偽らず。
されど約束を交わすことなく……。
※
私は石の上に立っている。
周囲は敷き詰められた砂利、平行する線が波を描き波紋を描き、いわゆる枯山水の眺めだ。
違うのは、砂利に見えるのはいずれも感音響型爆弾であるということ。
ここは「寂阿荒神の石庭」。完成された沈黙の世界。わずかでも音を出せば世界が滅ぶほどの爆発が起きる。
私は片足を大きく振って飛び、70センチ先の石にバレエダンサーのように着地する。足は素足だ。飛び石のように並ぶ敷石は、人間の肌で触れなければ消滅する。
この庭園は縦横400メートルの正方形。どこかの石を踏むと次の石が現れる。それを飛び石の要領で繋いでいけばゴールだ。
そして百七十七手目、台座のような石とゴールプレートが出現する、あれを手に入れればクリアだ。
私は茶碗ほどの石に片足で立ちつつ、それを見る。
「……ん」
だが最後はかなり悪辣な仕様だった。台座は7メートルほど離れた場所に出現したのだ。
骨伝導型のインカムに声が届く。
『ずいぶん離れてますわね、回り込めってことかしら』
『どうしましょうかねアレ、ドローンだと風圧で危険ですし、そこは不規則に風が吹いてまして、飛行船のラジコンなども飛ばしにくいのですよね。それにラジコンの駆動音すら危険です。釣り竿とか出しましょうか』
私はゆっくりと首を振る。
亜里亜とタケナカの提案を撥ねのけ、足元に視線を投げる。
そして鶴が水面に嘴を下ろすように、足の親指と人差し指をカギ型にして、一歩を踏み出す。
『! ミズナさん危険ですわ! 少しでも音が鳴ったら爆発しますのよ!』
そう、だから迷宮の全土をこの歩き方はできない。
だが数歩なら可能。砂利はかちりとでも鳴ると爆発するが、そっと指で押さえるだけなら大丈夫。そして砂利はさほど深くない、踏み固められた土の上に二センチほど敷かれただけだ、土の見えている場所もある。
つまりは他の石に重なっていない石だけにそっと足を置き、転がらないように全ての石の形状と重心を把握。そして重心を移動させて次の一歩を踏み出せばいい。
一歩一歩、極限の集中を、最小の消耗で……。
※
「もう、見ててハラハラしましたわ、あんなの絶対正攻法じゃありませんわ!」
「ごめん、急いでたから」
ともかくクリアは達成した。
挑戦を初めてから40時間。これで十二の迷宮を走破したことになる。
……思ったより時間がかかる、それが率直なところだ。
私と亜里亜なら、もはや走破できない迷宮はないと言っていい。しかし迷宮にはルールが複雑なものもあり、解析に時間を要してしまう。
「今度は私が潜りますわ」
「ええ、お願い、私は少し仮眠とるから……」
と、そこでダイダロスの片隅にウインドウが開く。中にはタケナカがいた。離れた場所で私たちのナビを務めていたのだ。
『ミズナさん、到着したようですよ。来客用のバスで第二ゲートを通過、中に入りました』
「そう……じゃあ中庭のカフェに案内して、会うから」
アルテミスの襲撃からまだ数日だが、三ノ須のガードはさらに万全に固めている。もう私たちの把握してない来客は有り得ないと言っていいだろう。
そして私はカフェに移動し、来客を待ったのだが。
少し予想外なことには、無関係な生徒たちが山ほど集まっていたことだ。カフェのオープン席を遠巻きにして、男9、女1の割合で人垣ができている。
「あ、ミズナさん、こっちこっち」
その人物は異様に豊満な胸を薄手のシャツで包み、閉じきらないのかボタンを上二つまで開けている。腰つきが布を引き裂きそうな勢いのタイトスカート、10センチはある赤のピンヒールからはこの世に比肩するもののない脚線美が伸び、豊かな金髪は空気を含んで後ろに流れる。
そして卓球のラケットのように巨大なサングラスをかけていた。
私は男子どもの食い入るような視線を無視して、その人物の正面に座る。
「何かハデなカッコしてるわね……アフロディーテ」
フェロモンの擬人化というべきか。全裸が服を着て歩いてるような、というよく分からない形容が浮かぶ。まあ服を着てるだけマシと思うべきだろうか。それは譲歩しすぎかも知れない。
「通販だとサイズが掴めなくて、いつも小さめになっちゃうんです」
なんか嘘っぽいなあと思いつつ、そんなことは脇において話を切り出す。
「かくまって欲しいんでしょ、それなら三ノ須にいればいいわ」
イカロの育った島。あそこにあったアップデート前のダイダロスは一度限りの武器だ。失えばアフロディーテの持つ演算力だけでは身を守れない。この戦いが終るまで身を隠したいとの打診があり、私はそれを了承した。まあそれだけの話だ。
「この三ノ須の中なら絶対に安全よ。あそこに見えるタワーマンションの40階を提供するから」
「ありがとう、仕事も決まったからゆっくり過ごすわ」
……ん?
