第十章 7
タケナカの問いにどう答えるべきか。
亜里亜の方が優れた走破者であるから任せた。
アルテミスが襲っているのは私の学園だから、私が守らねばならなかった。
そのような言葉も嘘ではない。だがやはり真実とは違う。タケナカが嗅ぎ取ったのは違和感だ。私が放っているであろう、不協和音のような不自然さを嗅ぎ取っているのだ。
「……答える義務はない、と、言ったら?」
『……』
川底の石のような沈黙。
タケナカは画面越しに私の目を見つめ、逸らすことはない。やはり走破者としての胆力を持つのか。
『答えます。あなたは答えてくれますよ北不知さん。私が見込んだ方ですからね。私が満足できる答えを与えてくれるはずです』
「買いかぶりよ……」
それはしかし、タケナカなりの譲歩とも言えた。完全な真実ではなく、タケナカが満足できるだけでいいということだ。
「……タケナカ、あなた、演算力を自分のために使ったことはある?」
『演算力……ですか?』
「そう、お金を稼ぐだとか、トラブルを解決するために」
『ありますよ。娘に学ばせる習い事を吟味したり、妻がずっと探していたレストランを見つけたりね。犯罪には手を出していませんが』
ダイダロスの仕組みを考えれば利用するだけで犯罪なのだが、そのへんは言っても仕方のない事か。
「私もあるのよ」
『……?』
「私がずっと望んでいること……そのために演算力を使った。でも解決できなかった。何度試しても結果は同じ。ダイダロスでもどうしようもない。だから私は戦えなくなった。その答えじゃだめかしら」
『分かりました』
意外なほどあっさりと、タケナカは引いた。
「もういいの? まったく説明になっていないけど……」
『理由があると知れればそれで十分です。怖じ気づいたとか、演算力の奪い合いに嫌気が差したとかでないならね』
タケナカは画面の中で目礼する。あるいはそれは、タケナカなりに何かアンタッチャブルなものに触れたと感じたために身を引いたものか。
『お世話になっている身で出過ぎた質問をしました。申し訳ありません』
「気にしないで……」
『ヘリを回してます。もうじき到着するでしょう』
回線が切られる。
ダイダロスの操作はオンラインから盗み見ることができないため、この北極海の底において私を察知できる存在はいないだろう。もちろん同じ潜水艦に乗っているケイローン側の人間には覗かれていない。それも確認している。
「……ダイダロス、音声操作に」
『はい』
簡易的な人工音声が反応する。これは装備されているものではない。ダイダロスがネットワークのどこかから拾ってきて用意するものだ。
「捜索、人物、北不知蓮二」
『探索を行います。終了。生存確認できません』
一秒とかからない、ネットワーク上にその人物の痕跡がないと言うことだ。
「……二年前、北不知家から失踪したはず、その後の足取りを辿れるところまで」
『成田空港より香港へ渡っております。短期滞在のためかホテルは二泊のみ予約。そこからの足取りは不明です』
「別人のIDを手に入れた可能性、整形の可能性まで含めて捜索範囲を拡大。全世界規模へ。ジョンズ・ホプキンス大に入院している北不知深佳の周辺に現れていないか、連絡を取っていないかについても……」
『探索を行います。終了。生存確認できず』
「……」
何度繰り返しても、結果は同じ。
北不知蓮二という人物をダイダロスで探すことができない。
煙のように消えてしまったのか、ビルの隙間か、海の底にでも眠っているのか。
イカロのようなダイダロスの使い手なら多少は違うのかも知れない。だが肌感覚として分かる。これはあまりに手応えがなさすぎる。
ありうる可能性は二つ。死んでいるか、足跡が隠蔽されているか。
ダイダロスの追跡を逃れることができるのは、同格の存在のみ……。
「お父さん……」
予感がする。
待っているのは悲劇か喜劇か。
それは天まで届く入道雲にも似た予感。いずれ滝のようなスコールが私を打ちつける。そこで得るのは癒やしか嘆きか……。
※
「ただいま」
「遅いですわ! 超音速機を用意したのですから半日もかからないはずですわ!」
「無茶言わないでよ、民間機に乗り換えないと入国できないでしょ」
北極点から三ノ須まではおよそ6300キロ。直線ならシベリアを越えるルートだが、手続き的なものを考えるとアラスカ経由のルートが現実的だ。