「仕事って、オンラインの内職か何か? それとも動画配信とか……」
ちょっといかがわしいイメージが浮かんだが、それは思考の底に沈める。
「英語教師ですよ。そこの塾に就職してきました」
「……は?」
三ノ須には学内に私塾が存在する。それは生徒や教職員が個人で運営する塾であり、購買のように生徒が自費で利用する施設だ。
しかし彼女が三ノ須のゲートをくぐってから30分も経ってないけど。
「どういうこと? 事前に連絡してたの? そういうのって私の耳に入るはずなんだけど」
ガードのためとはいえ、現在においては事実上、三ノ須の生徒すべてにプライバシーがなくなっている。ダイダロスがすべての通話と通信を閲覧して、私たちに関係のありそうなものを報告してくるのだ。直接見てないとはいえ、心苦しいものはある。
アフロディーテははてと首をかしげる。
「え? 仕事ありませんかって聞いたらありますって言われたから、じゃあ今日から雇ってくださいって」
「就職ってそういうもんじゃないと思うけど」
「私はいつもこうやってますけど、モデルの仕事とかもだいたい飛び込みで」
……。
美人に優しい世界って、ちょっとムカつく。
「というわけでみんなー、そこの塾に勉強に来てねー」
彼女がハンカチをつまんでひらひらと振ると、男どもの間に雷鳴のごとき歓声。速くも塾にダッシュする男もいた。
『ミズナさん、ちょっとよろしいですか』
「なに?」
タケナカの声がイヤホンに届く。私は声が外に漏れないように言葉を交わして。
「本当!?」
勢い立ち上がる。アフロディーテはあまり物事に動じない性格なのか。いつの間にか注文していたレモネードを口にしていた。
「重なるものね……またお客さんよ」
「その感じだと走破者の方ですね」
「ええ、たぶんあなたも知ってる二人よ」
二人、という言葉が出たとき、アフロディーテが少し顔をしかめたのは見逃さなかった。
※
それから数時間後。
「やほー、ミズナお姉ちゃんひさしぶりー」
「こないだは殺そうとしちゃってごめんねー、でもこっちもやられたから五分五分だよねー」
軽口を飛ばす二人はしかし全身包帯でぐるぐる巻きである。私もレントゲンとCTを見たが、間違いなく二人合わせて13箇所の骨折。複数の火傷、筋肉や内臓にもダメージがある。その上で念のため、二人ともゴムバンドで拘束していた。
何しろこの双子だ、一応の用心はしておく。
「タケナカ、二人はどこで見つかったの」
「ハワイ沖で貨物船が拾ったという情報が入りまして、ハリヤーで空中給油しつつ五時間で運びました」
タケナカは白のワイシャツに灰のスラックス、ノーネクタイに水色のポケットチーフというラフな姿だった。亜里亜の迷宮走破をサポートしつつの会話である。
ここは三ノ須内部にある病院。山の上にある大学病院なら静かだが、そこまで往復してる時間も取れないので双子はここに寝かせた。
「あなたたち、よく助かったわね」
「あんまり覚えてないんだよねえ」
双子が同じようなアヒル口を作って言う。
「たしかゼウスのお兄ちゃんに気絶させられて、なんか色々な音がした気がするけど、気がついたら貨物船の甲板の上にいたの」
「なんか強引に運ばれて、高ーいとこから落とされたみたいで、骨とかもぼきぼきで」
……ん?