全天候型ヘリでアラスカ最北端のバロー空港へ、そこで待機させていた超音速機に乗り換えて日本近海へ。洋上でジェットヘリに乗り換えて三ノ須のヘリポートまでの移動だ。乗り換えをスムーズに行ったとしても、やはり10時間はかかってしまう。
「自衛隊の対空レーダーを沈黙させて、三ノ須上空からヘイロー降下で帰ってくればいいのですわ」
「どうしても余裕がないときはそうするけどね。はいこれ、アラスカで買ったバーチシロップ」
「あら白樺のシロップですわね。タケナカ! パサパサぎみのクッキー!」
「かしこまりました」
タケナカはなんだか亜里亜の執事っぽい感じが板についてきた。まあ亜里亜は今や利根グループの総帥である。経営権を棗夫人に預けているとはいえ、そうして人の上に立つ感じが出るのも自然なことか。
さて、ケイローンに会うために往復で20数時間。作戦決行まではもう20時間を切っている。十分な休息も取っておきたいし、あまり余裕はない。
私はタケナカにそれを渡す。ビニールに封じられた22口径の拳銃だ。
「分析の用意はできてる?」
「準備してますよ」
ダイダロスが操作され、映し出されるのは何やら巨大な施設。小山の周囲をシャンプーハットのように建物が取り囲んでいる。その環の一部から伸びるように直線的な建物もあって、全体として「P」の形に見える。
「日本最大の放射光施設です。光の速度まで加速させた電子を磁力で曲げると強力な電磁波が発生しますが、それを使ってナノレベルの分析をすることができます。いわば巨大な顕微鏡ですね」
「聞いたことありますわ。カレーに毒物を入れた事件で科学鑑定に使われたやつですわね」
亜里亜はそう言うけど、そのニュース聞いたことないなあ、私が生まれる前の話かな。
「隣接してる直線部分はX線自由電子レーザー施設。日本の名だたる企業が参加して建造されました。数十の研究が同時に行われている施設ですが、モノが拳銃の分析ですからね、丸三日貸しきりましたよ」
「これで分析できるの?」
「ダイダロスの見込みでは、おそらく銃に付着した生体成分からDNAを得ることになると思われます。といっても表皮細胞から得られるDNAは不完全なので、パズルを組み合わせるように繋ぎ合わせて復元するのです。これにはヒトゲノム計画で得られたデータなども活用し、さらにDNA配列から人種や体格を再生するわけで、おそらく犯罪捜査としては世界初の」
なんだか長々と説明しているが、何となく察せられた。それはきっとダイダロスでなければ不可能であり、とても面倒で非常識な手法。だから丁寧に説明しなければ「できるわけないでしょ」と切って捨てられるおそれがあったわけだ。もっと言うとタケナカは技術畑の人間なので、ダイダロスの提案した手法に少し興奮していたのかも。
まあ科学捜査の知識なんか無いので、タケナカに全部任せるだけなのだが。
「まあそれはいいんだけど」
「いいんですか」
タケナカはちょっと不満そうだ。
「タケナカ、ニュージーランド沖、ノー・クラートの船のそばまで行く用意はできてる?」
「はい。イージス艦二隻での護衛をアップデート前のダイダロスによって沈黙させます。それまでは周囲80キロ付近には近づけません。残された時間も考慮すると、やはり空からになります」
バーチシロップを塗ったクッキーを食べつつ、亜里亜が発言する。
「分かりましたわ、亜音速戦闘機を使って高々度から甲板に直接降下」
「んなバケモノみたいなことできるわけないでしょ」
人を不死身の吸血鬼とでも思ってるのか。
タケナカが提示するのはごく一般的な大型旅客機である。
彼は大きく息を吸い込み、そして一息に言う。
「アルゼンチン行きの便を貸し切りで押さえました。これで現地まで行ってください。ルートに手を加えてノー・クラートのそばまで送りますので、目標付近で旅客機から降下のち緩衝材により着艦。帰りについてですがすでに向かわせてる大型ヘリにピックアップさせます。装備に発煙筒がありますのでそれを使って、まあこの辺は移動中に説明します。とりあえず発着が三時間後ですので今から成田に向かってください」
「……」
なんかめっちゃ早口になった。
なんだろう。何かごまかさなかった?