「甲板の上で目が覚めたの? いきなり?」
「うん、他にも軍人さんとか、サーバー管理の人とか何十人もいたよー」
「たぶん全員いたと思うよー」
そこまで聞いて、ようやく見当がついた。
「そうか……隠形蟻」
いつかの迷宮で見た蟻だ。球形の乗り物となって中に人を乗せ、全波長迷彩で姿を隠すことができる。他の繁栄が実在するなら、あれも実在するのだろう。
「全員が助かったと思っていいのね?」
「んーたぶん」
双子は自信なさげだったが、とりあえず乗員の全滅という最悪の事態だけは免れたようだ。私は心からの安堵の息をつく。
まだ海域の捜索は続けるが、あのノー・クラートにも安全策を講じる気持ちがあったことを喜びたかった。
「ノー・クラートとは連絡つかないの?」
「こっちからは無理だよー、メアド教わってないもん」
「ノーのおばちゃん愛想なかったからねえ。一緒にお風呂は入ってくれたけど」
この双子の趣味はさておき、やはりノー・クラートとゼウスは消息不明のままか。
二人は海の底に沈んでしまったのだろうか。それともどこかで生きていて、息を潜めているのか。
……二人を案じる気持ちよりは、やはり恐れのほうが勝るように思えた。
「……聞きなさい、もうすぐ戦いは終わるの」
私は双子に告げる。
「何もかも恨みっこなしにしましょう。走破者の戦いが終わったら、あなたたちは本来の仕事に戻りなさい。私たちが勝ったとしても、あなたたちに手を出したりしないから」
この双子は何者なのか。
走破者としての顔の他に、どんな素性を持ち、どのように生きていたのか。
それは知るつもりもないし、私が何かを言う立場でもない。
戦いが終わればそれぞれの場所に帰る、そうあるべきだと思う。
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「あと20年経ったら一緒にお風呂入ろうねー」
「それは普通に嫌だけど」
というか妙齢の女性と子供ならまだいいけど、互いに20年経ったら全然違う絵面に……。
と、そこで気づく。
ここまで同行してきたアフロディーテがまだ病室に入ってきてない。ドアの外にいる。
「どうしたの? カストルとポルックスよ。一言ぐらい話したら?」
「いや私は別に、無事を確認したかっただけなんでもういいです」
蚊の鳴くような声だった。
「何か因縁でもあるの? 三人とも元オリンピアなことは知ってるけど」
「いえ別に何もないんですけどその双子ってオブラートないっていうか猟犬みたいに鼻が効いてあまり顔見せたくなくてなんか本質的なことが分かるみたいですごく嫌で私だって外見に自信はそりゃありますけどその双子に拒否られるのって傷つくというかノー様やアルテミスはアリなのに何で私とお風呂は断るのっていうか本当にもう」
「? 何ブツブツ言ってるのよ。いいからちょっと顔を……」
ドアの向こうにある腕を掴む。
と、その時、カストルの方が口を開いた。
「あ、アフロディーテおばあちゃん、おひさー」
「もおおおおおお!!」
牛のいななきとともに私の手を振りほどいて、廊下の果てまで逃げていくアフロディーテ。
「……」
私は硬直したまま、ぎぎぎと双子を振り返る。
「アフロディーテ……おばあちゃん?」
おそるべし、ゲノム編集者……。
Tips 三ノ須の学習塾
三ノ須内部には複数の塾が存在する。大手フランチャイズの塾が五軒。私塾が七軒、予備校からの出張講座なども運営されている。
趣味の習い事や資格講座も開設されており、教職員の中には塾の収入が本業を上回る者も多い。