私は発言を振り返って……。
「……緩衝材により着艦?」
タケナカが露骨に目をそらす。なぜか亜里亜まで。
「何それ」
「……あのですね北不知さん。アップデート前のダイダロスによってイージス艦にハックをかけられるのがわずか17分間です。しかもフルに時間を使えるとは限らないですし、豪華客船は大きな船です。探索の時間は長い方がいいですよね」
「緩衝材により着艦って何?」
「……」
タケナカの頭を掴み、ぎぎぎと首をきしませながら振り向かせる。
「言いなさい」
「……ええと、ダイダロスが提案したことでして、すでに準備はしてるのですが」
彼がホワイトボードを操作する。すると動画が再生され、映し出されるのは戦車である。表面をモナカのようなタイルで覆われており、そこへ砲弾が飛来する。
高速度カメラの撮影らしく、ドライアイスのように粉塵をまとった弾が画面の中央を飛び、戦車に着弾する瞬間。表面のタイルが爆発。
光がはじけ、戦車が激しく沈み込むものの、損壊には至らない。
「何これ?」
「リアクティブアーマーです。表面の爆発物の破裂により砲弾の威力を減衰させたり、砲弾を逸らすことで直撃を避ける装甲ですよ」
…………。
え、まさか。
「私が砲弾になれと」
「ええと、作戦開始と同時にドローン群でリアクティブクラスターを撒きます。カブトムシぐらいの大きさでして、センサーを備えた爆薬です。これは12メートルの距離に高速接近する物体に反応して爆発。実際のリアクティブアーマーよりかなり距離を取っています。作戦開始と同時に旅客機から降下。ウイングスーツにより時速300キロオーバーで滑空し、クラスターの爆破衝撃をグリズリースーツで吸収して、減速をかけつつ甲板に降り立ちます。これが40時間以内に用意できる作戦としては……」
「私ウイングスーツやったことないんだけど。しかもグリズリースーツとの重ね着って」
「旅客機のほうにダイダロスを運び入れてます。拡張世界で練習してください」
「……」
おそらく、可能なのだろう。ダイダロスの弾き出した作戦だ、信用している。
まったく、どいつもこいつも、いかれている。
ならば、私だけマトモでいるのも非礼というものか。
「いいわ、やりましょう」
私はかるく頭をかいて、こざっぱりと答えた。
銃の分析、船への襲撃、いずれも世界で初めての作戦。ダイダロスの演算力により実現した、現実を超えつつある作戦だ。
演算力は世界を変える。世界に新しいものをもたらす。
それは、常識という言葉をダイダロスが侵食しているという意味なのだと。私はぼんやりと考えていた。
「イカロを取り戻して、ノー・クラートを張り倒す」
そのために、何だって使ってみせよう。
人の生み出した計算リソース。
すなわち、人の持てる全てを。
Tips グリズリースーツ
カナダの発明家が開発したと言われる外骨格スーツ。またはそれに類するような耐衝撃スーツのこと。
極めて強い耐衝撃性能を持ち、20メートルの高さの崖からの落下、3トントラックの直撃などに耐えたという。




